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1 何を想像したかはご想像におまかせします

 十日間の船旅を終えてすぐ、僕とアイリはミューズ国の騎士さん達に連行されるように城へ案内された。

 船旅の間は魔物が全く出ず、のんびり過ごせてはいたが、常時揺れる船の上というのは落ち着かなかった。せめてアイリだけでも休ませて欲しいと訴えると「城に貴賓室をご用意してございます」と丁寧な返答を頂いた。

 城へ着くと、早速その貴賓室へ案内された。陛下と謁見するのは明日だから、今日はこちらでゆっくりどうぞとのこと。

 僕とアイリは別々の部屋へ通された。

 部屋の扉を開けると、その向こうには侍女さん達が十名ほどずらりと並んで、僕に向かって一斉にお辞儀をした。

 装備を解くのは自分でやったが、その後は……。


 侍女さんたちに服を脱がされて、全身をくまなく洗われた。


 貴族教育の一環で、従者に裸を見せるのを恥ずかしがらないようにする、というのがある。

 お陰で僕は元々室内ならば裸を人に見られることに抵抗はないが、アイリは大丈夫だろうか。

 ああ、隣の部屋から控えめな悲鳴が聞こえる。

 侍女さん達にひん剥かれたのだろうな。

 アイリ今、素っ裸か……。

「……!」

 雑念を消すために頭まで湯にどぶんと沈む。侍女さん達が「どうされました!?」と心配そうに覗き込んでくる。

 お願い、そっとしといて。


 豪華な晩餐の後は貴賓室の寝心地のいいベッドでたっぷり睡眠を取り、翌朝は陛下の前へ出るための正装に着替えさせられた。

 時間になり部屋を出ると、隣の部屋から深緑色の華奢なドレスを纏った愛らしい姫が出てきた。

「……アイリ?」

 銀髪をアップにして紫色の耳飾りを着けたアイリは、大人っぽさと愛らしさが同居する最強の存在になっていた。

「似合わないのは重々承知よ。でもこれ着ないと謁見できないって言われて……」

 アイリは何故かむくれている。

「似合ってるよ」

「嘘。だって変な顔してたじゃない」

「変な顔って……。見違えたからだよ。アイリ可愛い」

 素直な感想を述べると、今度は頬を赤く染めてそっぽ向いた。

「ラウトも似合ってるわ」

「ありがとう」

 僕たちの会話が一通り済むと、執事さんが見計らったかのように移動を促した。



「魔王討伐、見事であった。ナリオ国からも後日改めて礼があるそうじゃ。此度のことは我が国だけの益ではなく、ひいては世界の――」

 陛下から直々に、有り難いお言葉と討伐報酬等の話を頂いた。

 僕とアイリは一生衣食住に困らないよう、国から援助を貰えることになった。

 これから他の魔王を討伐するという意思表示するだけで、僕とアイリの家族にまで恩恵は広がる。

 そう言われて初めて、魔王討伐は本来命がけの大仕事なのだと気づいた。

 精霊の力を借りて割とあっさり倒せてしまったから、申し訳なくなる程の厚遇だ。

 まあ、貰えるものは貰っておこう。

 僕が「他の魔王も討伐します」と宣言すると、アイリもそれに倣い、陛下が硬い顔で頷いた。


 他の魔王の居場所はまだ詳細がわかっていない。どこの大陸にいるかは判明しているのだが、どの大陸のどの国も、自国を魔物の侵略から守るのに手一杯で、魔王の拠点を探す手間を割けないでいるのだとか。

 そこで、元から魔王のいないこのエート大陸と、魔王のいなくなったナリオ国のあるラーマ大陸の各国から、魔王のいる大陸へ騎士団や兵団を派遣して、魔王探索の任に就くことになった。

 矜持が高すぎて「他国の手を借りるなど」と頑固な国もあり、今はその調整に手間取っているらしい。

「そんな事言ってる場合かしら」

 アイリの小さな声に、僕も心のなかで同意した。


「それと、名を広めたくないという勇者殿の願いじゃが……やはり完璧とはいかぬ。妥協案を飲んでくれぬか」

 勇者はひとりの冒険者としての生活を望んでいるため、勇者の名前や姿は一般に公表しない。その代わり、僕は自分が勇者であると余人に言わないし、勇者を詐称した人は重めの罪に問われる。とはいえ、僕が勇者であることを完全に隠し通すことは出来ない。僕が勇者だと知っている人は全員、僕が勇者であることは、どうしようもない場合を除いて他者に伝えてはいけない。もし広く伝えてしまった場合は、これも罰せられる、と決められた。

 陛下の妥協案を乱暴に要約すると、こういうことになる。

 勇者の称号を受け取っておきながら、有名になりたくないと我儘を言っているのは僕だ。家族や、僕が勇者であると知っている人たちにも迷惑をかけてしまっている。陛下は最善を尽くしてくれた。

「ご配慮、感謝します」

「アイリ殿も、勇者の仲間であることを喧伝せぬよう願う」

「はい。心得ております」


 謁見が終わり、賓客室へ引き下がると、アイリは即座にドレスを脱いでいつもの服に着替え、僕がいる部屋までやってきた。

「もう着替えちゃったの?」

「ラウトも着替えてるじゃない。だって、コルセット痛いんだもの。息できなくなるかと思ったわ」

 実家にいる妹、レベッカも「兄様達はコルセットしなくていいの羨ましい」ってぶうぶう文句を言ってたっけ。女性の美は大変だ。

「ラウトは着慣れてたわね」

「実家にいる時と似たような服だからね」

 貴族の服は大体形が決まっている。実家で着るのはもっとラフなもので、あんなに良い生地ではないし、装飾も華美ではないが。

「貴族って大変なのね」

 アイリが遠い目をした。今後、ドレス姿のアイリを見る機会はあまりなさそうだ。


 陛下や他の人からは、もう少し休んでもらってもかまわないと言われたが、僕たちはすぐに家へ帰ることにした。

 貴賓室は確かにゆったり過ごせるし、日常のことは全て侍女さん達がやってくれるのは助かるが、やはり自宅が一番落ち着く。

 英気を養うには住み慣れた場所の方がいいという僕の主張を、陛下たちは納得して受け入れてくれた。



 僕が勇者であることを勘繰らせないために、お城の馬車は使わず、乗合馬車を乗り継いでオルガノの町へ帰り着いた。

「はぁ、なんだか懐かしいわ」

 オルガノの町はずれにある乗合馬車の停車場で降りると、アイリが大きく伸びをしてから、あたりを見回した。

 実際、三十日近く経っているから、懐かしくも感じる。

 町の中をゆっくり歩きながら、家を目指す。時折、冒険者ギルドの顔見知りやよく買い物に行くお店の人に「久しぶりじゃないか」「どこ行ってたんだ?」「寄っていかないか」等など、声を掛けられる。皆、僕が勇者だとは知らない様子だ。

「たまには旅行もいいかと思って遠出してたんだ」

 僕の長期不在の言い訳はこれだ。

 殆どの冒険者は旅行が大好きで、誰にも何も告げずにふらりと出かけることはよくある。皆怪しむことなく信じてくれた。

「アイリと一緒にか?」

「そうだよ。クエストも兼ねてたからね」

 こちらも用意済みの答えだ。お互いに冒険者であることを強調すれば、アイリと僕の関係を勘繰られることもないだろう。アイリに失礼だし。

「ふーん」「へぇー」

 何故か生返事ばかり貰ったが。

「……」

 更に言うと、この話のときのアイリは妙に不機嫌だ。


 家が見えてくると、玄関先でギロが箒を片手に誰かと言い争いをしているのが見えた。

「なんだろう」

「ギロから『何も問題ありません』って連絡きてたのよね?」

「うん」

 更に近づいてようやく、言い争いの相手の顔を確認できた。

「ツインク?」

「あっ、ラウト! 久しぶり……っていいたいけど、何だよこの失礼な野郎はっ!」

 ツインクは随分とみすぼらしい格好になっていた。

 緑がかった茶色の髪はボサボサで、いつも身につけている革の胸当ては手入れを怠っているのが一目瞭然だ。防具はクエストに出かけるときの格好なのに、弓を背負っていない。

 ツインクの言う「失礼な野郎」とは、ギロのことだ。

「おかえりなさいませ、ラウト様、アイリ様。何者も入れるなとの仰せでしたのでここで食い止めておりましたが、お知り合いですか?」

「あー、うん、一応。でも入れなくて正解だったよ。ありがとう、ギロ」

「勿体なきお言葉」

「ちょっ!? どうしてだよ、ラウト!」

「『どうして』はこっちの台詞だ。何しに来た?」

 受け答えしてしまったのがまずかったのか、ツインクは人懐っこそうな笑みを浮かべて僕に近づいてきた。

 異臭がする。ずいぶん長いこと体を洗っていない様子だ。

「俺もセルパンのパーティを抜け……いや、追い出されたんだ。追い出された者同士、仲良くやろうぜ」

 全力の「は?」が出た。

 一方その頃、僕の背後ではアイリが臨戦態勢を整えつつあった。

 早くなんとかしなくちゃ。

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