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知識の姫と“賛美”の騎士

作者: ミダ ワタル

「君が今度のお目付け役か、少年」


 円形の塔を巡るような階段と書架で埋めつくされた周歩廊。

 空間の高みから降ってきた声に、天窓からの光に照らされたがらんとした塔の中央から彼は上を見上げた。

 彼は王家の可憐なる聖女から、“賛美”の称号を賜った騎士である。

 それなのに、王城の隅に建てられた書物の塔に追いやられた。

 そこにはもう一人の王家の姫がいる。その護衛として。

 しかしこちらはお世辞にも可憐とは言い難い。

 三階の書架にかけた梯子に腰掛けている人影は二本の細く長い足を組み、灰色の長い髪を馬の尻尾のようにひと束にしている。王女であるのにドレスではなく、まるで近衛騎士のような格好でいる。

 挨拶も儀礼も無視した顔合わせに、彼はただただ呆気に取られるばかりであった。

 読んだ書物の内容を忘れないことから「知識の姫」の名で呼ばれ、淡い灰色の髪をした男装の姫。

 齢二十五だという。

 たしかに六つも年下では少年扱いになるのかもしれないが、高みからの呼びかけは彼をむっとさせるには十分だった。


「どうせ王女の護衛になるなら妹の方がよかっただろうに災難だ。けれど妹のいる神殿と違ってここは気楽な場所だからそう悪いことばかりでもないよ」


 それきり三日も放置された。彼が自身の名を口にできたのはさらにその二日後。

 護衛対象の王女自身の口からその名を伝えられたのも。

 あり得ない。

 七日も経たずして嫌気がさし、十日目、護衛騎士が動くより先に侵入者を床にねじ伏せる王女というものを見ることになった。騎士としては大失態である。


「まあここで剣なんて振り回されても困るし」

 

 その後も、たびたび手を変え品を変え侵入者は現れる。

 相談者のふりをして、食事に毒物が混ぜられることも珍しくはない。

 なにが「悪いことばかりでもない」だ、大嘘だった。

 どうしてこんなに狙われるのかと彼が疑問を口にすれば、「皆、私の“奇跡”を恐れている」と姫は言った。

 奇跡というのは読んだ書物の内容を忘れないことだとばかり思っていたがそうではないのかと驚いた彼に、姫は違うと言い。ではどのような奇跡なのかという問いかけには「秘密」と答えた。


「護衛騎士に教えられる訳ないだろう? まあでも、私より強い騎士であればいいかな」


 どこまでもふざけた姫だと憤る。塔に来て三ヶ月が過ぎた頃だった。

 季節が巡るにつれ、だんだんと彼はわかってきた。

 ここは姫の監獄だ。

 衣食住に不自由はなく新しい書物は送られてくるが、彼以外に護衛騎士が追加されることはなく、刺客は後を立たない。


「体面は姫扱いでも、実態は誰かに殺されてくれないかなーっていう他力本願な死刑を宣告されているって感じかな。君は王家としてはちゃんと守ってましたっていう言い訳」

 

 初めて来た時よりも腹が立ったが、彼はここが嫌だとは何故か言いたくなくなっていた。

 全然姫らしくない姫であるのに、書架に掛けた梯子に腰掛け書物を読み耽っている様は妙に神々しく、それにこの姫は少しずつ自分の手の者を密かに増やしている。

 大抵は元侵入者で、時折、なにか耳元で囁いて捕らえずに逃している。


「別に国を転覆させようなんて考えてないから」


 ただ他の書庫や図書館を訪ね歩く旅に出たいだけなのだ、という話を聞く頃にはもう、彼にとって姫はただの護衛対象ではなくなっていた。

 “賛美”の称号を捧げる姫。

 しかし、相変わらず彼女を床に組み伏せることはできない。


「姫を組み伏せようと挑んでくるとは不届き者だねえ、少年」


 季節が一巡しても少年のままなのが悔しい。

 月日は流れ、彼が姫の奇跡を知ったのは塔に来て三年が過ぎた時だった。

 彼女の奇跡はあらゆる書物や書類から、一つの事柄を書き換えること。

 それを知る人の記憶すらも。

 ただし、それには最初にその事柄を記述した原典がいる。

 彼女はようやく手に入れた。

 自身の出生証明書。

 王家の記録保管庫の奥に保管されていたそれを彼女は書き換えた。

 こうして「知識の姫」は、姫ではなくなり、同時に倒れた。

 姫の奇跡はその対価に姫の魂を徐々に失わせていく。

 それまで相手を選んで取引する度に姫はそれを行なっていた。

 いつの間にか弱りきっていた姫を抱え、床に休ませた騎士に彼女は言った。


「とうとう組み伏せられてしまったね、“――”」


 塔に来て初めて名前を呼ばれた日、彼は何者ではなくなった姫と一緒に塔を出た。

 彼らの行方は誰も知らず、しばらくして恐ろしく博識な灰色の髪の賢女と従者の噂が一部の学者の間で話題になったが、それもやがて消えてしまった。

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― 新着の感想 ―
[一言] …添い遂げたんだね…
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