十七話 邪神と徒労と郷愁と
あの後散策を続けた俺達は、昼食のため一度バウムの家に集合した。バウムのキッチンを借りてナツとミナが仲良く料理を作っているところに、
「モホモスと天幕車が蒸発しただって!?」
「すみません、雷撃砲が町から打ち出されてきて、私とナツは避けることで精一杯で…」
どうしてそんな大切なことを早く言わないのか、キツネの魔法使いバウムとの魔術談議に夢中になっていたミナはようやく思い当たったらしく、おたまと手ふきを両手に持って申し訳なさそうに頭を何度も下げた。
「むぅ……すまない、知らずに可哀想なことをしたのだな私は」
「いや、あのホモは何か調子に乗ってたから良いお灸だとは思うんだけど死ぬほど熱いとはさすがに思わなかっただろ」
やっぱりあの恍惚な目で逝ったんだろうか。
半竜半モグラは引いて歩くことにその頭を振り振り、喜びに胸がいっぱいだったのかも知れない。
あの楽しげな鼻息こそ、今の俺達には大切だ、と俺はふと思った。
状況を一番把握している風なシュトーリアが女性らしくもひきしまったアゴ骨を撫でながら、
「――幸い、重要なモノは積んでいなかったからこの町の天幕車を拝借させてもらうのがいいだろう。まぁ食料だけはどうしてもこの町のモノをいただくことになるが。
例のヒカヒャあああっっっ!!! い、いえ申し訳ない…本当に何でもない…。
(苦笑いしながら、お尻をもみしだいて離さない俺の手を何とか後ろ手で押しのけようとしつつ)
ひ、ヒカルが発見したという女の話だ。残党が仇討ちに来る可能性もあるし、正直こんな町に長居はしたくないとはいえ……次の町で下ろすのが最適だろうな。
バウム殿。彼女の身柄をまかせられるか」
シュトーリアがバウムのきょとんとしたキツネな表情に毅然と言う。カップを飲む仕草さえお嬢様然としていて、この世界のマナーらしきものも感じた。ミナのようにつねればいいのに、ただはね除けようと必死な女剣士に愛らしさを覚える俺だった。
「私もそれに賛成です」
湯気立つ料理の皿を俺達の間に並べながら言ってきたのはナツだ。
「あの子は出来るだけ静かな環境に移してあげるべきです。バウムさん、心当たりはありませんか」
「バウムにも限界があるだろ?
例えば…そう、ニルベ村だったら静かだし他の村よか安全で良いだろうが」
たしかに。草原と丘と森と風と妖精と、マンドラコラの畑に囲まれた小さな村。邪神を祭っているという後ろめたさはあれど、ルーピー達の結界に守られているのどかさはきっと傷心の少女には最適なんだろう。
「ヒカル様。ニルベ村には、ニルベの血縁か縁の者しか立ち入ることは出来ません」
「なんと! …これはおどろいた、もしや、ニルベの民の者なのか?」
「はい、私とこの妹のナツが」
おお、と側に立つナツをも上から下まで見て、驚いた感情を隠さないバウムだった。ヒト種よりも前に長い鼻が。ナツに染みついているはずのニルベの臭いを確かめるようにひくひくと動く。
それから各人が旅の用意や警戒に各々時間を潰し、夕刻に。
エマの身体を動かしたくない、というナツの言い分に納得した俺達は、病室のベットで寝かさせてもらうことにした。自分の娘のように育てたというバウムだが部屋に入るのを渋り、少しだけエマの静かな寝顔を見ただけで直ぐに隣の診療室へ引っ込んでしまった。嫌ってるわけではないらしい。おそらく自分が男であることをバウムなりに気にしているようだった。
ミナは相変わらず診療室でバウムと話し込んだままだ。ええい、いまいましい。
シュトーリアは寝ずの番で入口のすぐ側で座って外の気配を伺っている。今身体を抱くようにして顔を赤くしているのはさっき俺が物陰に押し込んで触りまくっていたからだ。銀鉄の鎧に身を纏いつつ、肩までのウェーブかかった黒髪を揺らし。わずかな抵抗も喜悦なのだ。強気な騎士は後ろからに限る。
そしてナツ。さっきまで俺とエマの寝顔を見つつ、これからのことについて心配だというナツの相談に応じていたのだが、今日色々気疲れしたらしい。エマの手を握るようにしてイスに座ったままベットに頭を預けるナツに、俺はお腹の間にはさむ枕を先ほど差し込んでやったところであった。何というか保護欲なのだ。無防備な姿を見せてくれるとついつい世話を焼きたくなる。
カーテンは開けたまま。外の様子を窺いやすくするためだ。ニルベやマサドの村で見たものと全く変わらない星空が、廃墟の町を慰めるように点々ときらめいている。
シュトーリアを物陰に押し込んだのも、その際に目を瞑らせて神殿結界を町全域に張るためだ。だから今、外に危険はない、と断言できる。
でも、カーテンを閉めているとエマの顔が見えない。
物音を立てず、俺はイスに座ったまま、包帯のエマを見つめる。
「今日は起きそうにない、か…」
蛇ら、とテツがあくびを噛み殺す俺を鉄輪でつんつん突いてくる。
「寝るなって? ああ、分かってるよ…」
一応蛇なテツは生き物の動きに敏感なのだ。万が一暴れ出したり自傷行為を始めた時にすぐさま止めるため、エマにつかせていた。俺がいる意味はないのだが、何、保険という奴である。
「――――、」
息を呑んだ。
違う。
さっき俺の頬を突いてきたのは、テツは、少女が動き出す予兆を感じ取ったからだ。
「…………………………あ、……………………ああ、ぐ…」
寝起きにしては、聞かない第一声だった。意識がさきに覚醒したろうから、肩や目の痛みに呻いているのだろう。この程度で済んでいるのはナツの治療と麻酔が効いているからなのか。
顔を締め付ける何か。まぶた越しに明かりすら感じられない暗闇の中、
「………ふ、え…………………」
…自分の手を握っている誰かにエマは顔をぎりぎりと油の差してない人形のように動かし、
「ぇ、――………だ、だれっ!!?」
慌てて俺が身を乗り出そうとする目の前で、エマはそのままナツの手を振り払い、手で顔を締め付ける何かをつかんで引きちぎろうとする。
「やめて離してっッッ! やだ、痛い痛い痛い、目が痛い何も見えない、――なにこれ、これ、………………!! 見えないのいやだ、痛いぃいいい……!! いたいよ、いたいよぅぁああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
俺が何とかエマの両手を組み伏せて布団に沈めるも、叫びながら身体をバッタンバッタンと強く揺らして俺から逃れようとする。あの時された行為がフラッシュバックしているのかも知れない。あの盗賊もしたかも知れないこの組み伏せを自分もしなくちゃいけないことに舌打ちしていると、傍らのナツがようやく目を開き、
「どうしましたヒカル様!!??」
聞きつけたミナ達が病室の扉からなだれ込んでくる。その中にはバウムの姿もあった。
「今起きたんだ、でもまずいッ…テツ!」
俺の右肩から飛び出した鉄輪の鎖蛇が、腕や足を縛り、身体をベットにはりつけにする。なおも奇声を叫び鎖を引きちぎろうとするエマ。俺は汚れ役を任せてしまっているテツに少しでもの労いをと魔力を多めに吹き込んだ。
「舌でも噛み千切られた場合どうしようもない!! 何か鎮静薬みたいなの置いてないのか!!」
「ありますけど、こんな状態で飲んでくれるとは思えないです!!」
「はな、してええええええええええええええええええええええ!!! いやいやぁあああ! いたいことしないでぇええっっっっ、たすけ、だ、れか、だれかぁ……・・!!!!」
また舌打ちする。この世界にはまだ注射器という便利な道具がない。ベットの部屋以外では唯一の医療空間である診療室を覗いたけど、戸棚に薬草の瓶が並んでいるだけでまだ解剖手術すら技術として知られていないことが明白だった。
「魔法で気絶させられないか!?」
「やってみよう」
声を上げたのは、ミナ達の後ろに隠れるようにして立っていたバウムだった。
「すまないが、頭だけでいい、一切動かないように固定してくれないだろうか」
気絶させる呪文などない。身体に負担をかけないようぎりぎりの気絶に持っていくには、絶妙な力の加減が必要なのだ。
俺がそのままエマの顔を押さえ、ナツが腰、シュトーリアとミナが両足を押さえる。バウムはそんなエマを一瞬だけ眼を細めて見た後、目を閉じ、彼女の頭部に手をかざした。
中指になにやら金属の輪っか。
その輪っかに鎖が垂れ下がり掌の辺りで…小さなキツネの人形が揺れている。
五指のさきにそれぞれ黄色の光が宿る。目をつぶるのに力を入れすぎてうめくバウム。顔を押さえている位置にいる俺だから見えたのだろうが、指を伝うようにして五本の静電気のような電流が手の平で交差し、キツネの人形の鼻先に集まり、
すまない。
そう、言葉にならない口の動きの後、エマの身体は一瞬跳ねて、止まった。
次の日。そのまま起きなかったエマを抱き、俺達は拝借した天幕車に乗り込む。バウムやエマが増えるので一番大きいサイズをもらったのだ。シュトーリアが、旅用品店のカウンターに気持ちばかりに、とお金を置いていったらしいから俺はひそかにそれを回収する。
「では、次の町までだが世話になる」
バウムはそう言ってエマを流し見た。ナツに介抱されるようにして奥で目を覚まさないエマの傍らには、バウムがいつの間にかまとめていたエマの日用品が詰められた大きな布袋があった。食器や書籍などもいくつかバウムが選んで載せている。俺達の分まであるのは、このまま使ってくれと言う事らしい。
「アフタはな、」
誰に話しているともなく、…天幕最後尾の大きく開いた所を見つめてバウムが言った。その傍でテツと今回から家族となる呪いの武器の内容とそのメンテナンスをしていた俺は何となく耳に入れていると、
「エマが好きだった村なのだよ。村長から村人から、皆がエマを愛し、エマの人形を愛してくれた」
言いながら、ちゃりと何かを鳴らす。俺は横目でそれを見、それが昨日のキツネの人形だと気付く。赤いマフラーをした、俺のよく知るキツネだった。
「アンタが好きじゃなかったら意味ないだろうが」
武器屋で真っ先に目が入った宝剣を早速解呪して念入りに布巾で拭く。六色の宝石が埋め込まれて刀身が黒い、透き見の杖で調べてみたが、どうやら儀礼用の短剣のようであったらしい。呪われた儀式専用の、だが。
「あまり…………………ワシが会話をうまくできなくてな。そのたびにエマが間に立ってワシと人間の間を取り持ってくれての、わずらわしいと、何度も思った」
ほぉーっと、息を吹きかけて刀身を曇らし、きゅっ、きゅっ、と拭く。やっぱり普通の剣と違い、魔力で形状維持がかかっていて傷一つない。黒曜石を磨いた黒い鏡のようだ。
「気に入っていたのかも知れない」
「そっか」
「それは別にいい…。
その呪いの武具といい、ヒカル殿こそを知りたい。ワシの雷撃に無傷であったことといい、並みの術者ではあるまい。重力魔法という奇特さもくわえて…」
最強の守りと名高い神殿障壁をそんな風に使ってる術者はさすがにバウムも知らないようである。
「ただの傭兵だよ。ミナ達もシュトーリアもそのパーティってわけ。普通の人よか身内で寄り集まってるみたいな感じだけど」
属性変化か…この宝剣使えば俺も六色の魔術使えるかな。さすがに派生系は無理みたいだけど。良い仕事してる………ってかまた魔王精製シリーズかよ…。
魔王にも刀匠って居るのかな。
「次の町までだが、エマ共々よろしく頼む」
「あいよ。大船に乗った気持ちでいるといい」
天幕の上ではミュルーズ・アーツ三機がサーチ&デストロイを欠かさない。
行きに乗ったモホモスに比べて随分と訓練された単調な引きに物寂しさを覚えながらも、ホモ車は揺られ揺られ、次の町へ向かっていった。
「ところでバウム、次の町ってどんなとこなの?」
「アルレーの町を知らないのか」
バウムはきょとんとしたキツネ顔で言ってくる。ああ、いつもその顔なら少しは愛嬌があるってのに。
「知らないんですかヒカル様! アルレーは特殊なお菓子で有名なんですよ、マッシルドに行く途中にもあるからお土産としてすごく人気があって…」
ナツが身を乗り出して言ってくる。ギルドの仕事をしてきた村人がたまに買ってきてくれる程度だったらしい。
「ほほう」
ちょっぴり楽しみになってきた。
「エマもそれで元気になってくれればいいんだけど…」
「食べ過ぎで太ったりしてな」
何となく車内が和んだのだった。