5 加護
*****
ダルブッカから脱獄した三人とシェケレの話を一通り聞いた僕は、シェケレが元気そうで何よりだなぁという感想を抱いた。
ところで、ダルブッカもシェケレの減刑嘆願に関わっていた。
シェケレと同じ大陸にいたはずの僕よりダルブッカのほうが速く話を聞いていたのは、減刑嘆願した相手のその後の動向を、一国の王権限で追っていたからだ。
「嘆願については一国の王より勇者の意志のほうが重かったがな。ま、あいつがやったのは勇者騙りだ。当事者の言の方が重いのは当然だ」
ダルブッカは屈託なくガハハと笑った。僕は苦笑いを浮かべることしか出来ない。
「で、まあ特別刑務官になったシェケレが、脱獄しかけた三人を捕まえて、三人は刑期が延長したって話だ。シェケレが異常な速さで労役を終えたのも、死ぬ気で脱獄しようとする元冒険者を三人まとめて止められたのも、何か神がかった……いや、勇者がかった力が働いてると思わないか?」
「うーん……」
僕は再び首を傾げた。
本当に、僕は何もしていない。
あと、あの三人が死ぬ気で何かを成し遂げようとするとは思えない。
「じゃあ次は俺の話だ。ラウトと共に、短い期間だがパーティを組んだ。それ以来、俺は絶好調だ。もう城の騎士じゃ束になっても俺に敵わない。それに、どうだ? お前の手応えは」
「ダルブッカは確かに強くなったよ」
これは本当だ。元から強い人だが、毎回、会う度に前よりかなり強くなっている。
「でもそれは、ダルブッカが鍛錬を積み重ねた結果じゃないの?」
「そりゃあ基本的な鍛錬は毎日している。だがそれだけじゃ説明がつかない。最近、俺のステータスを見たか?」
「見てない。見ていい?」
「おう」
スキル『鑑定』を使ってダルブッカのステータスを見る。
ダルブッカのレベルは九十一。前に見たときよりひとつ上がっているが、他の能力値がかなり上がっていた。
力は一万二千、他も五千から七千にもなっている。
「えええ!?」
思わず声を上げる僕に、ダルブッカはにやりと口角を上げた。
「俺はこう見えても忙しい。鍛錬に取れる時間は一日に長くて一時間程度だ。そのくらいで、ここまで上がらんだろう?」
「でも、それと僕にどういう関係が……」
ダルブッカの言う通り、能力値の上がり具合は異常だが、僕が関与していると思えない。
「俺とシェケレの共通点は何だ?」
「僕と旅をしたこと?」
「お前の近くにいる他のやつはどうだ?」
「……あ」
例えばギロだ。元人間で魔族になったから特別だと思っていたが、ギロも最近異様に強くなっている。お互いに通常時の力での手合わせでは三回に一回くらいの頻度で一本取られてしまうのだ。
そして、セーニョ。攻撃魔法の威力がめきめきと上がり、短剣術や体術も着実に身に着けている。これも本人の努力の賜物だと思っていたが……。
全員の共通点は、僕が仲間だと思っている人たちだということだ。
「でも、アイリは?」
僕の一番近くにいる人。大切な人で、僕の妻。勿論仲間だとも思っている。
アイリは元から優秀な回復魔法の使い手だが、能力値や杖術等は、言っては何だが人並みだ。人並みと言っても一般の人よりは遥かに強いが。
「あの嬢ちゃんに向ける感情は俺や他の奴と決定的に違うだろう。その差じゃないか?」
決定的に違う感情。思い当たるものはひとつしかない。
「それは……。だからって、僕はダルブッカ達に何かしてる自覚はないよ」
「精霊には訊いたか?」
その場で精霊に問い合わせると、精霊はあっさりとした調子で返答をくれた。
「勇者の加護」
僕が仲間と認めた人には、補助魔法の全強化みたいな効果が現れるらしい。
「知らなかった……。あれ? じゃあもしかして……」
「どうした?」
「気になることが出来たんだけど、確認は明日でいいかなって」
「そうか。ならば続きだ続き!」
ダルブッカは刃を潰したバスタードソードを手にとって、僕を促した。
僕が加護を与えてるなら、意識すればダルブッカはもっと強くなるんじゃないかな。
そういう考えを精霊に伝えて助言を請うたら、精霊に「違う」と言われてしまった。
「勇者の加護は受け取り手の資質にも依る」
だそうだ。
自分のしていることなのに、自分の思い通りに行かないというのは、なんとももどかしい。
確認したかったことは、ダルブッカとの鍛錬を終えて数日経ってからようやく叶った。
「ヤトガ、クレレ、久しぶり」
「おうラウト、調子はどうだ」
魔王の情報が手に入らない今、僕は数日に一度、オルガノの町の冒険者ギルドでアイリやセーニョと共にクエストを請けている。
しかしこの数日は、クエストを受けるつもりがなくてもギルドへ通っていた。
お陰で会いたかったヤトガとクレレ、それぞれのパーティの仲間全員に、一度に会うことが出来た。
「皆にちょっと聞きたいことがあるんだ。今いいかな?」
「ああ、いいぜ」
皆が快諾してくれたので、冒険者ギルドの談話室を借りてテーブルについた。
移動の間にこっそり、皆のステータスを『鑑定』スキルで覗く。
全員、レベルは六十前後。全員、能力値は最低でも千。ヤトガの力に至っては七千もあった。
「あのさ、最近調子はどう? 挨拶的な意味じゃなくて、本当の体調とかの面で」
ステータスに現れない不調が無いかどうか、念のため確かめるつもりで聞いた。
「絶好調だ。ラウトが『請けられるクエストの難易度をレベルだけで決めない方がいい』ってギルドに進言してくれただろう? お陰で難易度Aばかり請けているんだが、失敗知らずだ」
機嫌よく話してくれたのはクレレだ。
「俺も似たようなものだな。最近妙に身体が軽い」
ヤトガが同意すると、他の皆も頷いた。
「そっか、それならいいんだ」
クレレ達とヤトガのパーティとは組んだことがある。今でも、機会があれば一緒にクエストへ行く仲だ。つまり、僕が仲間だと思っている。
どうやら彼らにも『勇者の加護』は働いているようだ。
加護に人数制限はあるのかと精霊に聞くと「わかんない!」とのこと。
だったら、冒険者を片っ端から僕の仲間だと思えば、皆に『加護』が行き渡るのでは。
でも本人の資質にも依るって言ってたなぁ。
僕がひとりで納得し、考えていると、ヤトガとクレレが首を傾げた。
「ラウト、何だってそんなこと気にするんだ?」
「なんとなくだよ。時間とらせてごめん」
僕は曖昧に笑って濁そうとしたが、ヤトガが鋭く突っ込んできた。
「謝る必要はないが……もしかして『勇者』と関係があったりするか?」
「! なんで知って……えっと、あれ?」
ヤトガ達には話したんだっけ? でも僕は自分で自分が『勇者』と言わないって宣誓したし……。
僕の不審な挙動を見て、ヤトガが相好を崩した。
「ああ、本人は言えないんだったな。だが、このあたりの冒険者なら余程情報収集を怠っている奴以外は皆知ってるさ」
「情報収集で勇者の情報が集められるの?」
おかしいなあ。なるべく広めないようにお願いしてるのに。
「ラウトが長期間この町からいなくなっている間に、どこかで魔王が倒される。それにラウトの強さ。これだけ揃えば、察しがつくさ」
そういうものなのか。
「実は……」
僕は観念して、しかし自分が勇者だとは明言せず、『勇者の加護』というものが存在することを話した。
「なるほど、納得したよ。つまり俺たちは、ラウトに仲間だと思われているってことか。嬉しいな」
クレレが破顔すると、他の人もニヤニヤと笑みを浮かべた。
「そう思ってもらえると助かるよ」
この後クエストを請けるという皆を見送ってから、僕は家へ帰った。
「おかえりなさいませ、ラウト様」
「ただいま」
家ではセーニョが出迎えてくれた。この時間だと、ギロとサラミヤは夕食の下拵え中だ。今日もいい匂いがする。
「セーニョは料理しないの?」
この家に迎え入れてからというもの、セーニョは厨房にだけは入らない。
他の家事は完璧にこなしてくれるから文句はないのだが、ふと気になって尋ねてみた。
「あ……すみません。お茶を淹れる以外はちょっと、苦手で……」
セーニョは気の毒になるくらい顔を青ざめさせて、俯いてしまった。
「気にしないで、誰でも得手不得手はあるし」
僕は慌てて言い募り、そのままアイリのいるサロンまで連れて行った。
そこでお茶とお菓子を堪能している間に、セーニョはようやくいつもの顔色を取り戻した。