勇者に祝福を
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「これより第八百八回ラウトのための会をはじめるノム」
相変わらず適当な回数に適当な名称の精霊たちの集いが、ノームの合図で始まった。
「リュートは可愛いヌゥ」
開幕初手でウンディーヌが爆弾を落とすと、他の精霊たちはその場でごろごろと悶えはじめた。
「ラウトが認めた者の子供ンダ。魂の清さが半端ないンダ」
サラマンダは後ろ足で立ち上がって、赤子を抱くような仕草をして清さを表現した。
「落ち着くスプ。まだひと月スプ。せめて三年は様子をみるスプ」
スプリガンも後ろ足で立ち上がり、サラマンダをなだめる。
「わかってるルー。でもでも、ああ、加護りたいルー」
シルフはくるくると飛び回りながら、思いの丈を叫ぶ。
「……加護るなら、ラウトの子がいいヴォ」
ドモヴォーイの一言に、浮かれていた場は一瞬で静まり返った。
「そりゃあ、ラウトの子がきっといちばん可愛いレプ」
ひっくり返って酔ったように浮かれていたレプラコーンが、スッと座り直す。
「だけど、勇者になった者は……」
ナーイアスはいつもの語尾も付けずに落ち込んだ。
この場に居た精霊全員が、わかっていたことだった。
ラウト本人が、ギロとサラミヤの子を祝福しているので、無理に明るく振る舞っていたのだ。
「なんとかならないノムか、精霊王」
第八百八……正確な回数は誰も数えていないが、この精霊の会にはじめて、エターニャが参加していた。
「我らの力ではどうにもならないニャ」
精霊王の言葉に、全員が項垂れる。
「……我らの力ではどうにもならないニャ」
「手助けできるネナ?」
「こればっかりはラウト次第ニャ。仕方ないニャ」
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世界で最初に魔王が現れたのは、四千年前。世界の、人類の危機に立ち向かったのは、清い心と自己犠牲精神を持ち合わせた三人の男女だった。
男女にはそれぞれ、ナーイアス、レプラコーン、エターニャが契約し、精霊の助力を得て魔王を討ち滅ぼした。
魔王を倒した後、三人のうちエターニャと契約した男が「自分が魔王に止めをさした」と喧伝し、世界中の国から「勇者」の称号が与えられ、富と名声を手に入れた。勇者は手に入れたものを、他の二人に少しも分けようともしなかった。目の前の報奨に目が眩み、魔王討伐に協力してもらった恩はすっかり忘れていた。
他の二人、男と女は、勇者となった男が世界中の注目を集めている傍ら、勇者が得たものに対して何ら関心を寄せなかった。
二人は愛し合い、勇者から遠ざかった。
それが、勇者の逆鱗に触れた。
勇者は女の方を好いていたのだ。
勇者は男を殺し、男を殺された女は後を追うために自刃し、勇者もまた女が自死を選んだ衝撃で自ら喉を切り裂いた。
全員、子孫を残す暇などなかった。
三千年前に現れた魔王を最終的に倒したのは、ラウトの時代に蘇った大魔王の元となった女勇者だ。
女勇者も世界中の国から勇者の称号を授かったことで増長し、更に力を得るためにレプラコーンを殺して力を取り入れるなどしたため、最終的には他の勇者と精霊たちによって封印された。
魔王の元へ送り込まれ生還した人間は全員勇者の称号を得ていたが、封印された女勇者を見て同じ轍は踏むまいと、勇者の称号を返上し報奨を辞退した。
精霊たちもレプラコーンのようにはなりたくないため、また勇者本人たちから望まれたこともあり、人間から距離を置いた。
彼らの中には子のいるものもいたが、血筋は途中で途絶え、数百年と残らなかった。
二千年前、千年前と、魔王を討伐して勇者となった者たちは魔王との戦いで命を落としたり、病に冒されて早逝した。これは、千年毎の魔王の侵攻に人間たちが消耗し続けた弊害である。魔王は世界の滅亡という大望こそ叶わなかったが、人類の医学や魔法、文化の発展の阻止には成功していたのだ。
そして、現在。
四体の魔王を倒した勇者は、ラウトのみ。
ラウトは世界の主だった精霊たちがこぞって棲みたがるほど清い魂を持ち、勇者の称号を得て増長するどころか疎んじるような様子さえ見せ、アイリ唯一人を愛している。
子が出来ないのは魔王の呪いでも勇者であるためでもない。
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四体もいた魔王に大魔王まで倒し、世界中からの感謝と称賛を一身に浴びているラウトは、ひとつも驕らず増長せず、精霊たちから絶大な信頼を得ている。
魔王の呪いなど存在せず、ただ単純に、まだ子が出来ていないだけの状態だった。
「きっとラウトなら、子孫を残せるニャ」
エターニャの言葉に、精霊たちは再び浮かれモードに突入した。
「ラウトそっくりの男の子がいいネナ!」
「ラウトはきっと、アイリそっくりの女の子が生まれたら絶対嫁に出さないルー」
「いえてるンダ」
「ラウトそっくりの女の子でもきっとかわいいヌゥ」
「性別はどちらでも良いヴォ」
「そうレプ! 元気な子ならどっちでもいいレプ」
「楽しみスプ!」
「では今後もラウトを応援するということで、いいノム?」
「賛成っ」
精霊たちはエターニャを含めて全員が、片前足を高々と掲げた。
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「っくしゅん!」
朝、目を覚ましたら急に鼻がむずむずした。熱はない。身体のどこにも異常はなく、くしゃみも一度きりだ。風邪ではない、と思いたい。
「冷えたのかしら」
僕の腕枕で微睡んでいたアイリを起こしてしまった。
「大丈夫。ごめんね、起こしちゃって」
「気にしないで、もう起きる時間だもの」
アイリはごそごそと寝衣を整え、シーツから抜け出して起き上がった。
日の出とともに起きて、夜は用事が全て終わってから寝る。
冒険者になる前から続けている、生活習慣だ。
このあと、実家に居た頃はともかく、冒険者になってからは朝食の支度も何もかも自分でやっていたのだが、今はギロ達執事や侍女がいるから、その辺りは任せてしまっている。
今日はクエストに行く日でもないので、普段着に着替えて食堂へ向かった。
日の出前から起きているギロ達は既に朝食の支度を整え終えていた。
「おはようございます、ラウト様」
「おはよう。今朝もいい匂いだね」
給仕をしてくれているのはセーニョだ。サラミヤは子育て中なので侍女は休業中扱いにしている。ギロにも育休をと言ったのだが、リュートが寝ている間は何も出来ないからと執事業と料理を続けている。
そのうち、親子水入らずで旅行とかしてもらいたいなぁ。
椅子に座り、並べられた食事に手を付けようとして、アイリの様子がおかしいことに気づいた。
いい匂いのはずの料理を前に、鼻と胸を手で押さえて顔をしかめている。
「アイリ、どうしたの」
「ごめんなさい、ちょっと……今朝はやめておくわ」
立ち上がって、食堂から出ていってしまった。
「セーニョ」
「はい、様子を見てまいります」
ギロがいち早く気を回してくれて、セーニョを送り出した。
「どうしたんだろう」
セーニョの背中を見送りながら呟くと、ギロが僕を見た。意味ありげな笑みを浮かべている。
「医者を呼んでおきますね」
「えっ!? そ、そんなに?」
僕の目にはわからなかったが、医者にかかるほど具合が悪かったのだろうか。
「まあ、まだそのつもりでいてください。私も似たような心配をしましたからね」
「ギロ、何か知ってるのか?」
「心当たりはあります。ですが、確定するまでは何も言えません。さ、お食事が冷めてしまいます。アイリ様には話を聞いておいて、食べられそうなものを後でお部屋に運びますので、ご心配なく」
「う、うん」
サラミヤがこういう状態になった後どうなったかを知っているはずなのに、僕はこの時、アイリの身に同じことが起きていることに、全く気づかなかった。




