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二五話 邪神とフラグと世界の秘密

「…スライムってペットに出来ないんかな。

 あのぷよぷよが傍にあったら可愛いんだけどな…」


「…魔物使いという職業もありますから不可能ではないんでしょうけど…潰れますよ?」


「自分のペットを寝返って潰しましたとかもうトラウマもんだな!」


 ハムスターじゃないんだから。

 あの青くてべとぉーってした物にキスをしながら目を醒めるのも、まぁ一つの悪夢だろう。




 今シュトーリアとナツが草原で魔物と戦っている。バウムが読書の間に援護。


 何というか、晴天だった。




 晴れ晴れとした青空の下、シュトーリアが剣を振るう度にスライムがうめき声を上げて空に溶け込んでいくようで。

 ナツが火炎魔法を放つ度にじゅわ…っとって。

 バウムが空に飛び回っているデカい鳥類やらを焼き鳥にしては墜落させてそれを俺達が回収している…という最中だ。ミナ曰く『ミッポ鳥は食べられないところがないんです』と鶏扱いである。魔物は動物とは違う認識のある俺はちょっと引く。


「私も後からナツと交代しますが良いですか? ヒカル様はこのまま毛を剥ぐのを続けて下さい」


「ん。まぁその時はいってらっさい~」


 適度な魔力消費は美容健康に良いらしい。会う人会う人綺麗なのは、きっと元の世界と違って魔力を消費する運動が出来るからじゃないかなと何となく納得した。思わず拳をぐっと握りしめる。何せ、あの美体型をそれぞれ維持するために美容活動にいそしんでくれていると考えれば、何とも幸せに目が細まるのだ。

 

「…思ったより、黙ってるのって難しいな。色々」


「ヒカル様が邪神であることですね。はい…そこは我慢して下さい。まだシュトーリアの素性がはっきりしたわけではありませんので」


 シュトーリアの素性を明かしてしまえば話は早いのだが。結局まだシュトーリアが元タンバニーク王宮魔術士であったことをミナには話していない。シュトーリアたっての願いだったし、何より、疑り深いミナに今以上の怪訝を向けられたくなかったんだろう。


「ミナが『ぞっこん』のバウムはどうなんだ? 尊敬する先生様なら良いんでない?」


 止めてあるホモ車の後ろに座り込んでいる俺は、天幕の上で座って読書中のバウムを顎でさしながら言う。大型天幕だけあって天井も丈夫らしい。


「バウム氏も同様です。彼が私達と同様の立場でヒカル様の邪神の援護をして頂けるのでしたら非常に心強いのですが…」


「まぁまだどちらも会って一週間経ってないしね…」


 こういうのは時間しか解決しないのはどこも同じらしい。子供の頃のミナを想像してみても、礼儀正しいがどこかで人見知りしているような感じに思える。リスク管理も自分の仕事と自覚してるくらいだから、むしろミナのような考え方が俺達には大事な気がした。


「シュトーリアは、ヒカル様の事を疑っているようですが。…お気をつけ下さい」


「ん? どうして?」








 ~ 昨日の水浴び中 ~



 シュトーリアが胸をタオルで隠しながら覗き犯のヒカルを罵声で追い立てる。


「全く…………どういう神経で水中から覗くなんていう…」


「結界が気泡みたいでしたもんね。綺麗にしてくれたのは嬉しいですけど、何だか策士策に溺れるみたいな感じで」


 水面に帰ってくるシュトーリアに、苦笑しながらナツが言う。


 ほよん、とシュトーリアの胸が浮力に一瞬浮いてみせるが、そのまま肩まで浸かってしまい水の中だ。ナツが溜め息しながら自分のと見比べたが、何、あと2年のアドバンテージがあると思えばの楽観である。とても姉レベルほどに急成長してくれるとは思えなくてちょっと泣きそうだった。昨夜もヒカルに触られたばかりで何とも言い難い申し訳なさも感じていたナツだった。


「ヒカル様はもう少し威厳を持っていただかないとならないのに…堂々と自分も浸かりにくるくらいの度胸もいるでしょうね。後で言っておきましょう」


「み、ナ? いやそれはどうかと――。というかヒカルに威厳を求める時点で間違っていると思うぞ。あの男に威厳は似合わない。ただのゲスだ」


「姉様…」


 姉の心意気にナツは涙が溢れそうだった。この姉は、邪神様とそれはそれは情愛と偏執に富んだ日夜を励んでいる、と、ナツに言い聞かせているのである。姉の言う事に一切の疑いを持たないがゆえに鵜呑みにし、尊敬と憐憫のこもった視線で姉を見た。ミナは白々しく熱っぽい溜め息を吐く。


「…ここだけの話、最近後ろの方にも興味を持たれたらしくて私も身体が大変で」


「後ろって何の後ろ…!?」


「ナツ、き、聞くな。私が聞きたくない…っ」


「あ…シュトーリア、その胸の印は?」


 ミナが目ざとくタオルで隠していた呪印に気付いたらしい。そそ、と波紋を広げながらシュトーリアに詰め寄り、


「あ、………………こ、これは…これはだな、」


「これは神聖魔法の召喚陣…契約獣側の? シュトーリア、どうしてこれが?」


 ミナは怪訝な表情でシュトーリアを見た。ギルドカードの地名『タンバニーク』についても、でもヒカルのいないところで説明要求に来たミナだ。迂闊に嘘をつくと矛盾を突かれて後悔しそうだとシュトーリアは内心慌て、同時にそれまでヒカルから受けてきた背徳の数々が脳裏を駆け巡り、


「…………………………ひ、ヒカルが、仲間になる条件と言って…」


「条件?」


「ええと…ほら、召喚者は召喚獣のコントロールを得るだろう? だから、つ、つまりだな、これで私が何か問題を起こしそうになったときに律したり、私の身が危なくなれば傍に呼び戻すことが出来るから…………、と言う、本当に至極真っ当で戦闘的な意味の物なのだ…っ!」


「いいなー、それ私もほしいなぁ…」


「役立ちますねそれは。後で私もお願いしておきましょうか…」


 自分の言ったとおり至極真っ当で戦闘的な意味で捉えたらしい二人である。どうしよう、と苦笑いの後ろで頭を抱えているシュトーリアだった。

 このままでは奴隷仲間が増える。ミナは良いだろうがナツがだめだ。こんな、自分にすら妹みたいな年齢の子にまでヒカルが手を出す、なんていう構図がどうしても許せないのである。でもそんなうやむやしたシュトーリアから一〇〇メートルも離れてない所で今まさにエマを押し倒しているヒカルがいたりする。


「これはだな、ヒカルが言うにまだ実験段階らしいんだ…たまたま出来たってだけで。しかもそれが暴発して私のここに」


 自分だって目障りなんだ、と言わんばかりに呪印に視線を逃がしつつタオルで擦ってみせる。

 ふと、気付いたようにシュトーリアは顔を上げ、


「…そうだミナ。ヒカルは重力魔法の他に、神聖魔法の適正があるのか?

 神殿障壁に、呪いの武具すら苦にしない強力な解呪、この神獣召喚といい…。

 魔力が800を切るともなればそのデタラメさに今更なんだが…」


 肩までの黒髪のウェーブを濡れた手ですきながら言うシュトーリア。

 ミナは一瞬押し黙り、シュトーリアを一瞬睨むような視線に変わりそうになるが強引に苦笑いに変え、


「………………………………ヒカル様は、現在巡礼中の神官様なのですよ。ニルべが邪神を祭っていることはご存じですよね。ヒカル様はそれを毎年毎年鎮めに来る神官の家系の長男に当たります」


「邪神、か……………………なるほど…しかも魔力上昇のためだけに血脈を重ねてきた特別な神官だというなら、理解出来ない話ではない――か。

 だが一昨日の、憑依されたエマとの戦いはどうだ? あの時ほどヒカルの魔力に疑いを持った事はないぞ。

 確かにあの時初めてヒカルの戦闘を目の当たりにしたが、いくら呪いの武具とはいえあそこまで濃密な魔力を纏った武具を、私は見たことがない。それも四〇あまりを同時に…」


 ミナは言葉をつまらせる。自分は魔力感知が出来るからこそ、シュトーリアの疑問に素で返せなかった。

 あの瞬間、ヒカルが背にそろえた呪いの武具のうち、たとえ一本でも武器自体の魔力もろとも暴発したとすればアルレーの町が丸々消し飛んでいただろう。ヒカルがそれぞれ神殿障壁でその剣達を支えているとはいえ――。


「あ、れは…ヒカル様の重力魔法なの、シュトーリア」


 ナツが助け船を出した。さすがに邪神隠蔽したいミナを察したらしい。


「…そうね。ああやって重力方向を決定して武具達を投擲しているんでしょう。おそらく魔力が集中したというのは、重力で周りのマテリアルを収集していたからそう見えたのだと思います」


「なるほど」


 魔法と言っても歴史は二〇〇年と浅い。王宮直属で学や教養を受けたシュトーリアにはその説明で十分だった。まだ定義の曖昧な派生型の魔術であるから、その理論も六力にしっかり当てはまるとは言えないのである。


「なるほど。ということは、ヒカルは魔力値が800で、かつ魔力を強力に収集できる魔術士ということか。

 …なんという。アイツは一体どこの大魔術士なんだ。

 どこぞの大国が王直々に招聘しょうへいしてきてもおかしくないだろう…!」

 

 武器が浮遊するという現象にも頷ける。

 自分と同い年で、四〇ものおぞましい武具を操り、大魔術クラスの魔法を使用する少年。

 言葉を脳内で反芻して、ようやく、シュトーリアは思い至った。




 エマの暴走の時も。

 自分達を敵と見なしバウムが攻撃してきた時も。

自分がヒカルから抑えられ、魔物の群れに突っ込んでいくという蛮勇をした時も。




 ――その心の内では常にヒカルがいた。強烈な劣等感だ。異性に初めて完全に敗北した瞬間だった。


 どうして自分と同じ年でここまで違う?


 剣は勝っている。戦いにおいて何が最善であるか、王宮顧問魔術士でもある師匠に幼少時からたたき込まれているのだ。魔力値も250以上で、他の王宮魔術士を容量で圧倒してきた。強い自分を律するため、弱気を助け、礼を重んじる騎士道を自分に課してきた――。


 だが、坂月ヒカルという少年が、獰猛なまでの魔力でそれを圧倒する。


 呪いの剣を手にしたエマを前に、その圧倒的な威圧感と立っているだけで身を串刺しにされる剣気に誰もが硬直していたその中で、正体不明の剣勇を迎合すべく行動したのはヒカルだった。同じ剣士である自分が、剣士の霊を前にがちがちと震えてすらいたのに。


 濡れた、握りしめている拳を見つめた。


「――魔力だけじゃない。

 あの男の物の考え方が、斬新すぎるのかどうだかは分からないが…時折酷く自分が時代遅れな考え方をしてるように思わされる。…呪いの武器を投げつけるなど聞いたこともない。

 色々な物や人を、今後引きつけるかも知れない。

 あの男についていくのなら、覚悟しておいた方がいい」


「すでに幽霊が『憑』いてきたもんね」


「…良いですかナツ、シュトーリア。勘違いしないでほしいのですが、私は可愛らしい幽霊なんてこわくありませんよ。魔力もない魔物以下の脆弱さで何に私が恐れると」


「あの時『これは夢だこれは夢』って早口言葉言ってたのはどうして?」


 ポルターガイスト現象が起こっていた時の事を言っているナツである。


「だって魔力感じなかったんですから! 分からないものは怖いに決まってるでしょう!?」


「姉様ツバが飛んでます」


「学は積んだが理解の範疇から外れると頭が回らない、と言う奴か。なかなかにインドアだなミナは。そこはヒカルを見習うといい。あの男もあれでなかなかキレる」


「確かに…………まぁあの方は少々楽観過ぎるところがありますがね…っ。

 幽霊の話はいいですもう。

 そうです、ヒカル様はすごいのですよ。まさに神のように。

 ご本人ももう少し自覚していただけたらいいのに」


 ようやく分かってくれましたか、と何やら誇らしげなミナだった。シュトーリアは変な理解のされ方をされたかと慌てて、


「違うっ…私は別に…! 人間性で言えばただのクズだろうが!?」


「これだからヒカル様を知らない処女おぼこは…」


「姉様、おぼこって何?」


「あっ、い、いや今のは言葉のあやです。

 …いいですか? シュトーリア。我が村の邪神教では――……」







「いや、何さり気なく宗教勧誘してるんだよ」


「裏切りやスパイが怖いなら、染めてしまえば良いのです。私は、あのシュトーリアをタンバニークへの邪神教浸透の筆頭として育て上げることにしました。今度から寝ている彼女の耳元で邪神を崇める祝詞を囁き続けることにします」


 話が終わって俺はげんなりした。俺のいないところで何を。まぁ重力魔法についてそこまで話したなら俺も話を合わせないとな。


「俺って旅の神官って設定にするなら、母国はどうするんだ?」


「拾われて、…そうですねラングクロフトの小さな森で育った、というのはどうでしょう。

 ラングクロフトは土の大精霊が没したと言われる魔力溜まりの地域です。一種の魔界で魔力濃度が濃いらしく、常に肌に触れていると魔力に乏しい者なら魔力孔が壊死してしまうとか。

 …あ、終わったみたいです。では私も行きますね」


 ブラウスにロングスカートでナツの元に走っていくミナ。魔物の死体にがくがくしながら見ないようにしているナツをシュトーリアが抱いて片手で介抱しているところだった。


 そうか。


 ナツやミナの髪の色は、深い空の色をしてるんだな。








 車内のナツ達が寝静まったのを見計らって俺はまた今日ものそりと起きる。バウムが恐ろしいくらいに敏感で俺に気付いた。しぃー、っと唇に指を当ててバウムを黙らせる。


 手には六色宝珠の儀礼剣『根源色の宝剣(テューダーレア)』。


 剣自体に攻撃力はさほどないのに切れ味が全武器中の中頃にまで位置しているのは、きっとそれがこの剣の本当の『秘密』だからだ。

 透き見の杖で確かめてみたが、微弱ながらも六力全ての力を纏っているらしい。放って置いても分かるが、俺の呪いの武器達は時々光ったり点滅したり嫌な雰囲気醸し出したりと節操がないけど――この武器だけは、いつも静かに六つの宝珠を微光させているのである。


 外では赤々と小さなたき火があって、天幕の隣の辺りでシュトーリアが寝ずの番をしていた。俺はトイレに行くフリをして、ホモ車の反対側に静かに移動する。


 六力ってなんなのか。俺はきっと学ばなくてはならない。


 このまえのエマとの戦いで痛感した。最強だと思っていた神殿障壁は、ギルドの最高クラスの『剣士』を相手取ればもうあんなにも無力だ。

 俺がいくら魔力を込めようときっとまだ密度操作とかが下手なんだろう。剣技とスピードで、鉄を切る刀のように、俺の障壁は切断される。…まぁ、さすがにその剣に霊体化してたりするのはさすがにエマだけだろうが。ただのAA級なら、俺と同じ神殿障壁を使かってこようと俺の敵じゃないというのは変わらない。


 魔力を込める。

 …最初は、赤。


 まだすぐに色わけができず、赤やら黄色やら青色やらに最大発光が移り変わる。集中する。お菓子作りの時、俺の身体を乗っ取っていたミヨルがやっていた感覚を『そっくりそのまま』追随する。…一分くらいかけて、ようやく赤色の光が、他の宝珠の二倍くらいの光になる。


 一番練習を積んだ赤でもこれだ、他の色になるともっと質が悪い。土なんて全然変わらないし、雷と来たら俺が手に持つと鼓動に合わせて毎秒点滅してすらいる。きっとそれが魔力の練り方の違いなのだろう。確かに――何の指標もなく全部の魔力の練り方を勉強しようとすれば骨が折れる。きっとそれだけで一生分の時間を使うだろう。


 寝静まった馬車の天幕の隣で座り込む。草原を見渡し、俺は再び目を閉じる。


 武器がいる。俺だけの武器が。

 神殿障壁。

 神獣召喚

 解呪

 そして、呪いの魔剣達。

 何より自分自身の自信のために。邪神は常に、威厳を持っておかなくてはならないのなら裏付けとなる強さがいる。ミナが何度も言ってくる『威厳』とは、ただ威張り散らす王様を言っているんじゃない。 


 もう慣れてきたからだ。この世界の空気に。ならばそろそろ自分で自分を高める努力もしなければ。…部活したいな。野球ボールがあれば、キャッチボールくらい出来そうなもんだけど。…だからこそ『投げる』なんていうアイデアも生まれた。


 剣技を覚えている暇はない。

 ミナが自分の命より大切に思ってくれているこの邪神の力を、覚えたての剣技で変に自信をつけて、危険に晒すなんて出来ない。


「おっかしいな…あの頃は、お前は良いから何もするなって言われてたのに」


 ただの学生から毎度のようにオカルトの事件に巻き込まれて、でもその度にいつもお荷物扱いだった。最後こそ名誉挽回の機会に恵まれたけど、どうせなら最初から役に立ちたい。死にたくない。この気持ちだけはずっと変わらない。今まで死んでいった自分に優しくしてくれたみんなに、顔向けが出来ない。


 エマの時に痛感した。

 こんな所で死んじゃいけない。

 いつものように飄々と、たとえやばいことにあったって、俺はやっぱり生きなくちゃいけないんだ。情報を集めて、何とか元の世界に帰って三六九を安心させてやらなきゃ。 


 魔術書が読めないと言うことは、それだけ知識に限界があると言う事だ。なら俺は感覚から知識を追従するしかない。自分の身体のコントロールだけなら誰よりも自信があるから、たとえ魔術の基礎であったとしても…時間がかかったとしても感覚だけで物にしてみせる。


 18万の魔力が、俺の周りでコントロールされ、微弱な風になる。

 

「よし、集中だ。…絶対驚かせてやるかんな」



 再び六色宝珠の黒刀を握って念じ出した寸前に、がさり、と草原が音を立てた。



「………ヒカルだったか」


 ちらりと視線を向ける。シュトーリアだった。


「おかしな違和感を感じたと思えば…それか。それがヒカルの鍛錬なのか?」


「あ、いや…どうなんだろ」


 やってみる? と手渡してみる。魔力で色が変わることも説明してやると、シュトーリアは頷いて、エノートを唱える。


 ほぅ、と、風と雷の色が一瞬強くなる。


「…………………………………これは…。

 なるほどな…この剣は、学者が喉から手が出るほど欲しがられる一品かも知れない。どこで手に入れた?」


「アフタ。でも強力な呪い付だったよ」


 特定の魔族以外が握った瞬間身体の関節が全て逆向きに折れ曲がるなんて言う悪趣味だから、きっとどこぞの魔王に違いない。


「シュトーリア、何で『学者』が欲しがるんだ?」


「ああ、…というかヒカルは今のを見て何も思わなかったのか? 本当に? …魔術については相当な研鑽を積んでいると見ているんだが」


「ああ…俺の所な、結構亜流だったんだよ。とにかく危険なところに放り込まれて勉強じゃなくって感覚で覚えろって言う」


 嘘じゃない。実際今までそんな感じだったし。


「…まぁいい。


……………火

………木   水

………風   雷

……………土


 真力、隣力の話はさすがに分かるな?」


「ああ、得意分野と、その両隣の準得意分野…だったよな」


 そこら辺はミナから前に言われたので覚えていた。こういう事を忘れると後々首を絞めると分かってたから結構緊張したよな…。


「ヒカルの重力魔法、私の回復魔法などの、この派生系と言う魔法は六力に入らないと言われている。神聖魔法はどちらかというと指向性が全方位に向いた感じに近い。

 だが補助呪文はどうだ? 六力に縛られないという点では同じだが、今のように真力、隣力に囚われない指向性を見せている」


 ……………そうだ。今の光り方、六力の陣で言うと、全く反対側同士が光っていた。


「なぁ、俺前から思ってたんだ。

 この六角形って何なんだ? 六角形である必要あるのか? 実際にこれの通りに魔法が使えてる人もいるからむしろ俺の言い分の方が机上の空論なんだけど…一応この六力の陣も一つの指標にはなるんだろうけどさ、」


 たとえば。身体が持つ元々のクセが火に近かったり風に近かったりして、その魔術は生まれついての体重のかけ方のような物だから一番身体にフィットするわけだ。それが真力。で、野球が出来ると、ボールに当てるという分野ではテニスにも通じる。遠投が砲丸投げにも適正があるだろう。それが隣力。


「まぇミナが言ってたよ。魔法ってここ200年のうちに突然現われたって。…それは間違いない?」


「ああ、学者達がこぞってその原因について王宮でも討論していたよ。重要課題の一つだ」


「思うんだ。

 ――この六力、誰が作った?(・・・・・・) …って」


 まるであまりにも自由すぎる魔法の力を小さな六角形に押し込めることで体系化し、それが浸透することで、魔法について個々の『限界』を作っているようにも思えた。


「……………………………そこまで至るのに、うちの学者は120年かけていたのだがな…そして未だにそこから進歩を見せないなら、もうヒカルは並んだことになる」


 シュトーリアは天幕に背を預けながら嘆息した。俺も隣に移動する。


「…ヒカル」


 シュトーリアは俯いたまま言う。


「お前は何なんだ。坂月ヒカル。

 そうやって、皆が寝静まった後に鍛錬をして。

 一人で歴史の矛盾にも気付いて。

 鍛錬なら私が、魔法ならミナがいるだろう。どうして一緒にそれをしようとしない?

 いつもふざけてばかりで、…強引で、ここぞと言うときばかり全部の手柄をかっさらっていくんだ。

 まるで今まで強がって頑張ってきた私が、…バカみたいじゃないか――」


 影がさしていて、髪の暗がりに隠れてしまってその目を見ることが出来ない。女の子のように両手を背中にやっていて、横からだと余計に銀鉄の鎧を着ていてもその身体の細身が分かる。


 シュトーリアなら。

 シュトーリアなら、俺が邪神であることを明かしても良いような気がした。


 でも、理性が首を横に振る。それは安易だと。時間をかけてシュトーリアという人間を見ていって、本当に大丈夫だと何に対しても誇れるならばその時に言うべきだと。

 傭兵剣士だって職業も、『実はシュトーリア自身が書記官の資格も持っていて、自分で決定が出来る』とか、いろいろある。要するに透き見の杖の能力を逆手にとった方法だ。王宮やその度の中で似たような能力に聞き覚えがあるのなら、それをしていた可能性もあるのだから。


「そういう風に言ってくれたの、…シュトーリアが初めてかも知れないな。

 …ありがと」


 もう寝よう。今このままここにいると辛くなって、話してしまうかも知れない。


 雲のない星空を見上げて大きく深呼吸して、天幕から離れる。シュトーリアは俯いたまま動かない。あいつだって全部俺に話した訳じゃない。話したとしてもお互いの時間が足らなすぎているし、鵜呑みにすることもできない。

 話せば、俺が辛いだけだ。


「ヒカル…っ」


 ホモ車の階段に足をかけたあたりで、シュトーリアが声を上げた。




「マッシルドで……………………コロシアムがある。

 このまま行けば大会一週間前にはマッシルド入りできるだろう。

 参加しろ…っ。そこで私と、戦え」




「やだよ、怪我するもん」


 魔力感知が出来る奴がいれば18万の魔力がバレるかも知れない。……いや、どちらにしろマッシルド入りした時点でバレるか。でも食事の時バウムも言ってたけど、大範囲を知覚できる魔力感知は相当に珍しいらしい。大丈夫かも知れないが、念のため。


「800もの魔力で何を言う。Bでも、それはただの総合評価だ。ヒカルが負ける姿を私は想像出来ん」


「買いかぶりだよ。このまえだって負けそうだったじゃないか。

 それに俺に勝つ自分が想像できないならやる意味ないじゃないか」


 実際にはSが7つならんでも足らないくらいの魔力だ。


「今の自分が…ずっと、許せないんだ。

 自分と戦って勝ったわけでもない相手に、こうしてされるがままになっていることが。

 わ、私を好き勝手したいなら、大舞台で証明して見せろ…っ」




 たき火の光が顔に少し当たって、シュトーリアが赤面しているのが見えた。


「良いじゃん身体だけの関係で。

 だめ?」


「だめだっ…!!

 大体なんだ、私のような筋肉質な女が良いのか? …だというなら太るぞ!?」


「それは困るな」


 ほぅ、と右手の召喚陣にピンク色が灯る。次の瞬間俺の腕の中にいて、もう慣れたのか驚いた様子もなく手で押して離れようとするシュトーリアをそのまま天幕に、両手をつり上げる形で押しつける。


「うまみがないとやる気にならない」


「は?」


 つり上げられたシュトーリアが間の抜けた声を上げる。


「第一よ、こうしてシュトーリアの身体は毎夜毎夜味わってるしさ。今更何のペナルティをシュトーリアにかけるんだ?

 触りたいときに触れるし、もうシュトーリアの身体のことで知らないことないし」


 むに、と二の腕の肉をそれぞれの指先で押しつぶしながら言う。


「ん、シュトーリアはじゃあ、俺に勝ったらもうこの呪印をはずせって事で良いの?」


「そうだ! …まるで、まるで今の私は(めかけ)のようじゃないか。

 私は腐っても騎士だ。私にもプライドがある」


 聞いてないフリをして、シュトーリアの首筋にいつものように顔を近づけて、吸血鬼がするようにその首筋を甘噛みする。


「お、汗臭くないな」


 すん、とナツナの薄い果実の香りもした。いつものわずかに塩辛い肌も良いが、女の子の匂いを露わにした肌の甘みの方がずっといい。


「……………ふ、…ふん、それはよかった、な。

 …あっ、バカ、鼻息が……っむ!」


「俺のために磨いてくれたのか? 全く御主人様冥利に尽きるというかだなー」


「違う! だれが、お前みたいなゲスなんかに…っ、だ、だからもうちょっと、やさしく…」


「…決めた。そうだな、俺に負けたら、毎日必ず一回シュトーリアからせまってくることにしよう。そりゃいい、それにしよう」


 今まで俺がこうやって半分強引にやっていたが、そうだな、いやいやする真面目な騎士然としたシュトーリアも良いが、口では俺を蔑みながらも結局自分からしに来るシュトーリアというのも新しくて良いかもしれない。内容はさして変わらないけど。


「なんだそれは!? バカか!? そんなの出来るわけないだろう…!?」


 琴線に触れたのか、急に力を入れて俺をはね除ける。


「それしないなら俺戦わないもんね」


「最低だなお前は!

 …もういい、少しでも見直しかけた私がバカだった…!」


 思いの外激昂して、そのまま俺の隣を通り過ぎてたき火の方へ向かってしまう。


「…………………………ふゎあ」

  

 まだまだ今の俺を見直してもらったら困るし。

 これでまだ魔法を使い始めて十日って言ったらそれこそ殺しに来かねない。暗闇からナイフ、はエマだけで十分だ。(金髪おさげのミヨルがエマのそばにおかげで場所が丸わかりなのである)


「おやすみー…」


「…………………………………待ってくれ」


 無視されるかと思ったら声が帰ってきた。天幕からたき火の方を覗くと、こちらを見ようともせずにシュトーリアがたき火で顔を照らしている。


「その、なんだ、

 ……………………………………い…………………一回だけなら…」


「………………三回は?」


「一回ッッ!」


 がばっ! と振り返ってくる。


「二回!」


「一回ったら一回だ!」


「一晩中寝かしたらだめだからね? 一回というか一夜で」

 男の自分が言うとは思わなかったセリフである。


「くそ、この下劣め…っ!! いいだろう、それで!

 絶対に一夜だけだからな!?」


 ぷんすかしているシュトーリアに追い立てられるように、俺は天幕に避難するのだった。







 ドス!

 俺が寝ようとした枕元に包丁が突き刺さる。


「…テツ」


 ビシッ、と暗闇でも的確にエマを縛り付ける相棒。


 返り討ちされたら触ると約束してたのを思い出して、俺はエマをシュトーリアを触れなかった分縛ったままのエマを草原まで連れて行って楽しみ、部屋に帰ると縛ったままで布団を掛けるのだった。

  

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