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15 ひとつめの解決

 ギロと名乗ったそいつは、二年ほど前からこの魔王軍拠点を任され、オルガノの町周辺の魔物の調整や、調整のための生贄を管理していたそうだ。

「生贄……」

 思わずギロを睨むと、土下座状態から顔を上げていたギロは再び頭を床に擦り付けた。

「す、すみませんすみません! あああ貴方様のような方に目をつけられたとあっては、私のような小物にはもう何もできません!」

「じゃあ一先ず、ここにいる人間を外へ。魔物は倒す。部屋をなんとかしてくれ」

「はい! 喜んで!」

「魔物の手先だってのに、魔物を倒すことは拒否しないんだな」

「それはっ……わ、私は元々人間で! 私も贄になるためここへ連れてこられて……埋め込まれた魔物の核が身体に馴染んでしまって、それでも人の姿を保ったままだからと利用されていたんですっ! だから、魔物は、仲間と違いますっ!」

 元人間だから、会話ができるのか。

 そしてギロも被害者だったというわけか。

 僕が考え込んでいる間に、ギロは床をぱしぱしとあちこち叩いた。すると一般的な家屋の内部そのものだった空間がぐにゃりと歪み、一面、外壁と似たような黒いヌメヌメになった。

「幻覚だったの?」

 アイリが顔をしかめて辺りを見渡す。僕もこのヌメヌメに囲まれているのは、いい気分がしない。

「形態変化と幻覚の中間のようなものです。そこに外への出入り口を作りましたので、どうぞ」

「アイリ、セルパンを運んでもらってもいいか? そのまま外の皆に事情を説明しておいて。ギロは、人間をここへ全員集めておいてくれ」

「ええ、いいわ」

「畏まりましたっ!」

 セルパンはアイリによって運搬されていった。人間に対して運搬という単語を使うのはアレなんだけど……首の後ろの服を掴んで、ヌメヌメの床の上をズルズル引っ張っていったから、運搬って言葉がしっくりくる。

 アイリは自身もそのまま外へ出た。

 ギロが床を、今度はタンタンと踏み鳴らすと、周囲の壁がぐにゃりと開き、そこからぞろぞろと人が入ってきた。

「どういう仕組み?」

「ここは魔王様にお力を授かった者が魔物を材料にして作った贄入れです。人間に魔物の核を埋め込んであるので、贄入れに特定の刺激を与えて命令を出すことができます」

「魔物を材料に? 魔王軍の拠点じゃないのか」

「魔王軍の拠点ですよ。魔物は魔王様に何もかもを差し出す義務がありまして……ヒッ!?」

 魔王って、何を考えているんだ。魔物とは仲間同士じゃないのか。それを、こんな……拠点の材料にするなんて。

 そもそも魔物の核だって、魔物が死ななきゃ取り出せないはずだ。

 僕は今まで、魔王というのは人間でいうところの国王で、国王が国民たちに対して心を砕いているように、魔王も魔物のためを思って行動しているのだと考えていた。

 根底から、考えを改めないといけないようだ。

「あ、あの、ラウト様? 人間は、集まりましたが……」

 考え事をしている間に、ここに捕まっていた人たちが何故か僕の前で綺麗に整列していた。ギロが並ばせたのかな。

「この人達を外へ出るように命令できる?」

「お任せください」

 ギロがまた床を踏み鳴らすと、並んだ人たちは一列になって、出口から出ていった。

「次は魔物か。六匹、全部ここへ」

「申し訳ありません。魔物達には命令を出せないのです。全員私よりも強いので」

 ギロはこの短時間で、僕に絶対服従を誓った。嘘をついているとは思えない。

「わかった。じゃあ倒して回るから、着いてきて」

 僕の方は完全に信用した訳ではないので、ギロを見張るために同行させることにした。


 気配を辿り、魔物がいる方向へ直接出入り口を開けさせて、有言実行した。

 最初の一匹目を倒すときに「本当に止めないのか」とギロに再確認したが、ギロは何度も頷くだけだった。

 元人間というのも、本当なんだろうな。


 さくさくと六匹目も倒した。

「他にいない?」

 僕の気配察知にはもう何も引っかからないが、念のためギロに尋ねた。

「はっ、はい!」

「嘘だろ」

 僕はギロの首に、再び剣を突きつけた。

「いえ、本当に……」

「お前は?」

 ギロはぐっと息を呑むと、目を伏せた。

「……魔物です」

 観念したかのように全身を脱力させ、動きを止めた。

「ごめん、試した」

 剣を首元から外し、鞘に戻した。

 ギロはそっと目を開き、剣がないことに気づくと、今度は目を大きく見開いた。

「いいのですか?」

「今、ギルドで他の人の魔物の核を除去する手術を試みてるんだ。ギロも試してもらったらどう?」

「無理です。完全に身体に溶けてしまっているので……」

 ギロは心臓の真上あたりをさすった。そこに埋め込まれたのだろう。

「じゃあ……ちょっと、息苦しいかもしれないけど」

「はい?」




 僕がひとりで建物から出てくると、すぐに気づいたアイリが駆け寄ってきた。他の皆は保護した人たちの枷を壊し、回復魔法を掛けていた。

「ラウト、怪我は?」

「無いよ。魔物も全部倒してきた」

「……あいつは?」

「詳しくは後で」

 僕は皆にも、ギロのこと以外を説明した。

「あとはこの建物なんだけど……生贄も魔物もいなくなったから、時間が経てば自然消滅すると思う。でも他の誰かが送り込まれてくるかもしれないから、見張りが必要だ」

「それは俺たちがやろう。内部の事はラウトに全部もってかれちまったからな」

 陽気な声で見張りを立候補したのはクレレだ。臨時パーティのときの仲間たちが、既に野営の準備をし始めている。

「僕がやるって言おうと思ったのに」

「ラウトは中で見たことをギルドに報告する役割がある」

 そう言われてしまっては、僕も返す言葉がない。

 冒険者ギルドから来た迎えの馬車に、クレレ達以外が乗り込んで帰路に着いた。




 ギルドで諸々の説明や所用を済ませ、久しぶりに我が家へ帰った。

 ギルドには、建物にいた魔王軍の手下が、元冒険者のようなレベルの高い人間が悪い心に傾きかけた隙をついて生贄に仕立て上げていたこと、建物が贄の力を吸い上げて魔物分布の調整をしていたこと、建物の管理者は討伐(・・)したから今後は大丈夫だというようなことを話しておいた。


 スプリガンのお陰で家は何事もなく無事だった。

 更にもう一つ任せてしまった仕事も、完遂してくれた。


 マジックバッグに手を突っ込み、手を掴んで(・・・・・)引っ張り上げた。

「ぷっはぁ! はぁ、はぁ……」

「大丈夫か? 気分は?」

 僕が引っ張り出したのはギロだ。

「いやあ、中にいる間はこう、意外と心地よかったのですがね。出される瞬間は水中を通過するみたいに呼吸ができなくて焦りましたよ」

 ギロにはスプリガン特製のマジックバッグに隠れていてもらったのだ。

 生き物を入れたことがなかったから、そもそも入るのかどうかも解らなかったが、本人が入りたいと望めば入れるものらしい。

 そして内部はさほど悪くなかったようだ。

「よかった。でも後で体調が悪くなるかもしれないから……」

「いえいえ、本当に大丈夫ですよ。精霊に好かれていらっしゃいますね」

「え?」

 特別大きなマジックバッグとしか説明していないのに、どうして精霊の関与が解ったのだろう。

「人間が使う魔法は元々、精霊の力を借りて発動するのですよ。って、これは魔王様……いや、魔王の手下が話していたことなのですが」

 ギロが僕に仕掛けた攻撃は、魔力そのものをぶつけるものだった。

 人間には魔力そのものを体外に出すことが不可能で、魔法という術式を経由しないと奇跡を起こせない。

 術式が編み出される以前は、人間も皆精霊から力を借りていたというのだ。

「私にもナーイアスが呼べるのかしら。……うーん、ラウト、どうやるの?」

「失礼ながらアイリ様には無理です。精霊は基本的に、人間との縁を断ち切っています。ラウト様のように、精霊自らが選んで魂に棲んでいる方でないと、交流できません」

 魔物も精霊の力を借りることはできないが、僕の力が精霊によるものだということは、ギロにも解ったらしい。

「どうして僕なんだろう」

 未だに精霊が僕に力を貸してくれる理由がわからない。魂が云々と言われても、取り出して見れるわけじゃないし。

「まあいいや。それでギロ、これからなんだけど」

「はい! ラウト様に誠心誠意お仕えする所存です!」

「……ってことでアイリ、こいつをこの家においてもいいかな? もちろん嫌ならすぐつまみ出すし、こいつが何か不審な動きを見せたらすぐに僕が始末つけるから」

 ギロがこれまでしたことは、冒険者を誘拐して魔物の核を埋め込んで生贄にし、魔物分布の調整を行って他の冒険者や人間同士に不和を引き起こした等々、許せることじゃない。

 しかし、そのどれもが魔王軍にやらされていたわけだし、本人も元々被害者だ。

 本人の希望もあったので、僕が監視できる間は役に立ってもらおうと考えた。

「ラウトが決めたことなら、いいわよ」

 アイリがかなりあっさりと許可をくれたので、家に新しい住人が増えた。

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