十四話 邪神とホモ車と燃える村
さて、締め切りまして、ヒカル達のギルドの冒険開始です!
どきどき…!
「ぅう……………………」
馬車のぎっころん、ぎっころんと断続的に来る大きさの違う振動ですっかり酔ってしまった俺だった。まぁ馬車というのはちょっと語弊で、モホモスというでかいモグラみたいな馬車引きが、楽しげに頭を揺らしながら引いているのである。
「ホムロス・モホモス森林は…まぁいわなくても分かると思いますがこのモホモスの狩猟地区でもあります。
ヒカル様は元の世界でもモホモスを?」
「いやこんな半竜半モグラな生き物なんて存在しなかったよ…」
茶色の厚い毛皮が背中一面に広がっていて、腹にいくにしたがって固い鱗。
のしのし、のののし、のっのっ、のしんのしん。
ふンむッ、ふンむッ、ふンむッ、ふンむッ、ふンむッ♪
何とも楽しげである。俺をあざ笑ってるかのようだ。
「た、たのむからこのホモにもうちょっと一定の速度で走るように伝えてくれないか…」
「………………………・・モホモスです。あとモホモスも自分の気分で走っているので私達には何とも」
「――なんという、自動車に乗られてる運転手ってか……………」
このモホモス馬車――省略して…ホモ車。
内臓が前や後ろに行ったり来たりするのに耐えられず、馬車内の板にうずくまって口を押さえている俺。隣では、ミナが正座して背中をさすってくれながら言う。モホモスの手綱を持っているのは周りを警戒している風なシュトーリアなのだが、ミナの話を察するにただのホモの暴走止めのようである。
チッチは事情を話したセシアに預けてのお留守番。
呪いの武具達は一時間前までは例によって超上空に滞空していたのだが、気分の悪さにイメージの持続が辛くなった俺はホモ車最奥の荷物置きに急きょ仕舞った。
「姉様、ミック草はあと残り何把持ってます?」
「そうね……三把だわ。一把で良いですね。…次で買い足しておかないと」
「もう少し我慢して下さいね、ヒカル様。私の酔い止めはよく効きますから…」
薬草の苦みと香ばしさがナツの手元から香ってくる。元気が出るというプセッチュの香りも混ざっていた。それだけで吐き気は少し引いた。
ナツが心配そうに俺のことを見つめてくるので、ああ、これは例の、患者の甘え時だなと考えていると、
「……………………………………………………シュトーリア?」
「なな、なんでもないっ」
こっちを横目でじっと見つめていたらしい女剣士は、なんだか慌てた風に自分の職務に戻る。心配なんかないだろうに。
だってほら。
見渡す限り草原――。
日が落ち、森も近くなってきた事もあって、野営することになった。
「神殿結界完了。…ふー…地面の上のなんと安定したことか」
無色に近い結界が球場に広がって、地表地下の魔物達を周囲五〇メートルくらいまで押しのけていったのを確認して、俺は火に照らされているホモ車のそばに戻っていく。
「ヒカル様、夜番はいいですから無理せず横になっていて下さい」
「いやもう楽になったよ」
「だめです、病気とか気分の悪さは治りかけが肝心なんですから!」
ほらほら、とまるで妹がだらしない兄をしかりつけるように俺の手をホモ車の中に引いていくナツ。
「ナツ、目上の者にする態度ではありませんよ」
「はぁい……ヒカル様、こちらに横になって下さい」
天幕に入りざましかってくるミナにちょっと気分を害されたらしいナツがちょっとだけ丁寧になった口調で俺を敷き布団の上に寝かせる。
「ヒカル様の顔色もまだ全開というわけではありませんし、ほら、ちょっと肌も汗ばんでるじゃないですか」
まるで風邪の兆候だ、とナツは俺の額に手を当てながら言うが、ぶっちゃけただ暑いだけである。
キュベレの月。それはこの世界では最も寒い季節だという。
だが俺にとってはニルベ村の体感温度は西日本の六月くらいのものだった。ようするにニルべ村は基本的に平均温度が高い。カントピオ砂漠に入ってから大きく左折し、砂漠が見える辺りの草原をどこまでもホモ車で突っ切った。今思えば気持ち悪くとも走行中は風があった…。
「ヒカル様? お水飲みます? お体おふきしましょうか?」
きょとん、銀と青が混ざったような髪をかきあげつつ顔を覗き込んでくるナツ。
せっかくだから身体をふいてもらう。
熱さに強い姉妹だ。現代人のヤワを思い知った気持ちである。
「それでホムロス森林についてだが……――
ミナとシュトーリアが明日からのこと…途中で経由する村や町など…について意見を出し合っていたが、ようやくホムロス森林の話題に移ったようだ。何とか交ざりたい俺は、ホモ車から顔だけ出して参加する。そうじゃないとナツが怒るのである。
「伝説の剣。結構じゃないか。そのロームノーグだっけ?」
「ああ。だがな、伝説は伝説に過ぎない。噂が噂を呼んだだけの、『ない』場合だって多いのだ。こういう依頼は本来目的の旅のついでに、気にかけておく程度の物であって、伝説探しが目的であってはならないんだぞ」
シュトーリアがため息をつきながら言う。彼女の傍らにある銀鉄の剣は俺が彼女に買い与えた物だ。
ミナがそんなシュトーリアに苦笑しながら、
「まぁ見つかった見つからない云々はいいとして、この依頼をとおしてあの大富豪ゼーフェ家に近づけられるのですし、ただ依頼をこなすよりは先行きが感じられていいと思います」
「ああ、やっぱり成金なんだ」
「まぁ否定はいたしません。エストラント聖法国の南東、そこに大天街マッシルドがあるのですが、そこの創設者でもあります。古今東西の品物が交わると言われ、伝説の魔法書、魔剣や神具ですら取引事もあるのだとか。コロシアムも人気ですね」
「ふぅーん、じゃあとりあえず今俺達はそこに向かってるってわけか。あと何日くらいで着く?」
「そうですね、ヒカル様のおかげで魔物や盗賊と全く遭遇しないでしょうから、二つほど村を渡っての二週間ほどの旅となるでしょう」
そのどちらの村にもギルドが存在するらしい。村に滞在する度に、村周辺の掃討系の依頼をまとめて受けて、俺が最大級神殿障壁で押しつぶせば一瞬で稼げる、とミナがこそっと言う。
俺が邪神であることは、シュトーリアやセシアにはまだ明かしていない。
ニルベの民でもない以上、信頼に足る、と言うわけではないからだ。
シュトーリアもシュトーリアで、未だに俺が土系の派生である重力魔法の使い手だと思っているらしい。結界を無色にすればミナと違って感じることも出来ないらしいから、なるほど、気付かないと言うのも分かる。
「この剣の切れ味も試してみたかったのだがな…」
少し残念そうなシュトーリア。自分のひざに鞘に収まっている剣を乗せると、一瞬抜くことを躊躇って、ただ鞘を撫でるだけだった。素振りでもすればいいのに。
銀鉄の鎧、銀鉄の楯という軽装で高守備力な銀鉄シリーズでそろえてさせたシュトーリアは休んでいる時くらい脱げばいいのにずっと着たままである。
「気に入ってくれて何よりだよ」
「そう言うわけではないっっ…ただ、切る感じや戦闘でしか分からない剣の良さ、というものもあるのだ。実際に初めて切るのが森の中、では最初後れを取るかも知れない」
俺は俺で、森の中は神殿障壁重戦車でずももももも…(手当たり次第に魔物がなだれていく音)…………と進むつもりだったので、ミナ達には戦わせる気なんてさらさらない。シュトーリアにバレないように範囲を広めに取ってやれば、俺達が通る頃にはまるで軍隊に侵略を受けたような惨状の森がどこまでも続いているだけに終わる。
「あ、シュトーリア、お前剣に心得あるんだろ、今日から教えてくれよ」
「ああ良いが…何だヒカル、あれだけ武器持ってながら使ったことがないのか? というか心得も無しに持ってると?」
まぁまともに剣として扱ったことは一度もない。魔力爆弾だし。
「な、いいだろ」
ゥン、と発動する魔力。
「ぁっ………………ッ……」
魔法陣の縛り。召喚者としての命令権を身体で感じたのだろう。
「どうしました? シュトーリア」
「い、いや…」
ミナの顔を見れずに赤い顔でそっぽ向くシュトーリアは、少し震えていた。
「む………………」
剣を持って向かい合う。最初に実力が知りたい、というシュトーリアは俺と一回手合わせすると言いだした。万が一のことがあれば、とハラハラ心配そうなミナと、何だかどっちもがんばってーっ、と応援してる風なナツ。
「ヒカルは本当に剣に心得がないのか?」
「うん。さて、どれでいこうか…うーん」
俺の背後で、どっちゃりがちゃがちゃとしている呪いの武具に怪訝な顔をしながらもシュトーリアは、
「剣にしろ。長さや重さは好きにすればいい。できるだけ、最もお前が戦闘で使うだろう武器だ」
「ふむ。て言うか解呪してる中で剣ってこれしかないしなぁ」
禍々しいオーラの中俺が手に取るのはアクェウチドッドの雷剣。例の魔力を込めれば直線上を蹂躙する雷撃を引き起こす刃渡り一メートルほどの細身の両刃剣だ。わずかに青色に近く、ただ降るだけでも電気が周りに散っていく。ちなみに解呪の前までは装備者を錯乱と飢餓状態にするという木乃伊精製機だった。
キュォン――…………………ぴり、パチバチバチッッ。
青色の電流が四散する。何本か、シュトーリアが避ける間もなくその銀鉄剣に飲み込まれていった。
「…………………ヒカルはもうちょっと平和的な武器は持ってないのか」
「武器に平和的な物を求めてどうする」
静電気が嫌だ、と何ともワガママな奴隷に後でお仕置きをすること目論みながら、
「これしかないか」
透き見の杖。半分が杖、半分が両刃剣という変な一品。境目には赤と緑が交ざっていく最中のような光を放つ宝珠が埋め込まれていて、
『勝率 八〇%』
ああね。
神殿障壁や召喚者の魔法陣を使わない可能性も考慮してくれてるんだろう。まぁ使わないけど。
「その変な武器で良いのか?」
「ああ、なんかこれが楽しそうな気がする」
ギィン!!!
ひゅんひゅんひゅんひゅん、と回転しながら夜の草原へ消えていく剣。
「俺の透き見の杖が!! 何て事しやがる! あれ一本しかないんだぞ!?」
やっぱこれで戦うとかダメだ、折れたりしたらやだもん。大体情報と魔法補助の魔法具である。魔が差して、透き見の杖の機能でシュトーリアを全装備解除し、穿いてない黒スパッツとへそだし薄シャツ状態の姿にして揺れたり擦れたりするのに夢中になっていると、いつの間にか俺の手から杖がなくなっていたのだ。
る、ルージノよりも早い…!!!!
「私はヒカルの戦い方を見たことがないのだが…魔法が主体だろう? ヒカルは。しかも魔力値が800台というのだから余程のことがない限り魔力切れの心配もないのだから、剣は必要無いのではないか?」
これを話したのにはワケがある。
剣の技も特別な訓練もやっていない俺がB級である理由が他にないからだ。魔力値なら才能云々で説明を片付けられるからだった。
「そうだな、一度ヒカル本来の戦い方でやってみてくれ。その方がヒカルにあった戦術を研究できるだろう。私はお前の戦い方を知らないからな」
「重力魔法で圧死だけど?」
「…………………………………武器を使ってだ」
「ふむ」
言われて、じゃあそれなら、と32の武器と3の弓を滞空させる。何となく振り返ってそれを見てみると確かにおどろおどろしい。どれも血を吸わせろと怪しく浸っていて、
「………・おいヒカル、これ全部同時に使うのか」
「だって得意分野が殲滅戦だし。まぁトリッキーにはまだ出来ないけど」
「は? わ、!」
ドス!
「わわっ!」
ドスドスザシュッ!
女剣士の足下にとりあえず斧とかナイフとか閉じた鉄扇とかを適当に投げつける俺。魔力は込めてない。
凜とした構えがあわれに瓦解して、飛び跳ねたり逃げたりしだすシュトーリアは、
「そ、それ全部呪い持ってるんじゃないのか!? 危ないだろうが!!」
「にげるなよ、ちょっとくらい弾くとか!」
「馬鹿言えヒカル、知らないのか、呪いの武器は攻撃するだけでも呪いの一端を相手に与えるんだぞ!? さっきの、なぜか呪いが解けてた剣はまだしも…! わ! わわ!」
結論から言うと全く練習にならなかった。
なおお仕置きは鎧を着せたままでした。武装した騎士を後ろから組み伏せるのも悪くないなと思ったのである。なんともあさましい。
次の日。
ホモ車を転がしていた俺達だが、手綱を握っていたナツが正面の異変に気がついたのである。
「煙…………!!??」
「どうしたナツ。……・って」
遠目からも分かる赤い揺らめき。昼前の青空に真っ直ぐ上っていく黒と白の煙――、
「……急ごう。一刻を争うかも知れない」
「あまり気は進みませんが…」
頷く。
俺達が経由するはずだった第一の村が、今まさに襲われている証だった。