表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/127

15 小さな番人

 昨晩、シェケレが語った過去について悶々としていたら、ほとんど眠れないまま朝を迎えてしまった。

 二晩くらいなら眠らずにいても平気なことは実証済みだからそこは問題ないのだが。


「お止めください!」

「俺が行くと言ったら行く!」

「王としての自覚を!」

「王だからこそ民のためにだな!」


 朝食の後、謁見室へお越し下さいと言われて、てっきり昨日の砦についての話かと思ったら、王様と宰相さん達が侃々諤々と言い争っていた。

 頭が痛い。



 フォーマ国のダルブッカ王は、この大陸の魔王討伐の旅に、つまり僕たちに同行したいらしい。


 ダルブッカ――一度呼び捨てを許されたので、今後もそうさせて貰う――の実力は、かなりのものだ。

 攻撃力の面ではアイリより遥かに上だし、話を聞く限りでは最小限の荷物での野営の術も心得ていて、王でもあるが冒険者でもあると豪語するだけある。

 今まで会ったことのある王族と違って偏った矜持や考え方を殆ど持っておらず、柔軟だ。

 やや「力はすべてを解決する」と信じ切り、剣術ではなく自身の肉体を鍛えたがる節はあるが、冒険者の仲間として優秀な人だと思う。

「ラウト殿にご迷惑をおかけしてしまいます!」

 だから、誰かが叫んだこの言葉に思わず「ダルブッカなら構いませんよ」と答えてしまいそうになって、ぐっと飲み込んだ。

 僕とダルブッカが良くても、この国にとっては拙いだろう。

 何せ国王だ。

 普段の政務……は、既に宰相さんや大臣さん達に任せてそうだけど、何かあった時に王が不在では問題がありすぎる。


「だいたい、人ひとりに任せて高みの見物は……おお、ラウト。来ていたか」

 ダルブッカが謁見室の入り口前で立ち尽くす僕たちにようやく気付いてくれた。

 他の人も僕たちを見て、慌てて机や床に散乱した書類を片付けたり、倒れた椅子などをもとに戻している。


 そして何事もなかったかのように、粛々と話が進められた。


 砦を奪還し、辺境伯の無念を晴らしたことへの感謝や、例の魔物を利用していた村で魔物を退治し村の悪事を明るみに出した功績、その他この大陸で魔物を倒してきたことで周辺住民から感謝の声が届いている等、僕のしたことをつらつらと読み上げられた。

「――これらの功績により、我が国もラウト殿を勇者と認め、報酬を与えるものとする。それとは別に、何か望みはないか」

 まだ魔王を倒していないのに報酬として数千万単位のお金を頂いたのは始めてだ。

 僕は「望み」にいつも通り、僕の顔と名前をなるべく広めないようにお願いした。

「あいわかった。ところでラウト、今後の旅に――」

「まだおっしゃいますか!」

「いい加減にしてくださいませ!」

「あの、ダルブッカ王。僕についてくるというのは、旅自体に同行したいのか、魔王討伐に参加したいのか、どちらですか?」

 再び始まりかけた言い合いに、口を出した。

 声を荒らげていた家臣さん達はぽかんと口を開けて僕を見つめる。

「魔王討伐に参加したいのだから、旅に同行することになるだろう?」

「ええと、僕が魔王の近くまで行ったら、転移魔法でダルブッカ王を連れて行くこともできますよ」

 家臣さん達が顔を見合わせる。僕が転移魔法で兵士の一団を例の村まで移動させたことは知っているはずだ。

「だが……」

「これまで二体の魔王を下してきましたが、今回も上手くいくとは限りません。旅も、安全とは言い切れませんから、王を連れ歩くことはできません」

 僕の話を、ダルブッカは渋面で、他の皆さんは希望に満ちた顔で聞いてくれた。

「……わかった。ラウトにそこまで言われたのならば仕方ない。魔王討伐時に転移魔法をお願いしたい」

「承知しました」

 家臣さん達が安心したように一斉に溜息をついた。



「では吉報を、というか迎えを待っておる。武運を」

「ありがとうございます」

 本音を隠そうとしないダルブッカと、もう一日休んでいってはという家臣さん達を振り切って、昼前には城を出た。

 僕、アイリ、シェケレは隊列らしい隊列も組まず、いつもどおりの速度で歩いている。

「ラウト、何かあったの?」

 アイリが僕の隣に並び、小声で聞いてきた。

「何かって?」

「シェケレと。ふたりとも様子がおかしいわ」

 アイリのこういう勘はあなどれない。

「……うーん、ちょっと話し辛い」

「わかったわ」

 アイリはあっさりと引き下がった。

 シェケレは僕の斜め後ろを、黙々と歩いている。


 途中、魔物を何体か倒し、日が暮れてから野営した。

 この先にも村がいくつかあるはずだが、魔王のいる場所に一番近い村は、数ヶ月前から音信不通だという。

 マジックバッグの中には、フォーマ城で大量に渡された食料が詰まっている。

 水以外は、ひと月くらい無補給で過ごせるほどの量だ。

「シェケレ、先に寝て」

 野営の不寝番は当番制だ。といっても三人しかいないのだから、毎晩数時間は自分の番が回ってくる。

「は? 今日の最初は俺の番だろう」

「城で寝すぎて眠れないんだ」

「わかったよ」

 どの城の客室のベッドもふかふかで寝心地が良い。シェケレは初体験だったらしく「余計緊張した」とぼやいていた。眠れなかったのは僕も同じだが、シェケレの方は眠りが浅かったらしく、大人しく従ってくれた。

 シェケレが横になってしばらくして、アイリがむくりと起き上がった。

 寝息を立てるシェケレを確認してから、僕のすぐ横に座り、僕の肩に頭を預ける。

 しばらくお互いに無言で焚き火の爆ぜる音を聞いていた。

 沈黙を破ったのは僕だ。

「シェケレの昔の話を聞いたんだよ」

 冒険者の両親に育てられ、両親の仲間に何もかもを奪われたことを、アイリに掻い摘んで話した。

「世の中ってひどい人より良い人のほうが多いはずなのに……遣る瀬無いわね」

 僕とアイリが恵まれていたのか、シェケレに運がなかったのか。神のみぞ知る事だ。

「でも、過去に酷い目に遭ったからって、いま自分が酷いことをしていいわけないわ」

 アイリが言った事は分かっている。それでも、僕はシェケレだけが悪いと言い切れないのだ。

「シェケレは旅が終わったら、その、極刑も覚悟してるって言うんだよ。でも僕は」

「ラウトは迷惑してないかもしれないけど、船をもう一艘準備した人たちはどうなるの? しなくていい仕事が増えたのよ」

「うん……。でもさ、アイリもやりすぎだと思わない?」

「……処罰に関して、私はどうこう言える立場じゃないわ」

 アイリがわずかに唇を尖らせる。

「僕は当事者だから、減刑を願い出れば変わると思った。だけど……」

 息を吐いて、目を閉じる。

「シェケレがそれを望んでいない」

 魔王を倒して帰った時、シェケレの運命が決まる。

 減刑は願い出ないが、旅で起きたことは全て詳らかにするつもりだ。




 翌日。大きな魔物の気配を感じて魔王の居場所への最短距離から外れると、朽ちた遺跡があった。

 砦のように石を積み上げた建物は半分ほど崩壊しているが、雨露がしのげる程度の空間がある。

 三人で魔物を駆逐し、一息ついてから、なんとなく遺跡を探索した。

「これ、何だったのかしらね」

 アイリが苔むした岩壁に彫られた絵文字を指でなぞる。

 古代文字だろうか。意味はさっぱりわからない。シェケレを見ると「わかるわけねぇだろ」とばかりに首を横に振った。

 文字は読めず、遺跡の利用用途もわからないが、遺跡には不思議な魅力があった。

 三人で思い思いに探索しているうちに、日が暮れた。

「いきなり崩れたりしねぇだろうな」

「結界張っておくよ。岩の崩落くらいなら防げる」

「そんならいいか」

 せっかくだから遺跡の内部で野営することにした。焚き火は外に出しているが、内部は石に囲まれているというのに、居心地がいい。

 結界は不要な気がしたが、シェケレが懸念を示したのでいつもより物理的に強い結界を張った。



 今夜最初の不寝番は僕の番だ。

 二人が眠りについて小一時間ほどした頃、外から草をかき分けるような音がした。

 魔物の気配じゃない。動物に近いが、違う。

 そっと外の様子を伺うと、ぼんやりとした蜻蛉のような羽がちらりと見えた。

「誰だ?」

「ぴゃっ!」

 誰何すると羽がぴくりと震えた。

 草の隙間から、僕が親指と人差指で作る丸の形より小さな顔が出てきた。

 外には焚き火があるとはいえ、真っ暗闇だ。それなのに、小さな顔は目鼻立ちまではっきりと見える。

 薄いピンク色の髪に、アイスブルーの瞳。白い肌は若草色の布で覆われている。背中の羽も相まって、玩具の人形のように見える。

「……」

「……」

 暫しお互い無言で見つめ合う。

「あの、もしかして、みえてます?」

「うん」

「ぴゃああっ!?」

 夜闇に甲高い悲鳴がこだました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ