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二六話 邪神と買い物と最後の休息

 ――マサド・ヒカル邸――


「セシア、ヒカル殿はどちらか?」


 今日は村長さんがいらっしゃいました。私は数日ぶりの元主人の顔をマジマジと見つめ、にはっと笑います。

 桃短髪の前髪がしっとりと汗ばんだ額に張り付いているのをぬぐいながら、


「あ、村長さん! お久しぶりです! かれこれ五日ぶりじゃないですか! 毎日顔を合わせていたあの頃が懐かしいです! もぉー、ちょっと老けちゃったんじゃないですかっ?」


 お元気そうなので、私もついつい声が弾んでしまいました。


「た、頼むぞセシア。くれぐれも、くれぐれもヒカル殿方のご機嫌を損ねるのだけは…」


「従者歴一〇年! そこは抜かりありませんよ!」


 パフスリーブの肩をふむっと押さえて立派になった腕を見せて上げます。私がこんなに立派になったのは、紛れもない、拾ってくれた村長さんのおかげなのに。私の晴れ晴れとした従者姿に村長さんはため息をつくばかりで、


「もういい…。

 それで、ヒカル殿は? 少々うちの傭兵達がマッシルドの大会に向かうというから、その間の町の警護について話がしたい」


「あれま。村長さん聞いてないんですか? ヒカル様達は今ギルドの仕事で旅に出かけてるんですよ。

 ホムモス山脈とか言ってましたかねー?」


 はて? 私はさり気なくモップで足下で走り回る金髪セミロングのチッチと緑のショートボブのマチーをあやしながら思い出します。


「そろそろ御主人様達目的地に着きましたかね…」


「ホムモス山脈…………………って、まさかあの竜剣の…!?

 バカな、邪神ともあろう方があんな依頼を受けてしまうはずが…!

 いやまて、これはきっとヒカル殿には深い考えが…!」


 昨日もギルドの方々が、マサドを離れる際に挨拶がしたいとここヒカル邸にいらっしゃっています。ギリリー様という方、随分見た目のわりに親切な方で私見直した感じです。

 多めに摘んでしまったプセッチュのお茶をお入れしましたところすごく喜んで下さいました。筋肉のたくましい方なのにお作法とかも嗜んでるらしくて、紅茶の味について以前から随分とお褒めいただいてる私です。

 以前は町でお買い物する際に顔を合わせていただけなのですが、これからも遊びに来てくれると私も嬉しいです。チッチちゃん達も遊んでいただいて大変喜んでいましたし。(最初はすごくチッチちゃん達を警戒していましたが、やっぱり可愛い子には勝てないのですねぇ)


 何だかコロシアムに出場されるそうで。すごいですねぇー。


 私は『頑張って下さいね!』とお声をかけさせていただきました。方角で言うとヒカル様達と同じ方向なので、もしかすると顔を合わせるかも知れません。会ったならヒカル様達にもよろしく、と一声を忘れずに。

 主人のお知り合いには主人への良い印象を。

 それも従者の(つと)めでございます。


「セシアっ、次は私をおんぶするにょ!」


「セシア、この…………………こ、ども?」


 村長さんもチッチちゃん達に驚いたらしく怖々と足下ではしゃぐ子人達を指さします。


「だめですよチッチちゃん、お部屋のおもちゃをお片付けしてからです。

 …ああ、この子達はヒカル様が旅の途中で連れてきた子人だそうです。色々躾けて上げてくれと頼まれてはいるのですが、なかなか…」


 私自身子供を育てたことがないですから、何だか初体験で私も毎日に退屈しません。もし私に母親がいたなら、こういう風に私を諭しただろうな…そう考えながらチッチちゃん達に接していると何だか、幸せな気持ちになるのです。

 チッチちゃんはしっかり屋さん。村長さんが来るまでマチーちゃんを怒って追い掛けていたのも、お勉強中にすぐに遊び出すからだと思います。青ツインテールのピルチちゃんはお本を読むのがすきらしくて、もう文字ばかりの本を読んでいらっしゃるのですよ! 私も学があればなーと思うばかりです。むしろ私が教わってるときもあるくらいですよ。プセッチュの綴りとか。

「まぁヒカル様の周りの事でもあるし、大概のことには驚きはせんよ…。

 ん、ならばカルネールから何人か回してもらうとしよう。お邪魔したなセシア」


「いえ、ご足労お疲れ様です。それではお送りいたしますね」


 私は表の鉄門まで村長さんと一緒に、庭園に挟まれた石畳を歩きます。

 …チッチ達もそうですが、私もお土産、楽しみにしてるんですよね。

 

(んー、ヒカル様は、無事にお着きでしょうか――?)







「へぇ、ソネットから! この人数で大したもんだ…」


 行商の四十代前半くらいのおじさんはデカイ腹を叩いて言う。その隣では、用心棒らしき総勢十人の一人が筋肉隆々な二の腕を見せつけるようにして腕組みしている。行商のおじさんの吐く息がたばこ臭いので、久しぶりにタバコの味を思い出してちょっとだけむらむらした。ええい、せっかくの禁煙だ。この際止められるよう我慢しよう…、


「ヒカル様と…。あ、それではお近づきの印にこれを! 一本いかがですか?」


「う"」


 抜け目ないところはさすが商人である。俺がちょっと匂いに目を閉じた瞬間に気付いたらしくポケットから一本差し出してくる。葉巻だった。

 うむむ…っ、葉巻はフィルタがないからちょっと強いけど、………でも、良い匂いだなぁ…。


「これと同じ奴何本くらいある? こういうのは好きだ」


「あ、これはマッシルドで買った安物でして。うちで扱っている物はもっと上質ですよ」


「マッシルドから来たの? ここまでどれくらいかかった?」


「まぁ、うちの用心棒達が優秀ですからな! 二日とかかりませんでしたよ。もう少し進まれると下りになって、そこから悠然とどこまでも広がるかのような大商業都市が見渡せるでしょう!

 それにしても…そのお年でタバコを嗜まれるとは、ええ全くうちの軟弱な息子にも見習わせたいところでありますよ、はい、はい。」


 俺達は草原をホモ車で走行中に、行商のホモ車を見かけたのである。二台を直列つなぎしている向こうもこちらに気付いたらしく、お互いに近づいていく形で今馬車を並ばせている。車体の横の天幕が開き、どういう仕組みになっているのか、そのままひな壇のように段々な陳列棚が、その上に商品を乗せて完成する。これはいいな。聞くとマッシルドでは行商用の天幕車のオーダーメイドが盛んだとか。

 ちなみにミナ達女性陣は行商さんのもう一台のホモ車に群がって洋服やら本やらアクセサリーに夢中だ。どうやらあっち側は女性物専用らしい。


「ええ、全部で…七本セットで三〇シシリーで扱っております。一本サービスで八本に。どうでしょう?」


「おおっ、じゃあそれで。そうだな、じゃあ10セットお願い。そうだ、他に武器防具を扱ってる? こう、いわく付きの奴とか…」


「…ふふ、お客さんなかなかに…。実に趣味が老成していますな! 素晴らしい…。

 実はマッシルドで競り落としてきたばかりの良い品があるんですがね、ちょっとこちらを――」








「わぁーっ! みてみてナツお姉ちゃん! あんなお菓子があるぅ!」


「ミヨルちゃんはしゃぎ過ぎ……………くぅ、自分より背の高い子にお姉ちゃんって言われるのって何か複雑…」


 おそらくどこぞの茶菓子だろうまんじゅうじみた物を指さして眼をきらきらさせているエマinミヨルであった。ナツは苦笑いしながらもそんなエマに付き合っている。普段の落ち込んだエマが頭にこびりついているのか、喜怒哀楽の豊かな緑ポニーテールのエマの明るい笑顔に、どうしても一歩引いてしまうのだ。


(根っから可愛い子って心が子供って言うしなぁ…)


 身体が大人で心が子供、と言うことらしい。大人になると自然と表情も大人びてきてしまうから、幼く振る舞おうとするとどうしてキャピキャピとした不自然な物になってしまうのをナツは自覚していた。肩上に切りそろえたその青髪などは、彼女なりの年齢イメージなのである。胸が控えめなこともあってこれが彼女の女らしさでもあった。同時に限界でもあった。

 でもこの邪気やら下心やらが全くない笑顔を見せつけられてしまうと、素材がさらに物を言う。胸も大きい、スタイルも悪くない。おそらく今のエマが一番女性陣の中で光っている、とナツは敗北感すら感じてしまうほどに。


 昨日の戦闘参加もナツなりのダイエットである。いつもより派手に動いたつもりだった。


「(中身は九才中身は九才…)、そ、そうだミヨルちゃん、せっかくだからこのお菓子買って上げようか? 後で一緒に食べようね。

 あ、エマは何がほしい? 

 …ええとね、今お菓子のコーナーをみてるんだよ。甘いの、塩辛いの、ケーキみたいなの、ビスケットみたいなの、水菓子みたいなの。干し果物もあるみたい」


「エマ? 分かった聞いてみる …あ、聞いてた?

 …うん、

 いらないって」


「ふふ、わかった。じゃあなんか適当に見繕っておくね」


 ナツは用心棒兼店員のお姉さんにお勧めを聞く。


 …そんなナツをまるで気付かないかのように、目に包帯を巻いた少女が直立していた。今はエマである。ミヨルに強制的に表に出されてしまったのだ。


「や、やだ…! 周り…!」


 突然周りに何があるか分からない暗闇に放り出されたも同然であるエマが、怯えて尻餅をついた。何せ外なのである。ある程度覚えたホモ車の中と違って、草原に放り出されてしまっては不安になって、腰が抜けたのだ。


「エマお姉ちゃん、匂い!

 この匂いをよーく感じてみて?

 全部で何種類お菓子があるか、分かる?」


「わ、分からないわよ…っ、ねぇお願い、ミヨル、私見えないの、手すりや壁が周りにないと、歩け、ないっ…」


 荒い息で心臓がばくばくと張り裂けそうだ。風の音がどこまでも続いているから、壁がないことは明白。


「――落ち着いてね。

 音。音をゆっくり聞いてみようよ」


「そんな事言われてもッ…………! もうミヨル!? 急にこういうコトしないって…!」


「だーめ。こんなに楽しいお菓子が一杯なんだよ? お菓子はみんなを楽しませる物なんだよっ! 見た目や味も大事だけど、その香りも」


「分かんないよ…! 私そんなにお菓子、食べたことないし」


「じゃ、これからいっぱい食べよ? あのアルレーのお菓子美味しかったでしょ? ね?」


 ――むぐ、と口をつぐむエマだった。

 人首ナツナの時もそうだ。実はヒカルに強要されて一度口にしてしまうとその感覚がすごく鋭敏に感じられて。空腹なのもあったのだろう。もしくはヒカルの声を耳に入れたくないと無意識に何かに集中したかっただけかも知れないが、人首ナツナの果実を口の中で転がしている感覚が、あの時確かにエマを支配していたのは言うまでもない。…素直にスプーンを口に当てられる度に口を開いてしまったのも、最後の方は夢中になってしまったからでもあった。


 それからアルレーのお菓子を色々ナツに薦められる度に餌付けされている雛のように差し出されるままに口を開いた。自分が酷く不憫に感じられたが、あのヒカルからされた仕打ちを思うとただ口を開くくらい、何とも思わなくなったのである。


「アルレフール。ね? 美味しかったでしょ?

 …私のお婆ちゃんの味だよ。…お婆ちゃんのはもっと美味しかったんだ。

 でもあたしはきっとアレよりも美味しいお菓子が世の中にいっぱいあると思うの! 

 私だって分かんないことだらけ! でもみんな美味しいってことだけは言えるよ。

 お菓子だけはエマお姉ちゃんを裏切らないって、あたし約束する!」


「ぅう…だから、そう言う時は私が身体を貸してあげるから…………」


「お菓子嫌い?」


「………ううん、好きだよ。アルレフール、すごく美味しかったもの。ミヨルは上手なんだねお菓子作り」


「バウムお爺ちゃんがちっちゃなキツネさん見せてくれたけど、お人形さん作ってたんだってね。私にも作り方教えてほしいの」


「だめよ…っ、だって、見えないんだもん…! 分かる? 糸と糸の隙間に針を通さなきゃいけなかったり、全体のバランス、配色、デザインを把握するためにはどうしたって目が、…もう、私は、いいよ。お人形の話はもう、いい」


 ――耳を澄ます。


 遠くで憎らしいあの男が店員と楽しげに話している。くっ…と一瞬敵意に頬が歪んだ。

 …正面…いや、わずかな物体の密集した空間を経てミナさんやシュトーリアさんの声があった。この物体、が、お菓子、…いや天幕車…? 確かに、そちらからは甘かったり香辛料のきいた塩辛い感じの香りが鼻をくすぐってくる感じだった。

 鼻が匂いを追っていたらしく、あ、と上半身が前に倒れ、手が草原の草をくしゃりと押しつぶした。


「――そのまま右手二個分の所に天幕車の一番下の板があるよ。

 そう、そのまま右手をゆっくり挙げて……そう。頭は前にやっちゃだめだよ。おでこをごちんってしちゃうから。

 …そのまま壁を伝って上。今手の甲が上の板に当たったでしょ? それがお菓子を並べてる土台。そうそうそのまま手を土台に伝わせて一番手前を掴んで…。そう、それが一番端っこだよ。そこから上に、土台の縦幅ごとに商品が段々で陳列されてるの。

 お菓子は瓶入りだったり箱に入ってたりばら売りだったり。

 下から焼き菓子、アメ菓子、生菓子の三段。焦げ茶色の板に、つるみたいな模様が描かれてるテーブルクロスが下に敷いてあって、隙間なく並べられてる感じ」


 それでもエマは眉尻を落として不安げだった。でもせっかく自分に付き合ってくれるミヨルの好意を無下にしたくない、とも思ったのである。

 ふら、ふらと手がそこにあるのだろう瓶を探して空を漂い、…本当にあの冷たくて固い、四角い瓶にコルクのふたをしただけの菓子瓶が見つかったことで大きく安堵の溜め息をした。


「それはお星様型のただのビスケットだよ。表面がツルツルしてる面白い焼き方みたい」


「ど、れくらいの大きさ…?」


「んんー、エマお姉ちゃんで言うなら、親指爪を二個二個で四角に並べた感じの大きさかな。

 そのままふたを開けて匂い嗅いじゃおう! 私も気になるっ!」


 エマは、無意識のうちに自分で親指を触って確かめてみる。これが四個…と何となく想像して、お星様型のお菓子が頭の中に現われる。


 綺麗に焼けたお星様型のビスケットだ。一口サイズで、口の中で転がせるくらいの大きさで、舌に乗せると軽い。表面がまるで磨かれた石のようにツルツルで、ほんのり甘いはず。星の角が、口の中で転がす度に舌や口の中を凸凹と押しこんでいく。さく、と前歯がビスケットを真ん中から亀裂を入れて割っていく。



 ごくり、とエマはツバを飲んだ。

 瓶のふたを恐る恐る手でさぐりあてた。ぽんっ…と空気が抜けていく音が耳に残る。



 ――零れていく中身のさくさくとした生地が、唾液に浸されて一瞬で甘い濡れケーキのようなしっとりとした柔らかさになる。きっと、かりかりに焼けた表面と中の風味が違うだろう。そとは砂糖の甘み、中は砂糖の風味。

 安っぽい、ただのビスケットの味だった。

 でも口の中でその食感と形と甘みがいつまでも消えなくて、閉じた口の中、舌でその食べ残りを探し回るのだ。


「…………おいしそう」


「ねぇっ? じゃあその隣も行ってみようよ。あ、ちょっと私にも代わってっ…」









「鎖帷子はあるか? なるべく軽くて丈夫なのが良い」


「店員さん、この魔法書籍を二部ともいただきたいのですが――」


 くんくんと楽しげになっていくエマの正面側では、シュトーリアとミナが何とも女っ気のない買い物をしていた。シュトーリアは行商が来るまで寝ていたので、商品を見るまでは目が座っていたのだ。


「ほう、見てみろミナ。これを飲んで運動すると筋力がつきやすいらしい。珍しいな」


「へぇ…そうですね、私も瞬発力を鍛えねばなりませんから私もいただきましょうか」


 対する若い女性店員が笑顔で応対する。この行商団の中では一番年下で、彼女の年齢は20ほどだ。年若い娘に色々おしゃれを薦めるのが彼女の主な仕事だが――町娘が夢中になる異国風のドレススカートやソックス、髪飾りなどには見向きもせずに淡々と装備やらを見繕っていく二人に少々残念な様子である。


「もし、剣士様は騎士のそれと見受けますが、外周りのお洋服などはいかがですか? きっと殿方に受けること間違い無しですよ」


「いや私はそう言う物には興味がなくてな。そんなに元手もない」


 とりつく島のなく、と言ったシュトーリアにミナが親切心で声をかける。


「シュトーリア、お金のことでしたら心配しなくて結構ですよ? ヒカル様から十分なお金をいただいていますので、ちょっとのお洒落くらいなら」


「ミナまで私をからかうのか? 私はむしろ男に舐められない強気な装備がほしい。そういうひらひらした服は好かん。動きづらいしな」


 何よりあいつを誘ってしまう気がする…とぼそっとシュトーリアは呟いたが、ミナは聞こえなかったようだ。単にそう言うのが恥ずかしいだけかと勝手に納得するのだった。


「そうだな…というかその銀鉄シリーズより硬度の高い装備はないみたいだ。店員、刀剣類はあっちの方か? …そうか、ではミナ私は向こうの天幕車の方へ行ってくる」


 がちゃ、がちゃ、と鎧をならしながら歩いていくシュトーリアが天幕車の鎧欄の前で止まるまで見送ったミナは、店員に苦笑した。


「すみませんね、あの人は少々気難しいようです」


「いえ、…………あ、あの…でしたら貴方様はいかがですか? 意中の殿方などがおられましたら是非」


 ミナはもう一台の天幕車や正面側にいるナツやエマの位置を確認してから、ちょっと距離を縮めて声を細めて言う。


「………………………そうですね、例えばどんな物が?」


「『下着』という物です。やはり秘め事には脱いでいく背徳もあるとのコトで。…マダムには人気の商品ですよ。可愛らしい刺繍も施されていて殿方の心を掴むこと間違い無しです。アストロニアでは今大人気の商品ですよ」


「下着? …へぇ、ヒカル様は知っていらしたのかしら…」


 ふとミナは、ヒカルが村の女性に頼んでチッチ達の『下着』なるものをつくってあげていたのを思い出す。


「なるほど、ヒカル様と言うんですね?」


「あ、ぅ、いえそういうわけじゃ、」


「またまたぁ、顔が赤くなってますよ? よし、私が一肌脱いでびしっと心を掴む物をご用意しましょう! 彼はどんな人なんです?」


 いいいっ、と熱意溢れる恥ずかしげのない店員に顔を真っ赤にするミナだった。

 ヒカル達のパーティのまとめ役として毅然と振る舞っているミナだが、忘れてしまいそうだが、このミナもまだまだ若い乙女なのである。ヒカルとお似合いの十六才だ。身長も、口づけをする時わずかに背伸びをすればいい程度――。

 

「いえその……少々、…………………………………………………………………そのぉ…」


 知らず、普段の自分も吹っ飛んでしおらしく俯いてしまうほどである。売り(いくさ)慣れしている、からかいの微塵もないサービス心に当てられて、言葉が選べないミナだった。


「…男の子、って感じの人なんですか?」


「そ、そうです。…え、エッチな人で。胸が潰れそうなくらいこっちが動揺してるのに向こうは全然…。私のせいなんですが、なんだか、きっとそうするのが義務みたいに思ってるんじゃないかと」


「な、なんだか複雑そうですね…。うーん、よく彼とは、遊んだりする?」


「……遊ぶというか…」


(遊ぶ。ヒカル様と。考えたこともない)


 思えば最初会った時とその後のお風呂くらいが一番ヒカルと密着していたように思う。それからはせいぜいお尻を触られたりとその程度。

 ニルベの巫女の義務として、何からの魅力でヒカルを自分が引き留めておかなくては、という気持ちも勿論ある。ヒカルを自分に興味を向けさせるにはまずヒカルを好きにならなくては、という処世術も織り込み済みだ。考えれば考えるほど、ヒカルとの関係はあくまで打算に埋め尽くされている。


「………いえ、忘れておりました。

 …………店員さん。男性を籠絡するのに適当な物を全て選び出していただけますか。下着でも媚薬でも構いません」


 店員は笑顔のままガラスの彫像のように硬直した。


「そうですね…強力な睡眠薬もあれば是非」


 さっきまでの乙女らしさはどこへ行ったのか、急に冷静な顔になったミナは淡々とまるで狩りに出かけるとでも言うような口調で言うのである。


「私としたことが…。お洒落など、そんな事をしている暇があったら実力行使で良いではありませんか。そう言うことはまずヒカル様を確実に落としてから、余裕が出来てからするとしましょう。はぁ…全く馬鹿馬鹿しい。

 あ、店員さん、なるべく無味に近い物でお願いします」


 自分の手を握ったり開いたりしながら言うミナに、店員はハッとして、


「は、い………」


 ――でも、アルレーの町の時、宿屋から撤退する際にヒカルは空へ自分の手を引いた。 そういえばあの時ほど本気でヒカルの身体を抱きしめた事はなかったな、と。

 意味も分からずよぎるのだ。


 空を走ったという強い印象が残っているのかも知れない、と頭を振る。









「バウムー、ちょっと適当に本買ってきたから。まぁ物の足しに読んでみてよ」


 店長が『やはり大人でしたらこういう嗜みも必要ですよ』とサービスで一冊つけてくれたので負けずに俺も『じゃああと二冊似たようなのをお願い』とかえしたのである。

 計三冊を赤フードのキツネ獣人バウム老に手渡して自分は呪いの武器を点検するため後ろに戻る。


「お、エマ美味しそうなクッキー買ってるな」


 ナツと見せあいこしてるらしいエマの膝上から一個つまみ取り口に放り込む。んー、ただのビスケットだな。ツヤツヤしてる。


「あっ…あ、あなたねぇッ…!」


「エマも一個ね」


 開いた口にひょいっともう一個つまんで放り込んで黙らせる。そのままナツの頭を撫でてからバウムの隣一人分空けた所に腰を落とした。

 透き見の杖と行商から買った武器やアクセサリー以外の武具は全部お空を飛んでいる最中である。シュトーリアは俺の正面で寝袋にくるまっていて寝直している。ミナがホモ車で手綱を持ち、何やら不思議な匂いのする粉を嗅いではぶつぶつと何かを言っているのでそっとしておいた。香水か化粧品の類だろう。


「ヒカル殿」


「お、どしたどした? 良い本だった?」


「これは……………うむ、官能的な、ものだ。ヒカル殿にお返ししよう」


「ゲッ…ま、待ってくれバウム! …声を小さくっ…。

 俺がそれ持ってたらバレるだろ。ここは木を隠すには森の中、ってことでバウムの本の山の中にだな」


 バウムの肩を抱き寄せる風にしてひそひそと話す俺だった。だってそうだろう、エロ本なんて持ってたら何て目を向けられるか。


 ……………………………………………あれ、案外俺恥ずかしくないぞ?

 …まぁいいか……。


「剣同様空に送っておけばよかろう」


「雨が降ったらどうすんだよ」


「ワシもミナ殿に勝手に本を読んで良いと伝えてある。掘り出されて見つけられるかも知れん」


「いいじゃないか、男なんだし。娘をそう言う目で見てしまうお父さんって多いらしいよ? 普通普通」


「ワシはそういう風に思われたくないから言っているのだっ」


 とうとう声を荒げてしまうから、根負けした俺は、


「…わかった。じゃあ俺が持っとく。

 その代わり俺は文字が読めないからこれで文字を教えてくれ。これを教科書って言う事に」


「…教科書ならもっと適当な物があるのだがな…例えば魔道書などはどうだ。魔法も学べて一石二鳥だろう」


「だめだ。それだとこの本が有効活用できないだろ?」


 この世界の本だが、基本的に全部分厚い。多分内容は文庫本程度なんだろう。しかし、昔の本がそうであるように、書き移しや版画印刷などの書籍は基本的にどうしても枚数がかさむ。俺の三冊も見た目で言えば一冊が昆虫図鑑くらいの太さと縦幅横幅になるのである。


 せっかく俺が初めてこの世界で買った本なのだ。思い出の品とも言う。せめて中身に何が書いてあるかだけでも知りたい。


「ワシは音読するのが苦手だ。…口べたなのでな」


「喘ぎ声とか飛ばしていいから」


「そう言う問題ではないッ」


 エマとの関係をどういう勘違いをされるか分からんからな…とぷいっと背を向けてしまうバウムだった。うむむ、そう言えばこのキツネ、バウムはエマの育て親なのである。虎視眈々と熟れるまで待っていたとか言いふらされたらたまらないのだろう。


(男友達みたいにはいかないか…)


 のしのしののし、ふンむッ、ふンむッ♪

 竜似のデカ土竜(もぐら)が楽しげに天幕車を引く。


 俺達なら明日にはマッシルドにつくだろうから、と、 俺は三冊の本を背中に隠してから、夕食まで昼寝としゃれ込むのだった。


 それが今回の旅の最後の休息だったんだなと、後で後悔するほどに――。




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