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一九話 邪神とお菓子の幽霊捕獲(ゴーストハント) (前)


 ――アルレーの町は、その名前にもなった「ミネア・ソラット・ラ・アルレー」というパティシエが生まれた町でもあるらしい。

 今はなきガルガンツェリ王朝。数度はその宮廷入りを拒んだにもかかわらず愛顧を受け、町に直々に現われたお后から謝辞を受け、アルレーと手を取りあったという。

 ――貴族庶民を問わず彼女の作り出すその菓子は愛され、いつしかその死後町の名前にまでなったという逸話である。


 アルレフール。


 彼女の代名詞でもある。


 四方形の薄い生地に焦がし糖蜜を塗った物を何度も重ね、ナツナ酒を染みこませ焼き上げただけの、値段としても安価な焼き菓子である。単純さ。しかし極秘の焼時間、染みこませる分量、生地の比率で幾多の店がその全てを真似しようとしても、彼女と同じ『単純なお菓子』一つ作ることは出来なかった。


 もともと精巧なオブジェ状のお菓子で有名だったアルレーが、革新を起こした歴史的瞬間でもあった。


 ――…とどのつまり、まぁよくいう「銘菓」って奴だ。

 この世界には…まだまだこういう「娯楽」が俺のいた世界とちがって圧倒的に少ない。きっと戦時中のソーダとか、ひよこまんじゅう売り出された時って言うのはこのアルレフルールくらい熱狂的に人気だったに違いないのである。


 で。


「はぁ…………………――――あああ……!! 見て姉様、あの口の中で弾けそうなプレンディッツ……ぅう!」


「ナツ、お菓子は後にしなさい。しばらくはここで滞在していきますから」


 宿屋で合流した際に、何かミナ達を慌てて追い掛けてきた、町長らしい旅商人みたいな格好の男が宿屋の門前で頭を下げていたのを目撃した。俺は何かあったのかとシュトーリア同様ぎょっとしていたが、特に驚いた様子もないミナが聖母が罪をそそぐような顔でその手を取ったのだった。俺だったら盛大に恩を押しつけてるところだが、そこはミナの手柄である。俺は口出ししなかった。


「ヒカル様、数日ばかりここに滞在することになりますがよろしいでしょうか…」


「構わないよ。俺もちょっとゆっくりしたかったところだ」


 きょとんとするミナに、追求されないようにそそくさ部屋を上がっていく俺。

 というか一夜限りのお楽しみという感じでお化け捕獲を受けてたので今日は夜更かしする気満々だったのだが、時間に余裕が出来たのなら話は別である。寝る前にシュトーリアをテツと一緒に責めて楽しんだ後、俺はそのまま就眠した。


 隣の部屋で横になっているエマの悪夢か痛みかに(うめ)く声を一晩中耳に聞きながら。バウムは、何も言わず何度も寝返りを打っていた。

 書を読みながら今日は部屋で大人しくしているというバウムにエマの番をまかせ、町に繰り出した俺達だが…。


「ほぇ…お菓子の町か、ダテじゃないな…」


 朝食を食べて通りに出てみると、…アルレーの町本来の姿が分かった気がした。


 それぞれの店々が店先前に試食を並べ、可愛い料理人の制服や従者(メイド)の服を着た女の子達が笑顔を振りまきながらお菓子を勧めている。四〇ものの店々がそれぞれの趣向を凝らした焼き菓子やら生菓子やら装飾菓子、はたまたキワモノなども織り交ぜて宝石のようである。

 晴れ晴れとした空に、糖蜜に閉じ込められたフルーツ達が、光沢を放つ。

 何よりむせかえるほどの砂糖の甘みとクリームの芳香が通り一面に満ちていた。風がながれてその香りがナツナシロップの香りになったりガナッシュを口に含んだ時の風味であったりと、こうも、歩いているだけでお菓子を堪能できる町があったのか、とさすがの俺も驚いた。元の世界でもこんな通り見たことない。まさにスイーツ・ストリートなのだった。

 人っ子一人いなかった通りには、それはもうどこから沸いて出たのか三〇〇~四〇〇人余りの老若男女でひしめいていて、真っ直ぐに歩くことすら出来ない。一列横隊で進む俺達だったが、


「…ごくっ」


「ん? 今なんかすごい音しなかった? なぁナツ」


「…何か言いましたかヒカル様」


 ナツこわ。おめめが充血していらっしゃる…。


「わ、私は別にそんな音聞こえませんでしたよッ!? ヒカル様、はぐれないようにしっかりついてきて下さいねっっ」


 先頭のミナがわたわたしながら言うので、俺は首を傾げながらミナに続いて酒場に入っていく。


 一緒に俺達とこの町で警備する傭兵達らとの顔合わせである。男女あわせて一〇人ほどで、それぞれD~Cランク。女子供の俺達を舐めた目線と言い、はっきり言ってゴミである。菓子でも食って隅で大人しくしてるがいい。

 

 一五分くらいで酒場から出てきた俺達はその場でお昼まで解散となった。


「ヒカル様も一緒に回りますかっ?」


「ナツ、声が裏返ってるぞ。いや、俺は武器屋とか回りたいから」


 ほら、呪いの武器巡り。

 身体強化形のアクセサリーも良いな。どうやらこの世界はそう言うのもあるようだからそっちも重点的に見ていきたい。出さない商品は金で物を言わせるつもりである。


「その戦闘における真面目さが他のことにも常日頃であれば……・。

 あ、ヒカル私も…、わっっ!!??」


「だめっ、シュトーリアさんも一緒に回るんだよ、こういう時くらい女の子して良いんだから!」


「ま、せっかくの初日ですものね」


 ナツが剣士姿のシュトーリアの手を引っ張ってお菓子と人混みの中に消えていくと、俺に一礼したミナは苦笑しながらその後を追った。


「さて。とりあえず依頼人の所に行くか」








「――だぁああ!!! ハル、さっさ次の焼に入って! ああ違うクリームの分量ちゃんと計って! 忙しいからって手抜きは許さないよ!! 売り子! きちんと声だしてお客に近づいて!

 アンタ邪魔、在庫の納品はお昼休みにって前から言ってるでしょうが! どいたどいた!」


 女性の鬼気迫る指示に思わずたじろぐ俺。


「あ――……あのぉー…」


 まさに厨房の戦争状態である。


 依頼人はここの焼き菓子屋「ホッツ」の『ニコ・アルレー・ラ・ナーシャ』なのだが、はてさて誰だろう。

 家庭科室一室を丸ごと厨房にしたような広さで、六名の厨房、売り子の三人がそれぞれてんてこ舞いで戦闘態勢になっている。型を取った、厚いビスケット状の生地が二五個乗せられた鉄板をオーブンのような物に入れて、その下に取り付けてある鉄の棒を握る。――そして赤く灯る手。ああ、この世界では火の元さえ魔法なのか。


「アンタ外の砂が入るだろうが! 入るなら入るでドアを閉めて!」


「あ、すんません」


 すごい剣幕でお姉さんに怒られたので、隅っこで大人しくしてることにした。


「おい、ちょっとそこどけ! 材料とれんだろうが!」


 しっし、とはね除けられるように店側へ移動させられる俺。そんな俺の肩にすっと手が置かれ、


「どうした、納品ならさっき店長が言ったとおりだぞ。…まぁそんな目立つ服着た業者も珍しいけど…お使いか? 菓子はちゃんと表で並んで――」


 厨房の一人らしい、オーブン前で火炎魔法を使っている男が言う。オレンジがかった赤のロン毛で、何ともニヒルな笑みが似合う男だった。おそらく二、三個年上だろう。


「違います。これでもギルドでね、お化け捕獲の詳細を聞きに来たんだけど、」


「てんちょー! この子バイトだって!!」


 笑み混じった顔でロン毛が叫ぶ。

 血の気が引いた。


「何ッッ!!?? ハル、その焼私が代わってやるから制服わたしてきなっ!!」


「あの、いや、その、えええ!!??」




 □■□■□■□■


「いらっしゃいませ、こちら当店お薦めの焼プレンディッツで、今ならこちら四個一セットで、」


「あ、あの、ヒカル…様?」


「お客様大変混み合っておりますので、事前にお買い求めの品は決めて並ぶようにお願いします。さっさ選べミナ。唇にピンクのクリームついてるからな。

 それとも適当に包むか。

 何も聞くな。

 俺だってよく分からない」


「ぷくくくくくく………!」


 ミナの背中でシュトーリアがナツに肩を貸してもらって爆笑している。


「シュトーリア、お前今日の夜覚えてろよ…!」


揉み尽くして素材そのままの味でいただいてやるぞこのやろう…!


「客に対してそんな口を聞いて良いのか。…ああ、何かここの菓子を知人に包んでやりたくなったな。おい店員、ここの菓子を『一個ずつ贈り物用にラッピング』してもらおうか」


「おま――…!!!!!」


 □■□■□■□■





 売り子が買いに来たお客に頭を下げつつ、お昼休み、と書かれた看板を店の前に吊した途端店の中に安堵の溜め息が満ちた。


「おい新入り、お前手際が良かったなぁ…言葉遣いも悪くない。顔も良いし売り子向きだな。厨房に押しこんどくにはもったいない」


 話しかけてくる、ブロンドを縛ってとんがり帽子で抑えこんだような一九前後のお姉さんがこの店一番の風格を持って言う。上は三〇代の男性までいるこの店の中で、剣士でもないのにこうも男言葉が似合う女性というのも何だかいいなと思う俺であった。


 俺は看板商品焼きプレンディッツが刺繍されたとんがり帽子を脱ぎながら、


「いやですね俺、ギルドの人間なんですけど、この店の店長が出したっていう依頼の話を聞きに来たんですが…」


「ああ、だからバイトだろ?」


 きょとんとした顔で聞いてくる女性の肩から顔を出すようにして、赤オレンジのロン毛『ハル』が口出ししてくる。悪意はないながらも嫌みな顔である。


「ああ、確かギルドには店員兼傭兵という内容で出して置いたはずだが――」


「お"い」


 厨房の壁に背中を預けながら疲れと騙された感で胸がいっぱいになるも、


「……話を聞いて良いですか」


「おう。ハル、茶と菓子を用意してくれ」


「いやもうお菓子は…」


 匂いだけでお腹いっぱいというか。

 そんな俺の心中をただの遠慮と勘違いしたらしい女店長は何とも得意げな笑みで、


「私の『ホッツ』にきて一口も口にさせないのはお爺様の沽券に関わる!」


 唖然とした俺のをよそに、色とりどりの菓子が、ハルの手によって目の前に並べられていくのだった。


 ちくしょう。ちくしょう!

 良いもんね食ってやるもんね!!! ちきしょーっ!!!








 午後の部を終え、人通りが少なくなった辺りで営業終了の札をかけ窓を閉める店長『ナーシャ』は、ぐったりと厨房の机に突っ伏している俺の背中をバシバシ叩いてきて、


「どうだいうちの店は! ギルドなんかよりよっぽど働きがいがあるだろう!?」


 げ、元気すぎて何も言えん。この人体力凄まじいな。喉がかれてないのもすごいけど。


「てんちょー、やっぱりヴァネッサが復帰無理みたいです。包丁で深くやっちゃってるみたいで」


「ああいい。ハル、あの子には明日から三、四日は休めと伝えといてくれ。

 一人増えたし」


 おい。

 言葉にならない言葉をよく磨かれた銀鉄製の机に投げかけるしかできない俺。無様だった。


「んじゃ俺もヴァネッサの空いた分、明日の仕込み手伝います?」


「いやいい、私がやっておこう。どうせ話もあるしな」


「はーい、じゃ、てんちょーお疲れ様~」


 ニヤ、と一瞬俺を見て出ていくハル。他人事だと思って。アイツ絞め殺してやる。


「で………………………話をもう一度お願いします。昼間はお菓子の食べ過ぎで頭に入らなかったんで…」


 それでも営業中は心を鬼にして接客したまでである。正直ファミリーレストランテイストだ。見たままをやってみた。隣の売り子を真似したり。それだけである。


「そうかそうか、腹が一杯になるほど夢中になったか…うんうん」


 このナーシャといいハルといい、人の話を聞かないらしい。いやナーシャの感じがハルに伝染しただけかも知れない。放っておかれるのも辛いが、我関せずと言った他の店員よかよっぽど質が悪い。


「で、いいっすか」


「なんだつれないな。ああ、そこの粉袋を取ってくれ。

 じゃあ話そうかな。メモは良いかな?」


 俺は仕込みを始めたナーシャの隣で壁に背中を預けつつ、彼女の言葉に耳を傾けた。







「――ああ、だからあんな所で店員してたんですね…いいなぁ、お菓子屋さんて女の子の憧れですよ、ヒカル様」


 夕食も満足に喉が通らずベットに突っ伏した俺だったが、エマの様子を見に来た折、聞いてきたナツに訳を話した。文字が読めないからには今度から依頼を読み上げる文章は逐一聞き漏らすまいと誓った俺である。


「で、幽霊でたんですか? …あの店に出るって考えるとちょっと怖いですが。…ヒカルさんよく幽霊退治だなんて受けようと思いましたね…」


「まぁな。それに退治じゃなくて捕獲。どうしたもんかなー」


『ホッツ』には実は二週間前から幽霊の目撃情報が相次いでいるのだという。見間違いか何かだろうと店長が直々に連夜寝ずの番をしていたら本当に厨房の真ん中に出現したのだゴーストが。

 あろうことかあのナーシャ、店の売り上げにも関わるから早々に立ち去れと肩を怒らせて幽霊相手に説教したらしい。まるで聞く耳を持たないゴーストは彼女が暇で仕込んでいた焼き菓子を通り抜けて消えていったという。ちなみにその時の生地が問題で甘味どころか風味すら『なくなっていた』というのだ。

 営業中に出てきて店の商品を無味無臭にされたら堪らないというなんとも女気のない理由で俺が呼ばれた次第である。いや、普通ゴーストが営業中に現われたらそれだけで普通、客は逃げるから。


「ゴーストは物理攻撃はききませんしね…」


「魔法もきかなかったらしいぞ。ハルが試したんだと」


 あれでも大のお化け嫌いであるハルを店長が引っ張って一緒に待たせたそうだからザマァミロである。まぁ幽霊に攻撃がきかないのはいつの世界でも一緒か。


「そのゴーストってどんな姿をしてたんですか」


「子供用のパティシエ服を着た、小さな女の子らしい。ちなみに、そんな彼女など店長は見たことないんだと。まずい、まずい、おいしくない、って泣きながらさ」


 それで我慢できなくなったからといってギルドはない。相談室じゃないんだぞ。


「ナツ、それは?」


 彼女のベットの隣にお皿があって、いくつかの、立方体の形をした段々重ねの模様のあるお菓子があったので指さす。


「アルレフルールですよ。この町で一番有名なお菓子です。お一ついかがですか?」


「いやお菓子はもう良い…」


 エマさんが起きたら食べさせてあげたいんです、とナツ。バウムの話だと今日二度発作を起こしたらしく、その度に気絶させたらしい。


 本来、気絶させることは解決その物には繋がらない。目を覚ましている時間、自分で自分の心を食い殺し、叫んでいる時間の積み重ねその物が治療に繋がるのに、宿のことを考えてだろう、これが単なる問題の先送りだとわかっているだろうバウムの心中を察した。


「ナツ、あーん」


「きゃっ、…だ、だからこれはエマさ、んの………………………あーん…」


 顔を赤くしながらもおずおず口を開けるナツの可愛らしい唇と唇の間に、押し込むようにして口に入れる俺だった。


「あー、可愛いなぁナツは…ミナも良いけどナツも良いなぁ…」


 んー、と抱きしめる俺にナツは抵抗せず抱きしめられてくれていた。







 夜。


 寝静まったアルレー町のお菓子通りに、少女らしき人影があったという。



 今から実家に帰って家族とお正月の初詣にいってきまふ!

 ネットが繋がってないので、ノーパソ持っていくですよ!

 向こうでぱかぱか打ってますー~wwww(>_<)

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