セレン様の提案
オレリア王女殿下が離宮にいらっしゃった翌日、今度は王太子殿下がいらっしゃいました。昨日の私たちの王女殿下への態度は決していいものではありませんでした。セレン様の言い方もきつかったし、私も座ったまま臣下の礼を取らなかったのです。そんな自覚があったので、殿下の訪問はきっと私達をお咎めになるものだと思われました。
「アシャルティ殿、昨日は妹がすまなかった」
私とセレン様の前に座られた王太子殿下は、私の予想に反して謝罪の言葉を口にして頭を下げられました。全く想定外の事に、私は何が起きているのかと頭が真っ白になりそうです。それを押しとどめたのは、セレン様に握られた手でした。こんな時にも手を繋いだままってどうかと思うのですが…手を放して貰おうと引くと、一層強く握られてしまいました。
「いや、二度と押しかけて来なければそれで構いませんよ」
えっと…王女殿下にそんな言い方は不敬ではないでしょうか…しかも相手は王女殿下の兄君なのです。妹をそんな風に言われては気分を害してしまわないでしょうか。
「手厳しいな、アシャルティ殿は」
「そうは言っても、魔力暴走を起こしたら王女殿下の命にも関わる事だからね。暴走したらこの離宮どころか王宮だって吹っ飛ぶ可能性があるんだ」
「そうだったな。すまない…どうも私達は魔力というものに縁がないせいか、過少に捕らえてしまうようだ」
「それから…結界についてなのだが…」
「結界、ですか?」
「ええ。私に結界の維持を求められましたが…今後の方針を確認しておきたくてね」
「今後の方針?」
「ええ。今後私が結界を維持するとしても…その後はどうお考えになっているのでしょうか?私とて生身の人間。何かあった後の事を考える必要があるでしょう?」
「それは当然だ。王家としても対策は考えている。だが…」
「代わりの聖女が見つからない、と?」
「…残念ながら…」
セレン様の問いかけに、王太子殿下が苦い笑みでそうお答えになりました。やはり私の代わりは見つかっていないようです。
「我が国は代々聖女の力を頼みにしていたが…聖女の力を持つ者は減る一方だ。そして…力も…」
「それはそうでしょうな。力があっても、配偶者に力がなければ継承されない。そうなれば突然変異で生まれてくる先祖返りを待つだけですから」
「…やはり、そうなりますか?」
「ええ」
セレン様がきっぱり答えられましたが…聖力は遺伝するのですね。そして、力のない王族との婚姻は意味がなかった、と…
「これまで聖女は、王族との婚姻を義務付けてきた」
「それで、成果は?」
「残念ながら…となれば、アシャルティ殿の言う通りなのだろうな…」
殿下が力なくそう仰いました。私は知らされていませんでしたが、王族と結婚しても聖力を持つ子供が生まれる事はなかったのですね。
「次代に受け継ぐなら、力ある者同士で子を成すか、結界のやり方を変えるしかないでしょうな」
「やり方を変える?」
「ええ。例えば…今よりもずっと少ない力で結界を維持出来る方法を構築し直すか、または結界に頼らない道を目指すか、です」
「結界に頼らない…」
「だが、その為にはとんでもなく軍事力を高める必要がある。我が国では…」
「今直ぐである必要はないでしょう?例えば、十年、二十年後を想定して…なら可能でしょう」
「それはそうだが…」
「この国は魔術の知識が圧倒的に少なすぎる。この状態で結界を当てにし続けるのは得策ではないと思いますよ」
「……」
セレン様の指摘に、王太子殿下が黙り込んでしまわれました。もしかすると王太子殿下も同じ様に思うところがあったのでしょうか。
「今直ぐ答えを出す必要はありませんが…結界に関しても、今のやり方を変えてはどうですか?」
「やり方を、変える?」
「ええ。今は一人の聖女に負担を強いるやり方です。それでは聖力が尽きるのも早く、聖女自体の寿命も縮めてしまう。現にルネ嬢は聖力が尽きる程に酷使され、その為に成長も遅れ、体調不良に悩まされていた。まさに使い捨てだ。こんなやり方では長くはもたないでしょう」
「…寿命?」
「ご存じなかったのですか?出会ったばかりのルネ嬢は聖力切れの一歩手前で、寿命を削りながら結界の維持をしていたのだと」
「…いや…」
(ええ?私、寿命を削っていたの?)
確かに聖女になってからは疲れが取れず、頭痛も続いていましたが…そんな事になっていたとは知りませんでした。そうだったのですか…自分の事ながらビックリです。
そして、王太子殿下もご存じなかったようで、すっかり戸惑っていらっしゃいました。
「聖女の体調管理はどうなっていたのです?」
「それは…侍女や神殿が…」
「…まともに仕事をしていたとは言い難いですな」
そう言ってセレン様は私に視線を向けると、王太子殿下も私に視線を向けられました。それは私のこの貧相な身体を改めて確認された…という事でしょうか。それはそれでお恥ずかしいのですが…
「国を護る聖女を蔑ろにし過ぎではありませんか?我が国では考えられない事です」
「…仰る通りだ…」
セレン様の厳しい言い様に焦った私でしたが、意外にも王太子殿下はあっさりとセレン様の言葉を受け入れました。
「結界の維持も大事だが、まずはこの国の聖女に対する認識を改めるべきでしょう。そうでなければ、私も協力する気になれませんよ。聖女を蔑ろにすると言う事は、同じように力を持つ私を蔑ろにする事でもありますから」
「…そう、だな…」
セレン様の指摘に、王太子殿下は項垂れてしまいました。いえ、あちらの世界でも王族のセレン様と私では、同じ括りにするのはいかがなものかと思うのですが…
「我が国では強い力の持ち主には、一代限りとはいえ高位貴族と同等の地位と身分を保証していました。それは命がけで国を護る代価としてです」
「そこまで…」
「力を使うにはリスクもありますからね。それを国が保証せずして国のために働こうなどと誰も思わないでしょう?もっといい条件を求めて他国に渡る者もいる。彼らを手放さないために魔術師の保護には力を入れてきました」
「なるほど…王家としても結界の維持は何よりも重要なものだが、それに聖女の扱いが見合っていたと言えなかったのも確かだ。出来る限り早急に改善しましょう」
どうやら王太子殿下は話せばわかる方のようです。
「それから、一度直に結界を見せて頂きたいのだが」
「結界を、ですか?」
「ええ。どんな術式なのか、見てみない事には力を送る事も出来ませんからね。それに、無駄があるなら直したい。どうせなら聖女に負担がかからない方がいいでしょう。聖力を持つ者が減っている現状を思えば、少量の力で維持出来るに越した事はない筈です」
「確かに…アシャルティ殿の言う通りだ」
どうやらセレン様は結界の維持だけでなく、今よりも少ない力で維持出来るようにして下さるようです。そうなれば私の後任になる子の負担も減るでしょう。ずっと辛く感じられた聖女の務めですが、セレン様の言葉に、私は今まで感じた事のない希望を感じたのでした。