18 カオス令嬢
魔物の気配で目覚めたのは、いつも起きる時間より少し前、日の出のニ時間程前だった。
剣だけ持って部屋を出て、階段を降りていると後ろからシェケレがやってきた。
「なあ、これやっぱり」
「そうだ。町に入れないようにするけど、万が一通過したら頼む」
「了解」
アイリは部屋で体を起こしている気配はするが、出番がくるまで部屋で待機しているつもりだろう。
宿を出て、町の入口へ。
大量のスケルトンがこちらに向かってきている。
一体一体が出す「かしゃかしゃ」という乾いた軽い音も、大群となると重く鈍い音になる。
まだ一キロメートルは離れているのに、土煙が視認できる。
剣に風と炎を纏わせ、全速力で大群に近づき、剣を振り抜く。
一撃で殆どのスケルトンを両断できたが、何体かは運良くと言うか運悪く、他のスケルトンが障害になって、まだこちらへ行進している。
もう一度と剣を構えた時、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
大群の向こうに、横転した馬車と倒れて動かない人、そして綺麗なドレスを土にまみれさせて腰を抜かしている女性が見えた。
「シルフ!」
精霊の中で一番速いシルフに伝言を頼んだ。宛先はシェケレとアイリだ。
馬車へ向かうのに邪魔なスケルトンだけを斬り倒しながら、まっすぐ進んだ。
倒れている人に見覚えがある。昨日の御者さんだ。頭から血を流しているが、まだ息がある。
腰を抜かした女性には防護結界を張り、御者さんにたかるスケルトンを全て斬り倒した。
ナーイアスに頼んで御者さんを治療する。御者さんはうめき声を上げて、目を覚ました。
「痛む所はありませんか」
「ああ、貴方は……。ええ、もう大丈夫です。あの、お嬢様を……」
「彼女なら無事です。防護結界で守ってあります」
「なんと、そのような高等魔法を……」
スケルトンは防護結界にかこん、かこんと攻撃を繰り返している。
中にいる女性は気を失っているが、擦り傷以外の怪我はない。
擦り傷のような皮膚の傷は、僕みたいに回復魔法が苦手な人が治すと、逆に痕が残りやすい。
「スケルトンを倒したら、彼女を背負って付いてきてくれますか。村の宿に、回復魔法が得意な仲間がいます」
馬車の馬は逃げ出してしまったようで、あたりを見回しても見当たらなかった。
僕が抱き上げて連れて行くほうが速いのだが……この女性は昨日の人だ。僕が触れたら面倒なことになるに違いない。
「わかりました、お願いします」
スケルトンはすぐに片付いた。群れの生き残りが村へ向かっていったが、シェケレがなんとかしてくれたようだ。既に魔物の気配はない。
御者さんは身体についた土汚れをできるだけ丁寧に払うと、女性を担いだ。
「……はっ! こ、ここは?」
「痛みの残っている箇所はありませんか?」
「ええと私、どうしたのかしら」
「まだ混乱しているようですね。私は一旦下がりますので」
御者さんと女性を連れて宿に戻ると、宿のご主人が起きていた。事情を説明すると部屋を快く貸してくれたので、そこへ女性を寝かし、アイリを呼んだ。
女性はアイリの回復魔法で、全身綺麗に治った。流石だ。
起き上がった女性はあたりをキョロキョロと見回し、疑問を口にするだけで、アイリの気遣いに答えないばかりか、アイリには目もくれなかった。
そこでアイリは一旦離れ、御者さんと交代し状況説明をしてもらった。
ちなみに僕はと言うと、部屋の外で気配と話し声だけ窺っていた。
大丈夫そうなので、その場を離れてまだ外にいるシェケレの元へ向かう。
「シェケレ、怪我は?」
「無ぇよ、無事だ」
シェケレには十体以上のスケルトンを押し付けてしまったが、特に問題なかった様子だ。
「そんで馬車の奴らは?」
「昨日の人たちが……」
簡単に説明しながら、宿へ戻る。
「はぁ? どうして貴族のお嬢様が日も昇りきらねぇうちから馬車乗ってんだよ」
「やっぱりおかしいよねぇ」
うちは貴族といってもほぼ庶民だったから、朝は日の出と共に起きて一日をはじめる。
高位貴族になるほど夜の社交に忙しいため、朝が遅くなる。
侯爵ならば、それはより顕著だろう。
社交で帰りが遅くなって家に向かっているならまだわからないでもないが、馬車はどうやらこの村に向かっていた。
「まあ、お前目当てだろうなぁ」
「……ええー」
「はははっ、お前でも心底嫌そうな声と顔をするんだな」
カラカラと笑うシェケレを、ジト目で睨みつけた。
「んな睨むなよ、悪かったよ。代わりといっちゃ何だが、お前の装備一式貸してくれねぇか。ひと肌脱いでやる」
シェケレの提案に、僕は乗ることにした。
宿に戻ると、アイリは女性を寝かせた部屋の扉の前に居た。
「ねえ、あの人……」
「アイリ、ちょっとこっちへ」
小声でアイリを呼び、三人で僕が使わせてもらっている部屋に入り、作戦会議をする。
「それだとラウトの評判が……」
「あのしつこそうな人から逃げられるなら、何だってかまわないよ」
「それもそうね」
アイリが溜息とともに、げっそりとした表情になる。
「なにか言われた?」
「なにかも何も。酷いのよ」
女性は御者さんから一通り説明を受けると、助けてくれた男性に逢いたいと言い出した。ここまではまあ、よくある話だ。
そして部屋を見回して、ようやくアイリに気付いた。
御者さんは、女性の怪我はアイリが治したと説明をしたはずなのだが、この時点までアイリを視界に入れようともしなかったらしい。
「貴女もしかして、あの方の近くにいた人?」
アイリが頷くと、女性は「醜悪な顔」になったという。
「貴女はあの方とどういったご関係なのかしら」
「冒険者として共に旅する仲間です」
「そう。あんな素敵な方に冒険者などという野蛮な仕事は似合いませんわ。わたくしの専属騎士に任命します。さっさと連れてきて頂戴」
「彼の立場上、無理な話です」
「なんですって!? 冒険者風情が侯爵令嬢たるわたくしに口答えするつもり?」
「お嬢様、それは」
「お黙り! あの方はどちらにいらっしゃるの? 答えなさい!」
「私は存じませんよ」
「じゃあ探すわ。どいて」
アイリは動かず、逆に侯爵令嬢をベッドに押し倒した。
「貴女はまだ病み上がりです。もう少し寝ていてください」
「……それもそうね。じゃあ一眠りするから、その間に連れてらっしゃい。目が覚めたときにあの方がいなかったら、お父様に言いつけますからねっ」
「うっわ……想像以上に強烈だな」
「大丈夫? シェケレ」
「馬鹿のほうがやりやすいからな、なんとかなるだろ」
「アイリもごめん。変な人連れてきちゃって」
「私はいいのよ。ラウトはちゃんと隠れててね」
アイリの口から語られた侯爵令嬢の言動に内心ドン引きしつつ、この後の作戦が上手くいくよう祈った。
「よう、目ぇ覚めたか」
起きた気配がした侯爵令嬢のいる部屋に、シェケレがひとりで入っていった。
シェケレは僕の装備をそのまま着込み、髪型も僕に寄せてある。
アイリによる化粧も施され、アイリが言うには「だいぶマシになった」だそうだ。
つまり、シェケレは今、勇者を騙っていた時以上に僕にそっくりなのである。
「あ、貴方様は……先日はありがとうございました! お名前を伺っても宜しいですか?」
僕とアイリはドモヴォーイに聴覚を上げてもらい、隣の部屋でやり取りを盗み聞きしている。
侯爵令嬢はシェケレを僕だと認識したようだ。
「化粧もしたし、装備もそのままだから、ちょっと会ったことあるくらいなら見分けがつかなくもないのだろうけど……複雑だわ」
アイリがなにやらボソボソと愚痴っているが、僕は作戦が半分ほど成功したことに安堵していた。
作戦は単純だ。シェケレが僕の代わりに令嬢の前に出て、失礼をやらかし、諦めてもらうのだ。
僕自身がやればいいのではという提案は、シェケレとアイリに即却下された。何でも僕は悪人になりきれないらしい。やろうと思えば出来ると思うのに。
しかし壁の向こうでは令嬢がなにか言う度にシェケレが「じゃあ報酬は十日で一千万ナルな」「名誉で飯が食えるかよ」「何に使うかって? 決まってんだろ、女侍らすんだよ」等と言っているのを聞いて、確かに僕にはない発想だなぁと感心した。
しばらく令嬢の悲鳴に似た声と、シェケレのあざ笑うような言い合いが続き、ついに決定打が出た。
「もう宜しいですわ! 貴方には失望しました!!」
扉が乱暴に開閉される音に、宿の廊下をヒールの高い靴がかつかつと鳴らす音が続く。
しばらくしてシェケレが僕たちのいる部屋に入ってきて、親指をぐっと立てた。




