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二八話 邪神と少年とC&R(キャッチ&リリース)

「ヒカル様…大丈夫でしょうか。

 あぁもうっ…………」


「姉様それもう十六回目…」


 ナツはエマの手を引きながら呆れたように言う。自分の姉は何とも落ち着かない表情できょろきょろと辺りを見回すのだ。まるでそのどこかにヒカルが隠れて笑っているのではと言わんばかりである。

 ミナとナツが先頭を歩き、エマ、そしてバウムがそんな三人を後ろから見守るようにして店々を回っていた。昼食の後は服飾屋、アクセサリ屋、本屋、魔術屋、珍味や菓子など食品は勿論。きちんと獣人専用に作られた装備や食品などもありバウムも楽しめているようであった。女同士の会話に入り込める年齢ではないが、そこはミナやナツが気を利かせて、自分の父を買い物に付き合わせているようにも見える。エマは物言わず手の引かれるままについていくだけだが、頭をしきりに周りに動かして辺りを探ろうとしているようだった。ミナやナツの着せ替え人形になったのは言うまでもない。


「ヒカル様はこのような人混みにはきっと慣れてないでしょう。酔われてないと良いんですけど…」


 ミナは、アルレーの街で仕事をしているヒカルを思い出していたのだ。店の中では実際の通りの人混みや密度は案外分からないものである。それをいきなり十倍の人混みに放り込まれた形になれば、嫌でも心配してしまうのである。結構ヒカルを無警戒に思っているのか、ちょっと首筋を背後から打たれれば一発だ、と想像する度に青ざめるのだ。


『おいっ、あっちで酒場が急に崩れたってよ!』

『なんだぁ、またケンカか! 騎士の連中が閉め出しちまう前に見に行こうぜ!』


「祭り前でやっぱり荒っぽいですね、姉様」


「ああ…! ………だめです、やっぱりヒカル様が危ない…。今からギルドに行ってヒカル様捜索の依頼を出しましょう! もしも盗賊団にひょいっとさらわれたらどうなるか! あの無防備な背中、寝ている姿! どこの飼い子竜ですか!

 こういうときにシュトーリアはシュトーリアで修行などに行ってしまうし…!」


 ああー! と、公衆の面前でうずくまって頭を抱えるミナなのである。その身が邪神という事もあるのだろう、心配と責任で胸がいっぱいに違いない姉を察してか、大丈夫だと根拠のない物を口にしたナツ自身も少し心配になってきた。エマの手を握る力が少し強くなる。


「………心配?」


 エマだった。腕を辿るようにしてナツの顔まで顔を向けるとエマが無表情に言う。包帯で目や眉を完全に隠されてしまっていると表情が読みにくいのだ。


「もうすでに離れてしまったのなら心配も無意味なのではないか?」


 バウムが後ろでエマの言葉に添えるように言った。ミナが振り返ってその言葉を聞き遂げると、むぅー、と納得がいかないと言うように眼を細め、口元を歪めた。


「…………まぁ、その通りなんですけど…。

 確かに、この人混みに圧倒されてるのは私の方なのかも知れませんね…」


 つまりヒカルが不安だったのは自分が不安だったからか、と言い聞かせるように二、三度頷いて、ナツに苦笑するのだった。


 ――それほどまでにマッシルドは、人の活気に満ちている。ミナ達が入ってから一時間もしないうちに関所の回転率では追いつかなくなり一時通行止めが出来たほどである。普段のマッシルドはせいぜい各国の首都に毛が生えた程度の栄えぶりだが(それでも動かす金の単位は桁が一つ違う)、どの店もこの一週間を前に普段の十倍から十五倍の仕入れをし、今、それでも一週間持たないといった具合の売れ行きを見せている。マッシルドの新年を祝うコロシアム開催、という『祭り』を甘く見ていた新参の店はその度に在庫切れに頭を悩ますのである。


「あー、あっちで野試合やってるみたいです姉様」


「…見たいなら良いですよ別に。

 時間はたっぷりありますから。

 はぁ…………・」


 遠方の方からもこのコロシアムを見に来るために足を運んでくる人が多く、そのついでにマッシルドの店々も時間つぶしに見て回る――どの観光客もそう考えてマッシルドに来るが、いつしかその店の多さと活気ぶりにコロシアムが二の次になってしまう人もいるほどだ。その活気ぶりには、野試合や野外劇、手品、曲芸などのエンターテイメントも勿論含まれる。


 一番の注目を浴びるのはやはり五万人を収容するコロシアムだが、各部の予選、二次予選、決勝と三日連続で行なわれる。もちろん観戦券が必要で、ある程度財力を持つ人間でないと三日分の券をそろえることは難しい、と言うほどである。最終戦では立ち見でも良いからと受付に殺到するのが通例といった具合であった。子供はひざに乗せればOKなどとわりとアバウトだったりもするが。


 ミナ達は、金に物を言わせて四人の三日分の券を用意している。宿屋に荷物を置いた後すぐさま闘技場の受付に急いでいたのだ。一週間前から前売りされるこの券。すでに長蛇の列だったが、午前中の四時間を丸々潰してなんとか四人分の券をそろえることに成功したのである。ミナが受付に『竜剣の依頼を受けている』と呟いただけで。マッシルドの長ゼーフェの威光はそんなところまで届いているらしい。


「…悔しいけど多分ヒカルさんは大丈夫だと思うよ。……………・・うん、…周りの幽霊達も彼はすごく強いねって言ってるみたい」


「え"、れ、霊?」


 あぅ、と一瞬で涙目に代わるミナだった。







「んー、やっぱり一仕事後のこれはうまいな…♪」

 スパー…と意気揚々、葉巻を味わいながら通りをぶらついている。


 とりあえず待ち伏せが的確だろーと思っていかにも冒険者らしく武器屋をうろうろしていたら案の上である。店から出たらいきなり横からナイフが飛んできたのだ。生憎暗殺の類は以前から経験があるし、マッシルドに来るまでの十数日くらいを『エマの身体』というご褒美つきで感覚も思い出せているし、ちょっと冷汗程度であった。神殿障壁でマンドラコラのかごに頭から飛んでいく三下を見送った。


 傭兵による傭兵狩りが行なわれていることは明白だった。対戦相手…否、競争相手を削ることは大会と捜索、どちらにも効果がある。理にはかなってるのだ。


 んで帰巣本能よろしく帰って行くまで尾行し続けて、ついた場所は酒場の地下。

 ギルドの目と鼻の先で傭兵狩りの本部とはなかなか笑える。

 潜入中にAクラスの奴が他の傭兵を従えているのを盗み聞きしてから大々的に乗り込み全員プレスしてそれぞれの獲物のことごとくを目の前で念入りに破壊して(中には良い武器もあったけど呪いつきじゃないなら興味がないのである。折った)、宝箱も漁って金品も押収した。おそらく彼らが襲った相手の品だろう。

「俺の国に腸の肉詰め(ウインナー)って料理があるんだけど、うふふふふ…!」などといって脅したらすぐに大人しくなった。

 刃向かってきた頭領らしき男は手下どもが見ている前で半殺しにした。

 ついでに酒場の地下ごと潰してお掃除完了、さっさと撤退したというわけである。

 まさかこれのせいで傭兵の半分が大会に参加しなくなったと言うことに俺が気付くはずもなく。


「お、」


 宝物が入った布袋を担ぎつつ、俺は喫煙するままに街を観察していると、例の容姿に該当する子を見つけた。背はちょっと小さいが女の子だ。金髪で気の強そうな目をしてる。親子連れらしい。


「すみませーん、ギルドの物ですけど、現在こういう人物を捜してまして…」


 簡単に質問してから、大会が終わるまでマッシルドにいることを確認。大会後東門(俺達が来たところだ)の詰め所の壁で待っていてくれれば、という約束で神獣召喚の魔法陣を手の甲につける。


「おかーさん、この人怖い。目がいや」


「(このガキ殺す………………・)

 明日のお昼くらいから時々一瞬だけ呼びますが、大会以後は解放しますのでー!」


 何なのよあの男、とばかりに俺を睨んでくる少女を両親がなだめながら雑踏に消えていくのを見送って、俺も再び捜索に戻る。朝からもうホント妙に年下に苛立たされる。中には近寄ると泣かれもした。モテないよなどと宣告されもした。年下の女に。

 わかるか!? この屈辱が分かるか!? 何か言うこと聞かない生徒に苛立つ教師みたいな心境なんだよっっ!!


「これで十五人目…と。……くたばれガキども…!

 どれか当たれば良いんだけど――――当たってくれよ…ったく」


 邪神の魔力で構築した魔法陣だから消すことはまず不可能。大概が親子連れだったがもしかすると偽物である可能性もある。なら『本人確認』してもらったら早いというわけだ。例の貴族っぽい男の前に全員呼んで。説明の途中で逃げたらアタリ。俺がいなくなった後消そうとしても無駄。


「ん? お、傭兵達か?」


 店に魔法を食らった男の身体が突っ込んでいく。周囲が悲鳴を上げてざわわわっと道を空け、乱闘する男達。装備がお互い違う所を見ても、傭兵だろう。俺は人混みの中からそれを潰して静かにしてからまた歩みを始める。急に全身が地面に叩きつけられたような男達にしんとなる周りを残して。


「アタリないなぁ…。んー…」


 スポンサーも探さなきゃいけない。葉巻のおかげで随分気が長くなった俺は、灰ローブをはためかせつつ、ぶらぶらマッシルドの人混みに揉まれていく。








「傭兵狩りだってさ、パーミル」


 カフェテラスでお茶をしている風な二人だ。双剣を帯び、銀鉄の鎧を着た青年に、弓矢を背負った軽装の少女が言った。

 彼女の聴力強化によって大衆の声を聞き分けているのである。酒場が一つ潰されたとか見ている前で人が何物かに倒されて気を失ったとかを目ざとくキャッチしてその度に口に出し、隣のパーミルに伝える。


「美しくないね。まぁ、頭の良い方法ではある、か。依頼にかこつけて大会出場の傭兵も削れるって点では、この依頼に悪意すら感じるよ」


 銀鉄の兜をナプキンで拭きながら言う青年だった。最初から傷ひとつないのにどこまで磨こうというのだろう。

 

「うちの生徒も一人やられたらしい…ええと、皆が話してる容貌からしてブックナーだね。宿屋の前で。潰されたらしい」


「彼が!? へー、何も出来ずにだろ? 情けないな、ぎりぎりで大会参加にこぎ着けたクセに二スタリアンの名を早速汚すとは」


 身長百八十センチの見るからに美形の青年は、その口調や雰囲気から貴族の風格を醸し出していた。白銀髪のオールバック。ウェイトレスやその場の雰囲気その物を見下すような目で辺りを睥睨しながら、


「僕はさっさとこんな店からおさらばしたいね。いいだろう? 君一人でも諜報活動くらい簡単さ」


「いきなり大声だされたら私気絶しちゃうからね。あんた護衛」


「君のそれ、すごいけどすごくないよね」


「あんたはオブラートに言葉を包むことを覚えた方が良いよ。両の鼓膜を一気に貫かれたくはないだろうが?」


「おお怖い怖い、二スタリアンきっての才女のセリフとは思えないね。その物腰僕にもわけてほしいくらいさ、ファン。ギルド協会副会長の娘はやはり違う」


 ファンと呼ばれた身丈155センチの金髪ロングの少女は重いため息をついた。遠い先祖に隣国マキシベーの血を引いていると言うだけで金髪と碧眼を受け継ぐ彼女は先日からやけに傭兵からの奇襲を受けていたのだ。なぜだかをギルドに問い合わせてみると自分の要望に似た少女を追っているらしいとのこと。ロングの髪も見事にカツラと思われているらしい。


「マジで私を狙っているとしか思えない時もあるけどさ。金狙いで。にしては芸がなさ過ぎる」


 一人ずつならともかく、このファンナ、しかも隣にパーミルがいると言う状況でかかってくると言う辺りで完全に調査不足だとファンナは指摘する。


「しかたないさ、貴族な僕らは生きた宝物も同然。生きているだけで価値があるのさ」


 言いながらパーミルは、見当違いなことを言いながら店で一番高い茶をまずそうに飲む。味の区別より、ここにいる人間と同じ物を口にしていると言う事があまり好ましくないらしい。対するファン…正しくはファンナだが…はパンの肉はさみと割りかしポピュラーな一品をさっきから食べ続けている。女性なら一皿で十分なところを、ファンナはすでに八皿目である。

 この細みにいったいどうやって入っていくのかパーミルは以前から不思議に思っていた。

 大きく肩を露出させた真っ白なノースリーブ、高速化呪文が刻まれた鎧性の赤ミニスカートのファンナは背丈の割りには大人びた容姿でファッションにも気を遣っているらしい。まぁ、そうでなければパーミルもファンナと行動を共にしていないだろう。奇跡的にもお互い素でこれである。


「ブックナー大丈夫かな」


「いっつも僕に噛みついてきたあいつを心配するのかい? 大丈夫さ何回やられてもへこたれないのがあいつの数少ない美徳なんだから。諦めが悪いとも言うけどね。いや、よくアレで上り詰めたと思うよ五位まで」


「あんたはそういうけどね、私はわりとあの子認めてるんだよ。多分年が同じなら勝負は分からなかったろうし」


 先日学校で行なわれた大会選手選抜の学生大会のことを言っているのである。シードのパーミルは相変わらず圧倒的に一位だったが、ファンナはトーナメントの際にブックナーという下級生と戦い、辛勝して三位に終わっている。


「努力じゃ限界があるんだよ」


 ファンナの言葉を笑い捨てるように、


「だめな奴はだめなんだ。負けが似合う人間にはそう、血に刻まれてるのさ」








 夜になっても街は鎮まらない。街は炎魔法のランプで色とりどりに灯され、家族連れの代わりに酒飲みと笑い声が街を闊歩する。

 俺は傭兵達から奪った宝物を売り払って、もう一つ見た目のデザインが似ているポーチを買い、金銀の金貨を放り込んで身軽になっている。なんだかもうこれで商売成り立つような気がし始めてきたがそれはそれである。


「オークションの場所も分からずじまい…か」


 スポンサーの場所の聞き込みをしてみたがやはりだめだった。大体は本国登録するらしく、かといって本部を晒しておけば大会参加を邪魔するために襲撃される可能性がある。表だって存在していないのは分かってたから口コミにかけたけど、まさか初日とはいえヒットしないとは。


「うう、やばいな心配になってきた…!」


 今日実はオークションが始められていて、あのアフタでさらわれていった可愛い女の子が男達に買われていく様を想像して悶々とした。力尽くでオークションを丸ごと襲ってしまえば話は早いのだがそれだと厄介な敵をたくさん作る事になるし。本当に目の止まる商品だけ競りに参加して基本は可愛い女の子…というのが俺の考えである。悪いか。


「んー、でも相場っていくらくらいなんだろ。…まぁ金貨が三十枚もあれば十分大丈夫だろうけど…」


 腕には傭兵達から取り上げた速度強化の蛇な感じの緑ブレスレット。金塊の小さなインゴットを二個傭兵達が持っていたのでそれも売り払い、なんとそれが一個金貨4枚になったりとなかなかの報酬だったのだ。他にも傭兵狩りのチームないのかなと考えてる始末である。


「…蛇の道は蛇に聞け、ね」


 道を外れて、裏通りを通る事にした。




 今日一日かけて分かったことだが、このコロシアムというものは、なるほど複雑な意味を持っているらしい。


 エマが持って暴れた薄金の大剣アラマズールの最初の所持者…ニュール・クム・ラ・トラファルガーが元エストラントの英雄であるように各国…その国を象徴する戦士を欲している、と言うことだ。


 別名、勇者とも言う。


 信仰魔力というのを以前ミナから話してもらったことがある。俺の魔力は基本的に邪神の信仰者の数で決定されていて、それも強い信仰のみカウントして魔力となす。昔から神様は信者の数を集めたがり、信者の数だけだけ強い、と言われる所以はここにあったのだ。もしかしたら元の世界の神様も実はそういう理由があったのかも知れない。


 この勇者達が強い理由はその信仰魔力ゆえだ。王なども一種の信仰になるが、あっちはただのカリスマであって強さの象徴ではない。(実際の所王様を信仰するなんて言うのはありえない、と笑いを含めつつ話してもらった)悲しいことに魔王を強くしているのも『恐怖の象徴』という一種の信仰魔力であったりもする。


 魔王は強大で、勇者が仲間を率いてそれを倒しに行く――。この世界でもこの手の話はなじみ深い物らしい。いや実際に現在進行形で魔王と戦ってる国もあるくらいだしね。


 だが、パワーバランスはどう考えても圧倒的に魔王の方が上だ。人の身であり、その魔力貯蔵量に限界がある勇者では魔王と呼ばれる存在に勝つことは理屈でも不可能って分かる。だけど知らず知らず集まってくる信仰魔力の使い方をそれが魔力だとは知らずに勝手に会得していき、最後には聖剣というブースト武器を使ってようやく魔王と拮抗する。力をつける間は国が兵を挙げて魔王を押さえ、とどめが勇者が。これがお話の根幹だという。


 ……………これって………………………………………テンプレ?

 ……ああ、というか、これがあのRPGのテンプレの正体ってワケか。


「ヒカル様のように身体に取り込まずに魔力を使用するなんて言う力業は聞いたことありません」

 とミナが言ってたことがある。

 つまり、それが本当なら、やっぱり魔力切れがないって言うだけで出力自体は人間のままだ。あーよかった、と安心した覚えがあるのだ。


(でも。でもよ? あんなアラマズールの所持者みたいな剣使いがいたらどうするよ?)

 剣士戦士は魔法使いの永遠の天敵。

 もしもエマみたいに妙な偶然が重なって神殿障壁に干渉でもされたりしたらもうだめだ。闘技場ごと殲滅する心持ちじゃないと逆にこっちがやられる。


「裏通りに魔術屋や悪い奴らのアジトの入口がある、ってのはやっぱりまた先入観かな…? ん?」


 がすがす、と何やら蹴りつけられる音が聞こえる。布擦れ。


『おいおい坊主ぅ、こぉんな可愛い顔してんのにもったいないとおもわないのかぁっ? さっさと金出せば解放するからよぉ』


『げほっ…! …………ッ、言ってろ、ブサイク』


 邪神の靴による無音歩行を発動して明りがちらちらと漏れているその角から顔を覗かせてみる。


「あいつ…」


 今日朝宿屋で会ったガキだ。路地裏に傭兵然とした男に追い詰められてやられた、か。覗いた瞬間腹を蹴りつけられていた。フードは上がっているものの顔は踏まれていて見えない。またケンカ売ったのか。ああいうのは一度痛い目みないと分からないか?


 (…違う、)


 傭兵の男がそのまま屈んだ。


「くっ…くそぉおおお、離せぇえええええッ!!!!!」

 足の下でガキが叫ぶ。


 ――それが身ぐるみを剥がそうとするものだと気付いた時には、

 俺は男の身体を壁に叩きつけていた。


「…………さてさて、チームを教えてもらおうかお前。挽肉にするぞ」


 壁から引きはがして締め上げる俺だった。気絶しているらしい男の頬を軽く四発張ったが、まだ起きない。ええい面倒臭いな。男の剣を抜いて頬に柄を当てぐりぐりしてやっていると、


「お、ガキ、多分もう大丈夫だぞ」


「……………っ………」


 地面に倒れたままの少年は未だに何が起こったのか理解不能らしい。汚れて体中砂埃だらけのまま痛みにか起き上がれずにいるそいつの前に俺は座り込み、


「ん? お前目だけは元気な」


「うる、さい…っ、別に助けなんか……見るなッ」


 ジトーっと見つめてやるとキーキー反応するがきんちょである。


「いや助けた覚えないし、正直ただの追いはぎだったらほっといてたかも。まぁ可愛い子だったら話は別だけど」


 あいつ傭兵だからさ、と笑いながら気絶している傭兵を指さす。まるでゴリラにノックアウトされたような顔で地面に沈んでいるマヌケ面だった。


「あ……………いや、別に見つめられても困るんだが…」


 気付けば少年は、ぽかんと自分を見上げている形になっていて、何だかどきっとしてしまう俺だった。いかんいかん、ショタに目覚めるとか親に顔向け出来ないだろ。


「な、んでも…ない。

 見てるなよっ……、

 くそ…ど、どっかいけよ…!」


「いやだってこいつ起きないんだもん」


 俺は溜め息しつつ、げしげし、と傭兵の肩を殴る。


「お前、お前が傭兵狩りなのか…?」


 まだ敵意を含んだ瞳で見上げてくる。地面に伏してる体勢でよくもここまで威嚇できるもんだなぁ。


「お兄さんと呼べ。

 違うぞ、俺はどっちかって言うと傭兵狩り狩り?」


 だって基本的に襲ってきた傭兵しか相手にしてなかったし。まぁもしかしたらこの男が俺の初めての傭兵狩りになっちゃった可能性もあるけど。でもこれは同族粛正ってことで。


 何とか身を起こしてフードを被り直す少年は、


「お、前……………何なんだよ……………っ! わけのわからない魔法使いやがって!」


「どうでもいいけどそろそろ起きれるか。宿まで送ってやるから」


「触るなっ、ついでに近寄りもするなっ!」


 ぺしん、となんとも力の泣いた叩き方で俺の手を払う。

 むかついたので殴っといた。頭を押さえてうずくまるガキを見てるとふと思いつき、


「ていうか、…………………お前今の今までずっと探し中だったりしないよな? 宿」


「……………………・

 ……………………・・悪いかよ。

 …………お前といい……くそっ、今日は朝からついてないことばっかりだ…っ」


「うわ、この子不憫」


「うるさいうるさいうるさいっっっ!!! 元はと言えばお前があそこで譲ってなかったからだろうが! この怪我も元はと言えばお前のせいだぁーっ!」


「で?」


「で、って…!」


 俺が間の抜けた声で言うと、急に顔の怒りが霧散して当惑に変わっていく。外はランプで明るくても、ここは建物の間。暗い夜道だ。外の喧騒が遠ざかって、妙な静けさが俺達の間に漂った。

言葉を選んでいるような逡巡がまどろっこしくてついつい答えを急いでしまう。たぶんお腹も空いているせいだ。夕食は何にしよう?


「俺にどうしてほしいの?」


「…………………ぅ………………」


 正直どうでもいい。この傭兵も起きそうにないから、このままここで起きるまで待っているのも癪だ。明日からまた色々歩き回らなきゃならないんだろうし、ここでこうして離しているのも時間の無駄に思えたのだった。

 俺はテツで縛り上げて神殿結界を二枚…外向き側と内向き側で内外からの干渉を殺す障壁を作ると男を放置。朝にまた回収しに来るのである。

 ぶらぶら歩き出す。


「お、おいっ!」


「行くと来ないならついてくれば? ベッドくらい貸してやるよ、ちびっこ」


「チビって言うなっっっ!

 ……………………………ま、待ってよっ!」


(むぅー、また要らないこと言ってしまった…………バカだなぁ俺…)


 ベット一台しかないのに。アホだ俺。……元の世界ならともかく、こういう世界で情けかけると自分の首を絞めるだけなのにな……。

 慌てて走ってくる少年の服の背中とかをはたいてやると、ポケットに手を突っ込んで歩き出す。くくっ、と思わず堪え笑いしてしまう。何だか顔を妙な緊張に包んでいるのがおかしくて、斜め後ろについてくるそいつに振り返ると、


「この辺でさ、うまい店知らない? 詳しくないんだ。良さそうな店教えろよちびっこ」


 近寄ってくる、まるで手を置けと言わんばかりの背丈に誘われるままに少年の茶髪をくしゃくしゃにしながら撫でていた。


「…僕は、ブックナーだっ…」


 ふん、と撫でるのを払わずにそっぽを向く。

 全く全く。


「そっかー、ブックナー君かー。

 ……………・ふふ、

 …………くく…くふふふふ!」


 虐め相手が出来て何とも心躍る……!!!

 俺がむかついたらそのごとにこいつをいじめよう。そうしよう。


 にんまり笑った顔が見られないように空を向く俺だった。 

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