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一六話 邪神と壊町と死体巡り

 半壊したコテージ家のドアを蹴破っていく赤ローブの魔術士…キツネの獣人『バウム』に従って俺達も中へ。並んでみれば分かるが、身長は俺より少し低いくらい。でもとても身軽なイメージがある。

 ちょっときつねっぽいにおいもする。(体臭的な意味で)

 何とも赤いきつねだ…。


「ごくっ…」


「どうしました? ヒカル様」


 他の家と違い、破壊されていたのは家の外側だけだった。中は木くずどころか外の腐臭すら入り込んでない。テーブルやキッチン、掃除道具や書籍などきちんと物が片付けられていて埃一つないのだ。隙がなさ過ぎて逆に生活感がなく、映画のセットか何かと思えるほどの清潔感と...静けさ。


「強力な結界ですね…なるほど、この『工房』の中だけ荒らされていなかったのはそのためですか」


「ほう、魔力関知か。珍しい客人がきたものだ…」


「いえ、まだまだ私は若輩者です。バウム氏のように魔術を研究しようなどという余裕も学もありませんし」


「宝を誇らぬが乙女心、か。人間もなかなかに奥が深い…ふむ」


 先導しながらも、ミナを後ろ背で流し見ながら言うバウム。外は盗賊で荒らされ知り合いも殺されたりさらわれたりしたろうに、この町に居を置いていたとは思えないくらいに、その瞳には憂いが見られない。


 ただミナと俺の来訪を喜んでいる。そう言う目をしていた。

 後ろからその耳を見ていると何となく周囲を探るようにひくひくしてるのがわかった。





 ――バウムは俺達を『客人』と呼んだ。

 あれから事情を話した俺達は、この、小さな町『アフタ』の魔術士の家に招待されたのである。


 緑髪のポニーテールの子は、今ナツが、探して見つけたという診察所で治療しているらしい。シュトーリアは残党と被害状況を把握するために調査に出ていった。この辺はさすがお役所仕事を経験したことがある手際である。


「バウム。やっぱりあいつらはやっぱり盗賊だったのか?」


「ヒカル殿。盗賊以外の何に見えた? 術式解凍、二重魔術(ダブルマジック)。…だがあれほどの使い手の集まりだ、名は限られてくるだろうが――」


 例のポニーテールの子はバウムの知り合いだったらしく、彼女を助けたことを伝えると急に感情の壁を解いてくれた。


 エナ・サートス・ラ・エマ。


 捨て子だったエマはバウムに拾われた後生活を共にし、今では町一番の裁縫人形専門店を切り盛りしていたそうだ。魔術もバウムから手ほどきを受けていてはいたが、あまり才能がなかったとのこと。

 

「――こういう事はよくあるのか?」


 バウムの身の回りで、と言う意味で。


「なに、わりとな。わしを怪訝したか。

 こういう顔をしている。身体をしている。姿は違えど同じ二本足で歩いておる。大陸を渡りながら、自分が安息に暮らしていい、と言う土地を探した。ここがたまたまそうだっただけの話よ。人間の暮らしが、好きなのだ」


 キツネの魔術士はイスを勧めると、魔法でティーセットをキッチンから取り寄せてきた。すでにポットには熱い湯が用意されている。て言うかあの肉球の手でお茶出来るんだろうか。


「ミナ、これナツナの葉っぱ?」


 実もわずかに混ぜられているのか、あのブドウ味の桃のようだったナツナを彷彿とさせる茶葉である。ポットに茶葉こしがついているのか、バウムは蓋を取るとそのまま三杯ほど入れた。


「そうですね。ナツナ茶葉はナツナ同様この辺りではよく飲まれているものですから」


「ワシもこの茶が好きでな。………よく、畑を営んでいらっしゃるというエマの友達の親にいただいていた。最初は甘ったるい臭いだと思っていたが、ワシの前でいつもエマが美味しそうに飲む。

 そう言うものもいいか、と。

 誰かの好みで決まる好みもあって良かろう」


 何気なくカップをとり、ずず、と喉に流し込むバウム。わ、わからない。いったいあのカップの取っ手に通らない指でどうやって…!


「ヒカル様? 何かありましたか?」


「いや、何か落ち着かなくて」


 赤いきつねとかお湯とか肉球とかカップの謎とか。


「浮遊するポットが珍しいか。まぁめざわりなら置いておくが」


 湯気をそそぎ口からこぼしながらポットは静かにテーブルの真ん中に着陸する。


「コントロールが素晴らしいですね。一体どういった訓練をなさったのですか? マテリアルの具有した気配を感じますが、やはり隣力の常時待機即時詠唱を補完している物でしょうか。これを実用している人を私以外に見たのは初めてなんです! しかも障壁系もそれぞれ無詠唱だなんて一体どんな組み方を…? わたしの炎弾術式がそれに近い形で、」


 ミナがさっきからキツネや部屋のことに興味津々だ。

 言ってることも何となくくらいしか分からん。

 時折眼をきらきらさせて部屋を見回したり




 おもしろくない。




「…………………ミナ。俺用事思い出したから町に行くわ。せいぜいこの先生に講習つけてもらっとくんだな」


「あっ、ちょっとヒカルさ、」


 そそくさとキツネハウスから出る。いい加減腐臭にも鼻が慣れちまった。まぁゴミの埋め立て地で三六九と身を潜めてたら生き埋めになった時も確かこれくらい臭かったけど、まぁ肌に臭いの元が触れてないだけよっぽどマシである。


「ミナはいいよな、こんな時にも勤勉で。…けっ」


 ミナは他人事にはほとほと冷たいんだ。切り捨てるって言うか割り切るって言うか……ワガママって言うのもきっと気まぐれに違いないんだ。死体になればもう見向きもしない。


「………エマ、か」


 今ナツの所に行くのはまずい。男の俺がその場に踏み入れるだけで悪化させるかも知れない。どうするんだろう。ああいうのを心の傷って言うんだろう。…精神病棟に面会に行った時、顔を合わせているだけで心が苦しかったもんな。

 …次の町でバウムと一緒に下ろすか?

 でもバウムはバウムで獣人ってことで色々旅するハメになったって言ってたし。


「…………………………………ポニーテール、かぁ」


 俺は半壊した町に、ぶらぶらと歩を進めた。








「…この区画も、か。店主死亡確認、強盗の形跡在り、と」


 シュトーリアの声と記録しているような書写の音ががウンターの向こうから聞こえてくる。

 で、店内側のカウンターの下に潜んでいる俺だった。


 さっきだってお店のお金が盗まれていないかの確認で、俺の隠れてる直ぐ横を通ったのである。屈んだら見つかってたし…!


 出て行け出ていけ。


 さぁ! さあああ!!!!


「……………………?」


 いや振り返るな! お前を引き留める物は何もない、そうだ、早々何もなかったかのように引き戸を握れ! …そう上手だ、そう、そのまま閉めて、…!!??


「おっと、きちんとお金の引き出しを閉めるのを忘れていた。

 店主も…冥福をお祈りいたします」


俺が隠れている真横で何というバカ律儀なシュトーリアは死体に頭を下げる。

 うん。ぶっちゃけこの太った店主の死体、俺の足下にあるから。

終わったと思った。

 ちなみにおれここの商品のネックレス握ってるから。

 荒らしてる最中だったから。


 バタン、と扉を閉めていって静寂に戻る。


「ふぅ…」


 カウンターから顔を出して額の汗を思わず拭く。あ、やべ親父の手踏んじまってた。

 しかしバカなシュトーリアよ。王宮魔術士なんて言うからどうせ貴族階級でが多いんだろうと高をくくってたらまさにビンゴ。


 お金の引き出しを開いて押したり引いたり手を突っ込んで調べたりしてみる。


「お、おお」

 

確かな手応え。これは貨幣袋……♪

 こういうのを知ってるのが庶民よ。だな。あいつボンボン出身決定だ。


 この行いも食物連鎖という奴だ。死は無駄にしてはならない。こうやって憐れにも殺されてしまった人達の、血と汗の結晶をこんな所で風化させて良いのか?

 否! 断じて否!


 言いながら五〇枚近くの銀貨をポーチにじゃららららららと流し込み、隣の店へ。民家は後回しである。へそくりの場所とか探すのに時間かかるだろうから。


 次は武器屋だった。にひ。


「おじゃま…どれどれ、ああー、展示品とかはやられちゃってるか…」


 でもまぁマサドの武器屋のように、呪われた装備って奴は日の当たる場所に置きたくないのはどこの店も同じはずである。よし念入りに行こう。


 店のカウンターを飛び越えた俺は、これまた荒らされた倉庫へ入っていく。箱がひっ繰り返され戸棚の中身が一掃され、下に散らかされている。

 が、そんな倉庫の右奥。魔法陣が床に小さく展開されていて、その上に宝物箱がドン、と置かれてあった。何か呪文ッぽい文章を並べている紙がふたに貼り付けてある。


「ふ、ぅーん…」


 相当この宝箱に盗賊達よっぽど執心してたんだろう。魔法陣に守られた宝箱周辺の壁や床は焼けていたり濡れていたり、色が土色に変色していたりするが宝箱には傷一つ入っていなかった。


 …っていうか、呪いじゃない? この魔法陣自体呪いなんだけど?


 解呪を普通に使ってるからさすがの俺も分かる。まてよ、もしかしたらこの焦げた後や変色してるのって、……………………………………………………空けようとした、この呪いのせい?


「あ、ありえる」


 呪いって奴はそう言うもんだ、と改めて認識する俺だった。宝箱に仕掛けてあるのとかRPGでもよくあるじゃないか。痛かったろうな盗賊。顔面に火炎や氷や雷を食らって仲間に引きずられて行く光景が何となく思い浮かんだ。

 しかもこの呪い、闇の魔術品によるモノだ。店主…呪いの品を盗まれないように身を挺して呪いをかけてたってのか。だからあんなにデブになって…!


「でも俺の敵ではない。

 解呪~♪

 どれどれ…?  ――――!?」


 開けた瞬間、どばぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! と真っ黒な煙みたいなのが吹き出して天井を突き抜けていく。


 何と禍々しい武器屋の暗部…!

 店主。

 イイ。あんたイイよ。


「………………………………………お、おほほほほほほほほ!!!!!!!!!!

 こ、こうでなくっちゃ…! この宝剣なんか血を吸いたくて吸いたくてたまらないみたいだしな! よしよしたっぷり可愛がってやろう…!」


 ごちゃごちゃした闇な中身をそっくりいただいた俺はお空へ飛ばし、レジをきちんと漁った後次の建物へ――。








 ナツは、血で汚れた手を濡れたタオルで拭き取る。さすがにあらされる物もなかったらしい小さな診療所はほとんど無傷で、薬草や包帯の在処などは直ぐに分かった。


(姉様はこういうの盗ると嫌がるんだろうけど、ないと私達が困るからなぁ…)


 中にはナツには手が届かないほど高価な軟膏もあり、色々言い訳しながらポーチに詰めていった。

 今彼女がいる部屋は診療室で、白基調の部屋の壁一杯に、中身の名前が書かれた薬草の茶色い瓶が並べられていた。


 エマは隣の部屋のベットで寝ている。少しだけ、ナツは溜め息をする。


 ヒカルから鎖で縛られているまま渡されたのはおどろいた。自傷行為を止めたものだったと言うことは彼女の皮膚が引っかかったままの爪を見て直ぐに分かった。


 …やはり男性は、そういう風にしか女性を見ないのか。


 姉様はよく身を差しだそうとすることが出来たな、と姉の器の大きさを知る。そして同時に何だか優しそうな邪神様で良かったな、とヒカルのことを思うのだった。


 エマは、生を宿すための器官を汚され、顔にも付着した欲望のなれの果てが乾いて張り付いてしまっていた。乳房にも強く握られたか吸われたかのあざが色濃くできていて、おそらく一週間では消えないだろう。


 年が近いのも相まって、同情した。


 自分もああいうことをされたら、気が狂ったかのように泣き叫び奇声を放ち、肩を掻きむしって、そのまま手で目をほじくり出そうとす………………――…そこまで考えて、吐き気に思考を中断する。


 エマは患部はしっかりと処置され消毒され、温かなお湯のタオルで清められ、今安らかな寝息を立てている。


 顔の鼻から上を包帯で巻いて。


 もう視力はどちらとも戻る見込みはなかった。眼球をどちらも爪が深く傷つけ、貫いていたのだから。


 この子はどうなるんだろう。

 消毒する時も、ああ、また起きたら掻きむしってしまうんじゃないかと胸が痛んだ。どう考えてもこの旅は、一般人には危険なのだ。ましてや盲目になりたての人などどんな旅だって連れて行くことは出来ないだろう。

 ナツは、姉が言い出す前に自分が言ってやる、というくらい、思い詰めていた。傷ついたあの子を、自分達が口論の種にして責任を押しつけ合う、という事はしたくなかったのだ。もう、エマを痛めつけたく、なかった。そっとしておいてあげたい一心なのであった。








「…………………ここが診療所か」


 アクセサリー店の倉庫を漁ってる最中にその窓外から見えたのである。村の外れ、ちょっと原っぱの広がった丘の下に建てられているこの建物。


 窓から見た中はベットがいくつも並んでいたので、ああそういうことか、と目測つけたわけである。案の定と言ったところ。


 こそこそ、と診療所に正面から入らずに窓から中を覗く。ニルベの神具であるこの黒靴、歩いても全然音が出ない優れものでこういう隠密行動には特に重宝する。ルージノを盗賊達が襲ってた時にも、戦いに近づく際に役に立ってくれた。


 だってほら。こういう時って面会謝絶って言われるじゃん絶対。

 俺は今みたいのだあの子が。

 自分で助けた子だからだろうか。あれからどうなったのかなーとか、とかどうしてもその後が気になる。クールなヒーローは向かないな俺…。


 ナツが薬品の瓶を漁るのに夢中になっているのを確認して隣の窓へ移動。ここからとなり三部屋はそれぞれベットを四つ、四方に設置した病室となっていた。


「……あ、」


 いた。というかナツのいる診療室の直ぐ隣に。部屋から見て左置く。窓際に頭を向けるようにして、…………目に包帯をして、まるで死んでるんじゃないかって言うくらい静かに寝ている。布団がわずかに上下しているので俺は胸を撫で下ろした。


 緑のポニーテールは解かれて、枕に広げるようにして投げ出されている。ああ、あのポニーテールが良いのに。


「盲目、か」


 …似たような例に覚えがあるから、何となくこの後が予想ついた。





 俺は静かに診療所を後にすると、腹ごしらえのために、夫婦の死体が仲良く横たわっていた食料品店に再び足を向ける。



 友人を一人、それで失ったから分かる。


 身を汚され、

 汚れた自分を自分で許せなくて、

 現実を認めたくなくて自分を包む光景すら恐怖した少女は――……。



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