有益な装置
有益な装置
電話が鳴る。
S氏は好奇心旺盛な人物である。
流行の最先端を走ってこそ自分だと考え、新しい発見やニュースがあるとそこに飛びつかずにはいられない性分なのだ。そして彼は、そのために十分な財産も行動力も有していた。
逆に、企業の方でもモニターを必要とするような場合には物好きのS氏なら無償で引き受けてくれるからと、まず彼に声をかけることが多かった。富豪のS氏がモニターすれば宣伝にもなる。
「いつもお世話になります。R商社のものでございます。ぜひ私どもの新しい商品をご覧になっていただきたく……」
「そうか。すぐ行こう」
二つ返事でS氏はR商社の研究所に車を向かわせる。
研究室に入ると、そこには棺桶くらいの大きさの金属製の装置が置かれている。
「これかね?」
「はい。これこそが私どもが技術の粋を凝らして作りあげました、転送器です。この中に入り、このスイッチを入れますと、たちまち、あちらのもう一つの装置の中に移動できるという仕掛けです」
そう言って説明の係が指差す先には、S氏の目の前にあるのと同じ金属製の装置が置かれてある。
「これは便利だ。実に便利だ。今まで、人間は移動というものに時間や手間を取られ続けていたが、この機械が有ればもうそんなことを気にする必要はないということか」
「さようで。地球上はもちろん、月面や火星の都市などへも瞬時に移動できます」
「だが普及したとして、使用料はどれほどかかるのだ?」
これだけ便利な装置だ。さぞかし高価な料金を払なければならないのだろう。せっかくの便利な機械であっても出費が大きすぎるようでは便利さは半減だ。
「いえ。実用化のあかつきには、ほうぼうに設置して周り、無料で開放する計画です」
「何と!しかしそれでは君たちの大損ではないのか?どうやって採算を合わせるのだ?」
「それについては企業秘密でして……」
まあ、教えられないというなら無理に聞くことでもない。それよりもS氏の関心は装置を実際に使ってみる方に向けられた。
「ワシは、早くこれを使ってみたくなった。できるか?」
「はい。そうおっしゃると思いまして、実は火星に転送装置を準備しているのです。せっかくですから火星に行って帰ってこられてみては?」
さすがR商社のだけあって手際がいい。
「それで頼む」
そう言って、S氏は装置の中に入りスイッチを入れる。とたんに意識が遠のいてゆく気がして……
***
S氏は目を開いた。装置の蓋が開き、外へ出てみると先ほどの研究室とは別の部屋だ。
「お待ちしておりました。どうです?瞬間移動なさった気分は?」
R商社のものが出迎える。
「うむ。思った以上に素晴らしい。それに何だか気分がいい」
これからは間違いなくこの転送器が世界を変えるだろう。その第一歩に関わることができ、S氏は満足だった。
「素晴らしい。これぞ有益な装置だ」
****
S氏は目を開いた。頭はぼんやりしており、まだかまだかと転送されるのを待つのだが、装置の覗き穴の向こうに見える研究室の壁は全く変化する様子を見せない。さらに意識は茫然としてくる。
「おい、どういうことだ!失敗か?」
「いえ。ほとんど成功ですよ」
外から聞こえてくる声にS氏は不吉なものを感じた。しかし、装置の扉は押しても外側からロックされているのか開かない。
「今頃、火星側の装置が細胞の一つまで寸分違わずあなたと同じ人間を出力しているはずです。つまりですよ、今、世界にあなたは二人。そのうちこちらのあなたを処理してしまえば移動は完全に成功です」
S氏は血相を変える。
「なにを考えておる。ふざけたことを言うな。それでは殺人ではないか」
「向こうのあなたとあなたは絶対に区別できません。あなたが存在するのにあなたを殺害した罪に問われることがあるでしょうか。もうあなたの役割は、ほとんど終わりなのですよ」
「ああ、何と言うことだ」
それっきり、S氏は音を立てなくなった。
「もしもし、R商社です。ご注文の移植用人工臓器ですが……はい、ご用意できました。すぐにお届けできます」
「いや、助かります。良い時代になったものですな。手軽に装置で臓器が作れるというのはありがたいことだ。一昔前ならば、手の施しようのなかった病気も、人造臓器を移植すれば随分と治りやすいですよ」
「しかし、なにぶん材料費のこともありますから少々お値段の方はお高くなりますが」
「なに。命には変えられませんよ」
「そうですね。では」
電話を切るとR商社の社員は呟く。
「瞬間移動サービスの無料提供でで我が社の名前は上がり、移植用臓器で儲かる。実に有益な装置だ」




