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18 悲劇の村

 ユジカル国では、魔王城近くの山の手前に村がいくつかあると事前に聞いていた。

 魔物たちを倒しながらもシルフとドモヴォーイの助力で馬より速く進み、村で宿を取るつもりだった。


 村があると聞いていた場所の近くまで来ても、人の気配が殆どない。

 不安は的中した。

 ひとつめの村は、壊滅状態になっていた。

 村のはずれでようやく見つけた村人たちは、土の地面に穴を掘っている。

 そしてその傍には……人の死体の山が。どれも損傷が激しい。

「ん? 何だあんたら。冒険者か? 悪いが、宿の主人も死んじまったからな。もてなしも何もできんが、寝泊まりできる部屋ならある。勝手に使ってくれ」

 穴を掘る中で一番年嵩の、中年の男性が僕たちをちらりと見てそう言いながらも、穴を掘る手は休めなかった。他の人は僕たちをちらりと見ただけで、話す気力もない様子だ。

「手伝います。アイリは……」

「怪我人を勝手に治して回るわ」

「頼むよ」

 地面に落ちていた誰かのスコップを手に取り、年嵩の男性に穴を掘る位置を尋ねた。

「手伝ってくれるのかい。助かるが、あと五十は掘らなきゃいけねぇんだ」

「体力には自信あります。貴方のほうこそ、一度休んでください。僕の仲間が回復魔法を掛けますから」

 年嵩の男性の手はマメが何度も潰れて血まみれでぐちゃぐちゃだ。

 スコップを握るのも辛いだろうに、他の人より精力的に穴を掘っていた。

 アイリは真っ先に男性に近づき、そっとその手をとった。すぐに回復魔法の柔らかい光が男性の手を包む。

「……おお、回復魔法か。ありがとうよ、嬢ちゃん」

「体力は回復させられないので、休んでください」

 アイリは「多分言っても無駄なんだろうなぁ」と諦めた様子ながらも、必要なことを言ってから他の人の治療へ行った。


 僕は持ち前の力と体力で、次々穴を掘った。

「凄いな、冒険者ってのは腕力化け物か」

 小一時間ほどで、僕は残り五十は必要だと言われた穴の大半を掘りきった。

 普段使わない筋肉を使ったが、疲労感はそれほどない。本当に体力お化けになったのかもしれない。

「ありがとうよ。埋葬は、自分の手でやりたいんだ。あんたたちは休んでくれ。ドルニ爺さん、この人達を案内がてらあんたも休め」

「お言葉に甘えるとするか。こっちだよ、冒険者さん」

 ドルニ爺さんと呼ばれたのは、最初に僕たちに話しかけてくれた年嵩の男性だ。

 村の人達へ回復魔法を掛け終えていたアイリと共に、村の中を案内された。


 ざっと見た時はわからなかったが、半壊した建物の内側は仮補修されていて、風雨がしのげるようになっていた。

 案内された部屋には、木材の破片を継ぎ合わせて作ったようなテーブルに、デザインのバラバラな椅子が四脚ある。

 促されて、僕とアイリも椅子に座った。

「あんたらは……いや、失礼した。儂はドルニという。名前を聞いてもいいかい」

 僕たちはそれぞれ名乗り、「気の向くままに旅をしている最中の冒険者です」と自己紹介した。

「それでこんなところへ迷い込んだのか。災難だったな。それにしても……ラウトさん達は何も聞かないな」

 旅の途中で村を訪れたら、壊滅していた。事情を聞きたくなるのもわかる。

 僕は最初に死体の山を見てしまったし、魔王城が近いことを知っている。

「魔物の仕業でしょうか」

 ドルニさんは笑みを浮かべた。絶望し、諦めて、もう笑うしかない、という悲しげな笑みだ。

「最初は十年前、それから一年おきに魔物どもが襲ってきた。防護結界は最初の襲撃で壊れ、修理しようと国に連絡をとっても、魔道具を乗せた馬車がこの村に近づくと、魔物に襲われるんだ。護衛に冒険者を何人も雇ったが、九度目に最後のひとりがやられてから、誰も来なくなった。それでこの前、十度目があって……一番ひどかった。もう村人は、あそこで穴を掘ってた奴らだけだ」

 魔王城に近いほど、人里の被害は大きくなる。覚悟はしていたが、目の当たりにして僕は言葉が出なかった。

「貴方達はどうしてこの村に残っているのですか」

 アイリの疑問は最もだ。僕も同じことを考えていた。

 ドルニさんは首を横に振った。

「何人も村を出ようとしたよ。逃げるため、他の村や町から救援を呼ぶために。皆、村の外へ出るとすぐ魔物に襲われるんだ。それから、死体を……見せしめみたいに……っ」

 光景を思い出してしまったドルニさんが、顔を覆って嗚咽を漏らす。

「すみません、辛いことを」

「いやこちらこそ、見苦しいもんを見せちまったな」

 ドルニさんは何事も無かったかのように立ち上がった。

「そこの部屋が一番まともだ。泊まってくならそこを使ってくれ」

「ありがとうございます。その前に、防護結界魔法の魔道具なら持っているんです。設置してもいいですか?」

 頭の中でレプラコーンに聞いたら「作れる」と言うので、マジックバッグの中にこっそり作ってもらった。

 ドルニさんは目を丸くして、僕を凝視した。

「持ってるって、どうしてそんなものを持ち歩いてるんだい」

「ええっと……簡易的なもので、野営のときに使うんです」

「そんな貴重なものを、この村に貰ってもいいのか?」

「僕はすぐ手に入れられるので。宿のお礼に」

「そんなの、こっちが貰いすぎだ。でも、本当にいいなら」


 村に元々設置してあった魔道具の場所へ案内してもらい、四箇所に魔道具を置いた。四つ目を置くと結界が作動し、結界内の空気がこころなしか澄んだような気がした。

「本当にこれ、野営に使ってたのか? 前の結界の時はこんなことなかったのに」

 空気が澄んだのは僕だけの気の所為ではないようだ。ドルニさんがあたりを不思議そうに見回した。

「どうしました?」

 精霊が作った魔道具の付加効果ではないか、なんて言えないので、僕は「すっとぼける」を選択した。

「うーん、気の所為か。なんだかこう、気分が軽くなったような気がしてな」

「魔物の脅威が少なくなったせいじゃないですかね」

「そうだな。うん、きっとラウトさんの言う通りだ」

 上手く誤魔化せた。よかった。


 魔道具を設置した僕に対して歓迎会を開こうとしていたのを全力で止めた。

 ただでさえ物資の少ない村で、そんな無駄遣いをさせるわけにはいかない。

「せめて夕食ぐらいは」

「食料はあります。本当に、寝床だけあれば十分です」

「欲のない人だなぁ。でもまあ実のところ、そう言ってもらえて助かる。村が復興したら、改めて歓迎するよ」



「ラウト、行くの?」

 村で一番大きな宿とはいえ、半壊状態から仮補修しただけなので、部屋数も少ない。僕とアイリは一部屋だけ使わせてもらい、僕は床にシーツを二枚敷いて横になっていた。ベッドの使用に関してはアイリと壮絶な舌戦があったが、僕が勝った。

 静かにこっそり起きたのに、アイリも起き上がってしまった。多分、こうなることを予想して眠っていなかったのだろう。

「うん。一緒に行く?」

 アイリを置いていくつもりだったが、無理やりそうして後からついてこられる方が危険で困る。

「ええ」

 アイリは、この村の惨状に対して怒りを覚えている。

 僕もだ。


 魔物の群れは、防護結界魔法に阻まれて村に入れず悔しげに唸り声を上げている。その声すらも、結界が阻んで村の中には聞こえない。僕が結界の外へ足を踏み出すと、魔物たちは一斉に襲いかかってきた。


 全力で剣を振るう。剣の軌道上にいた魔物は全て両断された。何度か同じことをやると、魔物は全て核を残して消え去った。

「スプリガン」

 精霊は僕の思考を読んでくれるので、細かい指示(お願い)をしなくても、僕の考えどおりに動いてくれる。スプリガンは魔物の核を全て回収した。


 あたりは静かになった。そのまま最初と同じ場所に、村を背に立ち続ける。

「なんだ、気づいていたか」

 赤黒い肌に、角と翼を生やした人の形をしたもの、魔族が上から降りてきた。

 上空から僕と魔物の戦いを眺めていたことを、僕は最初から知っていた。

 こいつは、魔物たちが僕にやられていくのを、ただ眺めていた。

 魔王や魔族と魔物の関係を聞いてみたい気もするが、どうあっても気分の悪い答えしか得られなさそうだ。

「油断して村へ帰ろうとしたところを、苦しめずに殺してやろうとおもったのによ」

 魔族は片手で柄の折れた鍬を弄びながら、僕に近づいてくる。

「村をひと思いに滅ぼさなかったやつが、何を言ってる」

 この魔族の力なら、わざわざ魔物をけしかけなくとも、一瞬で村を滅ぼせたはずだ。

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