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10 道連れ

 魔王の居場所は、大陸の西の果てだと教えてもらった。

 今いるのは大陸の最南東だから、大陸を縦断することになる。


 向かうのは僕とアイリ、それから、シェケレ。

 シェケレには僕が魔法で創った首輪が着いている。首輪には他人を害したり、僕の言うことを無視したり、僕から逃げることはできないという効果を着けた。シェケレ自身が勝手に外すこともできない。

「本当にこれで良いのですか、ラウト殿」

 僕が魔王討伐にシェケレを連れて行くと宣言した時、監査役をはじめ色んな人からこう言われた。

「はい」

 シェケレとチャスに対しては極刑を望む声が多かった。

 今、世界で最も重要な「魔王討伐」を妨害、遅延させかけたのだから当然だと。

 どちらも僕が船を早く移動させる方法を思いつく切っ掛けになったことを出し、結果的には遅延させなかったと言い張って、即時の刑執行は待ってもらった。

 チャスに関しては、シェケレに唆されただけだったので、とりあえず収監された。そもそも冒険者ではないし、大陸縦断の旅に着いてこれるとは思えなかった。

 なによりアイリに似せたと言い張る顔をこれ以上見たくなかった。アイリはアイリだけでいい。


 シェケレの方も、今回の旅や実際の魔王と対峙した時の態度次第では、即座に執行官へ手渡すことになっている。


 シェケレに対し、魔王討伐に連れて行くと伝えた際、シェケレは目がこぼれんばかりに見開いて、それから「嫌だ」とごねた。

「俺は偽者だ。勇者を騙ったんだ。魔王なんて倒せねぇぞ」

「別に倒せなんて言ってないよ。手伝ってもらうつもりもない」

「じゃあ何のために……」

 正直、シェケレは邪魔だ。レベルは三十六で、能力値はだいたい三百前後。魔法は簡単な空間魔法が使えるだけ。冒険者の中でも中堅に片足突っ込んだくらいだろうか。

 しかし今は開き直って嘘を認めているが、一度でも勇者を名乗ったのだ。本物の魔王と対峙して、自分が何をしようとしたのか、しっかり理解してもらいたい。

「お前が何を騙って、何を相手にしようとしていたのか、ちゃんと解ってもらうためだよ」

「別に魔王と戦うつもりは……」

「勇者の称号を得た時点で、魔王退治が義務付けられるんだよ。そんな事も知らずに……まぁいいや。出発は明日だ」

「なっ!?」

 魔王退治が勇者の義務だと初めて知ったらしく、シェケレは今までで一番狼狽えた。

「それ以前に、アイリに手をだすような素振りでも見せたら、その場で僕が始末するから」

「はあ!?」

 更に狼狽えたが、こればかりは譲れない。

 明日からの予定を事務的に告げて、シェケレにあてがわれたギルドの独房をあとにした。



 僕とアイリはフォーマ国南港町の宿を仮拠点にすることになった。フォーマ国の城は今、魔物対策で勇者をもてなすどころではないと、フォーマ国の使者さんが申し訳無さそうに手配してくれた宿だ。

 町で一番大きな宿の一番良い部屋を用意してもらっておいて、文句なんて出ない。安宿でも構わないのに。

「本気なの?」

 宿に戻ると、僕が何をしてきたのか知っているアイリに問われた。

「大丈夫。アイリに手出しはさせないように釘刺してきたから」

「そういうことじゃないわ」

「いざとなったら首輪に縄つけて引き摺って連れて行く」

「そうでもなくて……許してよかったの?」

「許してないよ。だから連れて行くんだ」

 僕は自分の考えをアイリに説明した。

「理解するかしら」

「駄目だったら然るべきところへ引き渡すよ」

 いくら僕が許していても、周囲が許さない。直接騙された人は尚更だ。

 この後シェケレにどういう運命が待っていたとしても、自分がしでかしたことくらいは自覚して欲しい。




 朝になり、僕たちは予定通り南港町を出発した。

 シェケレの件があったのだから、もっと顔を広めてはどうかという提案は、申し訳ないが突っぱねさせてもらった。

 だから今回も見送りや出立式は無しだ。

 シェケレは意外と順従についてきた。首輪の強制力が働いているのではなく、自主的だ。

「……勇者なら、もっと仰々しい、派手な見送りとかあるんじゃねぇのか」

 いつも通りの、静かな町を振り返りながら、シェケレが喋る。

「面倒くさい。不要だ」

 僕の返答に納得いかない顔をしていたので、続けた。

「仮に見送りの儀をやったとするよ。町に王族や貴族が集まって、僕はその人達にいちいち挨拶してまわらなきゃいけなくなる。一刻も早く魔王を倒さなきゃならないはずなのに、矛盾する」

 シェケレは黙って聞いている。

「それを無視したとしても、町の人たちに僕の顔を晒すことになる。町の人達皆がいい人なら問題ないけど、中にはお前みたいなやつもいるだろう。僕は国から、生活支援をしてもらってるし、家まで貰った。そんな僕を利用して甘い汁を吸おうと考える人が、いるかもしれない。僕だって完全に騙されない自信はない」

 歩く速さは、僕が全員に補助魔法を掛けているお陰で、普通に走っている程の速度が出ている。シェケレも歩みを止めなかった。

「……っと、魔物だ。下がってて」

 町から十分ほど進んだところで、早速魔物の群れの気配を察知した。

 アイリはシェケレと程々の距離を保ちながら、数歩後退する。シェケレの方は立ち止まったままだ。

「魔物って、どこだよ」

「もう少し先だ。倒してくるから、そこにいて」

 僕が地を蹴り、魔物――ウォーキングデッド六体――を全て倒し、核を回収して戻っても、シェケレは同じ場所に突っ立ったままだった。

「え、今、どこまで……どこで魔物を?」

 アイリが近づいてきて、僕の怪我の有無を確認するついでに、僕の服の裾についた土埃を払ってくれた。

「ん? 少し先だよ。まだ近くにいるかもしれないから、気をつけて」

「ええ」

 返事したのはアイリだけだ。

「シェケレ、行くよ」

 呆然としているシェケレを叱咤して、先へと進んだ。



 日が暮れる少し前に、村へ辿り着けた。

 小さな村だが魔物に襲撃された気配もなく、長閑に見える。

 村に数件しか無い宿のうち、一番小さなところで部屋を取り、一息ついた。

「どうして俺がお前と同室なんだよ。見張りの必要はないだろ?」

 シェケレが首輪を忌々しそうに引っ張る。

「ひとり一部屋より二人部屋のほうが安いし」

「金は支給してもらえるんだろう?」

「その金はもとを辿れば民からの税じゃないか。無駄遣いはしたくないんだ。僕と一緒が嫌なら野宿してきなよ」

「別に、どうせ国に払った金なら国がどう使おうが勝手だろうが。豪邸まで貰っといて今更だろ」

「それを言われると辛いな」

 僕は思わず苦笑いを浮かべた。あんな豪邸を用意されると思っていなかったというのは只の言い訳だ。元々の家を手放す羽目になった原因も僕だし。

「豪邸を貰っちゃったから、せめて他の部分では節約しようかなと」

「……ケチくせぇ」

 シェケレはそれだけ言うと、ベッドに潜り込んだ。

「あれ、夕食は?」

「いらね。夜はいつも酒だけ飲んで寝る」

「ええ、身体に悪そう。スープだけでも食べた方がいい」

「酒じゃねぇならいらねぇ」

「食べとけって。明日はもっと速く歩くぞ」

「酒なら飲む」

「駄目」

 シェケレは僕に逆らえない。まさか、夕食を酒かそれ以外かで揉めるとは思わなかったが、首輪の効果を存分に使って、シェケレにスープを食べさせた。

「妙なやつだな。他人の体調なんざどうでもいいだろ」

「今は他人じゃなくて旅の道連れだ。健康でなきゃ困る」

「……俺が健康じゃなきゃ困るのか」

「そう言った」

「……わかった」


 シェケレが変わったのは、この日の夜からだと言える。


 朝は僕より早く起きて身支度を整え、宿なら朝食の手配までしてくれる。

 道中、魔物が現れれば完璧に僕の指示に従い、不測の事態が起きれば自分よりアイリや僕の安全を優先するために動いた。

 しかし口を開けば「うるせぇ、黙って受け取れ」「何だ、文句あるのか」「俺だって元冒険者だ」と可愛くない。いや、可愛いシェケレが見たいわけじゃないが。



 南港町を出て三つ目の村は、魔物に襲われた爪痕が生々しく、村人たちも暗い顔をしていた。

 宿を取ろうとすると、宿のご主人に断られた。

「こんな村の宿より、野宿のほうがよっぽど安全だ。悪いことは言わん、早く村から離れなさい」

「どういうことですか」

 僕たちが根気強く話を聞くと、宿のご主人は最後には諦めたように、声を絞り出した。

「俺は、旅人を生贄にするのは反対なんだよ」

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