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レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした  作者: 桐山じゃろ
第四章

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2 差し出された令嬢

 何らかの武術か魔法を習得していること。

 最後の魔王を倒す旅に同行すること。

 旅の間、普通の冒険者と変わらない生活をすること。

 全ての魔王を倒した後の僕は引き続き冒険者として生き、勇者以外の称号を望まず、令嬢の爵位は継がない。政治的なことにも一切関わらないと決めている。これらの件に関して異議がないこと。


 その他、貴族令嬢には厳しく勇者との縁を政治的に利用しようと企む貴族には旨味のない条件をアムザドさんと一緒に考え、これでもかと盛り込んだ。

 貴族の令息で、次男や三男以降ならば僕のように冒険者になる人も時折いるが、令嬢となると話が違ってくる。少なくとも僕は聞いたことがない。

 これをミューズ国王から貴族たちに通達し、ひと月以内に全ての条件を満たした令嬢が現れない場合はアイリとの結婚を認めてもらうと約束した。


「どうしてもひと月待たなきゃいけませんか」

「すみません。公正を期すために婚姻を望んでいない貴族にも通達しますので。各地へ連絡が行き届くだけで十日はかかります」

「勇者の称号返上してもいいですか。魔王は倒しますから」

「それだけはご勘弁を」

 僕が勇者辞めれば解決、というわけにはいかなかった。それどころか、今現在勇者のお陰で世界が助かっているのだから、功労者ははっきりさせておかなければならないとか。

 でないと「我こそは勇者である」なんていうシェケレの改悪版みたいなのが出てきたり、魔神教のような怪しい団体が人々の不安を煽ってしまう恐れがある。

 顔を見せない勇者であっても、称号を与えられた人物が存在しているという確たる証拠があるだけで違うらしい。

「わかりました。……ひと月かぁ」

 指輪だけで三ヶ月も待ったのだから、今更かもしれないけれど。

「申し訳ありません」

 アムザドさんに何度も頭を下げさせてしまうのが申し訳なくて、僕はもう愚痴らなかった。




 そして、期限のひと月が経つ一日前、つまり僕が条件を出して二十九日目に、アムザドさんから呼び出された。


 条件を満たした令嬢が現れてしまったらしい。



「ゆゆゆゆ勇者様におかれましては、ご機嫌うりゅわ……麗しゅう」

 アイリを伴って訪れた王城の貴賓室で引き合わされたご令嬢は、縺れた濃い茶髪を適当に一つにくくり、ギリギリドレスと呼べる古びたワンピースを纏い、どこかおどおどとした様子で噛みっ噛みの挨拶をしてくれた。

 年齢はサラミヤより少し上くらいに見える。

「そう畏まる必要はありませんよ。楽にしてください」

 挨拶は噛みまくっていたが、カーテシーの姿勢は微動だにせず様になっていた。声をかけてようやく上げた顔は素朴で化粧っ気がなく、透き通った翠玉の瞳が印象的だ。

 声を掛けても立ち尽くしたままで、僕が「どうぞ」と促してようやくソファーに浅く腰掛けた。

「ラウト殿、こちらを」

 渋い顔をしたアムザドさんが、僕に数枚の書類を手渡す。候補者が現れてしまったことよりも、書類の中身に眉をしかめている様子だ。


 勇者は王族に等しいとされているので、ご令嬢は僕と引き合わせる前に、徹底的な身辺調査がなされていた。


 眼の前で紅茶のカップを口に運ぶ手が震えているのは、ミューズ国の南に隣接しているムジカ国の子爵令嬢、セーニョ・コンサーティーナ。

 コンサーティーナ子爵の第一子で、実母とは死別。実父の再婚相手である継母とその実子から、実父の見ていないところで虐待を受けていた。その実父も亡くなると子爵家の実権を握られてしまい、セーニョはたった一人で離れ暮らしを強要された。しかも着替えや生活必需品どころか食事すら与えられなかったため、自ら冒険者となって報酬を稼ぎ生活費に充てていた。

 その報酬さえも、セーニョが未成年だったときは継母が『あの子の親だから報酬を受け取る権利がある』と主張し、横から掻っ攫おうとして冒険者ギルドと揉めた、と書いてある。


「なにこれ……」

「ヒッ、す、すいません!」

「ごめんなさい、貴女に怒ってるわけじゃないわ」

 僕の横から書類を読んでいたアイリがドスの利いた声を出すものだから、セーニョが怯えてしまった。

 その後には冒険者としての実績や簡単なステータスが書いてあったが、僕は自分でセーニョを鑑定した。

 レベルは十。魔力は三百ほどあるが、他の能力値は百を超えるかどうか。攻撃魔法が使えるようだ。

 年端も行かぬ貴族令嬢がこんなにレベルが上がるまで魔物と戦わざるを得ない状況に陥っていた事実に、僕は言いようのない憤りを覚えた。

「パーティは組まなかったの?」

 アイリが疑問を投げかける。

 セーニョはびくりと肩を震わせてから、口を開いた。

「く、組もうとしましたが、その、その、入れてくれる、パパパーティがなくて」

 しかもひとりだったのか。

 確かに小さな女の子を入れてくれるパーティなんて、それこそ幼なじみ同士でもなければ厳しいだろう。

 気の毒な生活を強いられている令嬢に対して思うところは多々あるが、まずは疑問を潰していかなければ。

 僕は書類をテーブルにおいて立ち上がり、部屋の隅の、セーニョから離れた場所にアムザドさんを呼んだ。

「ええと、色々と聞きたいこと、言いたいことはあるのですが」

 そう前置きしてから、アムザドさんに質問を繰り出した。

「まず、どうしてムジカ国の子爵令嬢なのですか? 例の通達を出したのは、この国の高位貴族だけかと思っていたのですが」

 高位貴族とは辺境伯、侯爵、公爵を指す。子爵は当てはまらない。

 アムザドさんは「仰るとおりなのですが」と、額の汗を布巾で拭った。

「セーニョ嬢の継母とやらがこの国の侯爵と繋がりがあり、侯爵の関係者が今回の件を話してしまったそうです。侯爵の関係者と子爵家の継母には相応の罰則を与えましたが、書類が届いた後で色々と発覚しましたので」

「対応が間に合わなかったと」

「というか『条件の揃った者を本当に通すのかどうか』を見定めるために、他の貴族たちが捩じ込んできました」

「それ、僕に対するあてつけですか?」

 僕を利用しようとして叶わなかったから腹いせに、といったところか。

「でしょうね」

 僕が言うのも何だが、勇者を何だと思っているのか。

「……やっぱり勇者辞めていいですか」

「王も大変ご立腹でして、この件に関わった貴族たちには罰則を与えることが決定しています。ですから、それだけは本当にご勘弁を」

「でも、それじゃあセーニョはどうなるのですか?」

 僕はちらりと背後のセーニョを伺った。アイリが何か話しかけていて、セーニョもだいぶ緊張がほぐれている様子だ。

 この件に関わった貴族たちの中にはセーニョの継母も含まれ、既に罰則を受けている。

 おそらく良くて爵位を下げられる程度だったが、セーニョに対する虐待の罪もあるからお家取り潰しになっているだろう。

 するとセーニョが本来得ているはずだった子爵という立場すら危うくなってしまう。

 そもそも、隣国とはいえ他の国の諜報員がちょっと調べただけで令嬢が虐待されていた事実が判明したということは、ムジカ国は貴族の犯罪行為を見て見ぬふりをしていた可能性もある。

 そんなところにセーニョを返したくない。

 しかし、このまま受け入れてしまうのも問題がある。なにせ、ここへ来た名目は僕と婚約するためだ。


 僕とアムザドさんが腕を組んで悩んでいるところへ、アイリが近寄ってきた。

「ラウト、セーニョはラウトと結婚したくてここに来たんじゃないんですって」

「へぇ?」

 唐突に前提を覆され、気の抜けた返事をしてしまった。

「継母に『書類を提出したからミューズ国へ行きなさい』って命令されて、殆ど追い出された形で来たそうよ」

 何を話していたのかと思えば、アイリはセーニョから重要な情報を引き出していた。

 僕とアムザドさんが同時にセーニョを見ると、セーニョは縮こまった。

「セーニョ嬢、今の話は本当ですか?」

 アムザドさんが強めの口調になってしまうのも無理はない。

 僕たちは「条件」に、「自らの意思で勇者と添い遂げたいと思っていること」という項目を盛り込んでおいた。政略結婚に対する牽制の一つとして、外せない条件だ。

「は、はいっ。あ、あの、ゆ、勇者様とお会いするなんて話も聞いてなくて……」

 アムザドさんは天を仰いだ。口から「馬鹿共が……」なんて言葉が漏れてくる。漏れてます、本音漏れてますよ。

 僕はテーブルの脇にどけてあった書類から紙束を引き抜き、セーニョに手渡した。

「これ読んでみて」

 セーニョが『勇者と婚姻するための条件』を読み進めている間、人の血の気が引く音が聞こえた気がした。

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