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一八話 邪神と交渉と気になるウワサ

 日が落ちかけた辺りでアルレーの町入りした俺達は、入口でホモ車を預けた。

 町と言うだけあって建物の並びが綺麗だ。住宅地区は町の外側に見えたが、アフタの『村』に比べて、それぞれが色とりどりの壁や可愛らしいお菓子を模した看板を用い、どっちかというと見栄え中心の店で建物が占められていることが一目瞭然である。ネオンの必要性が身に染みる。

 目視できるだけでも、すくなくとも店が三、四十件はあることがうかがえる。真っ直ぐに町の端まで、ホモ車四台並んで通れるくらいの通りが100メートルほど続いていた。


 買い物帰りらしい外行きの服を着た夫婦が、その間に五才くらいのはしゃぐ男の子をはさんで住宅地へ消えていくのを、知らず目で追っていた俺だった。そんな俺の肩を叩くミナ。振り向いた俺を含めて全員に言うように、


「今日はこのまま宿を取り、休息と明日の予定を立てましょう」


「えー。起きたらこのままマッシルドに行くんじゃないのか」


「この町からマッシルドまでが長いのです。魔物に全く遭遇しなくとも、十日は確実にかかる距離ですから」


 今日の昼食で予定より一人分多く食材を使ってしまいましたからね、と続ける。バウムの分だろう。一人分くらい別に大丈夫だろうに。やっぱりそこはきちっとしとかないと気が済まないのがミナなのか。


 夜も間近、ほとんどの店が店終いし始めている中、そこから一番近くにあった宿をとると、三階の三部屋を貸し切る形でミナがチェックインする。


「一部屋二人だそうですので、ヒカル様とバウム氏、私とシュトーリア、ナツとエマさんとします。各々方、よろしいですか?」


「かまわぬ」


 赤いきつねがこくりと頷く。男と女で分けたつもりで、元養父とその娘で割り振らなかった辺りにミナの配慮が伺える。バウムも察したらしい。

 …まさか、俺がシュトーリアを夜這いするのを防ぐためとは違うだろ、た、たぶん。


(ヒカル様、シュトーリアも、後でよろしいですか?)


 ミナに階段へ向かうよう促しながら耳打ちしてくるミナだった。はて。







 荷物を置いてきた俺はそのまま宿屋のロビーで待っていた。後から降りてくるミナとシュトーリアと合流して三人で宿を出る。窓から呪いの武器が入ってきて俺のベット周辺を呪いの武器で埋め尽くした件についてバウムは「これも定めか…」などと諦めの良いご様子だったことは別に二人に告げなくても良いわな。


「一刻も早くこの町の町長に、アフタの町の惨状とその被害状況を伝えておかねばならない。警備兵としてすぐさま要請できるこの町の傭兵の数を把握もせねばならんだろうからな」


 鎧を鳴らしながらシュトーリアが言う。隣町を襲われたのだ。次に狙われるやも知れないアルレーの町にとってはよっぽどの一大事だろう。


「そうですね。――そして、それにかこつけてバウム氏とエマさんの保護を同時に交渉するつもりです。…当人達が傷つかずにすむように」


「ああ」


 バウムの話を聞く限りでも、獣人は差別対象だということは明白だった。わざわざ本人達を連れて行って辛い目に合わせなければならないことはない、ってことだろう。


「最悪、盗賊襲来をほのめかしてバウムをこの町の用心棒にでもさせるつもりか?」


「そうですね。…話せば分かってくれると思いますが…」


 まぁできてそこまでが俺達の限界だろう。そこから先はバウム達で頑張ってもらうしかない。


「よく考えると俺は要らないよな。町長に説明することなんか二人で何とかなるだろ」


「ヒカル様も気にしていたのではと思ったのですが?」


「いや対処できるならわざわざついていかないさ。それより今ちょっと重要なこと思い出してね。ミナ達がそっちで話つけてくる間にそっち行ってくるわ」


 とん、とミナの肩を叩いて止まり、タルから酒が吹き出している看板のある、酒場の入口に向かう俺だった。


「聞き忘れてただろ、『竜剣探しの他の参加者数』」










 盗賊団はまた一人『盗品』を手錠して牢屋に閉じ込めた。

 五メートル間隔で牢屋前に仕掛けられた蝋燭以外、明りはない。昼でさえも洞窟であるここには明りは差し込んでこないのだ。空気には薄く『商品』達の尿や糞が混ざりよどんでいた。だが、慣れた盗賊達にはそれが普通だった。入荷したばかりの『商品』達は眠らされていたり気絶させられていたり、起きていても泣いて呻くだけである。


 一人一部屋。


 だが刑務所よりも家畜扱いに近い牢屋は一部屋一部屋がロッカー同然の横幅で、中にいる人間は藁に倒れて起き上がることすらままならない。入れ込まれる人間の種類を最初から想定した作りになっているここは、盗品置き場。

 言い換えればここにいる手錠をされて転がされている少女達は皆、奴隷商人に引き渡すための、『商品』である。

 

「頭ァ、例によって数人…ええと三人あぶれやしたぜ」

「好きにしろ」


 ひょぉーーう! と拳をぶつけ合って下品に笑う男達五、六人はいずれも赤いバンダナをしている。戦場に出る場合は、彼らも部下とともにその上に、焦げ茶皮の横ツバの垂れ下がった皮カブトを被る。今彼らが装備している鎧もまた、同じ材質で出来ていた。盗賊団の団員の証であり、標準装備である。


 彼らはあれでも、それぞれ三〇人の盗賊を束ねる各部隊の隊長達だ。腕組みしたまま、好きにしろといった男が背を向けた瞬間、牢屋の前に転がされた少女達に群がっていく男達。その中には、死の怖さの余り犯されてなお盗賊に媚びを売り、末はヒカル達の目の前で首を切られて殺された赤毛の少女の、妹の姿もあった。


 男達が各々の欲望のままに少女達を組み伏せ、その叫び声を押さえようともせずにむさぼっていく。その叫び声に目を覚ました牢屋の商品達は光景に震え上がり、声を押し殺して泣き、心のどこかでそれが自分でなかったことに安堵した。

 あの少女は今、男達に激痛の中貫かれながらここにいない姉を恨んでいた。だが自分の姉も妹である自分を売りながら死んでいったのだと永遠に知ることはない。


「次の納品まで後十日か。貴族のお忍び相手は疲れる」

「そういうな、頭。これで食ってる奴もいるんだぜ?」


 頑なに表情を拒んでいる『頭』と呼ばれていた男の隣で、わずかに身長の低い、刈り上げた髪に長い黒ヒゲをヒモで束ねている男が言った。身長は二人とも一八〇を超えていて、筋肉の締まり方は他の団員とは比べものにならない。特に黒ヒゲの男は豹が人間となったらこのような感じになるだろう、と言った風にしなやかだった。並んでいると余計に黒ヒゲの男が頭より小さく見えるのはそのためである。それが同時に二人の立場も表わしているだろう。右手には魔力増幅の宝珠のついた腕輪。彼が魔術士である証だった。


「世は回る、必要な物が必要な人の所へ。へっへ」


 悪、は時に必要悪となる。ならざるをえない。それが彼らの存在意義であるからには仕事にも信条がなければやっていけないということもある。


「ムロゥ、今度のマッシルドのオークションだが、予約の確保が去年と同じようにいっていない。このまま去年と同じかそれ以下の数ならば中止だ。それは分かってるな」


「あいよ、出し惜しみ上等。てかラックの営業の仕方に問題があるんじゃないのか? その無愛想なツラで薬草の説明するみたいに話してんじゃないだろうな」


「貴様のやり方はプライドがない。売れればいい、と言う問題ではない。それでついてこない奴らなど切り捨ててしまえ。どうせ『帰ってこい』すらろくに出来ない奴らだ」


 ムロゥは苦笑して「そりゃそうだ」と頷いた。アフタの村での引き際の悪さを揶揄(やゆ)しているのである。


「俺は次の商談のために寝る。起こすな」


「起きろって言っても起きないクセに」


「貴様は俺に一度でも言ったことがあるか?」


「いーえ、ぜぇーんぜん。じゃぁ頭、あとはいつもの配当だが、部下の配当は俺にまかせてくれ。あいつらがめてるだろうからな」


「……お前が、頭が回って助かる。まかせたぞ」


 ヒヒッ、と笑ってその場で見送るムロゥ。

 隊長達のお楽しみの様子を見物しに、その足を返して洞窟の奥へ消えていく。







「アーラック盗賊団です」


 言って、盗賊の死体から回収していたバンダナを机に置くシュトーリア。夜遅くの来訪に、商人堅気な町長はいかにも物言いたげだったが、アフタの村が壊滅した件についてほのめかすとすぐに客間に通してくれたのである。


「すぐにマッシルドの傭兵団か駐在しているエストラントの真法(しんほう)騎士団に応援を請うべきでしょう」


「で、でもだねぇ、…あそこは今祭り前で警備も手一杯だろう? ちょうどうちのギルドの傭兵も大半が向こうに行ってて手薄なのさ…困ったねぇ、マサド辺りに早伝を出しておくしか」


 それでも三日はかかる。ヒカルが広域神殿結界やミュルーズ・アーツの遠距離からの射撃威嚇などによって魔物との遭遇をゼロにしていたが、本来はカントピオ砂漠と草原の魔物がかち合わせしている行路である。


「マサドの方角ではだめです。アーラック盗賊団と幾度と剣を交えているマッシルドの方がいいでしょう」


 ミナが間髪入れずに言う。事実。例によってヒカル達が通った後に起こる『空いた縄張り』になだれ込んでいる最中で、魔物の群れが共食いをしている最中だったりする。前例があるためミナも推測するに難くない。


「き、君達腕は立つんだろう? 旅をしてるようだし、君なんて帯刀してるじゃないか。ギルドなんだろう?」


「獣人ですが、腕の良い魔術士が居ます。彼とその連れ子が行き場を探しているので、この町で暮らして良いことを条件に今回の警備につかせる、というのは…」


「獣人だってぇ…!? ……それってまさかアフタの赤キツネの事じゃないだろうな? あんなのがうろつかれた通りにヒトがいなくなっちゃうだろうが! ただでさえ質の良い客が出入りしてくれてるって言うのに…! あんた達で良いよ、あんた達なら雇う」


「――そうですか。ならこの話はなかったことに」


「待て、待て! 言い方が悪かった…………赤キツネだけじゃなくてあんた達も警備についてくれるなら、……………………少しは、考慮する」


「考慮、と言うのを明確にしていただけませんか。子供の口約束ではありません。私達が持ちかけているのは大人の、きわめて人道的な意味もこもった取引なのですが、そう聞こえませんでしたか?」


「……………………ッ」


「町長、住まわせる住まわせない、を、町の人の命と天秤にかけるのか?」


「…………………………迷っても答えは変わらないと思うのですが、」


 え、と、シュトーリアはミナの言葉に思わず唖然となった。

 そこは違うだろう、と。




「…………………………………………保証は、出来ない…ッ」



 

「でしょうね。それではお騒がせしました」


 席を立つミナ。シュトーリアが慌てて追いすがるが、同じ空気も吸いたくないかのように外に行ってしまう。


 ――が、シュトーリアもようやくミナの心のうちを思い当たったようだ。


「…………………町長。その発言こそが自分の首を絞める事にならないことを祈っておいてやる。

 『質の良い』町作りをしたのが裏目に出たな。失礼する」


「おい、おいッッッ……………………」


 シュトーリアは早足で、ミナの背を追うのだった。











「……………………………………………………………………聞かなきゃ良かった」


 正式に参加登録をしている人数だけで一六七名ときた。しかも最高ランクはAA級、しかも一年前から参加している人までいる。なんというかもう、この依頼主は人の人生弄んでるとしか思えない。


 宿屋に着いてから、そのまま皆で酒場近くの料理屋で夕食にしゃれ込む事になっていた。今それでお腹が空いていることもあって、妙に先行きが絶望的に感じられてきたのである。おかしいな、あの時これだと思ったのに。ミナが依頼人と顔見知りになっていた方がとかどうとか言ってたけどそれはそれ、これはこれである。うぁあ穴に潜りたい。


 依頼とは受けて真摯に取り組む物だ、という偏見があるからいけないのか。


 シュトーリアの言うように「ついで」として考えないといけないんだろうか。


 て言うか一年前から探しててホロモス森林にあるって分かっててまだ手に入れた人がいないって言う状況からしておかしい。竜種の群れまで楽に相手取れるAA級まで混ざっているなら俺達の出番ははっきり言ってないように思える。スタート切るのが余りにも遅すぎてるじゃないか――。


 あまりにも呆然とし過ぎて、参加者数を照会してくれたギルドの人に大丈夫ですかと声までかけられる俺。


「く…」


 ええい、落ち込むな。そう言う世界なんだって思え。ミナの言う通り、シュトーリアの言う通りに。ついでと思って……。


 何とか商売敵一六七名ショックから持ち直した俺は、ミナと話していた魔物大掃討でのお金稼ぎのために、依頼を紹介してもらうためカウンターで再度聞く。


 薄茶の軍服を着た女性は、依頼一覧の紙をこちらに向けると、上から読み上げてくれた。


「デルオーガー十体の掃討 報酬4000シシリー。アルレー周辺の…」


 十数件…色々あるなぁ掃討依頼。


「~の捕獲、こちらで以上になります」


「え? ごめん、もう一回言ってもらっていいですか」


「はい、ではまた最初から読み上げま『いや一番最後で良い』………わかりました」


 読み上げます、と前置きして、係の人は、その依頼を口にした。









        「『アルレー町に出没する幽霊の捕獲』」










「………………………ほほう?」


 ようやく、俺のなじみ深いオカルトに出会えて、頬が緩むのだった。





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