表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

導入

今夜は大雨。傘を差したところで無意味なほどの強烈な雨が、窓に打ち付ける。

それでも出勤。毎日出勤。なぜなら客が来るから。

今日も天気を気にせず常連のジジイどもが集まっている。

こんな日くらいはギャンブルやめろよ。中毒者共。

平日深夜に大雨の中、ジジイ四人が角突き合わせて麻雀に勤しんでいる。


「ぜんっぜんあがれん!つめしぼ!」

「アイスアリアリ、まだあ?」

「あつ茶もくれや」

「あ、落点!拾ってー」

ジジイ共が偉そうに俺を呼んでいる。

店員を呼ぶにしても呼び方ってものがあるだろうが。

「はーい。ただいまー。」

抑揚のない口調で、声だけは張る。

アイスコーヒーとお茶を乗せたお盆に、冷蔵庫から取り出したおしぼりを乗せる。

それを片手にカウンターを出て、フロアを回る。

それぞれを届け終えたら、最後に点棒を落としたジジイのもとへ。

とりあえずジジイの斜め後ろでしゃがんで卓の下を確認してみる。

あった。

千点棒だ。落点は大体千点棒。リー棒出すときに興奮しすぎて手が震えるのかな?

どーでもいいけど、自分で拾えよ。

「足元失礼しますよ。」

ジジイの右側のサイドテーブルをどかし、点棒までの動線を確保する。

そのまま膝をつき、四つ這いで卓の下に潜り込んだ。

「お、すまんの~山本くん」

目の前にはジジイの足が、その奥に点棒が見えている。

すまんと思うなら、足どかせ、ジジイ。

「いえいえー。」

口だけの返事を返しておいた。

床の千点棒に手を伸ばす。

指先がかすめる。

あとちょっと、あとちょっとで届く。

もうひと伸びのために、グッと腰に力を入れた。


バゴォォォン!!!


大きな音がした。音圧で鼓膜が萎縮する。しばらく耳にその感覚が残るほどの轟音だった。

なんだ?落雷か?

すぐに目の前が真っ暗になった。

停電だろう。ただでさえ薄暗い卓の下、今は何も見えない。

一旦、点棒は放っておこう。

とりあえず状況の確認をしないと。

立ち上がりながら、客たちに話しかける。

「近くに落ちたんですかねー。びっくりしまーーー」

その最中、刹那的な恐怖にかられた。

脳で理解する前に、肌が体が異常事態を感じ取っている。

ーーー静かすぎる。

さっきの轟音で耳がやられたわけではない。自分の声は違和感なく聞こえていた。

客の声も、大雨の音もしない。

自分の浅い呼吸音だけが聞こえる。

おそるおそる周りを見渡す。暗闇に目が慣れる頃には状況の異常性に気が付いていた。

誰もいない。

ついさっきまでいたはずの常連のジジイ共がいない。

卓もイスもそのままの形なのに、そこにいたはずの人たちが消えている。

イスのクッションはまだ沈んだままで、寸前まで人が座っていたことを物語っている。

店の中からは全ての音が消え、光も消えていた。

静寂。8卓しかない店内がえらく広く感じる。

時間が止まったかのように、視界の中で動くものが何一つとしてない。

その静寂の中に自分も吸い込まれそうになる感覚に陥っていた。


「え!何!停電!?」

店の最奥、カウンターの裏にあるトイレの方から突然声がした。

聞き慣れた声だ。同僚で後輩のおっさん、タカさんだ。

静寂をぶち壊すそのしゃがれ声で、遠く行きかけていた意識を取り戻す。

硬直していた体に体温が戻る。

タカさんはどうやら、雷が落ちた時トイレにいたらしい。

トイレ側に振り向き、声を絞り出す。

「停電みたいですね。大丈夫ですか?」

ドア越しでも聞こえるよう少し声を張った。

「んー。大丈夫。なんも見えんけど」

タカさんの声がまた聞こえた。その声に安堵する。

すぐさま、トイレのタカさんに呼びかける。

「こっちの様子がおかしいんです。早く出てきてくださーい。」

この異常事態にとりあえず仲間が欲しい。独りぼっちは怖い。

ジュゴ~。

水を流す音とともにトイレのドアが開いた。

このおっさん手洗ったか?

トイレから出たタカさんはドアも閉めないまま静止した。

そのまま、体を動かさず、目だけを動かした。

「うわ......どうゆうこと......?」

店内を見回した後、俺に視線を寄越す。

「わからんすよ......。」

返す言葉がない。正直に答えた。

チ...チチチ...。

僅かな音と共に蛍光灯に明かりが灯った。

店の奥まで見通せるようになる。そこにはやはり誰もいない。

次に、常時回し続けている換気扇がまた動き始め、雀卓の明かりも灯った。

奥からは冷蔵庫のモーターの音も聞こえる。

「もどったみたいすね。電気。」

「うん、でも客は?どこいったん?」

タカさんは俺のほうを見ないまま問い返した。

「知らんすよ、気づいたら皆いなくて。」

これしか言えない。自然と声が小さくなった。

「なんじゃそれ」

タカさんはキョトンとしているが、怯えている様子はない。


一旦間を置く。あれこれ思考してみるが何も手がかりがない。筋の通る仮説の一つすら出てこない。

これはこの店の中だけの異変なのか?それとも、世界中で?

そんなこと考えたくもないが、まずは確認しないと。店の外の状況を。

「とりあえず外の様子見てきます。」

タカさんに告げて、窓に向かう。

「俺も」

タカさんも後ろから着いてきた。

窓は店の入り口付近、トイレとは真反対に位置する。

二人で窓に近づく。

店の窓は常に厚めのカーテンが閉めてある。雀荘あるあるだ。

カーテンに手を伸ばした際、異変に気付く。

カーテンの隙間から僅かに光が差し込んでいる。

……そんなはずはない。

今は夜中の2時だ。

明らかに感じる違和感に体は強張る。

湧き上がる恐怖を無理やり押さえつける。

窓の外に何があるのかは分からない。だが、それを見ないわけにはいかない。

カーテンを握った手にグッと力を入れ、勢いよく開けた。

「う、まぶしっ......。」

強い光で一瞬視界が奪われる。

反射で閉じた瞼をもう一度開き、窓の外に視線をもどす。

「「なんじゃこりゃ......」」

不本意にもハモってしまった。

しかし、それ以外言葉が出なかった。

次の言葉が口を動かすまでにはかなりの時間がかかった。

目の前の光景を脳が処理するために時間を要したのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ