16 遺跡の秘密
小さな人形のような生き物は、ふらふらと覚束ない足取り……ではなく羽取り? で僕の顔の前にふわりとやってきた。
「黒髪に紫水晶の瞳……噂で聞いていたのと同じ特徴……あなたが勇者?」
僕の瞳の色は紫色に違いないが、時折紫水晶のような宝石に例えられる。僕の瞳に対して過分な評価だと思っている。
「一応、三つの大陸の三つの国から勇者だって認められてる」
「冒険者?」
「うん」
「ある日突然、レベルの上がり方が早くなったりしなかった?」
「した」
「じゃあ勇者ね」
次々浴びせられた質問に端的に答えると、小さな生き物は腕を組んで鼻息荒く言い切った。
「私は遺跡の妖精のピコよ」
「遺跡の、妖精?」
精霊は今は僕の側に居ないが、実際に見たので実在することを知っている。
妖精は精霊の使いだとか、天使の使いだとか、とにかくおとぎ話や創作物の中の存在という認識しかなかった。
「この遺跡は妖精たちの住処だったのだけど、少し前に魔物に荒らされて、ご覧の有様。完全に壊れなかったのは、昔の精霊の加護が生きてたお陰ね」
「精霊の加護? あのさ、不勉強で申し訳ないんだけど、妖精って何なの?」
ピコはその小さな顔にしては大きな目をぱちぱちと瞬かせ、僕をまじまじと見つめた。
「精霊の匂いがするのに、妖精のことは知らないの?」
「知らない」
人間の作り話に出てきた妖精と同じにしては失礼だろうから、全く知らないことにした。
「うーん、ま、精霊がいちいち昔の自分のことなんて話さないかぁ……あ、ちょっと手に乗せてもらえない? 飛ぶの疲れちゃった」
「手? こうでいい?」
僕が片手を差し出すと、ピコは僕の手のひらの上に舞い降り、両膝を抱えるようにして座った。重さや体温は感じない。
よく見ると、ピコは全身が薄っすらと発光している。この暗がりの中で顔や姿がはっきり見えるのはそのせいか。
「ふぅ……ありがとう。えっと、妖精についてだったね。すごく簡単に言うと、妖精が力をつけると精霊に成れるよ」
「つまり精霊の前の姿ってこと? 精霊になると猫になるの?」
「猫? ああそっか。そうね」
ピコは「猫」と聞いて首を傾げたが、すぐに取り繕うようにうんうんと頷いた。
「でね、普通は貴方みたいに……そういえば名前は?」
「ごめん名乗ってなかった。ラウトだ」
「ラウトね。ラウトには私の姿が見えてるみたいだけど、普通の人には見えないの。気配だって感じないはずよ」
「それは……」
「ラウトが精霊と契約した勇者だからね」
「また勇者か。どうして僕なんだろう」
何度も自問自答し、時には「これこれこうだから勇者に相応しい」なんて言われてきた。
だけど毎回どこか「それは僕でなくてもいいのでは」と考えてしまう。
旅は好きだし冒険者をやっている以上、魔物や魔王を討伐すること自体は仕事だと割り切っている。
魔王が四体も降臨したのに、勇者が僕一人というのは納得していない。
「そうねぇ。人間は生まれたてなら皆勇者になれる可能性があるよ」
「皆!?」
「生まれたばかりは魂が澄んでるからね。でも成長するにつれて、環境やその人が持つ性質で、魂にどんどん色が混ざるの。ラウトは自分という強い芯があって、いい環境で育ってきたから、魂が澄んだままなのよ。魂が透明なほど成長曲線が極端になって、最終的に最強の力を手に入れられるの。お陰で、こうして休ませてもらっているだけで私、ちょっと元気になってきたもの。私も精霊になったらラウトに棲んでいい?」
ピコの説明は論旨が飛び飛びで、やっぱり納得いかない部分もある。
「他の精霊と同じ感じなら僕に棲むのはかまわないけど……じゃあどうして、他に勇者は現れないの?」
「うーん。魔王がいて魔物が多いからかなぁ。魔物のせいで人間の生活が脅かされているから、魂が濁りやすいのかも」
ピコは小さな人差し指を顎に当てながら答えた。
「魔物の数なら僕が生まれ育った村や住んでる町も変わらないはずだけど」
「そこはラウトの資質があるからね」
結局は僕自身の問題なのか。
とはいえ、もう一人二人と言わず、十人くらい成長曲線が勇者な人がいたっておかしくないのになぁ。
「ところで、精霊たちはどうしてラウトから距離をおいてるの?」
ピコが僕の背後の一点を見つめながら、そんな事を言いだした。
僕の背後どころか、周囲にはピコとアイリとシェケレ以外に生き物の気配はない。
「二体目の魔王を倒した頃に居なくなっちゃったんだ。そのうち帰ってくる気がするからそのままにしてるんだけど……もしかして、近くにいるの?」
「いるわよ。すぐそこ」
僕の後ろを指差されたので振り返ったが何も居ないし、気配も感じない。
「どういうこと? ピコには姿が見えてる?」
「見えないけど、そのあたりにいるのはわかる」
「どうして戻ってこないか聞ける?」
「戻ってきてほしいなら、ラウトが直接話したほうが早いわよ」
「でも、僕には見えないし……」
「大丈夫。声に出せば向こうに伝わる」
僕は後ろを向いて、なにもいない空間に話しかけることにした。
「ええと……僕が何か失礼なことをしたなら謝る。不満があったら教えてくれると助かる。できるだけ直すから」
「ちーがーうー! ラウトは悪くないのっ!」
「ええっ!?」
まずは謝罪からと思い口にしたら、ピコに駄目出しされてしまった。
「精霊が出ていった理由は多分、ラウトの力が急激に強まりすぎたせいよ。それはラウトが意図したことじゃないでしょ? 精霊に必要なのは、ラウトが精霊を欲しているっていう言質なの。だから、戻ってこい、って命令すればいいのよ」
「わ、わかった。……皆、戻っておいで」
僕を中心に風が起こり、八色の光がくるくる周りながら降りてきた。
「ラウトー!」
「ラウト呼んでくれたルー!」
「よかったレプ! ラウトー!」
八体の精霊たちが口々に僕の名前を叫びながら、僕の身体の周囲を回る。
「貴方ピコというネナ? この恩は忘れないネナ。精霊王に功績を伝えておくネナ」
「本当!? やったー!」
ピコにとっても何か喜ばしい出来事が起きたらしい。
「こんなことでよかったのか……」
「申し訳なかったンダ。こちらから精霊再召喚の方法は説明できなかったンダ」
サラマンダが僕の頬に頬を擦り寄せる。
「ううん。戻ってきてくれて嬉しいよ。でもどうして出ていっちゃったのか教えてくれる?」
「ラウトの全力で弾かれてしまったノム。戻るためにこちらも力を強めようとしたノムが……ラウトがそれ以上の速さで強くなっていったノム」
「え、あー……」
精霊がいない間、自力で魔法を使う練習をしていて魔力量が上がったことかな。
「ラウトは悪くないヌゥ!」
「またラウトに棲めて嬉しいスプー」
「……ヴォ」
皆それぞれ言いたいことを言うと、僕の身体にすっと入っていった。
全身に暖かい力が漲る。
「またよろしく」
僕がつぶやくと、精霊たちがふわりと反応した。
「よかったねー」
「ありがとう、ピコ」
「ううん。私も一足飛びで精霊に成れるかもしれないし、こちらこそありがとうだよ!」
ピコは僕の手から飛び立った。
「ここはこんなだし、勇者に会えたのもなにかの縁だから、ついていこうかと思ったんだけど」
ピコはくるりと背を向けた。
「精霊王に会えるようになったから、先に会いに行ってくるね。あ、この遺跡のことは放っておいていいよ」
「行くの? その前にもう一つ教えてほしいことが」
「あの絵文字のことなら、只の落書きよ。特別なことは何も書いてないわ」
「そっか……」
なんだか夢を壊された気分だと思うのは、僕の勝手だろう。
「じゃあ、またね」
ピコはあっさり別れの言葉を告げると、キラキラとした燐光を残して消え去った。
「おい、何かあったのか?」
振り返ると、僕の次の不寝番であるシェケレが遺跡の中から顔を出していた。
「あった。魔物とかじゃないよ。明日の朝、アイリも揃ったら説明する」
「ふーん。ま、交代だ。寝とけよ」
「うん」
ピコが去ったせいか、遺跡の内部は随分気温が下がってしまった。
アイリが寝袋ごと身体を縮こませている。
僕は結界を外に出たシェケレのところまで広げ、サラマンダに頼んで結界の内側を少し温めてもらった。
サラマンダはわざわざ姿を現して、僕に向かって口角をにいっと上げてみせた。
「助かるよ」
声に出さずに伝えれば、サラマンダは目を細めて僕の身体に体を擦り付け、スッと消えた。