28 完遂
大魔王の過去を無理やり見せられ、僕は大きく溜息をついた。
「あんた、私より強いんだから、きっと、いまに、裏切られて……」
「お前と一緒にするな」
見せられた光景の中で、まだ人間だった頃のこいつは、勇者の称号を悪用していた。
確かに強かったし、当時の魔王にとどめを刺したのもこいつだ。
だけど、ようやく平和になったその時代で、こいつは好き放題やらかした。
とある国の王子を一方的に気に入ったが、王子に婚約者がいるとわかると、その婚約者を殺した。
王子に拒否されれば、城を破壊し、王子も殺した。
それでいて周囲には「魔王を倒したら結婚してくれる約束だったのに、騙された」などと妄言を吐き、信じない相手は痛めつけ、あるいは殺して回った。
裏切られたのではなく、こいつ自身が周囲を裏切ったのに、こいつは自分が悪いとは欠片も考えていない。
ある意味魔王よりもたちが悪い。
「精霊は何体?」
以前、僕自身に投げかけられた質問を、サラマンダの炎に焼かれ燻っていても尚よく喋るこいつにしてみた。
「精霊? 一体棲んでたわ。美味しかったよ、力の、塊で。ふふ、あはは」
また光景が流れ込んでくる。
勇者の称号を授かる前のこいつは、精霊が棲むのも納得な、清廉潔白で謙虚な性格をしていた。
地位を与えると豹変する類の人間だったことに、本人ですら気づいていなかったのだ。
紫色の光をまとい、人の姿をした精霊がこいつに棲んでいたが、勇者の称号を授かった後のこいつの度重なる蛮行に愛想を尽かして出ていこうとした。
そこをこいつは……喰ったのだ。
攻撃し、動けなくなった精霊から、無理やり魔力や力を取り込み……精霊は消滅した。
ああ、だから『精霊:困った時は』にレプラコーンの記述がなかったのか。
精霊の寿命は数千年。しかも、世界から消えても時が経てばまた生まれ変わる。
あの本の内容は、レプラコーンが存在しなかった間に書かれたものなのだろう。
僕の中のレプラコーンに聞いてみれば「前は寿命を全うできなかったレプ」とのこと。詳しい記憶は無いらしい。
「ねえ、勇者って、世界一、偉いんでしょ? だったら、何したって」
「精霊に愛想尽かされたやつが勇者だなんて、誰も認めないよ」
こいつと話すのも、こいつからろくでもない光景が流れ込んでくるのも、もううんざりだ。
サラマンダに魔力を渡して、炎を強めた。
「がああああああ!!」
僕は自称大魔王を徹底的に焼き尽くし、世界から消した。
後には何も、核すらも残らなかった。
「終わった、かな」
静かになった草原の異空間には、爽やかな風が吹いている。
「終わったニャ」
白い猫が僕から出てきて、足元に座り、僕を見上げた。
「大魔王を倒したのだから、君たちも自由にしてくれて構わないよ」
僕は精霊たちにそう話しかけた。自然と口から溢れるように、言葉が出てきた。
僕も勇者で、人間だ。いつかあいつのように、心がねじ曲がってしまうかもしれない。
「精霊はいつでも自由気ままニャ。だから、ラウトと好きなだけ一緒にいるニャ」
「僕がさっきの奴みたいになったならば、すぐに逃げてくれよ」
「ニャ。言われなくても、そうするニャ」
会話に既視感がある。
これは、ミューズ国の禁書庫で『精霊:困った時は』を読んだ時に視た光景だ。
あの時の僕は未来を視ていたのか
エターニャが明後日の方向を向いて、話しだした。
「心配いらないニャ。そのうち帰ってくるニャ。ただ、ちょっと時間がかかるかもしれないニャ。そして、その時は、前と同じように迎え入れてくれると嬉しいニャ」
「うん」
僕はエターニャと、過去の僕に向かって頷いた。
異空間から出てすぐミューズ国へ赴き、大魔王を倒したことを報告した。
ミューズ国王陛下の前で、過去の勇者が何をやったのかも、包み隠さず話した。
「大魔王のこと自体を周知しておらぬで、大々的に祝うことは出来ぬのだが……」
好都合です、という本音はなんとか飲み込んだ。
「僕が魔王を倒したせいで呼び出してしまったようなものですから」
「魔王を倒せと命じたのは私だ。その勇者の所業やその末路など、私ですら聞いたこともないから文献にも残っておらぬであろう。誰も知る由もないことだ。そなたがその勇者のように増長するとは思えぬ。それに、勇者の称号を剥奪したところで、精霊たちはそなたに棲み着いておるのだろう?」
「はい」
「ならばそなたは、勇者である。称号を返還する必要はないし、返されても受け取らぬぞ。報酬を当初の約束より増やすことが出来ぬのが口惜しいが、今後も出来得る限り支援する」
「ありがとうございます」
謁見を終えてから、僕は司書長さんとの面会を希望した。
するとアムザドさんが顔を曇らせた。
「あの時の司書長どのは職を辞しております」
「何かあったのですか?」
「ご高齢ですから、無理をさせないようにという判断です。城外のご自宅におりますので、先触れを出しましょう」
「お願いします」
おばあちゃんとの再会は、翌日に叶った。
ベッドの横には車椅子があり、おばあちゃん本人はベッド上で上半身を起こして本を読んでいた。
サイドテーブルやベッドの周辺の床には、大量の本が積まれている。
「これはこれは、ラウト様。ようこそお越しくださいました。ここから失礼しますね」
「お構いなく。以前読ませて頂いた本のことが少しだけわかりましたので、お話をと思いまして」
「まあ、それは素敵ですね」
本に関する探究心は相変わらずの様子だ。
僕は大魔王のことも、あの本で見た光景が何だったのかも、全て話した。
「なんてことでしょう。未来を見せる本なんて、聞いたことがありませんわ! ああ、腰さえ痛めなければまだまだ現役で司書をやっていたいものを」
おばあちゃんの腰は加齢による病気のようなものだから、回復魔法が効かない。アイリなら患部周辺組織を修復して痛みを和らげる治療ができるかもしれないが、すぐに効果が切れてしまう上に、より悪化する可能性すらあるのだ。
「そんなに動かれると腰に響きますよ」
大興奮するおばあちゃんを宥めるのが大変だった。
「あの本は前に話した通り、写本です。写本にすら力が宿るほど強力な魔法がかけられていた、というより、精霊たちの強い思いがラウト様と引き合ったのではないでしょうか」
おばあちゃんの仮説は正しいように思えた。
一通り話し終えた後、帰り際に思わず聞いてしまった。
「また来てもいいですか?」
「ええ、勿論です。いつでも歓迎します」
おばあちゃんはいい笑顔で見送ってくれた。
「一緒に行ったら迷惑かしら」
大魔王を討伐し、各方面へきっちり連絡し、あちこち呼ばれて同じ話をして……。
おばあちゃんに会う以外は面倒極まりない仕事をこなして落ち着いたのは、大魔王を討伐してから七日ほど経ってようやくだった。
アイリのサロンでお茶を飲みながらおばあちゃんのことを話すと、アイリが楽しそうに「お会いしたい」と言い出したところだ。
「今度聞いてくるよ。きっと大丈夫だと思う。僕のこと孫だと思ってるみたいだから」
「ふふ。話を聞けば聞くほど溌溂とした方ね。会えるのが楽しみだわ」
話が一区切りしたところで、見計らったようにギロ達がお茶やお菓子の追加を持ってきてくれた。
「皆、一緒に食べようよ」
「はい」
ギロは苦笑しながら、サラミヤは笑顔で、セーニョはギロの手作りお菓子に目を釘付けにしながら了承の返事をした。
窓際ではシルバーがふかふかのクッションに埋もれてうたた寝をしている。
平和な光景だ。
魔王を倒しても魔物は世界にあり続けるが、一先ずの脅威から守り切れてよかった。
ひと月ほど、勇者の称号を貰う前のような生活を送った。
十日のうち五日は冒険者ギルドでクエストを受け、アイリと、時にはギロやセーニョも一緒に魔物討伐をこなす。
残りの日は休養にあてる。
そんな休日に、僕は他の大陸や他の国に呼び出されることが増えた。
テアト大陸のフォーマ国の王ダルブッカからは相変わらず剣の指導を乞われるし、先日はラーマ大陸のナリオ国から「魔王討伐のお礼がまだだったので」と、式典に呼ばれた。
サート大陸のユジカル国に住むサラミヤのお姉さんの結婚式に、サラミヤとともに出席した。
あちこち行く度に、町に活気が戻っていることを実感した。




