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可愛いお客様

 王太子殿下に私が目覚めたと知らせに行ったレリアは、程なくして戻ってきました。聞けばレリアが直接王太子殿下に報告に行ったわけではなく、レリアが侍女長に報告して、侍女長から王太子殿下に報告…となるそうです。上の方々の事は詳しくは存じませんが、私もレリアも王族の方に直々にお会いする事はありませんものね。

 私も聖女ではありますが元は平民ですし、王宮では侍女の方々も貴族なのです。それを思えば…私がここにいるのは場違いなのです。


「聖女様は暫くゆっくりお身体をお休め下さい、との事でした」

「ええ?でも、結界は…」

「結界の事は心配いらぬとの仰せだそうです。それよりも、聖力切れを起こしたので、しっかり養生するようにと」

「そう…」


 そんな風に言われてしまえば、私に否やなど言える筈もありません。王太子殿下は陛下が視察などでご不在の時にはその代理をなされるので、王太子殿下のお言葉は陛下のお言葉も同様なのです。それは第二王子であるセザール殿下でも逆らえません。ご兄弟でも王太子に選ばれるとは、それほどに大きな事なのです。

 でも…本当に大丈夫なのでしょうか?結界は一日だって間を置けば、あちこちに綻びが出ると聞いています。私の力が十分でないため、場所によっては綻びかけているのに…今日何もしなかったら、そのような場所が綻んでしまうのではないでしょうか…


「ルネ様。せっかくお休みを頂いたのでしたら、たまにはお庭に出てのんびりされてはいかがですか?」

「庭に…」


 レリアにそう勧められた私は、不安の中にも心が踊るのを感じました。私が住むのは王宮の中にある聖女宮という名の小さな離宮なのですが、ここには小さいけれど綺麗に手入れされた庭があり、私はこの庭が大好きなのです。聖女宮は人の出入りが厳しく制限されているので、庭に出ても人に会う事もありません。ここなら口さがない人達に会う事もなくのんびり出来るのです。





「聖女様、お茶とお菓子をどうぞ」

「ありがとう」


 聖女宮の小さな庭の一角に小さな四阿があり、私はそこでティータイムを楽しんでいました。不思議な事に聖力切れを起こしたわりに体調は良く、昨日まで感じていたけん怠感や頭痛もありません。これなら結界に力を送る事も問題ないと思うのですが…

 でも、せっかく王太子様が休んでいいと言われたのなら、有難く満喫すべきです!とレリアに言われれば否やはありません。こんなお休みは聖女になって初めての事ですから。


「お庭に出るのも久しぶりですわね」

「そうね、体調がよかった頃は出ていたけれど…最近はそんな元気も時間もなかったもの」


 そうです。聖女になって最初の半年くらいは、この綺麗な庭に出るのが嬉しくて、毎日この四阿でお茶をしていました。

 でも、先代の聖女様のサポートもなくなり、一人で結界の維持をするようになると…聖力が足りないのか、体調不良に悩まされるようになったのです。


 更には、セザール殿下の婚約者として、王子妃教育も始まりました。神殿でも聖女に選ばれた時のためにと教育を受けてはいましたが、実際に王子妃になるとなれば勉強する内容はとんでもなく増えました。お陰で…こんな風にゆっくり過ごす事もなくなったのです。

 最近では、夜明けとともに起きて結界維持のための祈りを捧げ、それが終わったら朝食と湯浴み、その後は暗くなるまで王子妃教育…そんな生活でしたから。


「あら?何かしら?」


 ガザっと木々の葉がこすれる音がしました。ここには私とレリアしかいないので、私は思わずビクッとしてしまいました。ここに入って来られるのは、護衛騎士や侍女、セザール殿下とその側近の方くらいです。基本聖女宮への出入りは許可制ですが、今日は誰かが来る予定はなかった筈です。


「聖女様、何か…あら?」

「あらららら?」


 音がした方に視線を向けると…そこにいたのは…銀色の毛並みと薄紫の目をした小さな子犬でした。毛並みが…もふもふです。


「まぁ、可愛い!なんてきれいな子!」

「本当ですわ。それにクリクリの目をして…」

「やだ、毛も柔らかくってふさふさ」


 何と言う事でしょう。こんな誰も来ない宮に、可愛いお客様です。しかもまだ足取りがおぼつかないような小さな子犬だなんて…

 しかもとても人懐っこい子で、私が手を伸ばすとその手をぺろぺろと舐めてくれました。更には自ら私の膝に乗ってきたのです。これはきっと、飼い犬でしょうね。こんなに人に慣れているのですから…


「やだ、可愛すぎる…」

「でも、一体どこから…」

「そうね。王宮は鼠一匹入り込めないっていうのに…」

「誰かの飼い犬か、その子どもではありませんか?」

「そ、そうね…こんなに小さいのだもの、お母さんが近くにいるのかも」


 離乳は済んでいそうですが、これくらいならまだ母犬と一緒にいる時期でしょう。神殿で住んでいた時も、時々犬や猫の子が紛れ込んできた事があります。動物を飼う事は禁じられていましたが…内緒で世話をした事もあるのですよね。


「でも…首輪も何もないわね」

「ええ。それとなく…侍女頭に聞いてみましょうか?」

「そうね、お母さんとはぐれては可哀想だもの。お願いできる?」

「かしこまりました」


 残念ですが…子どもはやっぱりお母さんと一緒が一番ですよね。手放しがたいけれど、私は子犬をレリアに託しました。きっと今頃、お母さん犬か飼い主が探しているでしょうから。


「侍女頭が預かってくれました。親犬か飼い主を探してくれるそうです」

「そうなのね」


 寂しいですが…少しだけでも触れ合えただけ良しとしましょう。温かくて柔らかい身体の感触がまだ手に残っているようですが…私は遊びでここにいるわけではありませんものね。

 そんな風に思っていたのですが…


「えええ?お前、どうしてここに?」


 翌朝、目が覚めるとその子犬が、私のベッドの中にいたのです。




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