5 暴走傍若無人
「やあ! やっぱりラウトじゃないか! ここは元々侯爵の別荘だったそうだね! 貴族の君にピッタリの屋敷だ! なあ上げてくれないか? 別にちょっと世間話がしたいだけだよ、久しぶりの再会を祝おうじゃないか! そうそう、ストリング村の葡萄酒を持ってきたよ、懐かしいだろう? まだ未成年だった僕たちが虜にんごっ!」
外にいる厚顔無恥を認めるなり閉めようとした扉には足を挟まれ、足が砕けるより先に扉が壊れそうだったので、一瞬手を緩めた隙に入ってこようとした全身を全力で押し返し、扉を再び閉めた。
更にわざわざ転移魔法を使って扉の外へ出て、不審者をつまんで結界外へ放り出し、新たに結界魔法を張り直した。
今度の結界魔法は、今家にいる人以外を通さない。このままでは監査役や必要な人が通れないので一時的な措置だ。
「ラウト、誰か来たの?」
再び転移魔法を使って屋敷の中に戻り汚れた手をぱんぱんと払っていると、アイリが近寄ってきた。
「来た。監査役が戻ってきたのかと思ったら出戻り希望野郎だった」
僕はあえて名前を出さなかったが、アイリは色々察してくれた。
「お疲れ様。サロンにお茶の用意しておくわ」
「ありがとう、頼むよ」
どいつもこいつも。僕を頼りたいなら最初からパーティを追い出さなきゃよかったのに。
これまで追い出されたことはレベルが低かった僕に責任があると思っていたが、あれは幸運な出来事だったのだと考えを改めよう。
もしあのままセルパンのパーティに残り続けた状態で僕が勇者の認定を授かっていたら……あいつらは確実に、僕からもっと搾取していただろう。下手をすれば勇者の名声にも傷が付いていたかもしれない。僕の名声はどうでもいいが、「勇者」に傷がついてしまうと、未来に現れるだろう勇者に迷惑だ。
ギロは監査役へのお茶出しをした後、後は僕がやるからと自室に下がってもらっていた。
僕が出ていってはまた拗れる。申し訳ないが、ここはギロに頼ろう。
「ギロ、いま手は空いてる?」
部屋をノックしてから尋ねると、ギロが扉を開けた。
「はい。なにやら騒がしいご様子でしたが、どうされましたか?」
「先日の不審者が屋敷に入ってこようとしたんだ。つまみ出して結界の外に放り出してある。あいつの気配、覚えてる?」
僕は結界を張り直したことや、不審者を再び警備兵に突き出しておいて欲しいという説明を省いたが、ギロにはしっかり伝わった。
「畏まりました。一時間経っても私が戻らない場合、夕食の支度はサラミヤに命じておいてください。いつもの手筈だと言えばわかります」
ギロとサラミヤの従者っぷりにも磨きがかかっている。
二人はいつの間にか、仕事に関する事は会話をほとんどしなくとも、わずかな仕草や合図だけで通じ合うようになっているのだ。
「わかった、伝えておく。ギロ、面倒かけてすまない」
「とんでもない。では行ってまいります」
ギロは胸に手を当てて軽く会釈すると、無駄のない動きで僕の前から立ち去った。
「サラミヤはあいつに顔見られた?」
サロンではアイリが宣言通り、お茶を淹れて待っていた。サラミヤとシルバーもいる。シルバーは床でミルクを舐めている。
ギロが僕の執事だとすると、サラミヤはアイリの侍女に落ち着いている。ギロしか居なかった頃はアイリの世話を頼めなかったので、サラミヤがいてくれるのは本当に助かっている。
「あいつというのは……」
「この前の不審者」
「こちらからお顔は伺っておりませんが、見られたかもしれません」
「いつ!? 何もされなかった!?」
僕とアイリが思わず立ち上がると、サラミヤはたじろいだ。
「先日、ギロ様と買い出しに出掛けた際に、ギロ様が『後をつけてる人がいる』と仰って。状況からして例の不審者かと思いましたので、ギロ様が私をその……抱きかかえて人気のないところへ……」
聞いていないトラブルの話の内容に、僕とアイリは身を乗り出した。
「そこでギロ様が飛んだと思ったら、家の前でした」
ギロの身体能力は人間離れどころか、魔族としても規格外になってきている。
力の解放なしの僕と変身していないギロで模擬戦をすると、二十回に一回は一本取られてしまうのだ。
ギロに言わせると「ラウト様という素晴らしいお手本がいらっしゃいますので」だそうだけど、見て覚えられるのは才能だと思う。
「そうかぁ……。うーん、奴の今後次第だけど、サラミヤとギロも買い出しするときは転移魔法が欲しいな」
「魔法なんて使えません」
サラミヤがふるふると首を振る。
「毎回ラウトが送迎するのも現実的じゃないわね。困ったものだわ」
皆して頭を悩ませているところへ、ギロが帰ってきた。
「只今戻りました」
「おかえり、ギロ。早かったね」
「ええ。自称ラウト様の元お仲間の処遇が決まりましたので、お伝えします」
いつの間にか、名前を呼ばないのが暗黙の了解になっている。
この家を貰う時に少し話は聞いていたのだけど、街の中心地に近いこのあたりは貴族専用街と呼ばれている。
住人も貴族ばかりで、町の他の場所より警備兵の巡回が多く、治安が良い。
そんな場所で騒ぎを起こした例の奴は、一度目の時に「次はない」と宣告されていたそうだ。
「次はないって、今回どうなったの?」
「町から追放です。ついでに冒険者ギルドからも、この町ではクエストを請けさせないことになりました」
「追放って?」
「一旦、労働奴隷になります。といっても数日程度でしょうが。その後、この町へ足を踏み入ることはできません。もし入ってきて捕まった場合、労働奴隷である時間が長くなります」
「ついに三人とも犯罪者か……」
彼らは一体、どこで間違えてしまったのだろう。
やっぱり僕が……。
「キュウン」
シルバーが僕の足元に座り、つぶらな瞳で僕を見上げている。
片方の前足をちょいちょいと上げるのは、抱き上げろという意味だろうか。
片手ですくい上げるように抱きかかえ、膝に乗せる。かたり、と後ろ足代わりの台車を鳴らしながら僕の膝の上でごそごそと身動ぎすると、そのまま目を閉じた。
「自由だなぁ、こいつ」
手の甲で額のあたりを撫でても、目覚める気配がない。
「ラウト、また自分のせいで、なんて考えてるでしょう」
アイリの指摘に、僕は苦笑いで頷いた。
「ギロとサラミヤを見なさいよ。ラウトが助けて、うちで面倒見ている人たちよ。あの三人みたいなこと、仕出かすように見える?」
「見えないし、面倒を見るなんて大層なことしてないし、そもそも僕が助けたってつもりは」
「いいえ、私はラウト様に助けていただきました」
「もし私の前に他の冒険者が来ていたら、私は罪を重ねていたでしょう」
僕の発言にサラミヤとギロが食い気味に割り込んできた。
「ラウトはただ助けただけ。その後の行動は、その人が決めるのよ。あの連中はラウトに縋って甘えて、自分で落ちていった人たち。ギロとサラミヤ、それにシルバーは、自分でこの場に留まって、ラウトの役に立ちたいって考えてるでしょ?」
「わん!」
眠っていたはずのシルバーが一声鳴いた。ぱたぱたと振られている尻尾が腕にあたってくすぐったい。
「私はラウト様に随分甘やかされましたけど、ラウト様やアイリ様やサラミヤ、他の方に迷惑をかけるようなことはしないと誓いますよ」
「甘やかしたっけ?」
「ええ。ここに執事として置いてもらっている事自体が、相当甘いです」
ギロにきっぱり言われてしまった。
魔族にされた元人間と聞いて放っておけなかっただけなのになぁ。
「私もですっ! できればお役に立ちたいです!」
「サラミヤはもう十分役に立ってるよ。いつもありがとう」
「とんでもございません。より一層励みます」
サラミヤは椅子から立ち上がって優雅なカーテシーをしてくれた。
「ね。あいつらが例外中の例外だったのよ。何が悪いのか強いて言えば、運が悪かったわね」
「運かぁ……それは、仕方ないね」
「そう、仕方ないの。ラウト自身が気に病むことは無いわ」
「わかった。もうこの件は考えない」
アイリはにこりと笑って、お茶のカップに口をつけた。
僕の気持ちの整理と、奴の件は片付いたと思ったのに。
「ラウト様、お手紙を預かっております」
三体目の魔王討伐へ向かう十日前にギルドに呼び出されて赴くと、実家から僕宛に手紙が届いていた。
魔神教が、ストリング村に拠点を作ろうとしているらしい。