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24 ヘイト

「静かな所ですね」

 ギロを再びテアト大陸に連れてきた時の第一声だ。

「静かって?」

「魔物や魔族の数が少ないです」

 あのフォーマ国王ダルブッカが国中の魔物を定期的に大掃討している成果だろうか。

 ギロにもそのことを説明すると、ギロは「そうでしょうね」と頷いた。

「気配ってうるさいのか?」

「はい。こう、耳を塞ぐように気配察知を塞げばなんともないのですが」

 ギロはシェケレに対しても敬語で接した。シェケレが「俺に敬語は必要ないぞ」と言っても、ギロは「これが素の口調なので」と譲らない。

 ギロが衝動を抑えようとしていたときは、敬語取れてたよなぁ。

 僕がギロをじっと見ると、何か察したギロが苦笑いを浮かべた。

「あのときのことは忘れてください」

 僕の聴覚がギリギリ拾えるほどの小声だった。



 いよいよ魔王の住処が近づいてくると、周辺の村は軒並み滅ぼされていた。

 建物は辛うじてそこになにかがあったと分かるくらいの残骸しか残されておらず、ところどころにちぎれて朽ち果てた服や、人骨のかけららしきものが散らばっている。

「こんなことされたら、王様が自ら討伐に出陣したくなるのも仕方ないわね」

 アイリが痛ましそうに周囲を見渡す。

 完全に滅ぼされた村はこの大陸に来てこれで三つ目だが、村の跡地を通る毎にシェケレの口数が減っていった。

 この二日くらい、まともに声を聞いていないかもしれない。


 皮肉なことに、滅ぼされた村の周辺には魔物が少ない。

 襲う対象がいないのだから当然といえば当然なのだが、妙に悔しさを覚える。

 滅ぼされた村に辿り着いた僕たちは毎回、「ここに村があった」と証明するように、跡地で野営をしている。

 村の中心あたりに焚き火を置く。ギロが食事を作り、アイリが手伝っている間、僕とシェケレは別々で跡地を探索した。

 この探索は、遺品や遺体の一部でも残っていたら、集めて弔うためのものだ。

「おい、これっ」

 久しぶりに聞いたシェケレの声は上擦っていた。

 シェケレの声がする方へ向かうと、木製の板が、民家の床跡に張り付いていた。

 取っ手はないが、地下室への扉に見える。

 積もった土埃の具合からして、何か大きなものがしばらくここに居座っていたようだ。

「地下貯蔵室か……隠し扉かな」

「開けられた形跡は見当たらねぇが……」

 シェケレが吐き気をこらえるように眉をしかめる。

「開けて、確かめよう」

 表面を覆う土埃を手で払い、木と木枠の僅かな隙間に爪をねじ込んで持ち上げた。


 最近嗅ぎ慣れてしまった人の死臭が立ち込めた。

 板の下には予想通り空間があり、梯子で降りられるようになっているが、大人の男なら梯子なしで昇降できるほどの高さしかない。

 真っ暗でよく見えなかったが、目が慣れてくると……残酷な現実が見えてきた。

 ふと手にした木の板の裏を見ると、人の手で引っ掻いたり殴ったりした跡が無数にある。黒いものは、血だろう。

 シェケレも地下室内部と板の裏に気づき、それから地下室へ飛び込んだ。

「糞が!」

 僕も続いて飛び降りると、シェケレが膝をついて、叫んでいた。


 干からび、あるいは腐り果てた人間はひとりだけじゃなかった。大人が二人、子供が三人だと思う。

 服装から大人は男女だとわかったが、子供の方はわからない。が、落ちている髪の色は赤と茶の二色しかなく、似通っていた。

 おそらく、魔物はここへ逃げ込んだこの家の住人を、わざと閉じ込めたのだろう。

 出入り口は木の板の扉しかないから、空気も薄かったはずだ。

「何なんだよ……こんな……」

 シェケレが血を吐くような声を絞り出す。

「運び出して、日の下で弔おう」

 シェケレは返事をしなかったが、しばらくして立ち上がり、手近な大人の遺体を担いで、梯子を登った。


 ギロとアイリは呼ばなかった。

 僕とシェケレの二人だけで全員を運び出し、家の跡地の横の、家が建っていても日当たりが良い場所に、ノームに穴を掘ってもらった。

 そこへ一人ひとり埋葬し、例の板を墓標代わりに地面に刺し、最後に祈りを捧げた。


「なあ、あの扉塞いでた魔物の気配は追えないのか?」

 祈りのあとで、シェケレが縋るように訴えた。

「僕には無理だけど、ギロに試してもらおうか」


 かなり時間が経っている様子だからギロでも難しいのではと思ったが、ギロを地下室の場所へ案内すると、あっさり「わかりますよ」と言ってのけた。

「薄くしか残っていませんが、魔族の気配ですね。気配の行き先は……魔王の住処の方向です」

 ギロは西の方角に顔を向けた。

「魔王の気配はもう分かる?」

「はい。この村はおそらく、魔王直属の魔族たちにやられたのでしょう。これまで倒してきた野良魔族より強い気配が多く残っています」

「! 今までのより強いのか……」

 ギロの話を聞いて、シェケレが項垂れる。

 これまで難易度Aくらいの魔物ならシェケレでも倒してきたが、魔族は全て僕が相手していた。

 シェケレは最近、着実に力をつけているが、まだ魔族の相手をするには早い。

「そこまで分かれば十分だよ、ありがとうギロ。さ、今日はもう休もう」

 僕が皆を促して、食事を取り、僕は今夜最初の不寝番についた。


 不寝番をシェケレと交代して暫し。

 シェケレは不寝番になると必ず、剣の鍛錬を始める。

 いつもは僕たちが眠っている場所から少しだけ、素振りの音が聞こえるかどうかという距離しか離れないのに、今夜はやけに遠くへ行っている。

 魔物や魔族の気配は無いし、大丈夫かな。

 目を閉じて、眠気に身を任せかけた時だった。


 ギロが飛び起きて、シェケレのいる方へ向かう。僕はギロが起きた気配で目を覚まし、アイリの周辺に結界魔法を施してからすぐに後を追った。

 僕の気配察知には何もひっかからない。

 サラマンダに頼んで辺りを炎で照らすと、ギロがシェケレに肩を貸してこちらに向かっていた。

「どうした?」

「魔族です。ラウト様、シェケレを」

 シェケレの腹にべっとりと血が張り付いている。ナーイアスに治療を頼むと傷は塞がったが、出血が多い。シェケレの顔は青いままだ。

「僕には気配がわからない。何か特殊な奴か?」

「気配を消すのが得意な輩です。私が相手をします」

「わかった、頼む」

「ま、待て……」

 シェケレが青い顔のまま立ち上がろうとした。手を貸そうとすると、振り払うように拒絶された。

「魔族どこだ。俺にやらせてくれ」

「貴方では無理です」

「不意打ちされただけだ、頼む。ここで死んでも構わない」

「駄目だ」

 僕は問答無用でシェケレの首根っこを掴み、持ち上げた。

「こんなところで命を使わせるために同行させてるんじゃない」

「は、離せ! 死んでもってのは言葉の綾だ! 頼む、魔族ってやつをちゃんと知りてぇんだ!」

 僕がギロを見ると、ギロも僕を見ていた。

「ギロ、そいつは他にも居るか? アイリのいる周辺は?」

「他には居ません。アイリ様は安全です。そもそも、あの結界を通れるほどの魔族はまず居ません」

 アイリの安全を確認してから、僕はもう一度シェケレを見る。

 瞳の奥に、勇者を騙っていた時とは違う頑固さが見えた。

 ここで止めたら、別の所で無茶をやらかすかもしれない。

「見るだけなら許す。手を出すのは禁止だ」

「……わかった」


 シェケレの周囲に結界を張っている間に、ギロは魔力の塊をいくつか闇の中に放った。

「キィッ!」

 甲高い声がして、何かがぼとりと落ちる。

 人の頭に蝙蝠の胴体が生えた、五歳児くらいの大きさのやつが、突然地面に現れた。

 目の前にいるというのに、やはり気配は察知できない。

「ヨク、オレヲ、ミツケタナッ」

 人面蝙蝠はキィキィと耳障りな声を出しながら、宙に浮き上がる。

「ラウト様、臭いは分かりませんか」

「臭い? ……ああ、なんか独特な臭いがするね」

 嗅いだことのない臭いだから、上手い例えが見つからない。良い匂いではないから、薬効優先で味や香りには人気のないハーブをいくつも調合すれば、近い臭いが出せるかもしれない。

 これからは、気配と同じように臭いにも注意を払うべきだな。

 僕たちの周囲をぐるぐると飛び回っていた人面蝙蝠は、僕たちが暢気に会話していることに苛立ったようで、僕に向かって真っすぐ飛んできた。

 気配がわからなくても、姿が見えていれば問題ない。

 抜剣して人面蝙蝠の進行方向に刃を向ける。

「……キッ?」

 首部分と蝙蝠部分の境目から、真っ二つになった人面蝙蝠が地面に落ちる。

 眉間を剣で貫くと、他の魔族と同じように消え去り、後に魔族の核が残った。

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