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レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした  作者: 桐山じゃろ
第三章

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90/127

30 してた

*****




 ラウトは自宅の中では特に理由がない場合、気配察知を展開しない。

 理由はふたつ。

 ひとつは、他人のプライヴェートを覗き見するような真似は悪趣味であると考えていること。

 もうひとつは、気配察知は案外気力のリソースを食うため、自宅という一番安心できる場所で展開する労力を節約したいがため。


 以上の理由からラウトは、書斎の外でアイリが自分用の茶と菓子が乗ったトレイを手に、途中から話を聞いてしまっていたことに、気付いていなかった。


 アイリは踵を返して、自室へ戻った。

 部屋のテーブルにトレイを投げ落とすように乱暴に置き、サラミヤが整えてくれたベッドへダイブする。

 二十分ほどたっぷりゴロゴロして、仰向けになる。

「抱きしめてくれたじゃない……」

 自分で呟いてから、両手で顔を覆い、再びうつ伏せになる。


 そのまま、いつの間にか眠ってしまい、翌朝サラミヤに「せめてお着替えはしてくださいませ」と叱られた。




*****




「よろしかったのですか」

 時間は少し遡る。ラウトの書斎で主人と共にお茶を楽しんでいたギロが、空のカップに口をつけたラウトへ疑問を投げかけた。

「何が?」

 ギロは魔物の核を埋め込まれ、身体が魔族化してから、常人よりも五感が鋭い。本気を出せば、ラウトの全力の気配察知にも匹敵する精度を誇る。

 その鋭敏な五感は、足音や息遣い等で誰が何をしているかを察することができる。

「アイリ様が途中から聞いておられましたが」

「えっ!? と、途中からって、何を!? どこから!?」

 腰を浮かせて慌てるラウトに、ギロは内心、頭を抱えた。

 自分のご主人様は、時折抜けていらっしゃる。こちら(・・・)の方面は特に。

 屋敷の中で気配察知を常時展開しろとは言わないが、精霊の結界や従者の力を信じ切っている節がある。

 そこは光栄であり喜ばしいことだが、せめてアイリ様のことはもう少し気にかけていただきたい。

 というより、未だにご自身がアイリ様に向ける気持ちに疎いのを、本当になんとかして欲しい。

 ここはひとつ、自分が背中を押してみようか。


「ラウト様は、アイリ様にもう少し素直になっても宜しいかと」

 まずは軽くジャブを入れる。

「素直になる……って?」

 ラウトは首を傾げる。通じなかった様子だ。

 もう少し直接的に聞いたほうがいいだろう。

「アイリ様のことをどう思われていますか?」

「そりゃあ」

「仲間以上の存在ではありませんか? 例えば、将来を含めて共にありたいと」

 主人の返答に被せるように話すのは無礼な行為だが、この程度で怒るようなラウトではないことは、よく知っている。

「将来……うん、その、できる限り一緒にいたいと思うよ」

 まだ冒険者としての仲間のひとりだという固定概念に囚われている。

 これ以上間接的に尋ねるのは、時間の無駄だろう。

「ご結婚はされないのですか」

「ごけっこ!?」

 ラウトは立ち上がりながら、年季の入った雄鶏のような声で叫んだ。

「ラウト様は勇者であられますが、それ以前に人間です。アイリ様も同じく。人間は、年をとると衰えます。そうすると冒険者を引退なさいますよね。その後、アイリ様のことはどうするおつもりですか?」

 一般的に、年齢を理由に引退する冒険者は、それまでの稼ぎによって身の丈に合った場所で余生を過ごす。

 勿論、仲間であるうちから婚姻を結ぶ者たちも少なくない。

「アイリとは、その、あの……で、でも僕の一方的な……」

 魔王を三体も倒した勇者が、今度は座り込んでモゴモゴ言いはじめた。とっくに空になっているカップを何度も口に運ぶので、見かねたギロがポットから冷めたお茶を注いだ。

「あ、ありがと……」

「アイリ様には確かめましたか? そもそも、ラウト様がお嫌ならアイリ様の性格からして、魔王討伐に参加することもないでしょう」

「それは、僕が着いてきて欲しいって頼んだからっていうのもあって」

 おや? とギロは片眉を上げた。

「どのように頼んだのですか」


――アイリにもしものことがあったら、僕は自分を保てる自信がない。

――ずっとアイリのことは友達で、仲間で……大切な人で。

――危険な目に遭わせたくないのに、魔王討伐には着いてきてもらいたいんだ。

――一緒に行こう。


 ラウトはしどろもどろになりながら、その時の言葉を頭の片隅から引っ張り出して口に出していく。

 全て聞き終えたギロは細い目をぎゅっと閉じて、天井を見上げた。

「ギロ?」

 ご主人様(この人)、もうプロポーズ済みだった。

 自分も相手もそれに気づいてないとか、どれだけ鈍い方たちなのか。

「ラウト様。それはほぼほぼ求婚の言葉と言って差し支えないかと」

「はっ!? なっ!?」

 再び腰を浮かせたラウトの膝が、テーブルにぶつかりカップが倒れる。精霊ウンディーヌが出てきて、こぼれたお茶を浄化していった。

 精霊はラウトの顔の周りをくるくると飛び、呆れたようにため息をついてからフッと消えた。

 ラウトは自分の失態を恥じた後、今度は部屋の中をウロウロと歩き回り始めた。

 口元を抑えて何事かブツブツと繰り返し、立ち止まり、また歩き回ることを何度か繰り返してから、椅子に落ち着いた。

「お嫌ですか? アイリ様と夫婦になるのは」

「嫌じゃない。むしろ……うん、アイリしか考えられない。そうか、僕はもう、決めてたんだ……」

 ようやく自覚したようだ。手のかかる主人である。

 魔物が相手ならば、誰よりも強く頼りになる人なのに。

「明日、城下町へ出かけてくる」

 ラウトが何かを決意した様子だ。

「畏まりました」

 気づかせたはいいが、大丈夫だろうか。一抹の不安を胸に抱えつつも、ギロは従者の礼をとった。




*****




「指の、サイズ……」

 ミューズ国の丞相であるアムザドさんに教えてもらった、城下町の王室御用達の宝飾店で僕は困惑していた。

 アイリに指輪を贈るつもりでお店の扉を叩いたのだが、アイリの指のサイズとかいう珍妙な質問をされて、言葉に詰まってしまったのだ。

「手袋のサイズなら分かるのですが、だめですか」

「手袋ではちょっと……。婚約指輪でしたら尚更、サイズは正確に測ったほうがよろしいかと」

「わかりました、聞いてきます」

「使う石とデザインはこちらで進めても?」

「はい、お願いします」

 僕は一旦店から出て転移魔法で自宅に戻り、庭の掃除をしていたサラミヤを捕まえた。

「サラミヤ、アイリの指のサイズって知らない?」

「ふえっ? 存じ上げませんが……」

 突然現れた僕に驚きつつ、サラミヤは丁寧に答えてくれたが、疑問は解決できなかった。

「じゃあ測るしか……あれ、どうやって測るんだっけ」

「アイリ様の指のサイズですね、私が測ってまいります。ラウト様は申し訳ありませんが、あちらでお待ち下さい」

 庭にあるガゼボを指し示され、僕は大人しく従った。サラミヤが屋敷に入ってすぐ、ギロがトレイに飲み物が入ったグラスを持ってこちらへやってきた。

「サラミヤから簡単に事情を聞きました。まさか、もう指輪のことまでお考えとは気づかず……」

 ギロが飲み物を僕の前に置きながら、何故か申し訳無さそうに言う。

「ありがとう。指輪は咄嗟に思いついただけだから、ギロが気にすることじゃないよ」

 飲み物はハーブと果汁が入ったアイスティーだ。朝から転移魔法で飛び回っていたから、爽やかな冷たい喉越しが有り難い。

「まあ、サラミヤにまかせておけば感づかれずに測れるでしょうね」

 ギロが屋敷のほうを向いて、ぽそりと何か呟いた。

 何の話かを聞こうとしたら、サラミヤが屋敷から出てきた。

「お待たせしました。こちらが左手薬指のサイズです。一応、他の指も測ってきましたので、こちらに」

 サラミヤは僕にいくつか数字の書かれたメモを渡してきた。

 ぐるりと丸で囲まれた数字が、左手薬指のものだろう。

 ……って、何故アイリの指のサイズを気にしたのか、完全に察されてるじゃないか。

「大丈夫です。こんな事もあろうかと、玩具の指輪に似せた測定用の指輪を持っているのです。アイリ様には私の手持ちの指輪だと言って『これアイリ様に似合いそうですね』と、いくつか嵌めていただいて調べましたので」

 すごい。なんてよく出来た子なんだ。ギロがサラミヤの頭を撫でると、サラミヤは気持ちよさそうに目を細めた。

「ありがとうサラミヤ。じゃあもう一度行ってくる」

「いってらっしゃいませ。お気をつけて」

 二人の従者に背中を押されて、僕は改めてアイリのための指輪を作りに出かけた。

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