人ならざる者たち
「ルネ、目が覚めてよかったわ!」
そう言うとキラキラと日の光を受けて輝く銀色の髪を靡かせた女性が、私の元までくるとぎゅーっと抱き付いてきました。でも、ち、力が凄くて圧し潰されそうです…女性のような細い腕なのに…力が強いです…
「リア、力込めすぎだよ、ルネが潰れてしまう」
「え?ああ、ゴメンゴメン!嬉しくって、つい」
「い、いえ…」
何と言いますか、物凄くフレンドリーな方のようです。そう言えばこの前も友達に対するような気さくな話し方をされる方だなと思いましたが…
「せ、セレン様、この方は…」
「ああ。これはリアと言って、私の従魔だよ」
「じゅうま?」
「ああ、私の世界の魔獣、いや、聖獣というべきかな。人よりも長い年月を生きていて、私達同様に魔術も扱う事が出来るんだ」
「……」
えっと、それってつまり…人間じゃない、という事でしょうか…確かに物凄く綺麗といいますか、神々しいほどに人離れしたお美しさですが…
「ふふ、ルネにはこっちの方が分かりやすいかな?」
そう言うとリアさんは私から少し離れると、一瞬で姿を消してしまいました。
「えええっ?」
慌ててベッドから身を乗り出すと…そこにいたのは…銀色の毛並みが柔らかいクルル、でした。
「え?クルル?」
「そうだよ、ルネ。クルルの正体はリアなんだ」
「…はぁ…」
驚きすぎると人は、言葉がなくなるのでしょうか…私は理解が追いつかないせいなのか、間の向けた声しか出せませんでした。でも、あの美人さんが…クルル…確かに毛色も、瞳の色も同じですが…でも、大きさが余りにも…
「ふふ、で、こっちが本来の姿ね」
ククルが…喋った…!そう思った私の目の前で、今度はクルルを大きくしたような、毛がずっと長い大きな四つ足の動物が現れました。犬というよりも…狼、でしょうか…でも、耳はそれよりも長く、身体もすらりとしていますし、尻尾もふさふさです。獣というには違和感があり過ぎるほどに美しいです。
「とっても、キレイ…」
聖獣と言われるのも納得な、とても優美で威厳すらも感じられる姿です。でも、それなら隙間のない牢に入り込んできたのも納得です。魔術が使えるのですものね。
「じゃ、ずっと一緒に…」
「ああ、すまないね。ルネが心配だったから、護衛の代わりにと側に置いていたんだ。リアもルネの魔力が気に入ったのもあるけどね」
「そうよ!ルネの魔力ってとっても気持ちいいんだもの」
そう言ってクルル―いえ、リアさんとお呼びした方がいいのでしょうか―がクルルの姿に戻ると私の膝の上にちょこんと乗ってきましたが…何でしょうか、この可愛らしさは!本来の姿も人間の姿も麗しくて素晴らしいですが、この可愛らしさは絶品と言えましょう。はぅ…尻尾を振って見上げてくる目が殺人的に可愛すぎます…
「ああ、それから彼が、あの異形の者だよ」
「は?」
「ああ、彼も何れは聖獣と呼ばれる存在になるだろうね。今はまだ若いからそこまでじゃないけど」
「はぁ?」
えっと…リアさんがクルルでセレン様の従魔で聖獣なのはわかりましたが…この男性が…あの異形の?私は思わず男性を見上げてしまいました。夜のような深い黒髪に、鋭さが際立つ金色の瞳。パッと見は二十歳くらいでしょうか?セレン様やリアさんよりも若く見えますが、私よりは年上のようです。背はセレン様より少し低めですが十分に高く、冷たさを感じさせますがとても麗しい顔立ちをしています。セレン様が光ならこの男性は闇、太陽と月と言った感じでしょうか。とてもくっきりと対照的な印象です。
「彼はレド。ルネも知っての通り、国王が召喚してしまったあの異形の者だよ」
「……」
セレン様に紹介されたその人は、私を見てもにこりともせず、むしろ苦虫を噛み潰したような表情をされました。もしかして、私の力で召喚された事をお怒りなのでしょうか…確かに彼は無理やりこの世界に連れて来られた被害者ですから、その一因となった私を恨んでも当然なのですが…
「ああ、心配はいらないよ、彼は我々に危害を加えたりはしないから」
「ええ?でも、この国のせいでこの方は…それに、私も…」
「ルネのせいじゃないだろう?彼にはリアから事情を説明して貰っているから大丈夫だよ。ルネも被害者だと分かっているから」
セレン様はそう仰いましたが…本当でしょうか。先ほどから全く表情が緩まないので、凄く警戒されているか嫌われているようにしか感じないのですが…
「ぐぅうう…」
「「「……」」」
なんて事でしょうか。このタイミングで私のお腹が盛大に鳴ってしまいました。初対面の方もいる中での暴挙に、恥ずかしさが半端ありません。うう、何でこの場面で鳴るのでしょう、私のお腹の馬鹿…!
「ああ、詳しい事はまた後で話そう。ルネも目覚めたばかりだから…」
「す、すみません…」
「いや、お腹が空くのはいい事だよ。そうだね、三日も眠り続けていたんだ。まずは食事をとって人心地ついたら話をしよう」
「…お願いします」
「ふふ、気にしないで、ルネ。健康的になった証拠だよ」
「そうよ!魔力も満ちたから、これからのルネはもっと綺麗になるわよ」
「そ、そうでしょうか…」
「そうよ!魔力不足で成長が遅れていただけだからね」
リアさんがそう言ってくれて、私は少しだけ気持ちが軽くなりました。実際、痩せて青白く、かさついた肌と、取れる事のない目の下のクマ、肉付きの全くない棒きれのような体は、私のコンプレックスでもあったのです。貧相という言葉が最適なほどの外見だったのは聖力不足のせいだと、以前セレン様にも言われましたが…これからは人並みの身体になれるのでしょうか。
「さ、我々は部屋に戻るから、ルネは食事と湯浴みだね。また後で話そう」
そう言うとセレン様は、リアさんとルドさんを連れてドアの向こうに消えました。