余命半年の身は…
「…残念ながら…もって半年程かと…」
「まさか…何とかならんのか?」
「…受け皿も魔道具も全て試しましたが、これ以上は…お力が及びませず、申し訳ございません」
「…そんな…」
(ああ、またあの夢だ…半年前に、父上に魔術医が私の余命を宣言していた時の…)
あの時、私の意識がないと思っていた父と魔術医は、私の枕元でそんな会話をしていた。子どもの頃から魔力が多すぎて長生きできないと言われていたが…二年ほど前から限界を感じていた。魔力を抑える大量の魔道具も使ったし、魔力を受け入れる事が可能な受け皿と呼ばれる者達も使ってみたが、どれも期待したほどの効果はなかった。それでも父は持てる力と財で、私を生き延びさせようとしてくれたが、それももう限界だった…
そんな私に転機が訪れたのは、多分偶然の産物だったのだろう。リアがたまたま私の従魔で強い力を持っていたせいか、私は知らぬ世界に飛ばされた。リアと共に。そしてそこで見つけたのだ。私の魔力を受け入れる事が出来る受け皿―ルネを。穴だらけの術式での召還など迷惑でしかない筈だったが…私にとってはとんでもない幸運だったといえる。
聖魔力しか持たない、色彩のない色なし。魔力干渉が少なく、他人の魔力を受け入れる事が出来る色なしは希少で得難い存在だった。それでも…ルネほどに真っ白な色なしは一層珍しい。純粋な聖魔力の持ち主は理論上存在しないと言われていたのだから。
「セレン!目が覚めた?」
「…リ、ア?」
目が覚めた私に呼び掛けたのは、私の従魔のリアだった。聖獣とも呼ばれるリアは、身に余る魔力を持つ私を同情してか、私の従魔となって魔力のコントロールを助けてくれた。死にかけ、死の恐怖に怯えて泣いていた子どもだった私を助けたのは、魔力の相性の良さと、ただの気まぐれだろう。彼らにとって人の寿命などたかが知れているのだから。
「ここは…どうして…」
「ああ、セレンの部屋だよ。覚えてる?王様が魔獣を召喚したの」
「…!そ、そうだ…ルネは?」
「セレン、いきなり起き上がらないで」
飛び上がった私を制したリアは、とりあえず落ち着けと言った。ルネは眠っているが無事だし、魔獣は抑えたし、問題ないと言って。その言葉に安堵の息を吐いて、ある事に気付いた。
「魔力、が…」
「うん、ルネが吸い上げてくれたよ」
「ルネが…?!だが、あれでは…」
「心配いらないよ。ルネって相当器が大きいみたいだね。やり過ぎて死ぬかと思ったけど、ちゃんと生きてるよ」
「生きて…」
「うん。だから大丈夫」
リアが大丈夫というならそうなのだろう。魔力に関してはリアの方が詳しいというか、魔獣だから本能で魔力を操るし視覚化も出来る。魔術の知識は私が上でも、魔力そのものについてはリアの方がずっと上なのだ。それでもこの目で確認しない事には安心できない。私はまだ覚束ない足取りでルネの様子を見に行くと…ルネはまだ眠っていた。前よりも顔色がいいし、肌や髪の艶も増している。魔力が器に満ちているのは一目瞭然で、拒否反応もないのだろう。穏やかな表情をしているから、問題はないのだろう。
「でも、今回はダメかと思ったよ。セレン、ずっと魔力放出できなくて限界だったからね。しかもルドの魔力と相性悪かったみたいで、干渉し合って暴走始めるし…」
「ルド?」
「召喚された子だよ。どうやら私達と同じ世界から来たみたいだね」
なるほど、一度召喚の儀を行っているから、魔力の痕跡が残っていたのかもしれない。確証はないが、そのせいでこの世界と繋がったのだろう。そしてリアに抑えられたのなら、私達を攻撃してくる事はないと思われた。魔獣は力が全てだから、格上に喧嘩を売るなどあり得ないのだ。リアの主の私はもちろん、リアがあんなに懐いているルネを襲う事もないだろう。
「まぁ、でも間一髪だったよ。ルネがいなかったらセレンは確実に死んでいたからね」
リアの言う通り、私の身体は限界を超えて壊れ始めていた。なのに…今は身体のどこにも痛みがない。溢れすぎた魔力が身体のあちこちを破壊し始めていて、最近はそれが顕著になっていたのに。ルネの魔力で多少は中和されていたが、それも痛みを気休め程度に和らげるだけだった。それが…今はどこにも痛みも不快感もない、身体の魔力を巡らせても…悪いところが…ない。これは…
「ほんっと、ルネに魔力を馴染ませていて正解だったよ。いきなりあれだけの量を渡したら、いくら器が大きくて色なしでも、拒否反応が出ただろうからね」
「そうか…」
「ルネの魔力は凄いよ。私にも出来なかったセレンの身体を治しちゃったんだから」
「ああ、ここまでとは…」
「これでセレンも長生き出来るんじゃない?」
全くリアの言う通りだ。こんなに回復するとは想像以上だった。常に隣にあった死を感じないなんて…生まれて初めてだ…何と稀有な存在だろうか。あの聖力もだが、あれだけの力を持ちながらも控えめで優しい心映えに惹きつけられる。
「それにしても、あれだけやめとけって忠告したのにこの国は…魔術のこと知らないくせに無謀すぎるよ。まぁ、知らないから出来ちゃうのかもしれないけど」
そう言ってリアがプリプリしているが、全く同感だ。魔術の怖さを知らないからこそ出来るのだろうが、一度失敗しているのにまたやろうなどと正気の沙汰ではない。もしリアとルネがいなかったら、どうなっていた事か…
「それで、国王達は?生きてはいるんだろう?」
「ああ、あの王様達?何か私の事を聖女様~!なんて呼んで騒いでたけど、うるさいから雷落として黙らせといたよ」
「聖女?」
「うん。新たな聖女様だってうるさくって。聖女はルネだってのにね」
「そうか…」
どうやら国王達はリアを聖女だと思い込んだらしい。ある意味では正しいかもしれないが、リアの本質は獣から外れない。そんな彼女が聖女という枠に収まる筈もないのに。リアの本当の姿を見た後でも、そんな事が言えるだろうか。
「こっちから何か言うまでここには近づくな、食事はいつも通りに運べって言っておいたよ。ついでに結界張っといたから、悪意のある奴は入ってこれないし」
「そうか。ありがとう」
どうやら私が眠っている間、リアが上手くやってくれたようだ。私は痛みを感じない身体に落ち着かない気分を持て余しながらも、これからの事に思いを巡らせた。




