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十二話 邪神とマサドと契約と

「くしゅっ」


 額にぬれタオルを乗せ、赤い顔をして眠たげに天井を見つめているシュトーリアだった。ここを出ていこうとした時とは考えられないほど精神が衰弱しているのもあるだろう、枯渇した魔力は、わずかに残っている場合よりも回復が遅いのだ。


 むっつりとだが、大人しく。時折、しゅん、と鼻を鳴らして。

剣士の瞳はなりを潜め、まるで、親の言いつけを破って雨の中をはしゃぎ周り案の定風邪を引いて小言を言われてぶすくれた少女のそれだった。


「ん。そろそろ夕食になるんだが、何かいる?」


 化粧台のイスの前で神聖魔法の考察という大辞典を読んでいた俺が言う。


「いや、っ………結構だ………っ」


 俺に噛みつくこと元気もないのか、赤い顔のまま、ふい、とそっぽ向いてしまうのだった。







 シュトーリアは当初の予定通り、酒場の裏通りの影にそっと横たわせた。返り血、液を浴び、特に背中が焼けただれている旅人の服は印象最悪だ。親切な俺は夜中に服屋のおばさんを叩き起こして全く同じサイズの物を購入し着せ替えさせた。

 何、役得である。

 勿論旅人の服分のお代は徴収した。

 一シシリーにつき一揉み。当然である。


 すごく、柔らかいんだけど、あれだ、――――すごく冷たい。

くしゅっ、と寝ていながらくしゃみするシュトーリア。だがこの女剣士の身体にはどこにも異常が見られない。


「あ"」


 そういや。

 上空ってすごく寒かったね。





 その頃になると宿屋での他の戦士の最終治療を終えていたミナ達を強引に引っ張り出して、自分が誘導させながらその辺りを捜索させ、結果、ナツが見つけてくれた。

 自分じゃ抱えられないからということで、俺に担ぐ事をお願いするナツ。素知らぬ顔で請け負った俺は、案の定風邪を引いて夢見心地、シュトーリアの熱い吐息に嘆息したのである。


 一応風邪は俺のせいだし。

 ミナ達も疲れているだろう。だからシュトーリアの看病と見張り役の番をすることに何の文句もない。


 そして今。ナツを置いて一度ニルベの村に帰った俺達は長老に今回の魔物の群れの話し、しばらくはマサドを中心に活動を始めることを伝えた。ついでにチッチ達を回収。


金「邪神者まぁああああああああああああ、ひっ、ひっ、ぅうううあっっ」


 ドアを開けた瞬間半泣きで俺に抱きついて胸に顔を押しつけてくるチッチを抱いてあやしていると、足下では緑ショートボブのマチーが俺の足のズボンをよじ登り、太股辺りでしがみついて安心していたりした。青ツインのピルチはと言うと、あのジト目のまま俺のズボンの裾を『ぎゅっ…』と掴んでるだけだった。でも一番最後まで俺から離れなかったのもピルチである。


「なぁミナ、例の辞典どこに置いてる?」


「辞典……ああ。ええ、私の部屋に。ヒカル様、他の神聖魔法もお勉強なさってくれるんですか?」


「んー、まぁ覚えられる奴だけねー」



 それで、帰ってきて今に至るわけである。ミナとナツは夢の世界へご休憩。チッチ達三人は隣の俺の部屋でテツと交流を深めている。

 テツがなかなか面倒見が良く、複雑なアスレチックみたいな物をつくってチッチ達を遊ばせていた。

 呪いの武具達はチッチ達が触ると怪我するかもなので、今も上空の結界内に待機している。透き見の杖は色々役に立つので俺の側に立てかけてある。


「――――聞かないのか」


「何を? どうして? 何のために?」


 おっと、口調が三六九になりかけていたのでちょっと押さえる。いかんな、シュトーリア見てるとついつい虐めたくなる。


「私が、勝手にここを抜け出して、あのようなザマになっていたことについてだ」


「あら素直」


 俺は考察書の魔方陣のイメージを放棄し、ちらとシュトーリアを見る。向こう側の壁に身体を向け、布団を首もと近くまで引っ被っていた。


 シュトーリアは他の一切の装備はなく旅人の服のみ、ナツに揺すり起こされて初めて目を覚ました。不思議がっていたが、相当体力を消耗していたのだろう。すぐにまた倒れてしまったのである。

 


「こりゃ、タオル落ちるだろうが」


 仕方なく歩み寄ると、てい、と熱っぽい身体を仰向けにした。むすっと一瞬俺を睨んだが直ぐにそっぽを向く。落ちていたタオルを拾い――冷たさを失っていることを知り、再び脇に置いてあった桶にひたして、しぼった。


「…ん………――」


 額に乗せる。すっ、とほんの数秒だけシュトーリアのあらゆる顔の筋肉が弛緩して、安息する。いつまでもそうしていればいいのに俺を気にしてか、すぐに『…はっ』と毅然としてるっぽい表情になるのだ。


「病人がなー、そういう風に看護してる奴警戒したってしょうがないだろ」


「わっ…! は、はひほするっ!」


 むにむに無抵抗な頬を弄び、怒ってるやら恥ずかしいやらで目尻に涙が浮かんできたのをぬぐってやる。頬が散々に緩んだのを確認すると俺は席に戻って、書の魔方陣に再び目を通し始める。


 町は昨日より静かだった。

 戦士達も休息が必要なんだろう。







 夜になると従者を携えて村長がまた部屋に来た。


「や、夜分申し訳ありません…!」


 ミナよろしく片膝をつく、びくびくとした村長と従者二人。


「昨晩の戦い…私どもマサドに情けをかけていただき、ま、誠に、誠に有難うございます。………・ッ! 邪神様とはつゆ知らず、会ってからの非礼をお許しいただきたく!!」


「え! ちょっとちょっと! いや! そう言う事やめてくださいって!」


 筋肉質な白ひげの老人戦士は今にも俺に断罪されて首を飛ばされるやも、と言う風に震え上がっており。従者の二人の女の子についても俺の一部分すら恐れ多くて見ることが出来ないらしく、真下を向いたまま部屋の床を見て震え続けることしかできないでいた。


「ですが、邪神様のご尊顔に泥を塗るような――…!

 ぎ、ギルドの時もそうですッ…B、なんという失礼な判定でしょうか」


「いや、あれ一応調節したからね。それくらいになってほしかったんだ。気にしないで。


 んー、どうしてもと言うなら…。


 あ、そういやお願いがあったんだ」


「な、にを…?」


「俺達マサドの村で暮らしたいんだよね。都合してくれない?」






 次の日。宿屋のおばさんは邪神云々について何も知らないらしく、パンとマンドラコラ煮、焼き豚似を少し乗せたサラダを出して昨日の治療の労をねぎらっていた。

 ちょっと変わっていたことと言えば、その朝食の席にシュトーリアがいたことくらいである。俺が呼びに行ったら無口ながらも素直に応じたのだ。


 朝食早々マサドを拠点にする話で持ちきりになる。


「とにかくマサドの村で滞在するには費用が必要ですね。…家と宝石をいくらかで買い取ってもらって――」


「あ、多分それ心配ないから」


「え、どういう事ですか? ヒカル様…」


 ナツがパンを咀嚼しながら聞いてくる。ミナが行儀が悪いと目で注意するが、まぁまぁと俺がなだめ、


「昨日村長さんが来てさ、俺達の事情を話したら高すぎて買い手がなかった屋敷をそっくりくれるってさ。掃除してないらしいけど、今村長の従者さん達が大急ぎでメンテナンスしてるんじゃない?」


「いつの間に…」


 ミナは聞かなかったが、邪神についての情報統制も村長にお願いしていた。あの時参戦していた傭兵達全員に邪神が現われたことを、俺が邪神であることを黙っておくよう『厳命』したのである。コレに関しては村長も考えがあるのかその案に自分から強く賛成してきた。

 力ある物は力ある物を引きつけるのだとか。

 まぁね。類は友を呼ぶって言うし。三六九のこととかもあるから、よく分かる。


「ぱぁ~ぴぃ~よぉ~おおおおおお………」


「あら、珍しいね、ルーピーの鳴き声が聞こえるなんて! 今日は良い日だわ…♪」


 空いた皿を提げていくおばさん。

 俺の耳にはしっかり「邪神様ぁぁああああああああ…」と、部屋で三人だけの食事を言い渡したことについてチッチの涙腺の限界が来たのだと悟った。





「神獣召喚、と」


 ほぅ、と部屋の床一杯に魔方陣が広がる。円の中に縦横無尽に呪文を刻んだ魔方陣。まるで濃淡、明暗の、まるで複雑な絵画を想像する苦労に似ている。



 ちょこん。


 何か白い毛むくじゃらの何かが部屋の床ど真ん中に鎮座していた。


「ハズレか」


 消去、と。すると、しゅん、と電子化するみたいにして消えていく神獣的な何か。


 蛇ら、と俺の肩にたすきのように身体を巻いて安心しているテツ、それにぶら下がっている遊んでいる緑ショートボブのマチー。金セミロングのチッチは俺のひざの上でお昼寝中で、青ツインのピルチはというと、さっきから俺が読んでいる書をぬぼーっとした目で隣から覗いていたりする。やっぱり本に興味があるのかも知れない。


「ヒカル様。ギルドの方ががいらっしゃっているようです」


 来たか。

 何となく今日明日辺りに来ると思ってたんだ。


「部屋に通したげて。あ、テツやチッチ達をミナの部屋に入れといてくれる? 後、話にミナも同席するように。俺一人じゃ分からない話してくるかもだから」



 程なくすると、ギリリーとその舎弟らしき傭兵達五人ほどが部屋に押しかけてきて俺の部屋が一杯になる。


「マサドのギルドの傭兵を代表して挨拶しに参りやした。昨日の晩の事でですがね」


「聞こう」


 ミナにちらと視線をやる。気付いたらしく頷き返してくれた。


「村長からお達しがありましたんで、俺らが責任もって邪神様の事を禁句しやす。俺達にとっても命の恩人になる…特別礼も出来ないんですがね、けじめはつけておきたく。

 もし良いんでしたら、俺達に出来る範囲で邪神様の希望を叶えたいと…」


「それは傭兵達の総意ですか?」


 おかしな所でベーツェフォルトに情報が漏洩したら困る、と言うところだろう。


「へい。男は俺が、女はアグネって奴がこの町を取り仕切ってるんで。文句叩く奴がいるなら生きてマサドから出しやせんでさ」


「ふむ。じゃあ、ちょっと話しておこう

 ギリリー。俺は確かに邪神だが、まだまだ力が戻っていなくてね。昨日思いっきり使っちまったからしばらくは使えない。精々相手できるとしてもB~A級相手…それも少ない数までだ。あんな大群が現われたなら俺はどうしようも出来ない。ふっかける相手はきちんとしぼることだ」


 嘘だ。だが、あまり俺に頼られすぎても困る。神頼みって奴はとにかく神様の都合を考え無いものがほとんどだ、出来るだけ自分達で何とかしてもらわなくては。


「あと、俺達はしばらくこのマサドの村に滞在することにする。野暮用でね。出来れば傭兵団らに俺を傭兵の一人として扱うようお願いしたい。間違ってもカタギや町の外の人間に俺が邪神であることを悟らせてはならない。

 バレたなら死刑だ。ゆめゆめ忘れるな」


 以上だ。と背を向ける。

 ミナが気を利かせてギリリー達を下げてくれたので、俺はドアが閉まった後大きくため息をつき…


 こんこん。


「どうぞ、……………なんだ、シュトーリアか」


 例のごとく丈の足りない白いシャツでへそをむき出しにして、ひざくらいの長さのスカートを、少し握って。

 ナツよりちょっと長いくらいのウェーブがかった黒髪が、入室により、揺れた。


「…………………………少し、話がある」


「ん?」


 いつものシュトーリアなら俺に断りなく入ってくるようなもんだが、今のシュトーリアはどうにもしおらしかった。ミナとかに比べると格段に壁を感じるんだが、それでも昨日ほどじゃない。まぁおれのせいなんだけど。


「ベットにでも座れよ。今日はほとほと来客が多い日だな…」


 書を閉じて、シュトーリアに向き直る。シュトーリアは…どっかりとではなく、まるでベットに腰を下ろすことにすら遠慮しているかのように静かに。座るも右手が所在なくシーツのしわを確かめているようで。顔も俯いて、なかなか話を始めない。


「ん?」


 埒があかないので、シュトーリアの隣に座りなおす。


「………ち、ちかいぞっ…! もうちょっと、はなれ、て…っ」


「ちっ」


 腕一つ分離れる。


「――帰国するための、お金の工面?」


「――ッ……………!!」


 目を見開いて俺の方を見てくるので、俺はいつもの表情で続けた。


「タンバニークって遠いんだよな? 今一〇枚…ええと三000シシリーが俺の全財産なんだよね。なるべくミナ達には必要経費以外はお金出してほしくないから、それでなんとか」


「いやッ…そんな、そんなことじゃなくて、」


「自分が実はタンバニークの王宮魔術士だってこと?」


「――――ッ………………・・」


「ああ、別にミナとかには話すつもりはないから安心して。ベーツェフォルト公国に漏らしたりもしない」


 シュトーリアは無事に本国へ返す。これは昨日の掃討戦の帰り道で決めていたことだ。

 守るべき物が多くない傭兵団や村長達は俺達の要求には素直に従ってくれるだろう。

 でも、宮仕えのシュトーリアは、彼女の立場上国策が関わってくるため口止めは不可能に近い。拉致するのも気が引けた。彼女にも家族があるだろう。彼女が消息不明になってから、彼女の家族がどういう詰問を受けたり仕打ちを受けたり、彼女の給料を失って生活苦になってしまうかもとか、俺なりに色々考えたのである。

 ミナ流に言うならこれは俺のワガママだ。


「私、は…………………もう、王宮魔術士などではない。国防を放棄して私益のために国を飛び出したのだ。もう…書類の手続きも終わっているだろうし、今日の朝には、その権利は剥奪されているはずだろう」


「ホントか?」


 試しに透き見の杖で確認してみた。確かに…。職業が『傭兵剣士』となっている。


「守る家の憂いもない。…私の家は一ヶ月前、魔物に襲われた。父親を早くに失ってから母一人だけだったのだ。その母親が襲われて、この世を去った。国は対岸の魔王軍と戦争中で私のために時間を割いてくれることはなかったのだ」


「だから『出た』と」


「これからは…国に追われるかもしれない。直ぐに身を隠そうと思う。カントピオ砂漠を南下すれば治外法権の国エストラントだからな」


「――なぜそれを俺に話す?」


 バツが悪そうに俯くシュトーリアだった。


「期待してるのか? 自分をパーティに入れてくれないだろうか、とか」


「……・ち、ちがうっ! 私は、私は、私はただ、自分の世話をしてくれた恩人に義理を…!」


 顔を真っ赤にして否定するシュトーリアはさも噛みつくようだが、身を乗り出すだけで殴りかかったりなどしてこない。


「ふ、不愉快だ…っ、これでも私は騎士だぞ、何が情けにすがるなど…!」


「くく、あの続きがしてほしいのか? なんだ、言ってくれればいいのに。これでも未成年の劣情をそれなりに溜め込んでてだな、」


 あのピン、てお山のてっぺんを指で弾いた後の続きである。

 シュトーリアは反射的に胸を隠した。なぜか固くなっている先が腕に押し込まれて乳房にめり込む。


「………~~ッ!!!!! この、減らず口をぉ~ッ…!!」


「ほう。まぁいい。

 後ろ盾や後顧の憂いがなくなったっていうのなら話は別だ。

 試してみたい呪文もあったしな」



 リラックスしていた油断もあったのだろう。急に押し倒してきたヒカルに為すすべなく組み伏せられ、反抗しようにも所詮女の身体である。完全に押し込まれてしまえばそこから挽回するのは腕相撲でも分かるように、難しい。


 何よりシュトーリアは戸惑いが優先していた。


 何で自分はここに来たのか。


 こうされることが予想できなかったわけではない。むしろそうされることを心のどこかで警戒していたはずなのに、義理だの申し訳なさだの礼だのが脳裏を渦巻いて、気付けばドアをノックしていた。



 いつしか、あの重力魔法なしに、呑まれている自分がいる。



 両肩を押さえる力は、男の体重のままだ。自分の押し返す抵抗はきいていないかのように勝ち気な目で。

 倒れた勢いにシャツがめくれ上がって乳房の下が覗いてしまっているのを気にもせずに、


 突如、自分とヒカルの間に桃色の魔方陣が出現し、強烈に発光して部屋を埋め尽くした。




「騎士だぁ? あー、だめだめ。あきらめろ。

 お前は、今日から俺の奴隷だから」




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