21 小さな異変
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魔物の増殖施設を全て破壊した。
四箇所とも地下にあって規模はほぼ同じで、生まれる魔物はアンデッドという共通点はあるものの、四箇所それぞれ違う種類だった。
最後に破壊した場所だけ、生まれてくる魔物がレイスやワイトといった霊的な魔物で、精霊魔法の炎すら効かなかったため、ナーイアスの力を逆転させた破壊魔法を使った。
増殖施設破壊で開いた穴をノームの力で埋めると、ギロが僕の背後で膝をついた。
「ギロ!?」
「すみません、こんなに長く飛んだのは、初めてだったもので……」
ギロの白い肌から更に血の気が抜け、脂汗が滴り落ちている。
「ごめん、気づかなくて」
「いいえ、私が自分の力を過信しておりました」
「ともかく一旦家に戻ろう」
僕は肩を貸すようにギロを担いで、転移魔法でオルガノの町の自宅へ飛んだ。
時刻は真夜中だ。ギロの部屋へ直接飛んだから、寝ているサラミヤを起こさずに済んだと安堵していた。
が、カラカラと車輪が転がる音がして、何者かが扉の低い位置をかりかりとひっかいた。
ギロをベッドへ横たえた後、扉を開ける。
「シルバー、どうした」
シルバーが僕を一瞬見上げ、僕の足元をすり抜けるとギロが眠るベッドの横に座り込んだ。
「心配か。ごめんな、僕が無理させたんだ」
「くぅん……」
シルバーの頭を撫でてから、キッチンへ向かう。
キッチンの隣の食料保存庫には作り置きのスープが入った大鍋があった。小さな鍋に少量移して温め、水差しやコップ等と共にトレイに乗せてギロの部屋に戻った。
何故かサラミヤが起きていて、ギロと会話を交わしていた。
「おかえりなさいませ、ラウト様」
「ただいま。起こしちゃったか」
「シルバーの車輪の音で……」
トレイをサイドテーブルに置いてから、ベッドの横で伏せたまま、どことなくバツの悪そうな顔をしているシルバーをもう一度撫でた。
「ギロ、スープと水持ってきた。他に欲しい物はない?」
「ありがとうございます、頂きます。あとは眠れば回復しますので」
ギロは自力でベッドから半身を起こし、スープを食べ始めた。
本人の言う通り、疲労に回復魔法はあまり効かない。食べて、寝るのが一番効果的な対処方法だ。
「ラウト様はなんともありませんか」
サラミヤは僕がその辺に放り出した旅の荷物をてきぱきと片付け、纏めてくれている。
「僕は平気だよ。またレベルが上がってたから」
ちなみに今回でレベルは四百に達した。
「レベル?」
ギロが中途半端に匙を持ち上げた状態で首を傾げる。
「なんかさ、レベル上がる時って体力魔力が回復しない?」
「いえ……」
「あ、そうだ。ギロのステータス、鑑定していい?」
「お願いします」
ギロは魔物化してから自分のステータスが見れなくなった。そして僕は先日、詳細ステータスを見ることが出来る『鑑定』という能力を得た。
ずっとギロのステータスを確認したかったのだが、なんとなく機会を先延ばしにしていた。
「……えっと、レベル三十、力二万五千、魔力十七万……。レベルだけ人の時のまま止まってる?」
「そのようですね。レベルが上がると同時に回復など聞いたことがありませんから、おそらく、ラウト様だけの現象ではないかと」
薄々そうじゃないかとは思っていた。アイリとシェケレには「そんなことはない」ときっぱり否定されたし。
「まあ、便利だしいいか」
レベルはきっと今後も上がる。際限なく上がる気がする。ギルドで開示する度に驚かれ、あれこれ訊かれる程度の弊害しかないことだから、もうどこまでも上げてやろうと開き直った。
ギロが食べ終わったスープの器を手にすると、サラミヤが手を差し出した。
「片付けは私がやります。ラウト様もお休みになってください」
「大丈夫、片付けもやる。このまま向こうに戻るから、ギロのこと頼むよ。ちゃんと寝てからでいいから」
「畏まりました」
水差しとコップだけ残して残りを片付け、サラミヤが自室に入ったのを確認してから、ギロの部屋に戻る。サラミヤが纏めてくれた荷物を手に、シルバーをもう一度撫でる。
「番犬よろしくな。じゃあギロ、ゆっくり休んでてくれ」
「はい」
ギロは大人しく横になった。
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ラウトとサラミヤがいなくなった後も部屋に残ったシルバーがきゅうんくぅんと鳴くので、ギロは上半身を起こしてシルバーを片手に抱き上げ、膝の上に載せた。
「どうしました。お腹が空いたのならサラミヤに」
シルバーはギロの左肩のあたりのシーツを咥えて引っ張り、更に袖を引いた。
「っとと、何をするんですか、シルバー」
袖を引かれたことで、襟ぐりが引き伸ばされ、ギロの首や鎖骨、肩から二の腕にかけての白い肌が露わになる
ギロの左の二の腕には、シルバーの瞳ほどの大きさの黒い染みのようなものがあった。
レプラコーンの幻惑の腕輪を装着した状態でも見えるということは、魔族由来のものではない染みだ。
シルバーがそこをぺろぺろと舐める。舐めたところで染みが消えるわけではないのだが。
「ラウト様にも隠しているのに……シルバーはいつから知っていたのですか」
シルバーを腕の中に抱え直して話しかけるが、シルバーは普通の犬だ。会話は出来ず、意思疎通も難しい。
「元人間の身で、魔族の力を取り込んだ所為ですかね。痛みも違和感もないので、問題ありませんよ」
ギロの腕の中のシルバーは「キャウン」と小さく抗議に聞こえる鳴き声を上げた。
「あなたも気にしないでください。どうしても心配だと仰るなら、一緒に寝てくれますか?」
シルバーはそのままギロに体を預けた。ギロはシルバーの下半身の台車を外し、胸に抱えてシーツを被った。
ギロはこの時、本当に疲労困憊していて、気配察知を展開している余裕もなかった。
だから、扉の向こうでサラミヤが聞き耳を立てていたことに気づかなかった。
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フォーマ国の村へ戻ると、宿の庭でシェケレが素振りをしていた。
ギロに鑑定を使ったばかりだったからか、鑑定への抵抗がなくなっていた僕はシェケレにも鑑定を使ってみた。
レベルは四十三だが、力が千二百五十にもなっている。
やっぱり能力値はレベルだけじゃなくて、本人の努力によって上がるものだ。
しみじみと実感していると、シェケレが僕に気付いた。
「よう。お前、寝たか?」
「ただいま。寝てないけど平気」
「良くねぇだろ。ちょっとは仮眠しとけ。俺はもう使わねぇから、嫌じゃなきゃ俺が借りてる部屋のベッド使えよ」
「じゃあお言葉に甘えて」
一晩のうちに見てきた魔物の醜悪な所業や、倒れたギロのことが頭の中をぐるぐる回って頭は冴えていたが、宿のご主人に一言断ってシェケレの部屋のベッドへ横になると、いつの間にか眠ってしまっていた。
起きたときには、日が真上にあった。
宿の食堂でアイリたちとともに昼食をとり、宿のご主人にお礼を言ってから村を出た。
道すがら、ギロと共に魔物の増殖施設を破壊したことや、ギロの体調が崩れるまで気づかなかったことを話した。
「ちょっと地図見せてもらっていいか? 施設の場所は? ……ああ、そりゃあいつでも疲れるだろう」
テアト大陸は六大陸の中で一番小さいとはいえ、大陸の端から端まで一番長い部分は四千キロメートルもある。
施設の場所を地図上で確認すると、四箇所を一番効率よく回っても、三千キロメートルはあった。
「すいすい飛んでくれるから、つい任せちゃって……」
実はギロに掴まって空を飛ぶのは、結構楽しかったりする。大抵は魔物討伐のための移動手段だから、そんな事言ってられないのだが。
「しばらくはギロの力は借りないってことね」
「そのつもり」
あれこれと――僕が施設を破壊した衝撃が村まで届いていた件も含めて――話している最中に、連絡用のマジックバッグから反応があった。
「手紙だ。サラミヤから? 珍しいな」
家で何か問題があった場合、ギロが連絡をしてくれる。サラミヤが寄越すのは初めてかもしれない。
回復待ちのギロの代わりに連絡をくれたか、ギロになにかあったのか。
後者でないことを祈って手紙を読んだが……。
「……ギロ……」
「ギロになにかあったの!?」
アイリが慌てて、僕の手に握られたままの手紙を覗き込んでくる。
「何、これ、どういうこと?」
「おい、あいつになにかあったのか?」
シェケレにも手紙を見せると、シェケレは眉を寄せた。
「人の姿してる時に黒い染み? なんだそりゃ」
「わからないけど、ギロが何か隠してたんだ」
僕たちは満場一致で、全員で一旦家へ帰ることにした。