3 嘘つきの自滅
「なんだよつれないなあ、元は同じパーティの仲間じゃないか」
尚も馴れ馴れしく僕に触れようとしてくるクレイドの手をなんとか逃れ、アイリと二人、壁際まで下がった。
クレレたちが異常に気付いて僕たちの前に割って入ってくれたので、クレイドもそれ以上は近寄ってこなかった。
「また貴方たちですか。騒ぎを起こすというなら……」
「騒いだりなどしませんよ。まあ、少しだけ話を聞いてください。今日は人と魔物が共存できるという確たる証拠を持ってきたのです」
入口付近ではギルドで一番ベテランの受付さんが、黒フードの連中となにやら話している。
黒フード達はやんわり追い返そうとする受付さんたちを押しのけて、ホールの真ん中までやってきた。
そこへ僕たちに近づけないクレイドがフードを被りながら戻っていく。
似たような背格好の黒フードの中に、ひとりだけやたらと頭の大きい人がいる。
別のひとりは黒い布を被せた動物を抱きかかえている。大きさからして犬だろうか。
「彼らは魔物でありながら、我々と対話し、和解しました!」
先程から受付さんとやり取りしている黒フードが大きな声を張り上げる。
後ろの人に目配せして、頭の大きな人のフードと、動物の布を取り払う。
「リザードマン!?」
「あれはシルバーウルフか?」
大きな頭は蛇のような見た目をしていて、犬は額にシルバーウルフの特徴である長い銀色の毛が生えていた。
冒険者たちの一部がざわめく。
「……? ああ、騒いでいるのは新人と、もとから胡散臭いやつだけだな」
クレレがぼそりと呟いた。
「わかる?」
「そりゃあな。区別くらいできる」
蛇頭と犬は魔物ではない。蛇頭はよく出来た作り物で、犬の毛は付け毛か染めたのだろう。
冒険者もレベル四十を超えるくらいになると、魔物の気配が肌でわかるようになる。
逆に言えば、レベル四十未満の人は、余程経験を積むか気配に敏感でないと、気配だけで魔物かどうかの判断はできない。
「そいつらが本当に和解したって証拠はあるのか?」
「弱らせて従わせているだけじゃないのか」
今ギルドホールにいる人のおよそ半分は、レベル四十未満の人だ。その人達が、あれらを魔物だと信じた上でさらなる証拠を求めた。
「当然です。……リルド、さあ」
被り物の人はリルドと呼ばれて反応し、一歩前へ出た。
「お、オレ、ニンゲント、ナカマ。キョウゾン、スル」
リルドは片言に口をきいた。
「え、本物……?」
一部の人が騙されかけている。
見ていられなくて、軽く床を蹴ってリルドに近づき、頭を思い切り引っ張った。
「……あっ!?」
僕の手には精巧な蛇の被り物がぶらりと垂れ下がった。中から出てきたのは、顔中痣だらけだが普通の人間だ。
「酷い怪我じゃないか。こっち来て」
僕はリルドの手を掴んで引き、アイリの前へ連れて行った。アイリは無言でリルドに回復魔法をかけてくれた。
「なんだよ偽物かよ」
「あんなに殴られて……」
「おい、どういうつもりだ」
「ま、待ってください! こっちのシルバーウルフはどう説明……あれ?」
犬のほうも僕が奪い取った。随分と大人しい上震えているのでよくよく見ると、後ろ足が変色している。腱を切られ動かせない様子だ。
「酷いことするな」
リルドに回復魔法を掛け終えたアイリが、今度は犬にも回復魔法を掛けた。
「駄目ね、私じゃ脚は……」
アイリが悔しそうに下唇を噛む。
「俺たちを騙そうとしたのか!」
「捕まえろ!」
一部の冒険者達が色めき立った。
「ちっ」
声を張り上げていた黒フードが舌打ちすると、別の黒フードが床に何かを投げつけた。
一瞬で煙幕があたりを包み……煙が晴れた頃、そこには僕が当身で寝かせた黒フード達が転がっていた。
「ふっ、ははははは!」
クレレが腹を抱えて笑いだすと、ギルドホール中で笑いが起きた。
「さっすがラウト!」
「よくやってくれたわ!」
「何がしたかったんだこいつら」
一緒に様子を見守っていたブズーキ、ヘーケ、サウンが黒フード達を縛り上げるのを手伝ってくれた。
他の冒険者も、監査役を呼んできたり、黒フードの言動に賛同していた胡散臭い連中を囲んで足止めしている。
「話を聞いた上で大半を見ていた。後はこちらでやっておくから、諸君はクエストを請けてくれ」
監査役の宣言と共に、僕たちは各々クエストを請けて解散した。
後ろ足が動かない犬は僕が引き取ることにした。
クエストの目的地への道すがら、僕の魔法も試みたが、犬の後ろ足は既に壊死していて、もう手の施しようがない。
「どうしたものかな。レプラコーン、補助具とか作れないか?」
人間が手足を欠損した場合の代替品として、魔道具を使うことがあると聞いた。
しかし呼びかけても返事がない。
「そうだった……。えっと、確か……」
精霊はまだ戻ってきていない。僕は腕の中の犬の下半身に、あるイメージを浮かべて魔力を解き放つ。
無事に車輪つきの台車のようなものを取り付けることができた。
「キュウン……」
「お、はじめて鳴いた。お前もう歩けるぞ」
地面に降ろしてやると、犬は下半身の台車を何度も確認し、前足で一歩踏み出した。
初めは恐る恐る、次第に速度を上げると、僕とアイリの周りをぐるぐると勢いよく回った。
「わん! わん!」
「うん、大丈夫そうだな。……おっと?」
まだ慣れていないせいだろう、犬は速度を落とすとその場にへたり込んでしまった。アイリが慌てて抱き上げる。
「ねえ、この子本当に野犬かしら。毛並みもいいし、人を怖がらないわ」
「あの連中が世話してたとは思えないから、誰かの飼い犬の可能性あるよね。ギルドに頼んで探してみよう」
クエストは、アイリに犬を任せている都合上、僕一人で片付けた。
犬はアイリに懐いたらしく、大人しく抱き上げられるままになっていた。
ギルドへ戻ると、クエストが張り出される掲示板の横に大きな紙が貼られていた。
黒フードの連中の処遇や、「魔神教」に関する警告だ。
警告の内容をまとめると、「魔神教」が謳っていた「魔物との共存」は絶対に有り得ない話で、信じたり広めたり勧誘についていったりしないようにという注意だ。入信者は冒険者資格の剥奪もあり得るとまで書いてあった。
捕まった黒フード達は冒険者たちへの詐欺とリザードマンの被り物をしていたリルドへの暴行疑いで収監済み。今後の調査の結果次第でそれぞれ罪に問われるそうだ。
「だからさ、俺は騙されてたんだって! こうして俺だけ釈放されたのが何よりの証拠だろう?」
僕とアイリは何故かクレイドに纏わりつかれていた。
こいつ、こんな性格だったっけ?
「それで何だっていうのよ」
アイリが敵意全開でクレイドに対応する。朝イチでクエストを請けに行ったのに、魔神教のゴタゴタのせいで現在日没一時間前というところだ。早く帰ってギロの手料理が食べたい。
「お前たち、二人パーティじゃ寂しいし攻撃力も心許ないだろ。俺が入ってや」
「駄目だ。訳あって僕はアイリとしかパーティ組めないことになってる」
食い気味に断ると、クレイドは鼻白んだ。
「訳って……。お前、まさか。ラウト、今レベルいくつだ?」
「帰ろうアイリ」
「ええ」
僕は犬を抱えたアイリを巻き込んで転移魔法を使った。
「おかえりなさいませ。そちらは?」
ギロはアイリの腕に抱かれた犬に目を留めた。
「ただいま。こいつは一先ず一時預かり。場合によっては飼うけど、大丈夫かな」
「私は構いませんが、サラミヤにも聞いておきましょう」
「僕が聞いてくるよ。あ、サラミヤ。犬は大丈夫?」
「犬ですか!? 大好きです!」
出迎えにやってきたサラミヤは犬を見るなり何の躊躇もなく手を伸ばした。犬の方もサラミヤの手をふんふんと興味深そうに嗅いでいる。
二人とも、脚の台車については何も触れなかったが、餌をやるときに食べやすい位置を模索したり、寝床も試行錯誤してくれた。
「名前はまだ付けていないのですか?」
サラミヤは率先して世話をしてくれている。本当に犬が好きなんだなぁ。
「元の飼い主が現れたら混乱しちゃうだろうからね。でも何もないのも不便だな。サラミヤが付けてよ」
「いいのですか!?」
犬の額の毛は付け毛だったので、既に取り払ってある。それがなくても、犬は全体的に灰色で、シルバーウルフに似ている。
「ではシルバーで。いいかな?」
サラミヤが尋ねたのは、犬改めシルバーだ。
「わん!」
シルバーは千切れんばかりに尻尾を振った。