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二七話 邪神と捜索とS&D(サーチ&デストロイ)

 大天街マッシルド。


 ――ラグナクルト大陸南最大の交易都市にしてその窓口と言われている大陸の大動脈と言っても過言ではない。その注目はラグナクルトの三大王国『武勇のタンバニーク王国』『繁栄のアストロニア』『真なる法のエストラント』の視線を一心に浴び、その都市の運営委員会会長は都市でありながら一国の権力に匹敵すると言われている。


 現会長。ゼーフェ・ダルク・ラ・ジャン。

 わずか四十年の歳月で一国級の設備、金、繁栄をそろえきった手腕を、マッシルドの民や商人は疑うことを知らない。商人の生き神といっても差し支えないのである。


 ギルド協会本部もあるここは、毎年この時期になると種族無差別のコロシアムが行なわれている。年越しのお祭り騒ぎと同時にこの年の最強の戦士を決める名誉をかけて、各国から戦士騎士、魔法使いに獣人、魔人、エルフなど様々であるが、その賞品となる伝説級の武具はもちろん、アストロニアの高級屋敷が即金で買える賞金、各王宮との仕官交渉権など様々な特権を手に入れられるため、戦士達の目の色が変わるのも当然である――。


「なんだあいつら」


 こっちだ、とホモ車を命令口調で誘導する兵士に思わず悪態を垂れる俺だった。正門を覆うように兵士百人近くが何やってのかなとミナと不思議に思っていたら案の上である。


「それではおさらいします。サカヅキ・ソネット・ラ・ヒカル…ラングクロフトの森で拾われてソルム家に仕えている従者、と言うことでよろしいでしょうか。

 すみません、ヒカル様。従者などと…」


 アーラック盗賊団対策……………と言うことで、簡単な取り調べを行なっているらしい。

俺達はそれぞれバラバラになり手続きを受ける。正門から出てすぐ右の辺りに巡回兵士の詰め所のような建物があってその周りではざっと四十は天幕車が並んでいる。どの天幕車も直列つなぎの二台や三台で、主な通行天幕は商人であることは一目瞭然だ。

 小さな一室…石壁で天井と床が木製。兵士が両側に一名ずつ、正面に簡易な木製の執務用の机とイス、そこに座った無表情な兵士と相対しながら自分も用意されていたイスに座り、色々質問を受ける。字が分からない人もいるらしく名前が書けないことについては不問にしてくれた。


「それ多分俺達が追い払った奴だと思いますよ。追い払ったって言っても残党だけど」


「何ぃ? …少年、詳しく話せ」


 アフタの町を襲っていた盗賊団。シュトーリア達が、彼らがおそらくアーラック盗賊団であると道中教えてくれたのである。アルレーの街での滞在中、近隣の村や国に早竜(見たことないが各ギルドで飼っているギルド重要事項の高速伝達用翼竜らしい)を出させていたとのことだ。荒れた街の調査を主にしたのが、という話の中で俺はシュトーリアの名前を出し、すでに彼女の名前を知っていたのか兵士達は態度を改めていく。


「と言うことは、君達はギルドの一行と言う事で相違ないか?」


「全員がギルドってわけじゃないですけど。俺とシュトーリアがギルドカードを持ってるくらいです」


 ほい、とカードを見せる。


「び、……………B級…少年がかね…? 別にニスタリアンやゼファンディアの生徒ではない、はずだが」


 冷汗すら浮かべて目を見張ってくる兵士である。


「なんですかそれは」


「知らない? …ああ、なら別に良い。いや何、今の二つは学校だ。マッシルドが誇るニスタリアン戦士学校、アストロニアの最高魔法学区ゼファンディア魔法学校。いや十六の年でB級など早々いないからな。

 聞くが、本当に学校関係の物ではないな?

 生徒なら聞いていると思うが、学校大会五位以下の物はコロシアムでは選手登録できないことになっている。もしも守らなければ退学。窓口でもう一度聞かれると思うが、」


「はい、俺は違いますね。ラングクロフトの森で生まれてソネットで育った、それだけです。

 へぇ、学校か…」


 ゼファンディア魔法学校の名前はギルドの依頼一覧で見たことがあるな。確か行方不明者が…って話だったか。どうなったんだろうなアレ。


「いいだろう…よし少年、奥へ、来てもらおう」


 終わったかな、と俺は肩の荷を下ろした気持ちでイスから立ち、ドアを通される。俺はさっさと下に降りようと廊下の右に足を向け、


「おい、こっちだ少年。ついてこい」


 …………………………………なんだかもっと奥の方に通される俺だった。

 階段を二つ上り、三階建てだったこの建物からすれば最上階にあたる階の、階段を上ってから二番目の部屋。一直線の廊下に三部屋となれば、その部屋が真ん中と言う事である。何となく嫌な予感がして、


(あれ、あれ、…………………………俺なんかやったかなぁ…おかしいなぁ)


 挙動不審にきょろきょろしていると、入れ、とドアを開けられてしまう。ああ終わった。雰囲気的に校長室に通されるようなあの妙な圧迫感なのだ。


「し、失礼します…」


 執務室だった。それもさっきのイスと机をそろえただけの何もない部屋と違い、本棚にはよく分からないが難しそうな書籍がならび、奥の戸棚には勲章のような物もちらほら見える。床は、男が座っている机から俺の足下くらいまで幾何学模様の絨毯が敷いてある。ぶっちゃけた話、この詰め所のような外観からは比べものにならないくらい整えられた部屋だ。

 俺は薦められたイスに固くなりながら座り、やっぱりきょろきょろしていた。見る者が多すぎる。まだマッシルドに入ってるわけでもないのに。


「…ほう、ルダン、それが次の傭兵かい?」


「はっ、この少年は見た目通り16才という若さでBクラスの手腕の持ち主であります。アフタ襲撃につきましても盗賊団の残党を街から追い払ったという功績、その行動力から推察して、お連れするにふさわしい人物として連れてきた次第であります」


 カードを、と隣でびしっと直立しているルダンと呼ばれた兵士に言われたので、俺はポケットから取り出して渡す。ルダンからそれを受け取った文官……だよな? 鷹揚な態度、剣ではなくペンのような風格、鎧のよの字もその身に纏っていない…制服を薄緑にして胸元に金の綱と刺繍、燕尾をつけたような服装はまさに貴族のそれだ。この建物に似合わなすぎる。


 白髪に口周りに綺麗にそろえられた白ヒゲ…五〇、六〇に届くだろうか。深い掘りの目が穏やかに笑む、初老といった具合の人物だった。


「…カードを返そう。

 さっそく少年、実はここへは内密な話があって君を通した。話を聞いてもらえないだろうか」


 う、と言葉がつまる。周りにミナやシュトーリア達がいないせいか不安で堪らない。何かやばいこと口走ったりしないだろうかとか、なんか気に入らないからこのガキを引っ捕らえろとか言われたりしたらどうしようとか考えながら爪を太股に立てていると、


「緊急な話だ。この町に侵入しているある人物を捕らえてほしい。その者は重要な情報を持っているので絶対に外傷等は加えず捕獲すること」


「ある、人物……。あの…実をいうと俺、今回がこの町に来るの初めてで…」


「構わん構わん。目を光らせてほしいというだけだ。ただし捕獲に成功したら六〇万シシリー出そう。ついでにいうと、この依頼を頼んでいるのは君だけでなく、それまでのBクラス以上の傭兵にのみに限定している。もしもこの町のB以上の傭兵が入れば、捜索仲間兼商売敵というわけだ」


 つまりあれか、ここで関所をしてるのは…傭兵を片っ端から味方にしてそいつを捜索させるための…?


 六〇万…。金貨が一〇枚、かぁ…300万で豪邸が建つんだから、外車が買えるレベルだな。うむむむ。


「依頼というのなら、お断りします。さっきも言ったように俺、ここに来たばかりで。別のギルドの依頼を受けているのでそちらの方を優先させたいのですが。

 今回の事でこちらのマッシルド観光がつつがなく終わらない、と言う方が俺としてはいやなんですよ」


 うまい話過ぎて落とし穴がいっぱいだ。つまりそれこそ他の傭兵達と商売敵として『敵対』しなきゃいけない可能性がある。こっちはしたくなくても、向こうがケンカをふっかけてくるかも知れない。

 それもBクラス以上が。

 …まだ山脈で竜剣探しが始まったワケじゃないのに、こんな町中で狙われでもしたら命がいくつあっても足りない。エマ達を四六時中守ってあげられるワケじゃない――。


「なお、ギルドの君に決定権はない。これはギルド協会の最高決定だ。この命に背けば、どんな武勲や成果を上げていようとそのランクを一つ下げられることになる。現在君が受けている依頼がB以上を必要としているのなら、その権利も剥奪される。

 その年で総合成果、能力ともにBと言うことは、今まで身丈以上の危険な任務に何度も飛び込んでいったのだろう。今回もおそらくはB以上の任務とお見受けするが?」


 …っ、確かに…。考えれば簡単なことだ、一六でBは珍しいらしい。ならばその依頼難易度設定は他の人より数段厳しいものになる、と言う事は想像に難くない。慣れているのか単純に頭がキレるのか…。


「…煮え切らないようだな。ではさらにもう一つ。コロシアムでのスポンサーを剥奪される。意味が分かるかな? 出場資格を失う、と言うことだ。この依頼を行なっていると言うことが、ギルドの傭兵達にとっては出場最低条件と言う事になるのだよ」


「スポンサーってどういう事ですか? あ、俺そういうのも知らなくって」


「大会に出るには団体に所属している必要がある。要するに運営資金出資団体だな」


 ………………………………おい。

 シュトーリアこの事知ってるのかあいつ…?


「んー…分かりました。受けましょう。ついでにもう一つ質問を許して下さい。そのスポンサーとやらは…全部でいくつあるんですか?」


「そうか! …ふむ、ギルド協会に問い合わせてみれば分かるはずだ。なるほど、君も大会に出場するんだな?

 本戦に出られればいいな。名は何という?」


「えと、…サカヅキ・ソネット・ラ・ヒカルです」


「変な名前だな、君」


「ほっといて下さい」








 検査の終わった俺がホモ車に着く頃にはもうみんながそろっていた。腕組みしていたシュトーリアが、


「遅かったな。…アーラック盗賊団のことで聞かれたか?」


「ああ、シュトーリアの名前を出したら一発だったよ。手が早いもんだ」


「ヒカル様…大丈夫だったですか?」


「うん、つつがなく、といった感じ。

 そうだ、ちょっとみんなに話があるんだけどさ……………」

 俺はみんなに顔を寄せるように指で誘うと、小さな声で全員に言う。


「俺、今回マッシルドの大会に出る。さっき教えてもらったんだけど一週間後らしい。それまでちょっと別行動させてくれ」


「………ちょっとヒカル様! 初めての街で…! 危険ですよ、連絡とかはどうするんですか! 緊急事態になったら――」


「だいじょぶだいじょぶ、あれだけ人がいるんだもの。30万や40万人じゃすまないぜ? どんだけ大都市なんだか…まぁ今がお祭り前だからかも知れないけれど」


 待ち合わせ場所はここな、と 詰め所の壁を指さす。なんかあったらここに壁を預けてろと言うことである。


「ふむ…なら、私もそうさせてもらおう」


 一人顔を離し、それで全員元の輪の状態に戻る。


「シュトーリアも? どうして?」


「何、私も大会まで修行がしたいのでな。ギルドの依頼をこなしつつ期日を待つ」


 鞘に入った銀鉄の剣を見ながら言うシュトーリアに、


「スポンサーがいるって知ってる? まずそれから探さないとだめだぞ」


 シュトーリアは俺に耳打ちするように、


「我がタンバニークが戦時中とはいえ各国の祭典であるこのコロシアムに出資していないとでも? タンバニーク国民はそれだけで参加資格があるんだ。

 騎士級の兵士は戦争の真っ最中だから参加はおそらくない、と付け加えておこう」


 こういう傭兵然としているシュトーリアだが、…元はタンバニークの第一軍の一人を担う王宮魔術士でもあったのだ。知識として詳しいとこういう時に強いな、お役所の話をしっかり覚えているなんて。もしかすると魔術士仲間で大会の話が出てたかも知れないが。


「そうだなー…俺もスポンサー探してから修行しよう。色々剣達で試してみたことがあるんだ」


 六色宝珠を何としても物にしておきたいのもある。


「ちょっと二人ともっ! 私達はどうするんですか! 街で遊んでろとでも? 私はヒカル様を把握している必要がありますから別行動というわけには――」


「悪い。…ちょっと真面目にやってみたいんだこのコロシアムには」


 シュトーリアが俺の言葉に頷く。シュトーリアはしっかりと腕を上げて臨んでくるだろう。それを面白半分で受けに行くと言うのも失礼な話だ。…まぁさっきの捜索依頼で修行時間が潰れるかも知れないがそれはそれ。むしろかかってきた傭兵達を片っ端から倒していく練習って考えるとなかなか良いかも。


「姉様、…ヒカル様が言うのですから、何か考えあってのことだと思います。私達はコロシアムで戦うヒカル様を応援しましょう?」


 ナツが、姉の耳元でぼそぼそっと何かを囁く。それに渋々だが頷くミナだった。


「二人とも…無理はしないように。でもヒカル様は特に、大会では優勝を狙って下さい。最低でも賞金がもらえる二位。『必要なら本気を出していただいても構いません』」


 シュトーリアやエマ、バウムだけが理解出来ない言い方で。

 邪神を思う存分使え。

 ――…お、怒ってるんだろうか…それとも真面目に賞金目当てで言ってるんだろうか。


「わ、かった…まぁ何とかやってみるよ」


「さすがにヒカルになるとかける期待も違うな…………私も頑張らなければ」


「俺はシュトーリアに期待するぞ。俺途中でシュトーリアが負けたら面倒臭くなって止めるかも知れんし」


「ばかな…でも、わかった。ヒカルなりの激励と受け取っておこう」


 どちらからともなく手をさしだし、強く握手をした。皮の指無し(フィンガーレス)グローブ越しに何となく好敵手オーラを感じる。俗に言う『私と当たるまで負けるなよ』的な信頼の篭もった握手だった。 


「じゃあ、一週間後に」


 ホモ車を置くと、それぞれの荷物を抱えて俺達は大きな城門をくぐり三方向に分かれたのだった。







 俺は人づてにまずギルドを目指した。まずはスポンサー探しである。

 カントピオ砂漠が赤道というならこのマッシルドは赤道付近の国同然だ。暑い。灰のローブで肌を隠しながら歩く。歩いている人も大体そんな服装だ。中には水着のような挑発的な服装で歩いている人もいるが、まぁ時折見れる花という感じで。


 ギルドの受付の人に、頭のフードを取ながら、何でスポンサーがいるのか聞いてみた。すると、優勝賞金は丸々勝者に渡されるのではなく、その三割がスポンサーにもいくからだ、ということだった。つまりこれは、コロシアム自体がスポンサー同士の賭けの場と言う事らしい。


「タンバ二ーク王国、アストロニア元老員会、ベーツェフォルト公国、ゼファンディア魔法学校、エストラント真法国広告部、ポッサガルド国、マキシベー王国、ギルド協会本部、二スタリアン戦士学校、…次に商業組合です。マッシルド交易運営委員会一同、マッシルド貴族会一同、マッシルド海運業組合一同、アストロニア商業組合、マドバ運送、次に個人とその他の組み合いです。獣人保護委員会、…」


 必死にメモしているがあまりにも淡々とよどみなくいうから筆が追いつかない…!

 四回繰り返してもらってようやく全部メモし終わる。て言うか個人は、あの竜剣の依頼人ゼーフェしかいなかった。ますます持ってこの人の財力加減が凄まじいことが分かる。


「はぁ…あ、そうだ。もしかして今回のマッシルド内の人物捜索やってる人数って分かる?」


「はい、現在三九〇め……………いえ、今一人増えたそうで、現在三九一名になりました」


「へぇ、ここではリアルタイム通信なんだ?」


「はい、先日から円滑なギルド業務のために導入された物です。アーラック盗賊団の襲撃を受けたのをきっかけに、早い対応をとの各国の要望に応えた物となります。試験的なこともあって、通信機器は量産が難しいのでまだ地方のギルドには設置できておりません」


 なるほどね。

 まぁ各国の視線が注目するマッシルドともなれば、そういう設備をいち早くそろえるっていうのも頷ける。


「あ、さっきの人物捜索の話ね。B級限定って事はさ、…もしかしてその人物、何か自衛してくるわけ? こう、C以下が歯が立たない的な」


「そう言えます。現在同士討ちも含め脱落者は届け出では58人となっております。おそらく現在の参加者391人の中にもすでに脱落者がいると思われますね。脱落者はそれぞれ任務中の事故と言う事でコロシアム出場の資格はありますが、その怪我の具合や残り日数から言って大会出場は絶望的でしょう」


「死人が出てないって言うのが奇跡的なだけか」


 大きくため息をつく。ミナ達が傍にいなくてよかった。もしかしたらこのギルドから出たすぐに俺が遠隔射撃される恐れだってあるのだから。


「…そうだな、容姿について確認を取らせてくれない?」


「はい。

 身長155センチ

 性別 女

 目が覚めるような白みがかった金髪のショート。顔は幼げだが眼光の鋭い緑の瞳。逃走時茶ローブでマキシベー王国兵士の剣と胸当てを奪って逃走、装備している物と見られています。武術と魔法ともに優れ、取り抑えに行った王宮魔術士が数人いずれも軽傷ですが返り討ちにあっております」


 俺は説明に頷くと、礼を言ってギルドを後にする。


「さても…………………この人ごみよ、問題は」


 店、店店店店店店! 武器屋横町って何よ! 薬草タイムセールとか信じられない…!


 正直舐めてたわマッシルド。アルレーのお菓子ストリートの混雑具合で耐性ついてたと思いきやあんなの全然優しい方だ。コロシアムのある闘技場を街の中心において円上に街が広がっている。大通りがそれぞれ闘技場を外側から真っ直ぐ目指して八本あり、それぞれのストリートにひしめくように店、店、店! 人が毎分千人~二千単位で店の前を通り、店との間には屋台や露天売りがいて、怪しげだったり楽しげだったりするアクセサリやらお菓子をそれぞれ売っている。港が近いのか、ほんのり潮の香りもする。


 住宅地らしい所が全く見つからない。おそらくここで生活してる人みんなが商人なんじゃないだろうかと勘違いしてしまいそうになるほどだった。建物は今まで見てきた一階作りじゃなく、どの建物も最低三階…高ければ七、八階はある。聞けば地下通りもあるらしい。売った買ったのかけ声が至るところから聞こえてくる。小さなオークションも店々で行なっているらしい。獣人だったりエルフだったりする感じの人もいて当たり前のようにその人混みの中にいるから、今までの街を見てきた俺としては結構異常に見える。…なんというかフリーダムだ。日が落ちても、この活気が収まる姿が想像できない。


「すごいなぁ…見て回りたい。

 …いやまずは宿屋を確保しないと」


 後ろ髪を引かれる思いで俺は宿屋を五、六件まわり、ようやく見つけた安宿の四階の一室を取った。一人用ベットの、マサドの宿屋の一室をさらに簡素にしたような感じだ。なのに料金はマサドと一緒。高い。


 俺はあのエロ本三冊やらの荷物を置いて、空から呪いの武器達を回収、部屋の隅にごっちゃりとおく。ぴょんぴょん跳びはねてくるテツの頭(というか鉄輪)を撫でてからたすきのように巻きつかせる。腰にはアクェウチドッドの雷剣をつけてフードを被れば準備万端だ。

 葉巻を一本口にくわえる。六色宝珠でシガーライターの要領で火をつけ、咽せた。


「げほっげほっ! なんだこれ、つっよいな…!」


 久しぶりに吸う加減を忘れたらしい。ちびちびと味わいながら階段を下り――、


「なんだと? ここも空いてないのか?」


 受付カウンターで口論する声が聞こえたので何となくそっちに足を向ける。


 茶髪の黒フードを被った少年だった。身長差から子供が親につっかかているようにも見える。ナツと同じくらいの背丈か。


「…おいお前、何を見ている」


 矛先が俺に向いたらしい。きっ、とした目がフードからちらちらと見える。


「金はここの十倍出す。お前、僕に部屋を譲れ」


「は? だめに決まってるだろ、さっき荷物置いてきたばかりなんだから。あんまり無理言っておばちゃん困らせるなよ?」


 つん、と額辺りをついてそのままよろけさせる。

 ガキは知らない、とばかりに宿屋から出た俺は、すぱぁー…と煙を吐いて、


「うん、うん。絶好のスポンサー日和というか」


 適当に重力魔法を演出してやれば一発だろう。どの所も強い奴は一人でもほしいに違いない。問題はそのスポンサーの居場所だけど、まぁ観光ついでに聞けばいいだろ。もう我慢が持たん。


 金銀に張り詰めたチェック柄のポーチをぽんぽんと叩く。このためにアルレーで溜めたと言っても過言ではないのだ。


「さぁ、お買い物の時間だっっ、

 …あいたぁ!!??」


 背中のドアが急に開き、背中にノブが思い切り殴打して段差から転げ落ちる俺。通行人が俺を避けていく中、


「待てぃおまえっ!!!! さっきはよくも――!」


 あのガキである。正直今はどうでもいい。


「あ、俺の…俺の記念すべき一本目の葉巻が…!! す、砂まみれ…!!」


 俺が葉巻を両手で摘んで涙目になっているのに気付いた様子もない黒ローブの少年は、少年の割りには高い声で人に対する礼儀だの人の相談にはきちんと乗るべきだろうだの、十倍出すから部屋渡せと言ってきたとは思えないくらいのデカい態度でのたまうのである。


「その剣…お前、傭兵だな?」


「はぁ? もういいよそんなの…」


 まだ五吸いくらいしか楽しんでないのにあんまりである…っ! どこに売ってるかもまだ見当ついてないのに。この一週間で見つからなかったらどうするつもりだっ…!

 俺は砂を払ってもう一回部屋から六色宝珠の黒刀を『窓から』持ってきて火を入れ、また部屋に飛ばし戻す。くすん。ちょっと口元がじゃりってしてまた落ち込む。


「な、んだ今の………………!?」


 ガキの高い声ばかりが背後からうるさい。通行人も何人か俺のそれに気付いたらしく目を見張っていたが、またすぐに人混みに戻っていった。

 俺は背中一帯を神殿障壁で押し込んだ後(あぎゃっ、と言うプレスされた悲鳴と、ベキン! と何か刀剣類がへし折れる音が聞こえたが)、放心気味に街に繰り出すのだった。


 それから二度ほど、武器屋を巡っていると別の傭兵に堂々白昼の下襲われかけてどちらも押しつぶした。


「おちおちとショッピングも楽しんでられないじゃないか」

 

 買ったばかりの呪いの斧を空に飛ばしながら呟く。

 むぅ。


「もういっそ他の傭兵達みんな潰しておいた方が良いかもしれないなぁ」


 人知れずサーチ&デストロイを誓うのであった。

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