二二話 邪神と英雄と神のパティシエ (中)
呪い。
武器の呪いはそれは自らを使う物への咎であったり、悪魔の契約であったり、中にはなんの意味もない呪いまである。
だが呪いの武具はその生成段階で『元使用者、またはその肉体の部分を持つ生き物の死』が関係する物が多い。
俺の持つ、氷ドラゴンを酷死させて生成された『ブルブムアックス』などは復讐呪の筆頭と言えるだろう。
だが呪いの中には、憑依霊がついていることがある。
使用者の怨念や未練がその剣に魂を閉じ込め、その時付与されていた魔力が武器の刃に染みつきまるで一種の鉱物となって保存された物。
生前は名剣でも死後魔剣となる代表的な例である。
もちろん俺の持ってる武器達の中にはいくつか憑依霊がついたままの物もあった。
だがあっても二、三本。
どうせ膨大な魔力を込めた魔力爆弾であるから防がれることもなく、正気を失って自殺するか暴れ回るだけから、どちらにしろ爆弾であることには違いなかった。
だが。
今エマが手にしている物は、格が違った。
ここアルレーの町で買ったばかりの、呪い付きでありながら――20000シシリーもの大金をかけられた名剣中の名剣。
ただの少女が、俺の身長をも超える跳躍をし、受け身を片手一本のしなりでやってのけるほどの。
「さいってー………………」
杖を冷や汗いっぱいに、握りしめる。
そして、『あの剣が何であるか』を答えさせた。
『名称 アラマズ―ル
元名称 エストラント真法国・真法騎士団の褒賞剣。
※褒賞剣…戦中、めざましい武勲を挙げた者に授与される剣類を指す。またの名を名誉剣。
属性 闇・法
説明 仲間の裏切りで殺された、元AAランクの傭兵であり、招聘された後はエストラント真法国の救国の英雄と呼ばれた、剣士『ニュール・クム・ラ・トラファルガー』の怨念が籠もった剣。本来は両手剣。復讐の呪詛により闇属性がついている。褒賞剣自体に魔力はなかったが、トラファルガーが死に際に付与していた高速化呪文が使用者に自動的に付与される。装備した者の理性を奪う』
「――あ、」
一瞬、商売敵一六七名ショックが蘇って思わず笑いがこぼれてしまった。
A、A…級?
しかも目の前にいるエマが?
あの目を包帯で塞いだ女の子が?
「ヒカル様、アレは、どういう…!」
ミナが明らかなエマの変貌に後ずさり、その両手に無詠唱で八つ火炎の両手を用意する。
育ての親であるバウムでさえも、生存本能のままに毛を総毛出させて黄、青、茶、三重の障壁でエマから距離を取る。
ナツに至っては腰を抜かしていた。
ナーシャを抱いたままのシュト―リアは、とっくに完治しているにもかかわらず背中に当てていた手で、剣を握れずにいた。顔が苦笑いとも蒼白ともつかない表情で固まっているのだ。
ヤバすぎる。
アレは達人というレベルじゃない。冗談じゃなく瞬きの間に数回死ねる。
最強の守りである神殿障壁がなんと、か弱く思えることか。
間違いなく。
間違いなくシュト―リア程度の神殿障壁では一降りでたたき割られる。
エマは今や神域に干渉できる霊体であり、ドラゴンの群れですら軽々と抹殺し得る――救国の英雄の再現なのである。
ただの剣一本で、一八万の魔力が硬直する。
生者なら正気を失うだけだが、すでに正気を失ってる霊がどうやってそれ以上正気を失うと?
ああ理解した。
使用者にペナルティ無しの呪いの武器を相手取る恐怖が、こんなにも――。
「――――ッ!」
俺の恐怖が爆発するように魔力が武具達に籠もり、それぞれがエマという個を破壊すべく音速じみた速度で向かっていく。
その四〇あまりの武具達を押す神殿障壁は全てエマに対して対象を取り、俺の前からも五つ同時発動した神殿結界が秒速10メートルの速度でエマを聖域から追放せんと爆発した。
――脳裏で、全員の命とエマの命を秤にかけた。
秤にかけられない人間は死ぬだけだ。
幸い俺は賭けなければいけない状況を何度も経験しているからその行為に一切の躊躇も迷いもはなかった。
エマはその深緑のポニーテールを翻し、裸足の右足を一歩引く。
本来ならば大人でさえ両手で構えるべき一メートル二〇センチにも及ぶ大剣『アラマズール』を逆手に持ち替え――、
一降り。
ブルブムアックスが弾かれ、黒雷の魔槍を受け流される。
神殿結界がまとめて四つ破壊される
返す一降り。
アクェウチドッドの雷剣と一三五七本に高速多重分身したシェイドフリックの剣弾幕をまとめてたたき落とされる。
ミュルーズ・アーツの三機の魔力矢をあろう事か自動追尾の性質を利用して身をずらし、シェイドフリックの大半を弾かせたのである。
逆手突き。
斧先を直撃し勢いを失い横向きになった魔斧がその広い面で壁となり一二の剣撃を受け破砕する。
破砕した後ろに展開されていた神殿障壁一四あまりがまとめて切っ先に貫かれ魔力を霧散した。
神殿障壁を足で踏むことで自分の足よりも高速に『一歩』後退するやいなや、落ちてあったブルブムアックスをつかみ投擲し、ミュルーズ・アーツ一機が魔力矢ごと爆砕する。
余波で全ての武器の目標がそがれ、その隙に神殿障壁の残り一八が瞬く間に切断された。
「(で、でたらめ過ぎるっ……!!)」
「エノートッ!!」
シュト―リアが俺が持たせた『わずか五秒』の間に高速化呪文を俺と自分に付与させる。光景に血の気を失っていたミナとバウムが、その声をキッカケに四色の弾丸呪文の連射をエマにたたき込んだ。
高濃度の神殿障壁を高速化呪文によってさらに倍速で七人分展開する。一つにつき1〇〇〇〇もの魔力を練り込んだ大型ミサイルの直撃を数発分耐えきるほどの、個をぎりぎり包み込むだけの障壁だ。俺とミナ、バウム、シュト―リア、ナーシャ、ナツ、そしてエマ!
ガキン!!!!! とまるで鉄にでも斬りかかったような快音を障壁の中で響かせる盲目の少女。十数発は耐えれる。
そして痛感する。
閉じ込める結界は球状でなければならないが故に、切られる部分だけに元の10000の魔力が集中するわけではない。100の面積のたった1部分でも突破されれば残りの99の魔力が霧散する、なんとも使い勝手の悪い形だった…!
でも、
だが、これで四色の弾丸を避けることは出来ず剣で受けるしかない――!
打ち落とされた呪いの武具達を復帰させ、再び結界檻の中のエマめがけて投擲する。アクェウチドッドの雷剣だけは俺の手に持ってきて振りかぶる間に最大魔力、バウムがしっぽに貯めていた雷撃と重ねるように大雷撃を飛ばす――!
「取った――――!!」
黒雷の魔槍がエマに避けられたミナの火炎弾に直撃し『攻撃判定』を出し、檻の中めがけて黒雷を呼び寄せる。
水平上に俺とバウムの二本、檻を軽く呑み込む青と黄の雷撃がクロスするようにどこまでも直進する線を描き、十数件のお菓子屋と町のイメージポールを巻き添えに焦土に変える。
後を追うように事前にシュト―リアから高速化の付与を与えられたミナとバウムの四色弾幕、呪いの武具達による魔力爆弾と弓二機の魔力矢が続けざま空から降り注ぎ、檻を打ち抜き、盲目の少女を破壊し――、
そして、悟る。
高速化呪文を付与されたAA級剣士相手に、十数発しか耐えられない神殿障壁の脆弱さ――。
全ての攻撃がクロスする光速とも音速ともつかない瞬間の寸前に、ようやく「音速」で俺達の耳に届く。
まるで洗面器一杯のビー玉を床にこぼしたような――障壁とエマに肉薄していた攻撃の六、七の殺傷要因を斬撃し破壊し叩き落とす剣音だった。
神速のエマ。
0.01秒の世界の選択を勝利した者の、疾走だった。
ギィンッッッ――――!!
「ば、かな……ッ!」
そして雷撃がクロスする前にその空間を駆け抜け、全ての攻撃の爆心地を走りきって俺に肉薄し、一撃を見舞ったのである。
「く、ぅ……!!!」
ギン! ガギギギギン!
あの逆手でどうやって振ってるのか、俺とエマの目と目の間辺りに剣撃を一息で六つ重ねるエマ。もって後、五撃。
ギン!
後、四撃。
覚悟を決める。今更障壁をしても魔力の無駄だ、集中する。
ギィン!
後、三撃。
ミナが何か必死に叫びながら火炎弾二発を一息でエマに砲撃したが『剣圧』で消えた。バウムが唯一攻撃として通るだろう雷撃を貯め始めるが俺の貯蓄三撃には間に合わない。
ガギン!
後、二撃。
瞬間、シュト―リアが自身の障壁で横殴りするようにエマへ突撃する。高速化の付与のもと銀鉄剣の先がエマの二の腕をかすったが、だが障壁ごと『回し蹴られて』再び店の中に吹き飛んでいった。ナツがとうとう悲鳴を上げた。
ギィィン!
回し蹴りの力で逆手で回転するように後、一撃。
魔力が高速で回復する俺でも回復が追いつかない。
残り五万と少しになっている魔力をそこで爆発させる。
そして俺を守る最後の障壁がガラスの音を立てて破壊された。
エマの身体が低く俺の懐に走る。そして、ナツを一回り大きくしたくらいの少女をして、邪神を破壊しうる逆手の一撃を放った。深緑ポニーテールが風圧を受けて水平を描き、
そして神殿障壁は爆発した。
エマの足下で。
四万を展開速度に回し、残りの一万と数千の魔力でエマの足下周辺一帯に強度を与えた半径500メートルにも及ぶ大障壁でエマを空へ叩き出す。
何とかするべく叩き出した答えだ。
陸の牢獄が無理なら、空へ叩き出して回避不能にする――!
どこに逃げても結界は大きく、AA級剣士といえど魔力のない人間に高度落下では死は免れられない。だからこそすぐさま破壊を開始するが、後十四発は保てる。しかも人間は元来『下に斬りつける』練習を行わないがゆえに、その速度は救国の英雄さえも、速度はあるものの精彩を欠いた不格好なものになってしまっていた。
あっという間に真上二百メートル近く上空に飛ばされるエマの身体。
天に登り、少女の身体はさらに小さくみえた。そして、落下を開始した。
障壁が破壊された瞬間俺の魔力はゼロになった。このまま落下すれば間違いなく奴は風圧を利用して俺を追尾し、誰か一人を攻撃か踏み台にすることで着地するため勢いを緩和して来るだろう事は予想できた。そしてまっすぐに、俺を狙う包帯越しの殺意が、ポニーテールをはためかせて切り下ろしてくる。
時間にして六秒あまり。
だが、邪神の魔力の高速回復は人類の常識のそれを遙かに上回る。
その六秒で二万と八千後半を蓄積した俺は、『最後の望みをかけて』、アクェウチドッドの雷剣を振るい、『人並み程度の魔力』を込めて雷撃を放った。
自由落下で秒速60メートルに達したエマは当然のようにそれを剣を逆手で振り切って切り分ける。
だが、その雷撃の後ろには、ただ、投げられていた雷剣本体が。鋭敏すぎるエマの身体は彼女の右二の腕の筋肉を何本か切断しつつ限界速度を超えて反応し、何とか剣の柄で受けるもその手から剣が弾かれてしまう。
AA級の実力を宙に失ったエマの身体は、ただ盲目の少女にとりついた九才程度の少女のままに無防備に落下してきて、
『最後の望みをかけて』成功し、到来した、エマを助けるチャンス。
後はボールをテニスラケットでバウンドさせずに受け止める要領でエマの身体を受けとめられれば――!
何となく。
その瞬間。バウムに、俺が面倒見る、と大見得切った事を思い出していた。
俺が助けた。だからといって、ここでエマを俺が殺して良いわけがない。
早すぎても遅すぎてもエマは自らの速度で血肉に変わる。体勢が剣を失った瞬間に大地に向かって平行になっているのが唯一の救いだ。霊体でもあるから、神殿障壁をただの壁として捉えてしまうがゆえに、平行になっていることそれだけがただただありがたかった。
エマは、時速252キロの人間兵器と化していた。
だが、高速化によって思考と反応速度は跳ね上がっていて、半分の130キロ程度に見える。
高校野球くらいだ。
でも間違えたら人が死ぬ。俺のせいで死ぬ。俺が助けたくせに俺のせいで死ぬ。
邪神の魔力はいつも、こんな時ばかり役に立たない。
絶大で圧倒的なふりをして、ここぞと言う時に俺自身の胆力に依存しやがるから――!
さぁ。
いつものように大見得を貫いて見せろ。
何とかするのは、坂月ヒカルの得意分野なんだろう――?
「――――――ッし!!!!」
その一瞬、エマの身体をハイスピード写真くらい集中して鮮明に捉え、エマを神殿結界で受け留める。
魔力を甘く込めつつ、穴の開いたビーチボールの要領でわずかに弾力を作ってみたのだ。
そして速度を殺す。
完全に殺した瞬間地面に横たわせ、再び地縛霊ミネア・アルレー・ラ・ミヨルが暴れ出す前にその背中に神殿障壁を張り、テツでその両手両足を縛り少女の上に乗る神殿障壁に背中をそるような形で縛り上げた。
「う、うーい……………か、完了……………………………く、ふぅ……――」
脱力。も、もー知らないもう知らない……………。
ミナでさえ俺につられるように女の子座りでコテン、と尻餅をつく。
放心する俺達を中心にして、今頃落下してきた雷剣とアラマズールは、それぞれ対岸の地面に突き刺さり、静かに戦いの終結を告げた。