4 家族愛
拠点の留守番をギロに任せ、僕とアイリはツインクを連れて村へ戻った。
貸りた馬車で五日の旅の間中、ツインクは食事に文句を言い、野営となると寝床が硬いと文句を言い、馬車が揺れれば文句を言い……とにかく、自分の立場やこうなったのは自業自得であることを、毛ほども理解していなかった。
全ての文句を初日にアイリが口で、二日目は僕が実力行使で黙らせて、ようやく大人しくなった。
「ねえラウト。こいつ村に帰して大丈夫かしら」
御者台に座る僕の横にアイリがやってきて、馬車の隅に転がっているツインクを横目に心配そうな声を上げる。
実力行使、つまり僕が魔法の練習がてら睡眠魔法で眠らせたのだ。
精霊の力を一気に解放してから、僕にも魔法が使えるようになった。それも、全種類だ。今は少しずつ魔法の練習をしている。魔力は十分あるのだが、魔法の操作が難しい。特に回復魔法はアイリという優秀な回復魔法使いが教えてくれているのに、まだ思うように使えない。
「大丈夫。話はつけてあるんだ」
誰にどんな話をつけたかを、アイリに説明した。
「それなら、まあ……」
アイリは無理やり納得したように見えた。
アイリの心配も無理はない。なにせセルパンや元村長のことを見ているから。
ツインクの両親はとてもまともな方たちで、ツインクが罪を犯したことをうちの父が伝えると、即座に「適切な裁きをお願いします」と跪いて頼み込んできたそうだ。
父はセルパンの件があったから慎重だ。
「ツインクの顔を見せるまでは心底信じることは出来ない」
父の言葉に、ツインクの両親は、
「愚息は罪を償うべきです。責任を取れと仰るなら、いかなることでも甘んじて受け入れます」
という姿勢を崩さなかったとか。
村に到着するなり、父やアイリが抱いていた心配は、あっさり霧散した。
村の元村長宅、現集会所に関係者が集まった。
僕がツインクの罪状を読み上げ終わると、ツインクの父親が立ち上がった。
「この馬鹿息子! なんてことを!」
父親は寝起きのツインクに殴りかかり、母親はやんわりなだめつつも、決定的には止めなかった。
ツインクが鼻血を出したところで、僕と父が止め、アイリが回復魔法をかけてやった。
ちなみにツインクは、ヤトガの短剣の件以外にも余罪が大量にあった。
窃盗三件、食い逃げ五件、傷害二件。
パーカスの町にいたはずのツインクが、乗合馬車で十日もかかるオルガノの町にいた理由はこれだ。散々やらかしてしまったため町から逃げ出して、たまたま辿り着いたのがオルガノの町だった。
そこで僕の噂を聞き、拠点を探し当てて久しぶりの再会をした、というわけだ。
やっぱり有名人になっても、碌な事がない。
「今すぐにでも勘当して縁を切りたいところですが、血の繋がった息子。成人したとはいえ責任の一端は私にあります」
寝起きで殴られて呆然としているツインクの横で、ツインクの父親が膝をついて頭を下げる。母親も同じようにした。
どうしてこの両親からツインクが……似たような感想をセルパンの時にも持ったなぁ。元村長は最終的に甘すぎたけど。
僕の父がツインクの父親の肩を叩き、顔をあげさせた。
「貴方がたに罪はありません。勘当するのも自由です。お呼びしたのは、息子の罪を認めるかどうか、確認するため。お二人の気持ちはよくわかりました」
ツインクの両親が号泣していても、ツインクは未だぼんやりしたままだ。
まさか、僕の睡眠魔法が変な影響を与えてしまったとか?
僕がアイリに目でそう訴えると、アイリはこっそり否定してくれた。
「睡眠魔法が切れて目覚めたあとで、残ることなんてないわ。あれは、只の現実逃避よ」
もう一度じっくりツインクを観察する。ぼんやりしているように見えて、目線は床に固定されているが、両親や僕の父がなにか言う度に、かすかに身体が震えていた。なるほど、現実逃避か。
ツインクは労働奴隷送りになった。セルパンと同じ場所では元仲間の誼で結託して脱走を図るかもしれないので、また別の場所だ。セルパンと違って人の命にかかわるものではないので、刑期は長くて一年、模範囚ならばもう少し短くなるとのこと。
このあたりの手配は父がやってくれた。
話を終えた後、ツインクは部屋の隅で待機していた警備兵さん達に拘束具を着けられ、意外にも大人しく連行されていった。
「お忙しいところを、お手数をおかけしました」
ツインクの両親が退室した後、父に改めて礼を言った。
「なに、今回の件はフィドラに殆どやらせたのだ。次期男爵の練習台に丁度良かったからな。私はおいしいところを掻っ攫っただけさ」
父はさらりと言うが、事務処理も表立つのも、どちらも似たような労力のはずだ。フィドラにもちゃんとお礼を言っておこう。
「ところで、今回はゆっくり休めるのだよな?」
「えっ? あ、ああ、もちろん……です……」
ツインクを引き渡したらすぐに帰ろうと考えていたから、父の発言に素で驚いてしまった。
アイリを見ると、アイリも僕と同じ気持ちのようだ。こっそり視線を合わせ、お互い同じタイミングで首を横に振った。
現在、村の中に冒険者ギルドハウスを建設中だ。パーカスやオルガノの町のものより小規模だが、村の周辺に出る魔物の数や難易度、ここに常駐すると決めた冒険者の数からして、妥当なところだろう。
建築中の隣には仮設ギルドハウスとして簡易テントが建っていて、既に機能していた。
僕とアイリは父達の懇願に負けて、今度こそ七日間、家でたっぷりもてなされることになった。
ギロへの連絡は連絡用マジックバッグで済ませ、僕のほうの連絡は仮設ギルドハウスでやってもらった。
「はい、ラウトさんが七日ほどここに滞在することを、ミューズ城下町とオルガノの町の冒険者ギルドへ連絡ですね。……ああ、貴方が例の。はい、承りました」
オルガノの町をクエスト以外で長期間離れる場合は、各所へ連絡するよう義務付けられてしまっている。国からの支援を正しく頂戴するためなので、致し方ない。
受付さんは僕の名前とステータスを情報端末魔道具で検索して、僕が勇者であることに気づいた様子だった。勇者のことは広めるべからずが先に通達されているので、騒がず処理してくれた。
「よろしくお願いします」
「あ、お待ちを。お時間ありますか?」
「はい。なんでしょう」
家でもてなされるのは良いが、身体は鈍るしぶっちゃけ暇だ。冒険者ギルドからの頼みだと言えば、外に出ても文句は言われないだろう。
「実は、アトラスの目撃情報があるのです。ゆ……ラウト様に、調査と討伐をお願いしたく」
受付さん勇者って言いかけた。危ない危ない。
アトラスといえば、前にセルパンが村の防護結界の魔道具を壊した時に村を襲おうとした、難易度A以上の魔物だ。
倒したはずだが、仲間がいたのだろうか。
「以前、近くに発生したアトラスを倒したのは僕です。新たに発生したのですか?」
「それが、似たような魔物というだけで、実のところアトラスかどうかまで断定はできていないのです。この村にはまだ難易度B以上の魔物を倒せる冒険者もおりません。そこで……」
「わかりました。すぐ向かいます」
「ありがとうございます!」
相手がアトラスかもしれないと言っても、アイリは僕についてきた。
「パーティですもの。アトラスだったとしても、もう恐れないわ」
魔王討伐の際にアイリのレベルも上がり、更にその後も僕と一緒に魔物を倒し続けたから現在レベル五十二だ。アイリは日々修練を積み、最近は杖術を嗜んでいるから攻撃にも参加してくれる。レベルさえ上なら強いと思いこんでいた何処かの阿呆たちに爪の垢を煎じて飲ませたい。
心強い仲間とともに、いざ魔物捜索へ向かおうとした僕たちの前に立ちふさがったのは、それぞれの親兄弟たちだった。
「せめて一日、いや三日はゆっくりしてから」
「そうだそうだ。まだ一緒に食事もしていないのに」
「魔物だって空気読んでくれるさ。今日は家で過ごそう」
僕はもちろん、アイリも最近の長距離馬車移動に慣れて体力気力共に十分だというのに、皆が休ませようとしてくる。
「わかったよ。でも一時間だけ、村の近くだけ探索させて。アトラスみたいな魔物が近くにいたら危ないでしょう?」
両親と弟に捕まったアイリは諦めて家に戻ったが、僕は父と兄妹たちをどうにか説得して村の外へ出た。
精霊の力も借りて、全力で気配察知を行う。
これは……。一時間で戻るには、少し骨が折れるかもしれない。
気配の方向へ、全力で走った。