聖力切れを起こした私は…
男性を守るかのように炎の輪が現れて、彼を捕らえようとしていた騎士達は炎に阻まれてその先に進めなくなっていました。その様を見た殿下が、おもむろにその場から離れようとしましたが、男性はそれすらもお見通しだったのでしょうか。殿下が向かう先にも炎の壁が現れて、殿下は急に後ずさったせいか尻もちをついてしまいました。
「な…なに、を…」
「この場にいる中では君が最高位のようだね。さて、この落とし前、どうつけてくれるんだ?」
「ど、どうって…」
炎を操る男性に、いつもは無駄に偉そうな殿下もすっかり勢いを失っています。もしかすると召喚の儀に詳しかったので、他にも使える術をお持ちなのかもしれません。そうなると…迂闊な事は出来ないでしょう。
「先ほども言ったが、私も王族でね。これでも重職を任された多忙な身なのだよ。私がいなくなってしまえば…色んな方たちに迷惑がかかる」
「な…」
「何なら、君も知らない世界に行ってみるかい?そうしたら私の気持ちもわかるだろう?」
「な…!」
男性はそこでも笑顔を見せましたが…殿下はすっかり怖気づいてしまわれました。怒りを向けられるよりも笑顔の方が恐ろしい場合もあるのですね。殿下にはいい薬かもしれません…
「…!君、大丈夫か?」
そんなやり取りを眺めていると、周囲を見渡した男性と目が合いました。私は聖力を使い果たしたのか、さっきから自分の身体を支える事も出来ず、床に倒れ込んだままです。こんな状態で声を掛けられるなんて…情けない気持ちが急に押し寄せてきました。
「大丈夫か?」
そう言って男性は私を抱き起して、私の顔を覗き込みました。そうして手を私の方に掲げ、何かを探っているようにも見えます。私は…力が入らないので逃げ出す事も出来ず、されるがままです。うう、私のせいでこんな事態になっているのに…気にかけて頂くのが申し訳なくて居心地が悪すぎます。
「うら若き女性が倒れているのに知らん顔とは、ここの男共はどうなっているんだい?」
「な…」
「これは…魔力切れを起こしかけているじゃないか!」
「魔力…きれ…?」
いえ…これは魔力切れではなく、聖力切れです。魔力は…魔獣たちが持つ邪悪な力なのですから…
今の状態が危険なのは…私も自覚していました。というのも、聖女になったばかりの頃に一度、聖力切れを起こした事があるからです。あの時は先代の聖女様がいらっしゃったから結界の維持が何とか出来ましたが、私は回復するのに半月ほどかかってしまったのです。
あれからは聖力切れを起こさないようにと気を付けていましたが…結界のために力を使った後、召喚のために無理やり力を奪われて…聖力が切れてしまった、のでしょう…
「このままでは命に関わる。おい、そこの君!ポーションはないのか?」
「は?」
「ポーションだ、魔力回復用の!」
「な…な…そ、そんなものはない」
「何?!」
「そんなもの、聞いた事もない!」
「何だと…」
男性の剣幕に、殿下はいつもの勢いはどこへやら、意外にも素直に答えていました。
一方の私は、この男性が私を心配しているのが不思議でなりませんでした。私は孤児で平民ですし、この王宮では誰も私を気に掛けたりしません。汚物を見るような目を向けられるのが常です。きっとこの男性は、私の事を知らないから気にかけてくださるのでしょう。
「このままではマズい…」
男性の小さな呟きに、私は納得でした。先ほどから身体に力が入りませんし、少しずつ手先が冷えていく感じが強くなっています。それに今は…耐えがたい眠気が、押し寄せてきています…
「おい!しっかりするんだ!」
男性が私の頬をぺちぺちと叩いてきますが…眠くなってきた私は、もう放っておいて欲しい…そんな風に思っていました。
「貴女に想う相手はいるのか?」
「…え?」
「好きな相手や恋人、夫は?」
こんな時に何を聞いてこられるのかと思いましたが…一応婚約者が、いましたわね…全く好きでは、ありませんが…
「好き、なひ…とは、いません…が、婚約…者が…」
「婚約者?誰だ?」
「…そこに、いらっしゃる、セザー、ル…でんか…です…」
「セザールだな。おい、セザール殿下はどなただ?」
「セザールは俺だ。貴様、気安く俺の名を…」
「貴方の魔力を寄こせ!」
「は?何を…」
「このご令嬢の婚約者なのだろう?命を救うために君の魔力が必要だ」
「ま、魔力など俺には…」
「僅かだがある。命を繋ぎとめるくらいは出来るだろう」
「断る!そんな女、どうなったところで知るか!」
「何だと…」
殿下、は瞬殺で私を切り捨てましたが…予想通り、ですわね。むしろ心配された方が…気味が悪いです…
そして殿下の言葉に、男性が絶句していました。それもそうでしょう、婚約者なら、心配するものでしょうから…
「じゃ、…が…ても構…かな?」
(…え?)
「すまな…。話は…だ、少し…して?」
男性が何かを言っている様でしたが、意識がもうろうとし始めている私には、その意味は届きませんでした。唇に何かが触れる感触を自覚しましたが、もう考えるのも億劫です…
「おい、何をしている!」
遠くで殿下の声が聞こえますが…私の意識はそこには向きませんでした。ただ、唇から何か、甘さを感じさせる何かが流れ込んでくるのを感じていました。水でもありませんし…そもそも…形のあるものではないようですが…とても美味しくて…気持ちがいいものだと感じて…そこで、私の意識は途切れました。




