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十三話 邪神と剣士と召喚術







          ――ベーツェフォルト公国・城内――



 きらびやかとは無縁だった。それはむしろここ一体の地域を支配する大国『アストロニア王朝』本国にこそふさわしい言葉。


「ええい…ガンダンはまだ来ないのか! 衛兵、奴を執務室からひっ捕まえてこい!」

「王、私が先ほど指示しております。…処遇については今は保留、が望ましいかと」


 中央を突っ切る赤い絨毯。…謁見の間にふさわしい物はそれと、後は金色の王座しかない。三階段三つを経ての頂点にある王座でベーツェフォルト・ブルブック・ラ・ハシムは地団駄を踏む。

 元々が軍人上がりの王で何かと勇猛だ。四〇代の豪傑の兵士が不格好にも王のマントをし、控えめな王冠すら今にも投げ捨ててしまいそうなほどに権力を余り信じていない『実力主義』。


 ゆえに傍に控える細身の老人宰相が枯れ木にすら見えてくる。だがその眼光は鷹のそれで、王が百獣を司るなら、その老人は遠くまでを見通し権力を隙間なく敷き詰めていく影の王。

 王自身も昔からの教育係でもあるこの宰相エスファルダンには頭が上がらないところがあり、その獰猛さを押さえられている。国を一つ治めるのに能力性質ともに適した二人、と言えよう。


「ガンダン財務大臣には財の八〇%を没収、国外追放の処遇。これは俺が決める。俺が我慢しているのにまさか下がこれとはな。誰だ、あんなタヌキ入れた奴は」


「…お口が悪うございますな、王」


 黒竜のローブに身を包む宰相は苦笑する。雰囲気こそ執事然としているが、その姿や老人の内からにじみ出る魔力は王宮魔術士のそれだった。この国最高位の土の魔術士でもあるエスファルダン。彼の言動は、他のあらゆる官職、軍の諸関係に基づく連携にたいして、王と同じかそれに次ぐ影響力がある。


「…『ニルベ潰し』…ようやく後顧の憂いがなくなるんだからな、先生。そんな祭りの前に、水を差されたんだぞ。全財産没収してさらし首でも良いくらいだ」


「先生はおよし下さい、王。衛兵も見ております」

 だが内容は否定しない。黙ってはいるが、王と同じくらいエスファルダンもガルダンの行いに腹を立てていたのだ。それを口にしないだけで。


「この二〇年計画…俺が王座に就いてからこの二〇年、ずっと、ずっと待ちわびてきたんだ…」


 小さい頃からエスファルダンの元で全てを学んできた王、ハシム。本国の次ぎに序する『公国』にまでのし上がったのは、彼がエスファルダンと強い連携を持っていたから、にある。

 前回、前々回の二度も邪神を破ったベーツェフォルト。

 アストロニアもそんな『対邪神』戦力をいつまでも粗末に扱ったりできなくなったのである。


 そして、もうすぐ。

 ニルべの村を蹂躙し、邪神を永遠に葬る。

 そうすれば、心置きなく本国に攻め入り、ハシムはそのベーツェフォルトの名を確実な物にすることが出来るようになる。

 彼が王座に就いた時から…いやそれ以前から。幼い頃から、エスファルダンがきかん坊のハシムに何度も何度もめげずにそう諭し、ハシムもそれを信じるようになったのである。


 一〇年…前回の邪神崩しで、それはもうハシムの中で確信になった。


「先生、例の軍隊の力量のほどは?」


「せいぜい我が軍の第二軍…と言った具合でございます」


「才能のない奴も強引にしごいたと聞く。生まれながらひょろっちい奴とかを、全くどうやって使い物にしたのか」


「王、お口が悪うございます。酔っていらっしゃるのなら神の血は今日は控えるよう料理番に申しつけておきますが?」


「わかったわかった、気をつけよう。

 …まぁ村一つを落とすくらいわけはないか。

 ではエスファルダン。アストロニアに攻め込む軍備、一切の不備なく頼むぞ」


 言葉に、黒き老魔術士は、王の傍らで会話を初めてようやく表情を表わした。

 絶対の信頼。そして確信。子が親を信頼するのと同じように、親がこの信頼に応えるのは当然と言うかのように。

 それを、『微笑』という。


「――御意」









「………………………………ほほぅ…」


 アンティークハウス。もしくは中世の貴族のお屋敷、と言った具合の建物が眼前に広がっていた。西部のカラカラ具合が嘘のように、この屋敷周辺は緑がぽつぽつと見える。見たこともない青と紫の花が入り交じった庭園らしきものも。敷き詰められた石畳。噴水があればもう完璧である。

 俺が感慨深く見上げていると、金属の大門を開き終わった村長の従者……今日からは俺達のメイドとなるが……セシアが売り小娘よろしくな笑みで、


「それでは、ヒカル様と。

 ヒカル様、これから身の回りのことは私『セシア』にお任せ下さい」


 従者。

 どうやらこの世界では『メイド』と言う概念がまだ確立されてないらしい。メイドというのは俺達の時代でこそ誤解されているが、本来、義と信を主人とかわしたれっきとした職業だったという。三六九は「そんなことないぞ、ならヒカルの好き放題させてやろうか」などとのたまっていたが、奴の見解は大体おかしいから。


 そして従者、とは、どちらかというと、奉公人に近い。

 要するに本来のメイド、というわけではない。

 金で買われたりはたまた奴隷といった身分の絶対服従者、…要するに昨今ブームを騒がせていたりする現代のメイド観にすごく近い。


 従者(メイド)、セシア。(名前しかないらしい)

 ナツと同い年らしく背丈も一緒。ショートカットの桃みがかった髪はナツナの花弁の香水を用いているらしくハーブじみた香りがする。そんな頭にちょこんと乗った、金糸の刺繍が施された紺の丸帽子にはセシア、と歪んだ字で名前が縫われている。

 ナツよりも胸が控えめで、着る物を選べば女の子な少年のようだ。元気のよさ、快活とした態度、何よりその一点の曇りもない笑みが、これ以上お前は何を望むと俺の汚れきった邪な欲望を払っていくのである。


 最初は自分達以外の人間を屋敷に入れるなどと、ミナ辺りが秘密漏洩を恐れて言い出しそうだと戦々恐々としていた俺だが、


「神に従者が多いのは威光、信仰の多さの証です。むしろ私達だけではヒカル様の神性のほどが疑われるでしょう」


「そのこころは?」


「一人でも従者は多い方が良い、と言うことです。裏表のない方なら一人でも多く」


「ようするにカコっておけ、と言うことだな。まぁ正論か」


 ふむ。確かに王様に家来がいるのは当然だ。むしろいない方がおかしい。


「仕方ないでしょう。本来ならば、もう少し私に籠絡されている風な雰囲気を醸し出していただかないといけないのに、それがほとんどないのですから。もう少し四六時中私以外に興味がないような、『危険のない邪神』を演じていただきたいものです」


「つまり?」


 セシアが促すので歩き出す俺達。ちなみにナツはシュトーリアの身の回りの道具の買い出しに付き合っていて、今はいない。看護した相手の事は、ほとほと面倒見る子らしい。


「…………………もう少し私に夢中になっている素振りをしろ、ということです。ナツがもう疑っているような感じでしたよ? ヒカル様の関係を説明するのにどんなに苦労したか。私の創造力にも限界があります。何か対策を練らないと」


「つまり根も葉もないエロ話したってことだな。全く飛んだ巫女さんがいたもんだ」


「ですから…私はその度に姉として女として、情けなくて…………

 ――はぁあああああ………」


 その時の自分を思い出したのか、隣で思い切りため息をつくミナ。

 ナツは姉の淫行の話をどんな顔して聞いてたのだろう。そして、そんな実妹の顔を見ながら絵空事の交わりを話すその姉は。だからいい加減自分に手を出して、と暗に訴えてくるのをひらりひらりとかわしつつ屋敷の中へ。


 木枠の角を残しつつ壁を白塗りしていてまるでイスと教壇のない教会みたいだった。広々としたロビーの中央でこちらに向き直り、慎ましく、プリーツ入りのスカートの前で手を合わせ頭を下げているセシア。彼女なりの歓迎だろう。


 正面には大人二人が楽に歩ける程度の大階段があり、二階に続いている。そして階段左右にもドア。こちらは食堂の間に通じているらしい。


「まず個室に案内いたしますね」


 セシアを先頭に二階の廊下を歩く。


「へぇ…」


 食堂の上は屋内庭園になっていたのだった。廊下…左手にある白塗りの手すりの向こう側には、一階の庭にあったとの同じ青と紫の混じった花が。

 よく見ると菊みたいだな。


「プセッチュ…門出と迎えの花ですね」


「はい。村長の庭に咲いていた物を、傭兵さん達が私達と一緒に、ここに植え直しまして」


 傭兵さん達の必死な様子はちょっと新鮮でした、と、こそりと俺に言った。


「へぇ、この世界は花言葉もあるんだ…」


「花言葉以外にも、プセッチュの香りは元気を出す成分が含まれているのですよ。花弁をお茶にしてみるととてもさっぱりした眠気さましの一杯になります。…私も大好きで! ヒカル様やミナ様はご堪能されたことはありますか?」


いや、と二人して首を振る。それは良かったです! と元気の良いセシア。夕食前に入れてくれるとのことだった。


 この屋敷の経緯についてミナがセシアに聞く。何でも鉄鋼で一山当てた貴族がここで年中色欲をむさぼっていたらしいが、仕事先で落石事故にあって死んだ、とのことだった。因果応報である。ううむ悪い奴め。


 パフスリーブの入った紺のシルク生地の上着。セシアがくるりと振り返ると、左手でドアを差した。


「こちらがヒカル様のお部屋になります」


 どうぞ、とドアを引いてくれる。俺とミナは口々に礼を言い、入室する。


「………………………なっ」


 執務用の机がドアを向くように設置してある。部屋の左側には壁を隠すように空の戸棚と本棚が端から端まであった。ううむ何を置こうか悩む。とりあえずお土産物置きに仮決定する。

 執務机とドアの間に入るようにして、向かい合えるソファと高そうなガラステーブルが。ちょこんと砂糖壺が置かれていたりして、来客にもバッチリだ。まるで、


「中世の財務大臣の執務室みたいな…」


「ええ、ここは執務の間です。寝室はこの奥に。…こちらです」


 執務机の右を通って着くドアをセシアが開く。


「………………………………天蓋付かよっ」


 下は一面赤絨毯である。目が痛い。六畳くらいある大きなベットがあり、そのベット天上には、必要も感じられない薄いピンクのひらひらがついているのだった。部屋の広さ自体は、今あるベットをぐるりと回るように八つ並べられる、という程度。

 二階庭園側の壁と屋敷の外側の壁は一面が窓になっていて、地表の庭園や二階の庭園またその廊下が一望できる。て言うかこの部屋、ベットしかない。


 ミナがそのベットの感触を押したり腰をバウンドさせてみたり横になったりして何やら点検しているようで、


「良いベットですね。これには私も満足です」


 …………………………なにやら、まるで自分が今日からここで寝るかのようなことを呟いたのである。俺は聞き間違いだったと言う事にした。


「姉様ぁーー?」


 ナツ達が帰ってきたらしい。俺達は一旦ロビーに戻った。






 夕食前。


「…おおおっ」


 ドアを開けると、湿度の高い空気が、むっ、と首を撫でていった。

 セシアにプセッチュの一杯をご馳走になった後無理を言ってお風呂を沸かしてもらったのだ。

 宿屋にはお風呂がなかったから、あるなら直ぐにでも入りたかったので。ほら、昨夜はシュトーリアを掘り返すべく臓物と体液と格闘したのだから。結界で触れないようにはしていたのだが、何だか服や肌に臭いがついているような気がして嫌だったのである。


 ミナ達の実家に負けず劣らずの広さのお風呂に思わず両手を握りしめる。泳げる…!

 俺はとりあえず身体を流してから、お湯の熱さに打ち震えながら身を沈めた。

 最高である。一人で味わうにはもったいない。


「こい、シュトーリア」


 ぱああ! とピンク色の魔方陣が湯にたゆたいながら展開される。水面に立つようにして胸の包帯を外している最中のシュトーリアが、


「へ、え、へ?」


 物の一秒足らず。

 どうして私は急にここにいるの? と お湯の上、というあり得ない位置に動揺して顔がドッキリを食らった瞬間のようにヌケていて、

 盛大な水しぶきを上げて可愛らしい声で落ちてきたのであった。


「きゃあああああああああああああ!!!!!?????」


 俺の腰の辺りまでしかないのに溺れるかのようにバチャバチャやってるシュトーリアの両脇を抱えてやる。


「な…!

 な!?

 ななななな!!!???」


 しゅび、しゅび!と左右を見回して何が起こったのか確認しようと必死なシュトーリアの耳元で、


「スカートに上は包帯姿とは実にご苦労。いやお湯がもったいなくって」


「へ、あ、ひ、ヒカル……………………・?

 私にな、何をしたっッッ!!」


痴漢に追われている少女のように胸を庇いながらズバザザザッ! と湯を切って逃げるシュトーリアなのである。

 つれない。


「このお風呂広いよな! 俺気に入ったわ」


「それと私がここにいることとどういう理由がある!!」


「ああ、さっそくだけど『それ』つかってみた」


 黒髪からお湯をしたたらせているシュトーリアが怪訝な表情で胸を守る腕を少し解き、胸の谷間であざのようになっている魔方陣を見る。


「召喚魔法だってさ」


 神獣召喚なのはナイショである。


「え、でもこれは…」


「しらんの? 神聖魔法って言うらしい」


 俺の実験の結果である。

 まず召喚という物は呼び出す物の姿をイメージしなくてはならない。ミナ曰く、召喚の専門魔術書の内容はその大半が対象の容貌、身体の大きさ、能力の説明、または挿絵で埋め尽くされているのだという。イメージが本物と重なれば魔力を消費して初めて召喚、というプロセスを辿る。


 で、俺は文が読めないからとりあえず辞典に載ってある挿絵だけでやってみた。すると白い毛むくじゃらの子翼鳥が出てくるだけなので、ああ、これ俺が召喚しようとしている奴の子供なんだろうなぁ、と何となく諦めたのである。


 コレもまた難しい物で、イメージと現実の違い、が最大の敵だ。召喚する神獣は常日頃俺達が想像するような五体満足であるとも限らないのだから。想像した物が既に死んでいたり存在しなくなっていたりしてもアウト。まぁこれもわからないでもない。


 だが、実際に『会った』なら話は別だ。


 魔方陣を介して契約すれば、姿形が合わなくとも召喚が可能。魔方陣を辿るようにして対象を引っ張り込んでくると言う、印のような物らしい。


「そ、そうか……ヒカルは魔術士だったか…………」


 ちなみにシュトーリアには昨日俺が大立ち回りしたことは一切知られていないし、邪神であると言う事もまだ教えてない。B級ギルドカードを見せびらかしたくらいである。


「召喚者は召喚した物をコントロールする力があるからな、こんな風に」


 パチン、と俺が指を鳴らすと、背筋に電気が走ったかのようにしおらしいポーズを中断してびしっ、と背筋を伸ばした。包帯が解けかけている胸を突き出すようにしたのはちょっとしたお茶目だ。


「な、なんだこれは!!??」


「ほら、おれ、お前の御主人様だから」


 にやにや、と右手の甲に光る魔方陣を見せる。それははからずともシュトーリアと同じ物だった。


 契約は相互の意志が必要になってくるらしいが、そこはあれだ、俺が魔力で強引に開通した。何、二〇〇〇くらいぶち込んでやったら抵抗も大人しくなったのである。ふふ、邪神の魔力を使えば、シュトーリアなら九〇人同時にやれるようだ。


「そうだな、奴隷に初仕事を与えようと思う」


 シュトーリアの上から下まで、太股にぺったりと張り付いて腰のラインを露わにしている膝丈スカートから、まるで身体に巻き付く蛇のような包帯の、怪我一つ残っていない上半身。俺の視線が余すところなく這い回る。


 おへそが見えるのはシュトーリアのデフォルトなのか。


 何より乳房の輪郭をむき出しにしている外れかけの包帯が危険すぎる。左の方なんか、包帯が水気のおかげで乗っているだけ、もうわずかでも動いたら、先端が覗くだろう。


「ちょ、待て…! 待っ、て、ヒカル、契約って…!」


 一気に高まっていくシュトーリアは赤面一杯に女の子の声で懇願し、俺の口が開こうとした瞬間、きゅ、と目をきつく閉じて、

 

「とりあえず背中を流してもらおうか」






 召喚物を返す時も簡単である。


「んじゃご苦労」


 俺の背中から女体の柔らかさと熱い吐息が消える。



 あ、スカートと包帯返すの忘れた。







 なかなか夕食に出てこないシュトーリアをナツやセシアが心配していたが、俺は知らんフリして堪能するのだった。後から俺がシュトーリアの分、持っていこう。


 御主人様だし。

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