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二話 邪神と巫女と妖精の森

 洞窟を抜けると鬱蒼とした森に出た。紫やら青やら黄色やらの小さな花弁が緑一色の景色の中に点々としていて、あーこの森を突き破っていくのかなぁと少しだけ足がすくむ。

 ぱぴよーぱぴよぱぴよー、とアマゾンにいるような鳴き声がするので聞いてみると、



「あれはルーピーと言います」


「ルーピー? どんな生き物なんだ?」


「見えないんですよ、妖精ですから」



 オウ、いきなり来たわ異世界の常識。

 見えないって言うのもアレだな、鳴き声に名前つけてるんだろうか。

 て言うか右手、木の根っこの下の方で顔出してる、生まれたばかりの赤ん坊くらいの大きさで三頭身の裸の少女がこっちをのぞき見てるんだがこういうのも常識的な光景なのか。


「あの小さな女の子は?」


 指さしてみる。


「はい? …?」


 だが、三頭身のミニチュア女の子はささっ、と見られる前に身を引いて森の奥に走り去ってしまう。


「ネコかなんかでしょう」


「ネコね」



 ネコって言葉通用するんだな。というかさっきから言葉も普通に交わしてるし、…不思議な感覚だな。日本語で話す異世界か――…ちょっと待て。



「ミナ、『赤巻紙青巻紙黄巻紙隣の神はよく紙食う神だ』って早口で言ってみて」

「早口言葉ですか? では。

 赤巻紙青巻紙黄巻きぎゃみ隣の神はよくきゃみ食うきゃ……み、」


「あ、もういいよ」


「ちょっと待って下さいっっ!!! もう一度します、もう一度です。言い直します!」


「いやもうホント良いから。無理言って悪かった。俺の目的は達成された。もう満足だ」


「私の巫女としての尊厳に関わりますッ!! この程度のことさらりとできてこそですから! ……ぶつぶつ…青巻紙赤巻紙黄まきゃ紙隣の神はよく神食う神だ…青巻…」


「神が神食うのか」


「紙って言いました」


「きちんとニュアンスを込めて発音しないとただのカニバリズムになるからな」


「早口言葉にニュアンスって難解すぎますからッ!!!」



 口と発音される言葉が『合ってない』。

 翻訳機みたいなものか。ドラえもんでもあったな、翻訳こんにゃくだっけか。

 

「村はどういう所なんだ?」

「はい。ニルべ村…ここベーツェフォルト公国領内の最南部にあたります。このニルべの森が端となっておりますが、南にさらに進むとカントピオ砂漠が。ここの気候の温暖さはカントピオ砂漠から流れてくるものですね」


「温暖? にしてはさっきの洞窟ではちょっと肌寒かったけど…」

 しかし寒かったというのも洞窟内だけで、外に出てみると木々の隙間から陽光が痛いばかりに降り注ぐ。そこらかしこが日だまりで出来ているみたいだ。


「あ、はい、キュベレの月は一年で最も寒い時期ですから」


「…ああね」


 一番寒くてコレか。日本で言うと一月辺りか。夏は暑いだろうな。そう考えるとあまり過ごしやすいとは言えないかも。


「…………増えてるし」


 さっきのが仲間を連れてきたのか、木々を抱くようにしてこちらを伺っている小女×3。緑色のショートボブ、金色のセミロング、真っ青なツインテール。不思議だ。


緑「邪神様にゃの?」


金「あいー。あれ巫女だよー、食べられずにすんだのって何年ぶりなにょ?」


青「格好いいにぇー、邪神様…」


「何か可愛いな!」


 すごく癒されるわ。


「どうしました?」


「や、何でもない」


 変な性癖と思われたら困る。





 ――ベーツェフォルト公国は、一〇年前の小さな戦争で活躍し公爵の爵位を王から賜って公国となったばかりの小さな国だ。内陸地になり、王都の貿易の要の一つとして機能している。ニルべ村は公国した際についでに取り込まれた村の一つというわけだ。森を抜けなくとも砂漠へ続く道もあり、カントピオ砂漠のへはそちらの道を使用する。

 よってこのニルべ村に『ついで』で旅人や商人が訪れることは少ないのだ。それを鑑みても、見るまでもなく村は小規模なんだろう、と想像するのは難しくない。


「八〇人ほどですよ?」


「ほぉ、意外といるんだ」


 後ろからついてくる赤んぼの裸ん坊三姉妹をちらちら気にしながら、



「四〇~六〇代が三分の一を占めますね。続いて子供が二〇才以下が一五、残りがほぼ老人です」


「老人って六〇からだよな?

 二〇~三〇才内が全然いないじゃないか」


「はい。この度邪神様にいらっしゃっていただいたのもその相談が主です」


 ベーツェフォルトでは今政策の一つで若い働き手を徴用しているというのだ。一五才から三〇才の年齢層が男女問わず王都に出稼ぎに出されているのである。なるほど、一番の働き手がソレじゃ村が大きくならない。


「…賃金も安く、危険なギルドの仕事も斡旋されたりもします。要領の悪い若い娘は夜の町に出されたりと扱いはよくありません。

 先の戦争で死傷者を出したせいか働き手や王都兵が不足しているので、商人との兼ね合いも含めて国の人口を増やしている、というのが本音でしょうが」


金「あうっ」


緑「チッチ大丈夫ー? あ、小石は痛いにょー」


青「邪神様行っちゃうっ、早く起き上がるにゃの!」


「………………………」


「どうしました? 急に足を止めたりして…疲れましたか?」


「ミナは気にならないの?」


 背中の方をアゴで差す。



青「…今邪神様こっちみたにょ」


金「ううっ、小指つった…」


緑「何か聞くだけで痛そうにゃね!」



「はい、妖精ですから」


 気配とか視線とか気にならないんだろうか。


「あれ、妖精って見えないんじゃないの?」


「はい、だから『見えないですよ?』」



「………………………………、

 おいそこの青こっちこい」



青「私指さされちゃにょー!!」

ほっぺたをぎゅっと両手で押さえて驚いている青。


緑「あーん、いいなー」

 人差し指を物欲しそうに唇に当てつつ緑。


金「ふんっ、足痛めてるレディーをほっとくなんて神様失格にゃの!」

 女の子座り腕組みしてそっぽ向いてみせる金。

 


 なんかいつまで経っても動かないのでこちらから歩み寄ると、驚いたか青と緑は「わわーっ」慌てて二方向に逃げていく。金だけが動けずに、強がりながらも不安げに見上げてきた。

 影ですっぽり覆えるほどの距離に来ると俺は屈んで金髪の子を抱き上げる。


金「ぁふっ」


青「チッチ食べられちゃうのチッチ食べられちゃうのっ!」


緑「邪神様ぁ、後生ーっ!」


 わーわーっと飛び上がって抗議してくるのを尻目に腕の中の子人を見た。

 本当に赤ん坊を抱いてる感じだ。髪には、傷ついた小さくも大人っぽいピンクの花飾りがあって(おそらく拾ったんだろう)、抱いているだけで甘い花蜜の香りがする。身体をびくびくと振るわせながら小さくなっていて、否が応でも緊張が伝わってくるのだ。俺も緊張する。そう言う意味でも、生まれたばかりの子供を抱く感じに似ていた。


「チッチっていうの?」

「…あい」


 高い声で心細げに頷く金髪セミロングのチッチ。こうしてしげしげ観察してみるが乳首もないし股間もつんつるりんでトイレとかどうしてるんだろうかと首を傾げた。


「ほれミナ、この子だよ」


「え…?」



 ミナは俺の抱くチッチを死んだ親でも見たかのような視線で一瞬固まった後、近づいてきてその髪を優しく撫でた。



「可愛い…」


「見えるやん普通に」


「いや…抱く前までは見えませんでした。

 おそらくはヒカル様の対抗魔力が妖精種の不可視結界を取り払ったのだと思います」


「ってことは声も聞いたこと無かったの? ええと、『ぱぴよぱぴよ』以外は」


「はい。ルーピーはそう言う生き物だ、というのが通例です。姿形、ましてや言葉なんて」


 ふーん、と生返事しながら腕の中に視線を戻した。さっきまでびくびくしてたのに、頬を真っ赤に染めて「は、早く下ろすにょ、はずかしいにょっ!」とか何とか言ってる。遠くでは「チッチ照れてるー」と緑ショートボブと青のツインテールがはやし、


「いいやこれ飼おう」


「よ、妖精をですか?」


「保護欲って言うかね。これから保護される身としては、別の何かを保護して自分の尊厳守りたいというか」


 はふっ、とか言ってぽひんと煙をあげて赤くなるチッチをあやしながら先に進む。



「お前らもついて来いよー」



緑「ホントっ!?」


青「食べられちゃうにょたべられちゃうにょ…」






 三、四回狼と遭遇したがミナが手をかざすと尾を垂らして逃げていった。


「アレは何?」


「魔力を直接当てたのです。指向性をもたせると殺傷力になりますが、エネルギーその物はただの衝撃なのですよ。

 このように、」


 言って人差し指を天に向けると、ボウッ、とりんご大の炎が現われる。


「指向性とは属性です。魔力の練り上げ方の違いですね要は」


「へー、すごいなファンタジー」


 試しに人差し指に炎をイメージしてみたが、何も起こらない。


「邪神様、こうするにょ」


 チッチが腕の中で同じポーズを取ると、ライターみたいな炎が、ぽっ、と灯る。


「すごいなチッチぃ」

 わしわし撫でてやると、いやいや、と形だけの抵抗をした。


 ミナはさほど驚かず、


「妖精は生まれながらに魔力と隣り合わせで生きていますから、指向性も呼吸のようにも扱えるでしょう」


「他のは出せる? 雷とか氷とか」


「あとは『木』系統と『水』系統なら何とか。雷や派生系の氷は私では不可能です」


「得意分野とかがあるんだ?」


「いえ、生まれながらの物です。…ヒカル様は魔法についてどの程度の知識が?」


うーん、と言葉が出ない。

 魔法が一般的でない所から来たからなぁ…一応知識としてはあるけれど、こちらの世界の魔法と違う恐れがあるし…


「よく分からん。でも説明はその属性のとこだけでいいから」


「分かりました。ではちょっと屈んでいただけますか」


 ふたりして地面に屈むと、ミナは、落ちてあった枝で地面に六角を書いた。文字らしい物も書いているが、知らない言語だ。


「まず基本属性は全部で六つございます。私は火と邪神と妖精の加護あるニルベの民なので『火』が真力(しんりき)となります。


・・・・火


木       水


土       雷


・・・・風


 つまりヒカル様の言う得意分野ですね。そしてその両隣、『木』、『水』――これらが第二属性、『隣力(りんりき)』となります。真力を中心として隣力までがその個体の才能限界…というのが通例です」


「妖精の民ね、あ、だからチッチも火が使えるんだ?」


「そうなりますね。我らニルベの民の祖先は妖精と交わって出来たと言われています」


「どうやって交わったんだろうな」

 

 しげしげとチッチを見つめながら思った。本人はきょとんとした顔で首を傾げている。

 ……体格に差がありすぎてもう犯罪臭である。

ミナがいくら籠絡一族とはいえ可愛いのもそういうのが原因なのかーと一人で納得していると、ふと先ほどの疑問が。


「派生系って?」


「ああ、ようするに、この六力(ろくりき)に入らない属性です。未だ解明されていないというのが正しいでしょうか。何せ魔法自体まだまだ歴史の浅い物ですから」


「浅い?」


「はい、祖母の話によると、魔法自体は約二〇〇年前に『突然現われた』物だそうです」


「…ちょっと待て、どういう事だそれ」


「魔物の大増殖に対して人類が無意識的に魔物と相対するための対抗策をとった、というのが私の見解です。魔力自体も以前からあったでしょうが認識できなかったのでは、と。ちょうどヒカル様のような状態でしょうか。

 ですが、突然現われた、というのが通例です。

 イグナ教の書言を借りれば『神は人の子らを支配者として力与えり』。

 私どもは邪神の教徒ですからあまり信仰していませんが。


 ――それよりも、です」


 ザッ、と舞うような無駄の無さで俺を背に回り込み、庇うように後ろに手をかざした。


「下郎。ニルベの民でない者が邪神様を覗き見するなどとなんたる礼儀知らずか。

 すぐに立ち去られよ」


 予兆なく、八つの火の玉が彼女の手を中心に輪を描くように展開される。


「我がニルベの炎は悪意ある者のみを焼く。主らの潜む樹木では障害物になることはない」


 わーっ、と両手を挙げて俺の足にすがりついてくる青と緑。


緑「気付かなかったにょっ」


青「こ、怖いにゃー…」




「…ニルベの生け贄、か。相手が悪い」




 言って、木から、ツタの向こうから合わせて三人の男達が現われた。ミナのナイフより太く大きい両刃の『剣』を腰にした、皮なめしの茶色調の旅人服。


「賊が。神殿の周囲は邪神教の聖地であるぞ。足を踏み入れることはニルベの民しか許されていない」


「売女の村の女がなにふかしてやがる」


 布二枚で構成されたラッピングを顎を撫でつつ舐め見る無精ヒゲの男。ミナは隠すどころか誇るように右手を掲げ、そのを脇を露わにする。


「アニキ、生け贄って事は一番綺麗ってコトっスか!」


「そうだ。好事家に売るんだったら生け贄の子だろう。見た感じ『行為に及んだ』とは思えん。まだ傷物じゃないとすれば爵位の方々にも高く買い取ってもらえるかもしれん」


 真ん中の男の抜刀に合わせて、他も抜刀する。鈍色で、所々黒ずんでいる剣腹だ。あれで切られたら、切った直後よりその後の菌が危ないってもんだ。


「いつものように。散れ!」


 真ん中の男が走り出すと二人は両サイドに別れる。


「陣形取りとは…くっ!」


 ドンドン! 空気をと引き裂きつつ火炎玉が男の腹部を狙う。が、


「剣でそらした、だと…!?」

 

 一発を身を逸らしつつ、もう一発を剣の腹で斜めに受け流しつつ突撃してくる。一度に二発が彼女の今の連発能力だった。次の二発を発射装填するまで一呼吸取らなければならない。


「そら、もらい!」

「おっと動くなよ!」


 両サイドの森から出現した盗賊達。俺を庇ってかミナは動かず、


「――にして壁、ニルベの祈りは(とばり)となるべし。熱火障壁!!」


 俺とミナをすっぽり覆うようにして地面から炎の壁が立ち上る。


「…っ、アニキ、この炎、ナイフが溶けるっス!」

「なんてぇ…火力…!!」

 炎の隙間から盗賊達が三人で囲っているのが見えた。



「ミナ、盗賊って」


「はい、最近多いのですよ。おそらくは公国で大口の働き手を失った者か、圧政に痛めつけられた他村の者でしょう…」


「どうやって、逃げる…!?」


 手元のミナから取ったナイフを見た。これではあまりに心許ない。何よりチッチと他二匹を庇っていくには…!


「逃げる? まさか。くくく、骨まで焼いてくれる…!」


 あ、なんかぞわっときた。


 彼女は展開していた六つの炎の手を壁に向けた。

 ドンドン! ドンドンッ!


「あ、ぎぁあああああああああああああああ!!?? 熱いッ! アニキィイイッ!!」

「マグ、カブ! 動くな! 今消火す、」


「そこか」


ドンドン!

 無表情にミナは声の元に炎を放つ。炎の向こうからではこちらが見えないのだろう。


「ハハハ!!! 燃えるがいいクズども! 私は誇り高き恐れ、ニルベの巫女なり!!!」

 いじめすぎたかなぁ。


「邪神様、ちょっと右手どけるにょ」


 チッチが左手の人差し指を炎の壁に向けると、


「あっついの、いっけーーー!!!!!!!!!!!!!!!」


 炎。ミナより一回り大きい火炎玉が空気を逆巻かせながら指前に展開され、発射される。


「あぁああああああああああッ――!!!」

 着弾の悲鳴。



「お前すごいのな…」


「おイタはおもいっきり、なにょよ。ふんっ」


 チッチは、ふっ、と銃口の煙を吹き消すように人差し指に息を吹いた。









 

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