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異世界の雀荘

街の中心部から少し外れた住宅街にそれはあった。

ボロい木の板に大きく麻雀牌が描かれた看板。ペンキは禿げかけ、年季を感じる。

それは今、俺の頭上だ。

「ほんとだ。麻雀屋だ。」

俺はその店のドアの前に立ちながら、タカさんに呼びかけた。

ドアにはまた麻雀牌が描かれている。どこからどう見ても麻雀屋だ。タカさんが言っていたことは間違いではなかった。

「だろ?んじゃ、入るか」

タカさんは何のためらいもなくドアを開けた。

あまりによどみのない動作だったためあっけにとられたが、ドアの内側の景色はもっと俺を驚かせた。

「雀荘だ。しかも昭和の。」

思わず口に出た。

店の中には麻雀卓がいくつか並び、そのうち3卓で客が遊戯しているように見えた。

客は人間だけでなく街中のそれと同じように、多種族が入り混じっていた。

ワイワイと賑やかな会話が聞こえるようなことはなく、どこか殺伐とした雰囲気だ。

皆真剣に麻雀に取り組んでいるのだろう。

ぐるっと店内を見回したが、卓はどれも、牌山や配牌が自動で積み上がるいわゆる全自動卓ではない。今や雀荘では見かけることのない、手積み用の麻雀卓しか置かれていない。

それもそうか。こっちの世界には電気を制御する技術がない。仮に全自動卓を置いても、その電源がないのだ。

なぜうちの店は電気もガスも水道も使えるままなんだ?

ずっと頭の中にあった疑問がまた表面に出てきたが、それは今はほっとこう。


「いらっしゃいー」

野太く、しわがれた声が奥の雀卓から聞こえた。

声の方に目をやると、上半身がライオンのような獣人が、吐いたタバコの煙の向こうからこちらを見ていた。

愛想などまるでない。

ライオンは自分の手番になると視線を手牌に移し、こちらを見ないまま続けた。

「初めて?」

こいつが店主か。人間を期待していたけれども仕方ない。

「お話を伺いたくて来ました。」

「はなし?打ちに来たんじゃないの?麻雀」

「いや、麻雀も打ちたいですけど、」

俺の言葉を最後まで聞かずにライオンはまくし立てた。

「なら入る?東パツ一本場親番27900点持ち。お連れさんも打つの?」

「ええ」

タカさんがすぐに応えた。なんだか不機嫌そうだ。俺と同じで、店主が人間であることを期待していたのだろう。もしくはライオンの態度に同じ雀荘メンバーとして納得がいかなかったのかもしれない。

タカさんはかなりの麻雀好きだ。こっちの世界に来てからはご無沙汰だったため、相当麻雀欲が溜まっていたのだろう。自分の不機嫌を押してでも打ちたいほどに。

「なら、ご案内。」

ライオンは上家に座っていたウサギ頭の小柄な男に顎で合図した。

「は、はい。」

ウサギは慌てながら、サイドテーブルの上を片付けた。

ライオンはその様子にため息をつきながら、慣れた手付きで片付けをして席を立った。

ゲーム途中での客の案内は雀荘ではよくあることだ。そのゲームの進行具合や点数状況によるが、客の待ち時間をできるだけ少なくするためには必要なことだ。

しかし、俺たちは今日この店に初めて来た。何の説明もしないままで、ゲームの状況だけを告げて途中案内など、いい加減すぎる。これがこの世界では普通なのだろうか。

俺とタカさんはウサギに案内されるがまま席に向かった。

「は、は、はああくしょおん!!!」

おっさん特有の無駄にでかいくしゃみが店中に響き渡る。

「俺、猫アレルギーなんだよね」

小声でそう言いながらタカさんはライオンの方を見る。

不機嫌の理由はコレか。


俺はライオンが座っていた席、タカさんはウサギの席に着いた。

なしくずし的に麻雀を打つことになってしまった。当初予定していた順序とは違うが、まあいいか。麻雀を打ちながら様子をみることにしよう。


席に着くとイスの後ろからライオンが説明を始めた。

「普通のアリアリ東南戦門前祝儀ね。赤は各1枚。1000点100ゴールド。ワンチップ300ゴールドね」

ゴールドはこの国の通貨だ。ちなみに昨晩食べたマンドラゴラは一匹600ゴールド。

レートの感覚は大体つかんだ。

この国の物価から考えて、一般労働者が無理なく遊べるレートだろう。

俺たちの懐はさみしいから長くは遊べないが。

それはそうと、肝心なのはルールだ。あまりにも普通すぎる。俺らが元いた国のオーソドックスなルールそのままじゃないか。

やはりこの店を作ったのは同郷の者ではないか?だとするとこのライオンはただの従業員か?

俺とタカさんは、ライオンの言葉に返事もせずに、伏せられた手牌を開ける。

まさか、異世界で麻雀を打つことになるとは。

全てが今までの常識とは違うこの世界で、元いた世界と同じルールの麻雀を打とうしている。

不思議な感覚だ。


俺の下家には老婆が座っていた。一瞬人間かと思ったが、彼女の耳を見たとき考えを改めた。とんがった細い耳。エルフだ。この街では珍しくない。エルフの寿命は人間よりもずっと長いと聞く。実年齢はいくつなのだろうか。

ばあさんは地味な茶色のローブを身にまとい、穏やかな目で卓上を眺めていた。

対面には若い男が座っていた。人間のように見える。耳もとんがっていない。

男の灰皿には吸い殻がみっちりと詰まっていた。かなりのヘビースモーカーなのだろう。

サイドテーブルにはサファイア色の懐中時計、タバコ、マッチ箱が置かれている。

この店のカウンターには、店の名前が書かれたマッチ箱が木箱の中に並べられていた。

雀荘にはよくあるサービスだ。もっとも、俺が元いた世界ではマッチではなくライターだが。

男のサイドテーブルに置かれたマッチ箱は店の物ではなく、私物のようだった。


「「よろしくお願いします。」」

不本意にもまたハモった。

このおっさんとハモるとなぜか不快な気持ちになるのは何故だろう。

まあ、今回は仕方ないか。

「よろしくお願いします」

エルフばあさんは曲がった腰をさらに曲げて丁寧に返してきた。

「よろしく」

対面の男は表情ひとつ変えずに言った。

挨拶から始めるところも、俺らの世界の雀荘マナーと同じだなあなんて思っていたところで、対面の男が1ソウを切った。

再開されたのだ。

俺らの案内のために一時中断していたこの対局が。


タカさんはよどみない動作で牌山から1枚ツモり、それをそのまま切った。

俺もいつもと同じように牌山に手を伸ばす。2ピン。いきなりカンチャンずっぽしだ。そのまま手を止めず手牌の端の方に理牌されていた余剰牌を切る。

俺の後ろではライオンが腕を組みながら様子を見ていた。

何巡かしたところでウサギが2人分のおしぼりとお茶を持ってきた。そして2人分の箱も。

ウサギが何も言ってこないところを見ると、この店は全てが現金精算なのだろう。

わかりやすくて助かる。

財布の中のわずかな金を全て箱の中に入れ、この金を死守することを、タカさんと目で誓い合う。

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