12 改め、強欲の村
僕の力は今、自分で張った全五層の膜の中に封じ込めている。
内側から一枚ずつ剥がすことで、段階的に力を解放できる。
全身に少し力を込めて、一番内側の一枚を割った。
ぱきり、と硬くて軽いものを割るような音がした。
「!? なんじゃ、その、力は!」
魔物や魔族、魔王に至っても、相手の力を察知する能力に欠けていると思っていた。
僕は一見、ちょっと背が高いだけのしがない冒険者にしか見えないらしく、僕が力を抑えている間は確実に舐めてかかられる。
それはそれで、倒しやすくて便利なのだけど。
あとは、アイツが本当のことを言っていたのかどうかを試そう。
軽く跳んで魔族の正面から剣を振り下ろすと、水よりも若干抵抗のあるものを斬ったような手応えしかなかった。
「っ! ふはは、剣は効かぬと言うたであろう!」
魔族は無傷だ。物理攻撃は確実に効かないらしい。
そのまま地に降りるなり、今度は魔法を試す。
人間が一般的によくやる、魔力を球状にしてぶつけるやり方だ。
「人の魔法も効かぬと……!」
魔法は何にもぶつからずに空へ溶けた。
魔法が魔族の身体をすり抜けた瞬間に、僕は別の魔法を練っていた。
炎に風の力を加えて、魔族に向かって解き放つ。
「なっ、精霊魔法!?」
人が使う魔力そのものを放つ魔法に対して、精霊の力を借りた魔法は「精霊魔法」か。わかりやすくていいな。
炎渦巻く精霊魔法は魔族に直撃した。
「ぎゃああああああ!!」
魔族は叫びながら地面に落ち、手にしていた鎌を手放してばたばたと転がった。
白いローブは焼け落ち、表に出ていた顔は炎で爛れている。
ローブの中からでてきたのは、背中の翼状の骨と同じく真っ黒い骨の身体だった。顔も人に似た頭蓋骨が露わになっている。
「おのれ、たかが人間が何故っ」
手放したはずの鎌が、いつの間にか魔族の手に戻っている。
その鎌を斜め下に構えて僕に突進してきた。
服や鎌を含めてこいつ自身で、物理攻撃が効かないのであれば、向こうの攻撃を剣で防ごうとするのは危険だ。
突進の間に判断し、僕は鎌の一振りを後ろに飛び退くことで避けた。二撃目、三撃目は左右に躱す。
鎌を振り下ろした時点で魔族の後ろへ周り、魔力錬成とほぼ同時に炎を放った。力を開放していると、魔力を練ってから放つまでのずれが少なく済む。
「―――――――ッ!」
炎を連続で放ち続け、魔族が声なき絶叫すら上げなくなっても、燃やし続けた。
この大陸には不死者の魔物が多い。奴らは一度死んで生き返っているようなものだから、更に死なせようとすると異様にしぶとい。
魔族が炭の塊のようになり、さらに粉々に砕け、風で散るほど砂より細かくなってから、僕はようやく魔法を止めた。
「ふぅ……」
僕が一息ついて、一番内側の膜を張り直したときだった。
「ははははは……。所詮人間、お前たちのしたことはあの村の連中にとって、害でしかない」
本当にしぶとい魔族だ。気配も感じないのに、まだ意識が残っているらしい。
「害?」
しかし言っていることは聞き捨てならない。
「我が欲したのは生贄のみ……あとのことは……ヒヒヒ……」
声はだんだん小さくなり、やがて何も聞こえなくなった。
「なあ、よく聞こえなかったんだが、あいつ最後になんて言ってたんだ」
結界を解くと早速シェケレが尋ねてきた。
魔族が降りてきたときは完全に震えていたが、もう持ち直したようだ。
僕は魔族の最後の台詞をそのまま伝えた。
「村にとって害でしかない? 変な話ね」
「いや、有り得るな……」
アイリは僕と同様に首を傾げたが、シェケレはなにか心当たりがある様子だ。
「シェケレ、考えが聞きたい」
「そうだな、お前らみたいな善人にゃ思いつかねぇだろう」
不穏な前置きの後で、シェケレは自分の考えを語った。
村へ戻ると、村は何事もないというような雰囲気のまま、静かだった。
僕たちを魔族の元へけしかけた宿へ向かう。
カウンターで書類を読みながらゆったり寛いでいた宿のご主人は、僕たちを見て書類をはらりと落とし、跳ぶように立ち上がった。たいへん驚いている様子だ。
「あ、あんたら……生贄の祭壇へは行かなかったのかい」
「行きました。魔物は倒しましたよ」
魔物が魔族だったことを言う必要はないので、宿のご主人に合わせておいた。
「た、倒した!?」
僕がマジックバッグから僕の握りこぶしより二周りは大きな魔物の核を取り出すと、宿のご主人はそれに素早く手を伸ばした。
「おっと」
宿のご主人から核を取り上げるように、頭上に掲げる。僕の方が背が高いから、宿のご主人には届かない。
「な、んですか。ちょっと確認させてもらおうと……」
「これを取り上げて、どうするつもりでした?」
「べべべ別に何も」
明らかに動揺している。これは、シェケレの想像が当たっているのかもしれない。
*****
「魔族は生贄だけ要求してたんだろう? じゃあ食われた旅人や殺された冒険者たちの持ち物はどこへ行く?」
「相続人がいればその人に渡すんじゃないのか」
冒険者は相続人がいない場合、冒険者ギルドが受け取ることになっている。一般的に相続人がいない場合は国が一旦預かり、教会や孤児院といった施設の資金になる。
「あんなちっせえ村の連中が、わざわざ死んだ旅人の相続人を探し出して渡すと思うか?」
「何が言いたいの、シェケレ」
アイリが焦れたように問うが、多分僕と同じく最悪を想定したのだろう。
「あの村はそうやって潤ってるんだろうよ」
*****
「魔物はきちんと倒しました。これが証拠です。これを冒険者ギルドへ提出して、この村のことも話しておきますね。何十人も生贄に捧げたのですから、村としても悲しいでしょう」
「あ、ああ、そうだ……犠牲になった方々には申し訳なく……」
「冒険者ギルドと、フォーマ国にはお知らせしておきました。この村の被害状況を調べてもらいましょう。……お願いします!」
「なっ!?」
僕が叫ぶと、宿の中に兵士姿の人が何人か入ってきた。今頃、この村の全ての家々を兵士が調べているはずだ。
村へ戻る前に転移魔法で南港町の冒険者ギルドへ事情を話してきたのだ。そこにはフォーマ国の使者さんも滞在している。
「確かにその方向へ行った旅人や冒険者が音信不通になることが多かった。まさか、村ぐるみでそんなことを」
ギルドの監査役さんは驚きを隠せない。使者さんの方は下を向いて眉間に皺を寄せている。
「飽くまで想像です。ですが事実、生贄の祭壇には何も残っていませんでした」
あの平らな岩の周辺には、ゴミひとつ落ちていなかった。
魔族や魔物が、人が出すゴミを気にするようなことはないから、放っておいても構わないはずだ。
証拠を消し、金目のものは回収済みと考えれば、辻褄が合ってしまう。
少なくとも僕とアイリは、本当に村が魔物の所業を利用して懐を肥やしているなんて信じたくなかった。
しかしギルドで少し調べただけで、シェケレの予想がどんどん裏付けられてしまったのだ。
僕は村全てを一斉捜査できる人数の兵士を、転移魔法で移動させた。
大人数での転移には少々どころではなく驚かれたが、今はそれどころじゃないと宥めるのが一番大変だったかもしれない。
村は丸一日かけて調べ上げられ、不自然な収入や冒険者が持っていたはずの一点ものの物品といった証拠が大量に出てきた。
村の人達は小さな子供を除いて一人残らず魔物を利用していたということで、村は封鎖され、国の厳重な管理下に置かれた。
兵士さんによれば「子どもたちは別の村や町の孤児院へ行きますが、村はこのまま丸ごと労働奴隷施設となるでしょう」とのことだ。
「なあ、あんな村を見てもまだ、お前は正義の味方をやるつもりか」
魔物を利用し旅人や冒険者のものを奪っていた村が封鎖されてから二日経った。僕たちは魔王の元へ向かう旅を再開していた。
今夜は村や町へ辿り着けなかったので、野宿だ。僕が不寝番をしていると、シェケレがのそりと起きた。
「正義の味方のつもりはないよ」
「勇者ってのは正義なんじゃねぇのか」
「違うんじゃないかなぁ。僕は全てを救えるなんて考えてないし」
「ふーん。じゃ、言い方変える。まだ勇者をやるつもりか」
「できれば勇者は辞めたい」
僕の返事は想定外だったようだ。シェケレは眉をしかめた。
「魔王は倒すよ。自惚れを承知で言うと僕にしかできないだろうから。でも、勇者の称号は別になくてもいい」
「そういうことか、お人好しのお前らしいな」
シェケレは口元に斜に構えたような笑みを浮かべた。