ハートブレイカー
魔王たちを討伐してからというもの、魔物は過去数十年間で一番静かになった。
魔物の数が全体的に減ったため、必然的に冒険者のクエストも少なくなる。
勇者を見つけ出すための「一度冒険者になったら、余程の理由がない限り辞めることは出来ない」という縛りもなくなり、この五年でおおよそ半数の冒険者が休業あるいは引退した。
僕たちはというと、冒険者は辞めていない。
少なくなったとはいえ魔物は出るのだ。
ただ、クエストへ行く回数は十日に一度程に減った。
これまで魔王の出現は千年に一体であるとされていたが、今回は一度に四体も出たのだ。
千年という周期も覆る可能性がある。
大魔王並みに強い魔物が現れるかもしれない。
だから僕自身、戦える身体がある限りは常に準備をしておきたい。
似たような考えを持っているのが、テアト大陸はフォーマ国の王、ダルブッカだ。
ダルブッカの場合は国王としての仕事をもっと優先させたほうがいいのではないかといつも思うのだが、本人が「でも俺より強い奴、この国にいないし」とのたまい、誰もそれに異を唱えられない。
ダルブッカからは定期的に呼び出されて、剣の鍛錬に付き合っている。
自分で言うのは烏滸がましいが、多分僕が世界で一番強い。僕の知る限り、次がギロで、ダルブッカはその次だと思う。
もう十分強い。
なのにまだまだ強くなろうとしている。
そんなダルブッカの元へいつものように呼び出されて転移魔法で赴くと、ダルブッカの隣に、ダルブッカを若くしたらこうだろうなという顔をした青年がいた。
ダルブッカの三人の息子のうちの長男だ。確か今年で十七歳だったかな。ダルブッカより背が高くて、引き締まった身体つきをしている。
ダルブッカとの雑談に、よく息子たちの話が出てくる。長男は剣術が得意で、近いうちに僕との鍛錬に参加したいと言っていた。その時が来たのだろう。
「俺の息子、長男のバウロンだ」
バウロンは軽くぺこりと頭を下げた。
国王の息子なのだから王子殿下だろうに、ご近所さんのご家族を紹介されたような軽さを感じる。
「先日、冒険者登録させた」
……? え、長男ってことは、王位継承権一位だよね?
「俺はしばらく我慢するから、代わりにこいつを鍛えてやってくれないか」
「ちょっとまって」
思考の許容量を超えた要求に、僕は手を前に突き出して二人をその場に押し留めた。
「御長男なら王子殿下、もしくは王太子殿下なのでは?」
「まだ立太子はさせておらぬが、まあそうなるな」
「そんな国にとって大切な方のお相手なんて、僕には」
「俺という国王を相手にしておいて、何を今更」
「そうだけども! そもそも殿下は」
「俺も冒険者ですので、どうぞバウロンと呼んでください」
「じゃ、じゃあバウロン。バウロンはいいの? 無理やり冒険者登録させられてない?」
「父の背中を見て育ち、いつか自分もと夢見ていたことです。冒険者登録は自ら望みました。勇者であり世界最高の冒険者であるラウト殿のご指南を受けられるのなら幸甚です」
ああ、間違いなくダルブッカの息子さんだ……。
「できればそのうち一緒にクエストへ連れて行ってやってくれないか」
「責任持てませんよ!?」
僕が世界一強かろうが、魔物を相手に絶対なんてことはない。怪我で済めばまだいいが、魔物の一撃が急所に当たれば回復魔法も間に合わないことだってある。
「冒険者になった以上、全て自己責任ですから、ご心配なく」
うっわあ言い出したら聞かないところもダルブッカそっくりー。
「じゃ、じゃあまあとりあえず、軽く手合わせからしてみようか……」
「よろしくお願いします!」
気配でわかってはいたが、バウロンはそこそこ強かった。
僕がバウロンと同じ年齢だった頃、こんなに強くなかったはずだ。
「お世辞は不要ですよ」
「いや本当だよ。ブラッドウルフってこの辺にいるかな。あれに苦戦したくらいだし」
「ブラッドウルフ……いえ、聞いたことがないですね」
僕がソロ難易度Fのブラッドウルフを一撃で倒せるようになったのは、レベルが上がり始めてからだ。
「ラウト殿が俺と同じ歳の頃、レベルは十辺りだったと聞いております。勇者の成長曲線のせいですから、仕方ないのでは」
「レベルは関係ないよ。単純に剣技が拙かったんだ」
「父から聞いてはいましたが、本当に謙虚な方ですね。父より強いというのが、これほど差があるとは思いませんでした」
雑談を交えながら二時間くらい手合わせした。
今度一緒にクエストを受けると約束したためか、バウロンにも『勇者の加護』が備わったらしい。手合わせをはじめて一時間くらいした頃、本人も驚くほど急に腕が上がった。
「これが勇者の加護ですか」
目の前で加護が付与された瞬間を見るのは初めてかもしれない。
つい先程までの打ち合いで息が上がっていたバウロンが、突然鋭い踏み込みをしてくるから僕も驚いた。
「勇者の加護は、いつまで有効なのでしょうか」
「精霊に訊いたら、僕が相手を仲間と思わなくなった瞬間に消えるってさ」
「なるほど。ラウト殿に見捨てられぬよう、精進します」
「バウロンを見捨てることはないよ」
ダルブッカの息子だからというわけじゃない。二時間の手合わせで、バウロン自身の誠実さや真面目さはとてもよく分かった。きっと良い王になる。
「ありがとうございます」
そんな鍛錬があってしばらくしてから、臨時パーティを組んで一緒にクエストを請けた。
僕とバウロンの他に、アイリとセーニョも一緒だ。
最近、サラミヤの体調が思わしくないので、ギロは付き添いを兼ねて留守番している。
「セーニョです。よろしくおねがいします」
十九歳になったセーニョは、女性としてとても魅力的な容姿になった、らしい。僕はアイリ以外の女性の容姿に興味が持てないので、セーニョやサラミヤのことは「美人になったなぁ」とは思うのだけど、それ以上の感覚はよくわからない。
セーニョがバウロンに自己紹介すると、バウロンは数秒、固まった。言葉で言い表すと、ガチン! と幻聴が聞こえるほどに体の動きが止まったのだ。
それからセーニョが冒険者仲間として握手のために差し出した手を、これまたガギンゴギンという効果音が似合う動きで握り返した。
「バウロン、です。よろしく、頼む」
いつもはきはきと快活に喋るバウロンの様子がおかしい。
アイリが僕を肘で突くので振り返ると、アイリはバウロンを見ていい笑顔を浮かべていた。
え、もしかして、そういうこと?
クエストは滞りなく終わらせることが出来たが、バウロンは終始様子がおかしかった。
それでも剣の腕は変わらず、むしろやる気に満ちて積極的に魔物を倒してくれた。
攻撃魔法使いのセーニョは後衛から魔法で僕たちを援護してくれているのだが、一度だけ魔物の魔法がセーニョを狙った。
セーニョには僕が結界魔法を張って守っているから多少の攻撃は心配ないと最初に説明したのだが、バウロンが素晴らしい動きで魔法を斬り落とし、セーニョを狙った魔物を一撃で両断した。
「すごいですね、攻撃魔法を斬り落とす人なんて、ラウト様以外では初めて見ました」
「いえ。あの、お怪我は」
「無いですよ。ラウト様の結界もありますし。でも、ありがとうございます」
戦闘後、セーニョが話しかけると、やはりバウロンの挙動がおかしい。
「あっ、あのっ!」
バウロンが突然大きな声を出すものだから、その場にいた全員の動きが止まった。
が、アイリはいち早く動き出して、僕の手を掴んでそっと二人から距離を取った。
「せ、セーニョ嬢には、想い人などいらっしゃるのでしょうか」
バウロンは今は冒険者とはいえそもそも王子なのだから、セーニョに敬語で接する必要はない。
「想い人? いえ、いませんよ。というか……」
「でしたらそのっ、お、俺と今度、食事でも……」
「食事? でしたらこの後ラウト様のお屋敷でご一緒しますよね。ギロ様の料理はとても美味しいですよ!」
「そうではなく、ふ、二人きりで……」
「?」
セーニョがきょとん、と首を傾げると、バウロンは意を決した。
「貴女と、男女の関係としてお付き合いがしたい」
アイリが漏れ出そうな歓声を必死に手で抑えた。
セーニョの答えは……。
「ごめんなさい。私は誰ともお付き合いするつもりはないんです」
バウロンは先程自分で倒した魔物のように、その場に崩れ落ちた。
セーニョは後にこう語った。
「バウロンさんに言ったことは本心ですよ。アイリ様やサラミヤを見て、私に奥さんとか妻とか、そういう立場はできないなって思ったんです。だから結婚願望って無くって……。バウロンはいい人ですし見た目もかっこいいですけど、王子様ですよね? 余計荷が重いです。無理です」
傷心のバウロンをフォーマ国に送り、ダルブッカに事情を説明すると、ダルブッカは苦笑した。
「諦めの悪いやつだから、また言い寄るかもしれん。相手が迷惑しているようだったら、遠慮なく突き放してやってくれ」
父親であるダルブッカの予想は当たらず、バウロンはその後、セーニョに再び言い寄ることはなかった。
一緒にクエストを請けるのは避けようと思ったが、バウロンが「もう吹っ切れました」というので今も時折セーニョとバウロンと一緒にクエストを請ける。お互い、冒険者仲間として気安い関係を築いているようだ。
「二人がそれでいいなら、いいんじゃない?」
「そうだね」
頼もしくなった二人の背中を、見守ることにした。




