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28 天秤

 レオは何かに抵抗するかのように、身体をぶるぶる震わせてその場にとどまっている。

 そうしている間にも、身体が変わっていく。

 手足の爪は伸び、背中からヒレのような突起が何本も生え、角は三本に増えた。

「殺してくれ!」

 悲痛な絶叫だった。

「俺の身体を明け渡せば、国には手を出さないと言うから、ま、魔王に、身体を捧げた……それから国を荒らして、父を、父から王位を……全部、全部俺のせいだ、だから……!」

「頼む! 弟を、救ってやってくれ! げほっ、げほ……」

「まだ大きな声を出してはだめです」

 シルフの力がなくても僕に聞こえるほど声を張り上げた第一王子は再び咳き込んだ。

 この国の王族は、自分の身体を二の次にする悪癖があるようだ。


 アーバンから最初に話を聞いたときは、てっきり第二王子のせいで国が疲弊したのかと思いこんでいた。

 しかし今、王子たちはお互いを想い合い、矜持も何もかもかなぐり捨てて、他の人を守ろうとしている。


 そんな人を斬るわけにはいかない。


 僕は剣を、レオの身体に振り下ろした。


「レオっ! げほっ、がはっ」

「駄目だって言ってるでしょう!」

 どうやら第一王子の方は血を吐いたらしい。アイリのあの声は、本気で怒ってる時のやつだ。

「うう、レオ、レオ……」

 今度は泣いているのが、シルフの力で聞こえてくる。


「がああああっ! 何故だ!? 何故オレだけ!?」

 倒れたレオの体から、黒い煙のようなものが立ち上り、先程までの変形したレオと同じ形の身体を持った魔物になった。

 レオは気を失っているだけで、無事だ。身体も元の、人の姿に戻っている。


 僕が今握っている剣は、レプラコーン謹製の、僕が斬りたいものだけ斬れる剣だ。

 レオは斬りたくない。彼を蝕んでいる存在だけ斬りたい。

 そう強く強く願いながら振った剣は、無事に中にいた魔物だけにダメージを与え、追い出すことに成功した。

 ぶっつけ本番だったから、うまくいって本当に良かった。


「人間の分ざがぐっ」

 なにか続けて言おうとした魔族の口に剣を突き刺して引き抜き、そいつの手足を全て斬り落とした。

「!!」

 口を切られた魔物は声を出さずに絶叫した。

 仰向けに転がった魔族の胸のあたりを力いっぱい踏みつけて、完全に動きを封じておく。

「レオ王子は生きてる。回復魔法頼む」

 アイリに向けて叫ぶと、アイリは立ち上がろうとした第一王子をその場に座らせてから近づいてきた。

「本当、真っ二つに斬ったのかとばかり……。しかも剣の傷は無いじゃない」

 アイリが回復魔法を掛け終えると、レオが目を覚ました。

「……えっ? ここは……? 俺は死んだはずじゃ」

「レオっ!」

 第一王子が覚束ない足取りを必死に動かして駆け寄ってきてしまった。

 治療師の観点から患者を安静にさせたいであろうアイリを押し留めて、兄弟を再会させた。

「兄上! お体が」

「いい。お前が無事で良かった」

「申し訳ありませんでした……俺は……」

「いいと言っている」

 ドモヴォーイに頼んで二人とアイリを包む不可視の防護魔法を張る。アイリに目で合図すると、アイリもわずかに頷いた。

「ぐうう、おのれ、しかしこの程度でオレはあがあっ!?」

 身体を再生させた魔物が立ち上がろうと藻掻いたので、蹴り飛ばしてアイリ達から距離を取り、再び手足を斬り落とす。

「ちょっとだけ話を聞かせてもらう。お前結局、何がしたかったんだ?」

「巫山戯るなっ! 貴様などに話すことなど無」

「じゃあもういい」

 ずっと狙わなかった眉間をさくりと突き刺すと、魔物はさらさらと砂のように消え去り、後にはゴツめの魔物の核が残った。

「あの、貴方がたは一体……?」

 他の魔物や魔族は、僕たちに気づいていないのだろうか。誰もここへ来る様子がない。

 今のうちに説明して、話を聞いておこう。

「僕はラウトと申します。エート大陸はミューズ国王から勇者の称号を賜り、魔王を倒すべくナリオ国へやってまいりました。ここの場所は、ナリオ国王様からお聞きしました。騎士団長のアーバン殿からは、第二王子が国を売ったと話を聞いていたのですが、事情がだいぶ違うようですね」

「ある意味間違ってはいない」

「レオ」

「兄上、俺に話させてください。すべての責任は俺にあります」




*****




 魔王が現れて五年が過ぎた頃、ナリオ国内の魔物の数が急増した。

 冒険者や国の騎士団などが対応するも、被害や犠牲者は増え続け、打開の糸口も見えない日々が続く。

 国王は心を痛め、国力強化や民の命を最優先する政策を取るが、焼け石に水だった。


 国王や他の王族、貴族と同様に、第二王子も国内の惨状に何も出来ない己に忸怩たる思いを抱えていた。

 父親である国王の心痛は身体を蝕み、倒れないのが不思議なくらい弱っている。

 いっそ自分を王にして責任を押し付け、心を休めて欲しい。

 しかし王太子は兄である第一王子と決まっている。わかってはいたが、名乗り出ずにはいられなかった。

 ナリオ国で最後に王位争いが起きたのは、建国したばかりの頃のみだ。国王すらも歴史書でしか知らない。

 第二王子自身も他を差し置いて王になるためには、味方をつけ、周囲に根回しをし、足場を固めるなどといった策略は考えることすらも及ばなかった。

 第二王子の行動に驚いた王は、第二王子が乱心したと悲しい勘違いをしてしまい、それが王に仕える者たちにも広まった。


 第一王子にして王太子のフィオだけは、弟の真意に気づいていた。

 フィオは城の中で厳重に謹慎させられているレオの元へ足繁く通い、王位簒奪は本心ではないことを何度も確認して王に伝えた。

 しかし、城内の者たちや一部の貴族たちが「騒ぎを起こしたのだからもうしばらくは」と主張したため、謹慎期間が短縮されることはなかった。


 城の奥の、一般人はおろか城内で働く者でも一部の人間しか近づくことを許されない場所で謹慎しているレオの元に、ある日魔族がやってきた。

 魔族は、町や城に張ってある防護結界をものともせず、高貴な血がわずかに濁っている気配だけを目印に、レオの目の前に現れてみせた。

 魔物の登場に驚き、しかし毅然とした態度をもって魔物を排除しようとしたが、身体が動かなかった。

 レオの前に現れたのは、魔物ではなく、魔族の王、魔王本人だった。


「我らに退いてほしくば、お前の身体を寄越せ。さすればお前の命に免じて、この国を害するのだけはやめてやろう」




*****




「魔王の言葉は、俺の心に直接届いたのです。その後は……俺が浅はかだった」

「違う。レオの本心ではないだろう」

「騙され、利用されたのは事実です。ラウト殿、俺は国の反逆者だ。俺を……」

「レオ!」


 謹慎されていたはずのレオ王子は、魔王の力で物理的に謹慎から放たれ、重臣たちに有りもしない罪を着せて投獄し、最後に国王を玉座から引きずり下ろした。

 最後に投獄された国王が一番ボロボロだったのは、投獄されてから食事や水を最低限の最低限しか与えられていなかったためだった。

「なんとか魔王の支配から逃れようと、自刃を試みましたが、魔王がすぐに治療してしまうため、できませんでした。せめてもの抵抗で心を強く持ち続けると、時折魔王の支配が緩むことに気づきましたが、俺が思いのままにならないと悟った魔王は、先程ラウト殿が倒してくれた魔物を俺に取り憑かせ、心を折るためにここへ閉じ込めたのです。兄上は、俺に魔王や魔物が取り憑くところを見てしまったため、連れてこられただけです」

 魔物が人間の面倒を見るはずがない。レオは、自身に巣食う魔物のためにと与えられた食事のうち、人が食べられるわずかな部分をフィオに無理やり食べさせ、命をつないでいた。

 アイリはフィオの乾きを見抜いたから、まず水を与えたのだ。


「話は大体わかりました。元凶は魔王とはいえ、レオ殿下は迂闊でしたね。魔物が人との約束を守るわけがない」

「ラウト殿、弟を責めないで欲しい。私が同じ取引を持ちかけられたら、やはり頷いていたかもしれない」

「兄上……」


 話が一段落したのを見計らったかのように、魔族の気配が動き出した。この部屋へ近寄ってきている。

 僕はドモヴォーイに頼んでアイリたちの周囲の結界を更に強化し、魔族を待ち構えた。


「なるほど、人にも勇者が現れたか」

 壁をすり抜けるように人の上半身が生えた。いや、魔族だ。

 人の姿に近いほど強いというなら、完全に普通の、どこにでもいる人間に見えるこいつは、かなり強いのだろう。

「違う違う。我のように『魔王』と呼ばれる魔族は、人の姿を保っていられるほど、魔力の制御が完全なのだ」

 僕の心を読んだような台詞を吐いたそいつは、にまりと気持ち悪い笑顔を浮かべた。

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