26 ゴリ押し救出
「では、魔王は今、ナリオ城にいるのですか?」
アーバンは曖昧に首を振った。
「わからんのだ。神出鬼没で、いたりいなかったりする」
「第二王子はどこに?」
「恐らく城にいるだろうが、彼奴には魔王直属の強力な魔物が護衛についていて、迂闊に近寄れぬ」
「なるほど、わかりました」
話に嘘がなさそうなことと、アーバンの真摯な姿勢を見て、信じることにした。
「自己紹介もせずに失礼しました。僕はラウトと言います。ミューズ国で勇者の称号を賜りました。こちらは仲間のアイリです」
僕とアイリが改めて会釈すると、アーバンは立ち上がり、その場で片膝をついた。
「やはり貴方が勇者殿であられたか」
「あの、あまり知られたくないので、僕が勇者だということはなるべく話さないで頂けますか。それと普通に接してください」
更に平伏しそうな勢いのアーバンを止めて、勇者扱いをやめて欲しいとお願いした。
「とりあえず、その魔王直属の魔物とやらを討伐しましょう」
「おお、助けてくださるのか」
「ここへ来た元々の理由も魔王討伐ですから」
話し込んでいたら夜もだいぶ更けていた。
仮眠を取り、朝日が昇りはじめた頃に行動を開始した。
兎にも角にも城へ行かなければ話にならない。
僕たちは町の貸し馬屋さんで馬を借り、街道を進んだ。
当然、途中で騎士さん達とかち合う。
「ラウト殿、何故お戻りに……こちらは?」
アーバンが自己紹介すると、襲撃者たちを押し込んでいる客車の中が少しだけざわついた。
「もしや……。賊の面通しがしたいのだが」
「どうぞ」
アーバンが客車の幌を初めは少し、次にがばっと開けた。
「お前たち!」
「団長!?」
「お知り合い、ですか?」
「こいつらは元騎士団員だ。賊にまで身を落としていたとは、情けない」
「団長、ご無事だったのですね! くそっ、騙された!」
襲撃者達は悲喜こもごもとなって騒ぎ出した。
「騙されたとは?」
「俺たち、団長が騎士団から除隊されたのに納得がいかなくて、あの野郎に直談判したんです」
あの野郎とは、どうも第二王子のことらしい。
「そうしたら、団長は不敬罪で処刑することになった。助命を望むなら言うことを聞けと」
「馬鹿共が! 俺の命程度で勇者殿を狙ったのか!」
「すみません……」
アーバンと襲撃者改め騎士団員たちが騒いでいると、ミューズ国のほうの騎士団の隊長が、片腕を吊った男を拘束したままこちらへ連れてきた。アイリを襲った奴だ。
「アーバン殿。彼らは確かに我らを襲ったが、動きが鈍かった。命を取るつもりが無いことは明白でしたよ。しかし、この男だけは、明らかに殺意と悪意を持って行動していました。この男は一体?」
隊長は男の顔をぐい、と無理やり上げさせた。
アーバンは男をまじまじと見つめて、首を横に振った。
「……見覚えがない。団員の顔は全員、覚えているのだが」
「わかった。それではこの男だけ引き続き捕らえておこう。アーバン殿の部下たちに、お任せしたい」
隊長が口角をニッと上げながらアーバンに告げると、アーバンは顔を伏せた。
「ご厚情に必ず報いるよう務める」
アーバンには騎士団員たちの見張りを兼ねて、この場に残ってもらうことにした。
「しかし、城の案内は」
「大丈夫です。えっと、魔物や人の居場所は大体わかるので」
気配察知のことを曖昧に説明した。アーバンは半信半疑だったが、隊長は信じてくれた。
「我々には気配が全くつかめなかった者を、勇者殿はいち早く止めてくれたのです」
そう言って片腕を吊った男の無事な方の手を引っ張り上げた。男は悔しそうに僕を睨むが、睨み返したら目を逸らした。
「くれぐれも気をつけてくれ」
「はい」
アーバンや騎士さんたちに見送られ、僕とアイリは改めて城を目指した。
昼前には城門前に到着し、馬から降りて携帯食料で軽くお腹を満たした。
「私でもわかるわ。このお城、なんだか気持ち悪い」
城門には兵士がおらず、開きっぱなしで警備も何もない。
見かけを良く言えば民に広く開かれた城だが、雰囲気は魔物の口が開いているようにしか見えない。
「僕から離れないでね、アイリ」
アイリはしっかり頷いた。
城の内部は照明がひとつも灯っておらず、昼間だというのに薄暗く肌寒い。
まず目指したのは、一番強そうな魔物の気配だ。上の方にあるので、階段をいくつか上がった。
恐らく客室だろう部屋が並んだ一角にたどり着き、最奥の部屋の扉を開け放った。
「なんだ貴様ら」
闇色の髪と瞳をした男が、尊大そうにソファーに座っていた。
僕は何も答えず、そいつに斬りかかった。が、避けられた。
「おいおい、無言で斬り掛かるのは……ちょっ! やめっ!」
見た目は完全に人の姿をしているが、こいつは間違いなく魔物だ。どうやら人の姿に近いほど、強い。
何回目かの剣は、どこからともなく取り出した棒で受けられてしまった。
「まずは対話から! だろう!?」
「魔物の話なんて聞く意味無い」
「話してみなきゃわからないだろう!?」
「言いたいことがあるなら言ってろ」
「このまま!?」
競り合った後、お互いに弾いて間をとると、魔物は「待って! 本当にちょっとでいいから待って!」と見苦しく懇願してきた。
「何? この国の王子を傀儡にして国を乗っ取り民を攫って殺しまくってた以外に何かある?」
冒険者をやっていて、魔物のやることは大体見てきた。魔物はよく人を襲って食い殺しているが、強い魔物ほど、ただ殺すだけの場合が多い。
残忍で、狡猾。人間とわかりあえるだとか、手を取り合って生きていくなんてことは、絶対にできない。
それが魔物だ。
「取り付く島もないってか。じゃあ、殺す」
向こうが本気を出してきたので、こちらも本気を出す。
魔物は魔力をそのまま体外に出し、物質化することもできる、とギロに聞いた。
こいつは魔力を二本の鎌状にして、僕に迫ってきた。
僕は、魔力を普通の剣でも斬り落とすことができる。
今使っているのは、レプラコーン謹製の剣だ。
ギィンと金属の爆ぜる音を立てて、鎌二本を細かく砕いた。
「やるではないか、人間のくせに!」
今度は大きな鎌を一本創り出した。が、もう遅い。
鎌もろとも、魔物の首を刎ねた。
「……は?」
胴から離れた頭が、自分の体を正面から見て気の抜けた声を出す。
「おおおお俺はしししし死ぬのか?」
首だけになっても、まだ喋れるのか。生命力が強い。
「そそそそそんなななななな、ま、魔王さ」
頭を縦に割って、ようやく静かになった。
「ラウト、怪我は?」
「無いよ。よかった、この城にいる一番強い魔物の気配だったんだけど、僕でも勝てた」
「本当に、ものすごく強くなったわね。相手が鎌を出してからのラウトの動き、全然見えなかったわ」
「そう? これが終わったら、アイリも見えるように特訓しようか」
僕がどう動いてるかわからないのは、不安だろう。そう思っての提案だったのだが。
「無理だと思うけど……挑戦はしてみるわ」
アイリの返事は歯切れが悪かった。
残りの魔物を倒し、最後に人がたくさんいる地下へ向かった。
カビっぽい牢の中には、色んな人が暗い顔で牢に入っていた。
牢の鍵を剣で壊しながら進み、一番奥の、ボロボロに痩せた高齢の人の元へ到着した。
すぐに牢から出して、アイリに回復魔法を使ってもらった。
「どうですか? まだどこか痛みますか?」
「いや、充分だ。私はいいから、他のものを助けてくれ」
一番ボロボロだというのに、他人を思いやることができるなんてすごい人だ。
薄汚れていても、高貴な心は隠せない。
「もしかして、貴方はナリオ国王ですか?」
「……ああ、元国王だ。今は、不肖の息子に王位を追われた、ただの愚かな老いぼれだ」
この状況でこんな台詞を言える人が、愚かな人なわけがない。
「僕はミューズ国から勇者の称号を賜り、魔王を倒しにこの国へ来た者です。この城の魔物は全て倒しました。他の方たちも牢から出しますので、後で話を聞かせてください」
「魔物を……全て倒した!? おお、第二騎士団の仇を……ありがとう、ありがとう……」
国王は声を震わせたが、一瞬のことだった。すぐに立ち上がり、先程まで弱っていたとは思えないほどよく通る声を発した。
「動けるものはすぐに動き、彼に協力を!」
牢には本当に沢山の人が、ろくな食事も与えられずに弱ったまま放置されていた。
アイリの回復魔法による治療を受けた人たちは、まだ安静にしていたほうがいいというアイリの制止を振り切って、城の機能を回復させるべく動き出した。
魔物を倒し、人は全員助けたのに、肝心の第二王子は城のどこにも見当たらなかった。