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外れた思惑と想定外の事態

 異世界から新たな聖女を呼び出し、あの忌々しい平民の小娘と入れ替えようとした俺だったが、召喚の儀で現れたのは若い女ではなく俺よりも年上の男だった。

俺よりも豪奢に見える黄金の髪、この世界では珍しいエメラルドのような不思議な色の瞳、悔しい程に整った顔立ち、高い背、服の上からでもわかる鍛えられた身体、そして何よりも王者を匂わせる風格は、王太子である兄以上だった。

 しかもそいつは…大神官よりも聖力について詳しく、あろうことか炎を操ったのだ。そう、持っていたのは聖力ではない。あれは…古の文献に書かれていた、魔術という忌々しい力だろう。


 あの後、名ばかりの聖女が倒れ、あの男が応急処置だとか言って卑しい娘に口づけをしていると、騎士を引きつれた兄上がやってきた。王宮からもこの天明宮に光の柱が上がったのが見えたらしく、兄上が何事かと駆けつけたのだ。

 そこで俺は咄嗟に、あの女が勝手に召喚の儀を行った事、その為にあの男が呼ばれてしまった事、そして力を使い果たしたあの女が倒れたのだと兄上に話した。

 兄上は大層驚いていたが…一先ず倒れたあの女を部屋に戻した上で、厳重に保護するようにと命じた。要は保護の言う名の軟禁だ。

 更に兄上はあの男を丁重にもてなす様に申し付けた上で、状況を確認したいから王宮の客間での滞在を乞うた。男としても状況が分からない上に行く先もなく、兄上の申し出を断らなかった。


 そして俺は…部屋での謹慎を命じられて、今に至る。


「一体どういうつもりでこんな事をした?!!」

「あんな平民の聖女では結界が持たないと思ったから、新しく力のある聖女を呼んだだけだ。このままではこの国は滅びてしまう!」


 そうだ。あんな結界を維持するだけで手一杯のひ弱な娘には、我が国を守る事など出来やしない。そして神殿は、こんな状況になっても、まともな聖女一人見つけられないのだ。だったら王族でもある俺がやるしかないだろう。


「だからとって国王陛下の許可なくやっていい事ではないだろう?あの男の力を見たのか?あんな桁違いの力を持った者を、どう制御しようというのだ?」

「それは…俺達は王族だ。王族の言う事を聞くのが民の…」

「あの男はこの国の民ではない!それに、元の世界では王族だったというではないか。その様な者を呼び出して…もし向こうの世界の者が彼を取り戻しに来たらどうするつもりだ?」

「まさか…そんな事は…」


 そんな筈はない。あの男は元の世界に返せと言ったが、そんな方法は王宮の古文書からも出てこなかった。向こうからやってくるなど…そんな筈は…


「あんな力を持つ者が向こうに世界にゴロゴロいたとしたら?彼を取り戻そうと攻めてきたら、どう対処しようというのだ?」

「…っ」


 兄上の言葉に、俺は何も言い返せなかった。確かにあの男は俺たちよりも強いのだろう。あんな風に炎を操る等、聞いた事もないし、あの力があれば誰も彼を傷つける事は出来ない…あの男がいた世界に、あの男と同じか、それ以上の力を持つ者がいたら…


「とにかく、彼は丁重に扱う。彼を怒らせても我らには利がないからな。お前は彼に決して接触するな。いいな?父上が戻られるまでお前は部屋に軟禁とする」

「そんな…!」

「これは国王代理の私の命令だ」

「…わかり…ました」


 兄上とは言え、今は国王である父上の代理だ。俺に逆らう事は出来ない。忌々しいとは思うが、王太子という地位がそんなに軽いものではないのは俺だってわかっていた。





「くそっ!このままでは俺は失脚してしまう…」


 自室が許されたとはいえ、騎士達の監視下に置かれた俺は、部屋の中で苛立ちを隠せずにいた。この召喚の儀が成功し、俺が望むような聖女が現れれば俺の人生は飛躍する筈だったのだ。

 異世界から来た美しく強い力を持つ聖女であれば、俺は大事にするつもりでいた。あんな孤児上がりの卑しい平民など、いくら聖女の力を持っていても俺には釣り合わない。俺は兄弟の中で最も美しくて人目を惹き、座学も武術も優秀だと褒め称えられ、誰もが俺に取り入ろうと必死なのだ。

 王族の色こそ持つが容姿はまぁまぁで努力しなければ優秀とは言えない兄上や、まだ子供の弟には至高の椅子は似合わない。俺こそが至高の存在に最もふさわしいのだ。


 今回の失態をなかった事にするには…やはりあの女に犠牲になって貰うしかないだろう。聖女の力を持つのはあの女だ。あの女でなければ召喚の儀は行えないのだから、あれを行ったのはあの女と言える。


「そうだな、あの女に押しつけてしまえ」


 そう思うと、心にあった焦りがスッと凪いで行くのを感じた。元々孤児の卑しい下民一人、どうなったところで困る事はない。それに…この俺のために犠牲になれるのであれば、婚約者としても本望だろう。


「ふふふ…やはり俺は運がいい」


 そうは言っても、あの召喚した男の事を考えると、また気持ちが沈んだ。あの男はこの俺に対して随分無礼な言動を繰り返したのだ。いくら力があるとはいえ、俺はこの国の王子だ。どこの王族かは知らないが、ここでは俺に従うべきなのだ。


「あの男を…何とか懐柔しないと…」


 女ではないから妻には出来ない。一方で始末する事も出来ないのであれば、味方につけるしかない。あの男を上手く転がして俺の味方に出来れば…俺の地位は強化される筈だ。あの男の力をもってすれば王位に付く事だって可能かもしれない。


「だが…あの男には既に兄上が接触している…一体どうしたら…」


 軟禁されたのは癪ではあるが、ある意味好都合でもあった。幸い軟禁と言っても側近たちを呼ぶ事も可能だという。ピンチはチャンスとも言うではないか。そして俺は至高に昇り詰める存在なのだ。この程度の事、乗り越えられない筈もないのだ。



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