16 日常の区切り
魔王軍拠点は、贄や魔物がいなくなってから一週間で完全消滅したと、クレレ達からギルドへ報告がきた。
何かあったときのためにクエストを請けず、待機という名の休息期間も終わった。
休息中でも、武器や魔法の練習は怠らない。冒険者は三日クエストに出ないと凡人になる、なんて言葉もあるくらいだから、毎日が鍛錬の日々だ。
といっても、一日に何時間もやるわけじゃない。人にもよるが、僕は大体一時間足らずの鍛錬で済ませている。アイリも似たようなものだ。
空いた時間で、二人で暮らすには広い家の使っていない部屋を掃除しておこう、アイリと話をしていた。
そこへ三人目の住人、ギロというイレギュラーのお陰で、だいぶ捗った。
元人間とはいえ魔物は魔物だから、まだ完全に信用しきれていない。レプラコーンに頼んで監視の腕輪を作ってもらい、ギロに身につけさせている。僕の命令なしには人に危害を加えることができないようにする効果がついているものだ。魔道具屋さんに頼めば目が飛び出るほどの額になるだろう超便利アイテムを、精霊が惜しみなく作り出してくれる。ありがたいけれど、ちょっと怖い。
僕の心配を他所に、ギロは「誠心誠意お仕えする所存です!」という宣言通り、とても良い働きをしてくれている。
実家に長年仕えている執事や侍女にも劣らないレベルで家事や身の回りの世話に長けていた。
まあ、実家に執事と侍女はひとりずつしかいないから、比較対象が少なくてあまり意味がないかもしれないけど。
ギロが家に来て一週間が経った。僕たちの休暇も今日までのつもりだ。
家中の掃除はギロが殆どやってくれた。
ギロは昨日まで僕の部屋で寝起きしていた。僕より背の高いギロのためにアイリの部屋のソファーを借りて僕の部屋のソファーとくっつけて即席のベッドにしたら、何か感激して泣いていた。
今日からは、ギロにも自室ができる。ベッドが大きい以外は、僕たちの部屋とそう変わらない程度の家具を置いただけの、シンプルな部屋だ。
「わ、私などにここまでして頂いて……」
と、また泣かれた。意外と涙もろい。
「そういえばラウトって男爵家の御子息だったわね。すっかり忘れてたわ」
ギロの働きっぷりを執事に例えたときの、アイリの感想だ。
「村じゃ対等に接して欲しいって頼んでたからね。無理もないよ」
「でもそのせいでセルパンが増長したんじゃない?」
僕が貴族教育の初級編を一通り終え、村で同年代の友達を作っておいでと送り出された時、セルパンは既に村長の息子として、所謂ガキ大将的なポジションを確立していた。
十歳になって初めて同い年の人と遊べると緊張していた時、真っ先に声をかけてきたのがセルパンだ。
「初対面で『家来にしてやる』って言われたよ。セルパンには僕の実家のこととか、全く話してない」
「それでよく三年後にアイツとパーティ組む気になったわね……」
セルパンは確かに我儘で傲慢だったが、家来と見做した相手を積極的に遊びに誘ってくれたのだ。
「何だかんだ、よく遊んだからね」
そんなセルパンだが、現在この町の冒険者ギルドに保護されているという名目で居座っている。
ギルドの人経由で話を聞いたところ、パーカスの町では宿暮らしをしていて、ある日気づいたら身ひとつで贄にされていたらしい。
魔物の核を摘出した後も、行くあてがない、クエストである程度稼ぐまでは等と何だかんだ理由をつけて、ギルドハウスの宿泊施設に寝泊まりしている。
「クレイドとツインクのことや、そもそも家はどうしたのかしらね……」
二年住んだ家だ。僕もアイリも愛着が無いわけではない。
でもセルパンと直接話はできない。僕はセルパンに何故か恨まれているから聞き出せないだろうし、アイリはセルパンに対し「二度と口をききたくないし、姿を視界に入れるのも嫌」と激しく拒絶している。
ギルドの人には、家のことや他の仲間のことを、それとなく聞き出せないか相談中だ。
僕とアイリは一週間ぶりに冒険者ギルドへ足を運んだ。ギロは留守番だ。元々そのつもりで家のことを任せてある。
まずは何だかんだで先延ばしになっていた、パーティ結成申請を出す。前回の特別クエストのときは臨時パーティ扱いになっていたから、正式な申請が必要なのだ。
書類に必要事項を書き込み、受付さんと軽く話をするだけで、すんなり受理してもらえた。
次にクエストを請ける。あれからこのオルガノの町周辺の魔物分布はゆっくりとだが確実に数年前の状態を取り戻しつつある。
僕たちが請けるのは、影響のあおりを食らって競争率の高かった難易度Cだ。魔物討伐クエストが潤沢にあるのは喜ばしいことではないが、とりあえず仕事にありつけるのは有り難い。
「これでいい?」
僕はオーガ討伐のクエストメモをアイリに見せた。推奨は三人以上のパーティだが、僕のレベルが六十六あるので問題なく請けられる。レベルは、例の魔王軍拠点でギロ以外の魔物を倒したときにまた上がった。
「うん」
アイリはクエストメモをざっと確認し、迷うことなく頷いた。
早速受付へ向かおうとしたら、聞き覚えのある声が騒いでいた。
「! ラウト、一旦出直しましょう」
「そうだね」
僕とアイリはあわててクエストメモをボードに戻し、ギルドハウスの出入り口へ向かった。
一歩遅かった。
「アイリ!」
騒いでいる声の主がアイリをご指名だ。
振り返ると、だいぶ雰囲気の変わったセルパンがいた。
肉付きの良かった身体は半分になった? と言いたくなるくらいしぼんでいて、村では村長の家にしかいない自慢のハニーブロンドはボサボサ、薄い青色の瞳は血走り、別人の形相をしていた。
装備は冒険者始めたてでももう少しまともなものを選ぶだろう程粗雑な革鎧の下に、適当な古着を重ね合わせている。剣は柄と鞘の感じからして中古品。
声を聞かなかったらセルパンだとひと目で解らなかったくらいだ。
アイリは僕の背中に隠れ、セルパンを見ようともしない。
「このまま出ちゃいましょう」
背中を引っ張られた。
「でも、あれ放っておけないよ」
「どこまでお人好しなのよ!」
「そういう意味じゃない」
アイリとボソボソ会話していると、返事をしないアイリに焦れたセルパンがフラフラとこちらへ寄ってきた。
「おい、お前。俺はアイリに話がある。お前には関係ないから、さっさと……」
セルパンはどうやら僕の顔を忘れたらしい。
「僕は彼女と同じパーティのリーダーです。彼女が嫌がってますので、お引取りください」
忘れたのなら仕方ない。初対面と仮定して、パーティの仲間にちょっかいをかける不審人物として相手することにした。
「アイリは俺のパーティの回復魔法使いだ! スリーサイズだって知ってるんだぞ! 上からぶへぇっ!!」
僕の背中からアイリのストレートパンチがギュンと伸びてセルパンの顔にクリティカルヒットした。
セルパンはワンパンで伸びて倒れてしまった。アイリが本格的に格闘術を学んだら、結構な攻撃力になるのでは?
「もう本当にキモい」
アイリがセルパンを殴った手を服でゴシゴシと拭っている。セルパンを毛嫌いする理由がはっきりわかった瞬間だった。
伸びたセルパンをどうしたものかと考えていると、一部始終を見ていたギルドの受付さんが助け舟を出してくれた。
「目が覚めるまでこちらで預かります。その後はおそらく、冒険者資格剥奪になると思われます」
受付さんがバックヤードに声をかけると、男性職員が数人出てきて、セルパンを運んでいった。
それはともかく、冒険者資格剥奪とは穏やかじゃない。
「他にも何かやらかしたんですか?」
「はい。そちらの方がアイリさんですね?」
「そうです」
呼ばれたアイリが僕の背中から出てきて、受付さんと直に話す。
「貴女の再加入不可申請はなにかの間違いだから取り消してくれと、来る度に訴えておりまして。『人として講習会』への案内は再三に渡って無視されましたし、ギルドの宿泊施設の使用料金支払いも滞っています」
「あー……」
もはや擁護のしようも無いほどやらかしてた。擁護する気は全く無かったけど。
放っておけないというのは、セルパンを野放しにしておけないという意味で言った。
生贄になってた件だけ気の毒だったから、事情を聞いて、それによっては少しだけ手を貸し、ソロ冒険者としてやっていけるまで面倒を見るか、村へ帰るよう誘導するつもりだった。
でもアイリの拒絶っぷりを見て、手助けの線は完全に消えたし、資格剥奪では村に帰るしかないだろう。
ここでセルパンとの縁は、完全に切れたと思っていた。