8 認められること
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この世界には六つの大陸がある。
十年前、そのうちの四つに一体ずつ、計四体の魔王が何の前触れもなく現れた。
僕が今いるこの大陸に、魔王はいない。しかし、魔王に統率された魔物たちはじりじりと全世界の人間側を侵略している。
冒険者ギルドには、狼藉を働いた冒険者を閉じ込めておく部屋がある。ぶっちゃけ牢屋だ。
バレスは牢屋で、魔力封じの枷を全身に着けられて拘束されている。
魔力を封じた途端、バレスは萎むように人の姿に戻った。
話もできる状態だったが、はじめは錯乱状態で何も聞き出せなかったとか。
冒険者ギルドの人達が夜通し尋問して、僕たちがギルドへ集まる頃には、ある程度の情報を得ることに成功していた。
僕たちの前で説明してくれているギルドの人は目の下にくっきりと隈を貼り付けていて、とても眠そうだ。
「北の渓谷に、魔王軍の拠点がひとつある。そこから知恵のある魔物がバレスのような人間を誘い、力を与えて人里に送り込んでいるらしい」
バレスのような人間というのは、自分の失敗を棚に上げて他人を一方的に恨むような人のことを指している。
バレスは元々、レベル五十のベテラン冒険者だった。
難易度Cのクエストで油断から仲間を失い、それ以降失敗が続いていた。魔物に付け入られたのはこのときだ。
魔物の分布異常は北の渓谷の魔物が仕組んでいることで、バレスはその尖兵として働き、且つ冒険者の活動を妨げるために縄張りという概念を作り出して広め、売買にまで発展させていた。
「諸君らには二手に分かれて拠点を探し出してもらいたい」
バレスにも、魔王軍の拠点の正確な位置までは解らなかった。
探索だけなら高レベルの冒険者を駆り出さなくとも良い気がするが、魔王軍の拠点ということは周辺の魔物も手強い可能性が高い。
臨時パーティ二組で探し出し、見つけたら合流して拠点を一気に叩き潰すのが今回の目的だ。
「では我々は谷側のルートを」
「こちらは山側ですね」
地図を見て、リーダー同士で話をまとめ、自分のパーティの仲間に伝えた。
臨時パーティの仲間は四人。
クレレは僕と同じく剣士だ。片手剣と盾を使う僕と違って両手剣使いで、一撃必殺型の攻撃に特化している。がっちりした体型なのに、驚くほど機敏だ。
攻撃魔法使いのブズーキは元々クレレと同じパーティで、クレレと息ピッタリの連携攻撃をしてくれる。
このパーティで唯一の女性であるヘーケは補助魔法使い。補助魔法が使える人と組むのは初めてなので、ちょっと楽しみにしている。
そして、回復魔法使いはパーティ分けのときに「リーダーが君かヤトガならどちらも心強い」と言ってくれた、サウン。
全員、レベルは五十以上。年齢も十八歳の僕より年上で、二十代半ばの人ばかりだ。
……うーん、やっぱりリーダーはクレレあたりがやったほうが良いような……。
「よろしくな、リーダー」
クレレが屈託のない笑顔で、僕に改めて握手を求めてくる。
「リーダー、クレレがやったほうが良くないですか?」
僕が不安を口にすると、クレレは僕の手を無理やり握り、ぶんぶんと振った。
「レベルや年齢が気になるか? だが冒険者は実力主義だ。よく知っているだろう?」
セルパンのパーティで、単純な攻撃力が一番高かったのはセルパンではなく攻撃魔法使いのクレイドだ。防御力は僕で、素早さはツインク。
セルパンは何をしていたかと言うと、敵に突っ込んでいってヘイトを集め、後処理を他の人に任せていただけ。
実力主義じゃなく、故郷の村での力関係をそのままパーティに落とし込んでいた。
今思えば、あのパーティははじめから異常だったんだ。今後、あのパーティを基準に考えるのはやめよう。
「頑張ります」
覚悟を決めて、今度は自分からクレレの手をちゃんと握り返した。
現地まで馬車に揺られた。
そこでとりとめのない話をしている間に、臨時パーティの仲間と少しは打ち解けられたと思う。
僕の故郷であるストリング村は大陸西側にあるが、他の皆は大陸東側出身ばかりだった。
「じゃあ海を見たことがないのか」
「はい」
「西側のあのあたりと言えば、大きな湖があるよな」
「ありますね。でも、海はもっと広いと聞いています」
「なあラウト。敬語やめないか」
「えっと、努力しま……努力するよ」
皆気さくで、話しやすい。
幼馴染のアイリ達はともかく、僕は他人には基本敬語というのを、小さい頃から叩き込まれている。
冒険者になって家を出ても、名ばかりとは言え貴族教育の成果はなかなか抜けなかった。
やがて馬車は、荒涼とした土地で止まった。
馬車はこのままここにキャンプを設営し、冒険者ギルドの出張所としてしばらく滞在する。
食事を取り、進路や緊急時の対処方法等を最終確認してから、魔王軍拠点探索を開始した。
補助魔法使いのヘーケが自身に強化魔法をかけて、空高く跳んだ。
視力も強化されるらしく、滞空中に周囲を見渡して、見たものを皆と共有する。
「特におかしなものは見当たらなかったわ」
「じゃあこのまま北へ進もう」
ヘーケが何かを見つけたらそこへ向かうが、何もなければまずは北を目指すことになっている。
僕の役割は、リーダーとしてパーティの進路を決めることと、魔物が出たら率先して倒すこと。
「そこの茂みに三匹。誘き出すからブズーキは魔法の準備を」
「おう」
気配察知で魔物の位置を特定して、強さによって行動を決める。
僕が茂みに小石を投げ込むと、そこから猿の魔物が飛び出してきた。
僕とクレレが攻撃を止めている間に、ブズーキが攻撃魔法を放つ。
赤い閃光が、魔物たちをあっさり貫いた。
「ショウジョウじゃないか。難易度Bだったはずだ」
クレレが消えゆく猿の魔物を観察して、名前を特定した。
難易度Bはレベル六十以上の冒険者が請けるクエストで討伐対象になる魔物だ。
「それを一撃で。凄いねブズーキ」
剣を鞘に収めながら、ブズーキに言うと、ブズーキは頭を振った。
「ラウトとクレレが止めてくれて、ヘーケが魔力強化をかけてくれたからな」
「全員無傷かぁ。俺の仕事が無いな」
サウンがわざとらしくがっかりした声を上げると、皆笑った。
この後も、流石に全員無傷のままとはいかなかったが、順調に探索を進めた。
僕は体に染み付いている癖で、攻撃されそうな人のところへ率先して割り込みに行った。
すると皆、謝罪の言葉やお礼を言って労ってくれるのだ。
「僕が勝手にやってることだから……」
「何を言う。このあたりは流石に魔物が手強い。ラウトが居なかったら怪我で済まなかった時もあったぞ」
「ラウトって異様に自己評価低いよね。もしかして、前に何かあった?」
サウンが僕の傷を癒やしてくれている間、ヘーケとブズーキに問われた。クレレは周辺の警戒をしつつ、こちらの話に耳を傾けている。
「僕は僕の仕事をしているだけで、それはお礼を言われるようなことじゃないと思ってたよ」
感謝を貰えるのは正直嬉しい。しかし、パーティの仲間に言われるのは、慣れていないせいかこそばゆいのだ。
「ラウトは野営の時、俺が作った料理に『美味しい』と言ってくれたな」
周辺の警戒中のクレレが、あたりを睥睨しながらも会話に混ざってきた。
「そりゃ、本当に美味しかったからね」
野営で使える食材や調味料は、どうしても限られてくる。それをクレレは、お店に出せるレベルで美味しく調理できるのだ。冒険者にしておくのがもったいない程の才能だと思う。
「俺は俺の仕事をしただけだ。ラウトの考えを適用すると、褒められるようなことはしていない」
「それとこれとは……」
「違わないだろう? 同じパーティに属する者同士だからこそ、互いを尊重しあうのは当然だ」
目から鱗が落ちる、という表現が正しく現象として起きるなら、僕の足元には今、鱗がうず高く積もっていることだろう。
「話すと長くなるから端折るけど、前のパーティでは僕が僕の仕事をしてても、一人を除いて誰からも礼はなかったんだ」
除いた一人というのは、アイリだ。彼女だけは、僕が魔物から庇うとお礼を言ってくれたり、家事や雑用を済ませてくると労ってくれた。
「それはとんでもないパーティにいたのね。そのパーティは今、どうしてる?」
「わかりません。パーティを追い出されてから……」
「追い出されたぁ!?」
その場の僕以外の全員が、声を揃えた。全員、信じられないという顔になっている。
「これだけ優秀な……いや、わかんねぇからこそ碌な扱いしなかったんだろうな」
ブズーキの発言に、ヘーケとサウンもうんうんと頷く。
「詳しく聞きたいところだが、そろそろ行動したほうがいいな」
クレレが皆を促した。
「そうだね。もうすぐ日が暮れるから、さっきの茂みの近くまで退いて、野営しようか」
「了解」
僕の指示に皆が従い、分担して野営の準備を整えた。