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一話 邪神と生け贄。だが鬼畜。

 空から降りていく意識と。

 地面から生え出てくる身体。




 冷たく暗い地面だった。コンクリートの割れた隙間から生えているタンポポの苦しみってこんなもんかな…と思いを馳せながら生え出てくるままにまかせる。洞窟の深奥らしく、体育館ほどある空洞の中、所々に蝋燭の火が点々としている。


 身体の自由は一切きかず、うねうねと、身体は地面から押し出されていくところてんのように力がない。しかも裸だった。コレはハズい。


 何せ『俺の意識』は浮いているのだ。身体がこれで動き出したら俺は何なんだという話である。魂。ソウル。ホワイ? どうしてこんな幽体離脱な状況よ?


 きっと今の俺は魂に違いない。右肩後ろの青いあざ。

 ゆえに、下の身体も俺のだと見間違わない。


 おかしいな、もうちょっと死んだ後は跳んだりはねたり空を好きなように飛んだり壁を通り抜けしたりできるって聞いた事あるのに、ただ浮遊してるだけだもんな。

 寝そべる身体下の地面が、突如円上に光をあげた。



 (模様…魔方陣?)



 マンガとかで見たことあるような呪術文字と紋様が円光のうちに展開される。


 (あちゅ、あついあつい!! …や、焼けちゃう! 俺の身体焼けちゃう!)


 あああああああ、何か熱いような気がしてきた!

 魂の俺も熱いよ!?

 い、いたい! 水! 水水水!!!

 身を抱くと火傷した肌を触っているみたいに痛かった。薄皮を剥がした肌に触ったような。真、皮……!?



「うぐ、ぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」



 身体だけの俺がとうとう俺と同調して叫び声を上げた。どんどん身体に下降していく意識の俺は、右手が地面の俺の右手と重なり、



「ア…、っ――…!」


 喘ぐ苦しみが、意識通りに右手を動かした。



 違う、焼けてるんじゃない。これは生まれたばかりの赤ん坊が味わう『生の苦しみ』そのもの。全ての皮膚が栗毛立ち、水を水をと叫んでいた。


 『今生まれたばかり』の肌が、酸素を初めて胸一杯に取り込んだ肺が。


 生に憎悪を感じた瞬間を、再度。記憶の向こうに追いやられた、生まれた間際という最弱状態の身体に、死の次に苦しいと言われる灼熱の激痛を全身隙間無く鞭打たれる事そのものだった。何より意識が身体に重なっていくのは、たとえば手なら、爪が皮膚を突き破って生え変わっていくおぞましさとその激痛であった。


 長い、長い一秒とわずかを経て、俺は身体と同化する。



「…あ、ぐ…ぁ!」



 こ、これは…くっそ、確かにコレは死ぬ。三六九ぅ、いきなり死にそうになったぞオイ…!

 二度目の誕生という門前パンチ食らっていきなりくじけそうだ。徐々に皮膚が外気に適応して痛みが引いていく、その頃になると、ようやく焦点の合わなかった視界が機能し始める。


 洞窟だ。それは間違いない。だが、俺の場所は言うならばオペラ劇場の舞台辺りになっていて、正面には大人が三人楽に歩けるほどの唯一の石階段が高みに続いている。洞窟の至る所にある蝋燭は、無秩序かと思っていたが、ちゃんと階段を的確に照らすように配置されていた。なるほど、ここはここ数年レベルの急造じゃない…。


 足音が、高みから響いてくる。



「…………っ…俺裸じゃんか! やっべ! 何か着るもの――パンツすらないってどんだけ無防備かましてるんだっ」



 隠れるしかない。でもどこへ?

 でもどうしようもない。とにかく身体を起こそうとして、


「ぅ、ぐゥ…ッ!!!!」


 だめだ、動かない代わりに骨が外れたような痛み。手だけは何とか。這っていこうにも意外と重い身体は全然動いてくれず、顔は諦めて階段を見た。





 (…………ローブだ…)





 灰色一色の顔まですっぽりレインコートのように収めてしまう一着は、杖さえもっていれば魔法使いのようだった。背丈はおそらく一六〇止まり。足音からして体重も感じられない。

 女だ。


「ぁう」


(…今ローブの裾踏んだな)

ローブ大きすぎやしないだろうか。





 幾多の蝋燭に照らされながら声を出すことも出来ず、まな板に寝かされて料理されるのを待つばかりという俺を、ローブに隠れた暗がりからしっかりと見据えているのが分かった。情熱的な物すら感じる。


「…」


 だめだ、もうどうにでもなれ――…。







「邪神様、」






 舞台の下まで来た彼女は、壮麗とさえ思える動きで片膝をついた。

 顔は上げず、



「この度の来界、誠に有難うございます。私は貴方様の巫女を務めさせていただきますミナと申します。重ねてお礼を申し上げます」


「み、な…?」


「はい。ではどうぞ、ご堪能下さい」



 ローブを脱いだかと思えば、そこにいたのは、青と白の大布一枚ずつで身体を器用に巻いているだけの女性がいた。蝶結びで止めてあるらしい。傍から見るとプレゼントのラッピングのようにも見える。

 女性、というのもその大人びている風格からだ。声色一つをとっても同年代と推測するにあまりある。乳房や局部はきっちり隠されてはいるが、逆にそのきっちり感が身体のラインを艶めかしく見せた。呼吸が、布きれを通して見えるだけでもう直視できない。


「…っ」


 身体は動かないのに生理的なものは健在らしく、地面に当たって痛い。

 ちらりとミナに意識を戻す。

 青みがかった銀色のロングヘアが、地面を舐めていた。顔は、俯いてる間は唇をきつく閉じて赤面を押し殺そうと必死になっている。



「………ぁぅ、」



 見たな?

今見たな!?


 慌てて顔を下ろしたミナはローブを畳んで傍に置き、さらに数歩近づいてくる。

 子供が鎖でつながれた犬をからかう図にも似ていた。こっちがいきり立って怒ったら逃げるアレである。


「…邪神、様…?」


 おずおずと再度顔を上げ始め、


「動かないんです」

「――は?」

「手と顔しか動かないんです俺」


 邪神様とかの誤解はその後だ。

 まずは隠したい。


「おっと顔を上げちゃあダメだ」

「ぁう」


 それ以上は危険ラインである。

 ………俯いて見せても上目遣い禁止!



「その…」

「乙女として見ないか隠すかどっちかしろよ!」

 俺のをサ! そのローブで隠してあげるとかサ!


「…あ、あの、私は巫女で――」


「生まれたままの姿を前に片膝着くのが巫女でもあるまいに!」


 口は達者に動くから泣ける。


「……………・巫女は、邪神様に食されるためにあるのです。

 食材と同じです。

 感情など捨てております。

 どうぞ人としてお扱い無く」


「こちらの心情としてはまな板の鯉は俺なんだが…」

 

 待ちきれないと言わんばかりにミナは、しゅるり、と青の布を身体から奪っていく。


「お、おい」


 Dだ。なんというD…! 下乳に布が引っかかって盛大に揺れてみせる。


「――なんと」

 だめだこんなのが運動場を走ってでもしてみろ、卒倒するぞ陸上部とか野球部…!

 感嘆の声は、わずか二枚のうち一枚を脱ぎさったというのに白一枚で大事な部分部分は絶妙に隠しきっていたからだ。なるほど長方形に近い青と違って、白は帯状だ。青を畳んでまた傍らに置くと、また数歩近づいて片膝を着く。

 一メートル前にある裸体同然のラッピングに、釘付けになる俺。



「…くっそくっそ!」

 あわてていきり立った股間に手をやって何とか隠す。

 見たな! 今絶対見ただろ! 俯いても見えるぞこの距離は!



「…み、」


 名前を、呼ぶべきか、迷った。



「み、見ないでぇ…」

「あ、…………………………、あ。すみません! 今、察しました――ッ!!」

 青の布を投げるように俺へ渡してくる。










 ずっと寝そべってるのもアレなので、ブッダよろしく片肘をついてラッピングと対峙する俺。態度のでかさなら上である。でも淫らさなら向こうだ。警察に並んで突き出されても犯罪は向こうだと断言できるレベル差である。


「食べるって?」


「爪………ないなら、コレをお使い下さい」


 どこに隠し持っていたのか三〇センチ程度の狩猟ナイフを手渡してくる。


「食ってそっちか!」


 しかも刃の付け根にうっすらと血液の滲みもある。目下絶賛使用中の物らしい。

使用中にしては刃だけはしっかり研がれていた。


「……………………痛くないようにってか」


 刃こぼれしていたら、なるほど、苦しいのは自分だ。


「……っ、すみません、浅ましくも我が身可愛さに――」


 頬を赤く染めて熱にわびてくるのをみて、確信した。


「いや食わないから。後勘違いしてるみたいだけど邪神でもないから」


 三六九に散々ふかされて、あるのがどんなオカルトかと思えば。



「異世界かよ、ここ…」



 しかも誤召喚とみた。


 オーケー。理解した。昨今のマンガでもこういうのあるわ。妄想同然の娯楽がこういう形で先見になってくれるとは。でもこういう形だと、無駄にならなかった、ってのを正直素直に喜べない。




 ミナの無表情が徐々に崩れ、もう片方の片膝も落ちて両膝を着くに至り。

 唖然へ変わっていく彼女は、それはもう、後々になると写真に撮っておけばよかったと思うほど抜けた表情をしていた。



「…は? いや、そんなはずは――!」


「俺人肉食べないし」


「た、食べない邪神様と言う事では…!」


「動物殺した事もありませんマジで」

 幽霊とか魔物とかならあるけど。いや間接的にね。


「そんな…言い伝えと、お母様の話と、違う――…」


「ていうかそろそろ寒くなってこない?」


 お互いにラッピング一枚である。

 お、寝返りを打とうして気付いたけど、いつの間にやら足腰が動く。


「よっ」


 布で隠しつつ跳ね起きてみせると、ミナと名乗る巫女に言った。


「…ローブ借りるからな」

 ナイフの腹でミナの首筋を撫でながら、言った。






「ローブ一枚しかもってきてないぃ!?

 ちょ、ちょっと待て。お前巫女か言いながら邪神様が裸体で降臨してくるの知らなかったのかよ!」


 洞窟の出口へ進みながら言う俺。先導するのはミナだ。開き直った俺はその尻から目を離さない。


「し、知ってました…! ですから私は生け贄で、」

 何とか視線から逃れようとするのを、てい、と手で払う。


 この洞窟から出るつもりはなかったのです、とラッピング姿で言うミナだった。

 ローブは俺がもらった。何、邪神じゃなくたって被害者はこっちだし、どうやら未だ邪神と疑ってる向こうは俺のなす事に文句がつけられない。

 何より俺がラッピングするよりよっぽどマシである。


「…疑いの眼差し、分かるよ? でも嘘は言ってない」


「――古来より、(断末)セライの年、キュベレの月、あがないと呪い満ちる時、選ばれし民の敵を食らいつくすべく降臨する、と。

 半身半獣にしてむせるほどの魔を携えた『破界』の神。

 それが邪神様です。たしかに、言い伝え通りではありませんが――」



 足を止め、向き直った。いい加減そのポーズが好きなのかと言いたくなるくらいだが、また片膝をつき、



「魔に関しては一切の疑いようもありません。巫女の目にもありありと。

 世界に点在する信徒の総数一〇と八万に等しき魔力量は、御身が邪神様として降臨なされた証です。異なる貴方様を、神域に押し戻そうとする世界の対抗干渉が周囲で死滅していくのをひしひしと感じております。世界が相手では、若輩者ゆえ私では一瞬すら持たずにマテリアルへ霧散するはずです。

 どうか。

 どうか。私どもにその御加護を。その御力を貸し頂けますよう――!」



 がばっ! と顔を挙げて見せるミナ。



「ほう、そんなにほしいか」


「はい。すがるしかない醜さにどうが慈悲をいただければ…。

 御身に捧げるためだけに私は鍛練を重ねてきました。村古くから伝わる慣習です。このまま村に戻るなど一族の恥…。なれど、邪神様のご寵愛を賜ると言う事ならば話は別です。村も快く私を迎え入れてくれるでしょう。邪神様の今後の世話一切を円滑にすることをお約束いたします。この場でひと思いに食されるなら…それが一番、良いのですが」


「どうしてそんなに食われたがるんだ」


「…………っ」


 ミナは銀髪の向こうに表情を隠した。


 大体最初からおかしかったんだ。邪神様だと言っときながらこちらの意見など聞きもしない。生があればすがりつく様子もある。だけどそれでも食べられた方が良いという。村が迎え入れてくれるだのご寵愛だの云々――。


「俺が邪神様じゃないって事くらい雰囲気で分かりそうなものだけどな」


「いえ…滅相もない」



 可能性を捨てきれず、っていうなら確かに建前としては良い。

 でも。ここは異世界だ。元いたあの社会を目安にしてはいけない。



「食ったら、そっちに良い事でもあるのか?」


 ミナが片膝に乗せている手に力が入るのを俺は見逃してやらない。


「邪神なんていう、はなっから胡散臭い奴を召喚し続けてきて、ただの一度も『失敗』がないって事だ。一族を形成するほど長引いたならその手腕も確かなんだろう。

 俺は一応そういうオカルトもそれなりに経験しててね、こういう『生け贄』だのには『狙い』があるって知ってる。

 たとえば、」


 ごくり、と二人分喉が鳴り、洞窟の静寂に響く。

 

「食ったら、村の命令に逆らえなくなる暗示がかけられるとか――」


 召喚者がなにがしか代償してコントロールを得る、というのは理屈として難しい事じゃない。

 食うタイプじゃなかったとしても、籠絡してしまえばいい。ミナの体つきは女体として上から下まで完成されていて、男を誇るなら一度は抱きたい身体を体現しているだろう。弾まなければマスクメロンかと思ったぜ最初は。


 罠と分かってしまったから、腹が立った。


「ミナ。俺は、たとえミナが魔力を感じていようがその使い方なんて知らない。

 従うが、でも籠絡なんてされてやらない。

 俺はお前らに利用されるつもりはない。

 少なくともこの世界で生活の獲得と元の世界の帰還を優先するからな。いいか。俺はコレでも被害者なんだ。

 ツケは払ってもらうぞ。

 邪神なんて祭ってるお前らにはおあつらえ向きだ」


「――――っ」


「…顔あげろよ。お前に条件付きで付き合ってやるって言ってるんだよ。死にたくないだろ。俺も殺したくなんかない。食うなんてまっぴらごめんだ」


「…私、は、」


「それだと村に信用されないって?

 分かってる。俺は邪神として籠絡されたかのように振る舞う。そこらへんはおいおい打ち合わせしよう。

 だけど、お前は事が片付くまで俺の奴隷だ。俺の望み通りに動いてもらう。俺を騙そうとしたんだからそれくらいはいいだろ」


「…………………ありがとうございます」

 安堵にも似た溜め息を吐くようにミナが言う。






 また歩き始める俺達だった。丁寧な応対だが、さすがに言い過ぎたのかつんとした態度である。



「で、ミナで言いんだよな。名字?」


「はい。…その、みょうじ、というのは?」


「あー…ファミリーネームとかは」


「姓はソルム、地はソネット、名はラ・ミナ。ソルム・ソネット・ラ・ミナと申します」


「ミナ」


声に出してみて分かった。ミナという名前は、この少女に合わないくらい可愛らしい。名前が雰囲気を食ってる感じだ。もっと教祖の娘! みたいな、慇懃無礼な名前もあるだろうに、なんか村娘って感じがする。いや、実際そうなんだろうけど。


「俺は坂月ヒカル。名がヒカルだからな。ヒカルって呼んで」


「ヒカル様と。ではそのように」


「籠絡した邪神を様づけでいいん?」


「神にかわりありませんから」


「ふむ」


 一応崇拝対象なのな。



「……………っ!」


 俺からお尻を庇うようにして向き直り赤い顔をして見上げ睨んでくるミナ。


「む、村ではこういう事をせぬようお願いします。私の巫女としての立ち位置がありますのでっ…」


「もうあれだ、生娘に籠絡って無理じゃね?」


 これくらい余裕でながしてもらわないと先が思いやられる。


「時と場合によります! ヒカル様、ど・う・か私の顔を立ててくれますよう!」


「いや無理よ、ミナって年頃の男子相手に壁作ってきたタイプだろ? もしくは触れあわないように過ごしてきたとかさ。なんとなく分かるよ」


「…清廉さが生け贄としての芯ですから」


「食べられる方もそうだけど籠絡する方のイメージトレーニングが圧倒的に足らないと思うんだ。女子だしそういう妄想って得意だろ? な?」

 女子高の妄想癖過多の法則である。


「…先を、急ぎましょう…ッ!」


 ふん! っと、とうとう尊厳もどっかに放り投げて大股で先に行ってしまおうとするのを肩を押さえて押しとどめた。

 だって、なんだかんだ言ったって心細いんだもん。

 それくらい察しろってもんである。



「しっかし綺麗な髪だなぁー」

「…こそばゆいですから」

 ミナが抵抗しないのを良い事に散々髪を見たり撫でたりして遊んだ。



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