4 変わらない人たち
*****
ラウトとアイリが最初に所属していたパーティの仲間たち――セルパン、ツインク、クレイドの三人は、それぞれ違う理由で労働奴隷に落とされた。
セルパンは防護魔法税を払えず、せっかく手に入れた家を追い出された。一時は魔物に囚われるという不運に見舞われるも、それを上回る悪い立ち回りを自ら繰り返し、最終的に生まれ故郷であるストリング村の防護結界魔法の魔道具を壊して村に魔物を呼び込んだ。魔道具破壊の件にはセルパンの父親である元ストリング村村長も関わったとして、父親も投獄、村から追放の憂き目に遭っている。
三人の中で一番重い罪を背負ったセルパンは、エート大陸で最も過酷と言われる鉱石採掘の現場へ連行された。
ツインクはラウトがパーティから追放された後、失敗ばかりのセルパンのパーティにいては身が持たないからとパーティを自らの意思で抜けた。しばらくは安宿を拠点にして、ひとりでクエストを請けて生計を立てていたが、ある日クエスト中に弓を壊してしまった。クエストの稼ぎを貯めるという発想を持たなかったツインクは新しい弓が買えなかった。当然クエストが請けられず、食うに困って町中で盗みを繰り返し、パーカスの町から逃げ出してたまたま辿り着いたオルガノの町でラウト達と再会した。ラウトに紹介された別のパーティでまたしても盗みを働き、今度こそ捕まったツインクはストリング村へ強制送還の後、軽微な罪を重ねたものが送られる峠越えの荷運びの労働奴隷となった。
クレイドもラウト追放後、自分の意志でセルパンのパーティを抜けた。攻撃魔法使いは冒険者の中では引く手数多のはずだが、トラブルのあったパーティの人間ということで、他のパーティから嫌厭されてしまった。そもそもの話、クレイドは攻撃魔法の威力こそ高レベルだったが、体力や状況判断といった面で頼りない。ひとりで冒険者をやっていたクレイドはある日、魔神教の勧誘を受け、ひとりでいるよりは集団に属していたほうが楽でいいと着いていった。本人は魔神教の教えを心から信望したわけではなく、他人と繋がりを作る便利なツールとして扱った。そしてオルガノの町とストリング村で騒ぎを起こして人を傷つけた咎で、魔道具への魔力注入要員という奴隷労役を言い渡された。
三人が自分の犯した罪に対して反省することはなかったが、腐っても元冒険者である。
体力や魔力を強制的に酷使する日々を過ごすうちに鍛えられ、課せられた労働内容を平均のおよそ三分の二の時間で終わらせてしまった。
まだ刑期が残っている三人は次の労役を準備するまでの間、牢獄に収容されることになったのだが、ここで手違いが起きてしまう。
元仲間同士であるこの三人を一箇所に起き留めるべからず、という申し送りが、途中で途切れてしまったのだ。
更に、三人は「労働期間自力短縮者」として一つの牢にまとめて入れられた。
「セルパンにツインクじゃないか。こんなところで会うとはな」
毎日魔力をギリギリまで魔道具に吸われ続けてきたクレイドは痩せこけていたが、それでも瞳をギラギラさせて、かつての仲間に声を掛けた。
「お前は何の罪を犯したんだよ」
お互いに自身の身の上に起きた出来事を語り合い、出した結論は……。
「ラウトのせいだ」
「ラウトが俺たちに罪を擦り付けたんだ」
「ラウトさえ居なければ今頃は……」
どこまでもラウトのせいにしたがる、救いようのない三人であった。
一方、セルパンと同じ過酷な鉱石採掘の現場で労役を課されていたシェケレは、一番初めに収監されたセルパンよりも先にノルマを達成していた。
実に、他の囚人の十倍以上の速さで、三から四倍量の仕事を短期間で終わらせたのだ。
働き方は真面目で刑務官の指示をきちんと聞く、模範囚として一目置かれていたシェケレは、刑務官たちからの推薦で特別刑務官の任に就いた。無期限労働奴隷としては異例のことである。
「あいつ、俺に魔法か何か、かけやがったんだな」
シェケレが時折こんなことを呟くのを、何人かの刑務官が耳にしている。
刑務官達は「あいつ」の正体を薄々わかっている。人の口に戸は立てられないもので、シェケレが勇者を騙ったことや、本物の勇者の魔王討伐の旅に同行したことは、公然の秘密であった。
実際、シェケレは魔法がかったというより、神がかった体力と身体能力で囚人としてのノルマを終わらせ、刑務官としての仕事も元からいる刑務官の仕事まで手伝う精勤ぶりを見せていた。
そんなシェケレの元に、脱獄者捕縛の仕事が持ってこられたのもまた、脱獄を目論む囚人たちに関する公然の秘密が関わっていた。
セルパン達の脱獄作戦は、計画と呼べるほどのものではなく、雑で杜撰で、更に刑務官たちに筒抜けの酷いものであった。だからこそ、シェケレに捕縛役を託せたのだ。
作戦はまず、クレイドが仕事の時以外は身に着けさせられている「魔力封じの枷」を、積み重ねた盗みで身につけた解錠技術でツインクが外し、牢の扉を魔法で壊す。
それからについてはセルパンが「どうにかする!」と軽く請け負い、クレイドとツインクも納得したと聞いた時のラウトは大変に頭を痛めたのだが、それはまた別の話だ。
ある夜更け、『作戦』を実行した三人は、途中の鍵のかかった扉をいくつもくぐり抜け、ついに外へ飛び出した。その道程で一度も刑務官や他の囚人に会わなかったという事実に疑念すら抱かずに。
「やった……自由だ!」
「しっ! まだ大きな声を出すんじゃない」
特に何もせずただ着いてきただけのセルパンが真っ先にはしゃぎだすのを、クレイドが止めた。
だが、セルパンが大声を出さずとも、時既に遅かった。
「脱獄確認。現行犯だな」
三人の前に立ちはだかっているのは、自身の身長と同じくらいの長さの金属製の棒を持ったシェケレであった。
即座にクレイドが攻撃魔法を放ったが、魔法はシェケレに到達する前に霧散した。
シェケレは攻撃魔法と見るや棒で払っただけだったが、三人の目には見えなかったのだ。
「あれ?」
「うっ……」
クレイドが呆気にとられ、セルパンの後ろにいたツインクがうめき声を上げたかと思うと、その場に倒れており、すぐ横にシェケレが立っていた。
「なっ、いつの間に!?」
「ん? もしかして俺の動き見えなかったか? ……なぁんか、やっぱりおかしいよなぁ」
シェケレは左手で自分の頬をこりこりと掻いた。
「くそ、ツインクのカタキ!」
ちなみにツインクは死んでない。
セルパンは拳を振りかざしてシェケレに突進したが、シェケレは棒をわずかに動かすだけで、セルパンの行き先をそらした。
「うわ、っととと……ぎゃん!」
セルパンは腹に衝撃を受けて、その場に蹲った。隣を見れば、クレイドもいつの間にか倒れている。
「ええ……お前ら本当に元冒険者か? レベル四十超えてるって聞いてたから、念のためにって武器まで持たされたのに……要らなかったなぁ、これ」
シェケレは右手の棒をヒュンヒュンと回して弄んだ。
「絶対あいつが俺に何かしてるんだろうなぁ。ま、身体は軽いし、具合悪くなるよりいいか」
そして何事か呟きながら、三人を腰に着けていた枷で次々に拘束していく。
その頃には他の刑務官もやってきて、シェケレを手伝った。
「お疲れ様です、特別刑務官殿」
「おーう、お疲れ、ってほど俺は疲れてねぇがな。ここはこれで終わりだよな?」
「はい。ですが貴方は引き続き、彼らの見張りもお願いします」
「わかってるよ」
三名の元冒険者である労働奴隷の脱走を単身で阻止したシェケレは、刑期を大幅に短縮された。
「模範囚として外へ出られますから、冒険者復帰もできますよ」
気さくに話しかけてくる年嵩の刑務官の言葉に、シェケレは「うーん」と唸った。
「嬉しくないので?」
「嬉しくないってことはねぇが……。なあ、刑を終えたらこのままここで刑務官やっちゃ駄目か?」
刑務官とは囚人の前では感情を押し殺す職業だが、年嵩の刑務官は予想外だ、という表情を隠せなかった。
「貴方ほどの人が刑務官になってくれたら助かりますが……いいのですか?」
シェケレは頷いてから、続けた。
「もしかしたら俺の腕っぷしがある日突然弱くなるかもしれねぇけど、それまでの間だったら、俺はここが向いてる気がするんだ」
自らの罪に向き合ったシェケレは、自分の道を自分で決めようとしていた。