24 現況
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大魔王が世界各地に魔物を解き放ってから、二ヶ月が過ぎた。
大魔王はあれから、この世界に対して何も行動を起こしていない。だが、魔物の数は削っても削っても翌日には元通り、という勢いで増え続け、勢いが止まらない。
しかし、世界各地の冒険者や国の騎士団、民間の傭兵団といった戦える人たちの奮闘により、日頃魔物と縁の薄い生活を送っている人たちへの影響は少ない。
冒険者ギルドでは、魔物が多すぎてクエストに登録するのが間に合わないので、冒険者たちはとりあえず目についた魔物を倒し、魔物の核をギルドへ持っていって報酬を受け取る仕組みに切り替わった。
僕は毎日、最低でも千、多いときは万単位で魔物を討伐するため、ギルドへ核を持ち込まずにマジックバッグに溜め込んでいる。この先、何かで必要な時が来たら取り出そうと思う。
一ヶ月半くらいまでは魔物と戦える人たちの勢力は拮抗していたが、この半月ほどの間にきな臭くなってきた。
皆が皆、無休で討伐に出かけて、体力が保つわけがないのだ。
怪我の治療が間に合わずに泣く泣く戦線を離れた人も多いと聞く。
魔物は倒しても、どういう理屈かすぐに新しいのが発生するが、人間側はそうはいかない。
じりじりと押されてきて、ついに昨日、オルガノに近い町が魔物の群れに襲われかけるという事態が発生した。
その場は近くに居た冒険者や騎士団が対処して事なきを得たが、一部の人の心を折るのに十分な出来事だった。
「倒しても倒しても、翌日には同じ数……いや、ありゃそれ以上じゃねえか?」
「キリがない。終わりが見えない。もう、疲れた」
「こんな状況、いつまで続くんだ」
魔物の群れに対応してきた人たちは、冒険者であるかどうか関係なく、ギルドホールに集まっていた。
ここでは僕やアイリといった回復魔法が使える人が、無料の治療院を開いている。
アイリも疲労が溜まっている。本人は大丈夫だと言い張るが、魔力の気配が若干薄い。
「アイリ」
「平気なの。本当よ。魔法を使えば魔力は減るし、ここ最近は魔力が全回復してたことなんてないわ」
「じゃあやっぱり」
「だけど、魔法は使う度に精度が上がるもの。全回復しないのだって、魔力の最大値が上がり続けてるせいだわ」
僕とアイリの会話を聞いていた治療待ちの人が、ぱっと顔をあげた。先程「疲れた」とぼやいていた人だ。
「ああ、そうか。どうもスッキリしないのは、最大値があがってたからか……そりゃそうだよな。毎日あれだけの数の魔物を倒してるんだ。……おお、レベルが十も上がってたぜ、見ろよ」
その人は嬉しそうに隣りにいた人に自分のステータスを見せた。隣の人はそれを見て驚き、自分のステータスも表示させた。
「俺もレベルが……いつの間に……。なんだか疲れてたのも、気の所為に思えてきた」
その人は立ち上がると、両肩をぐるぐる回した。
「うん、いける。あんた、ありがとうな」
「へっ? は、はい」
その人は突然アイリにお礼を言い出すと、傍に寝かせてあった剣を鞘ごと掴み、ギルドホールから出ていった。最初にステータスを見ていた人も、僕たちに軽く会釈して、後を追った。
その後からだ。ギルドホール中で、皆が自分のステータスを見はじめた。
「あ、やっぱり回復魔法は自分でやるよ。魔力がなかなか全回復しないから枯渇寸前だと思いこんで、頼ろうとしてたんだ。すまなかった」
「俺もだ。……よし、まだ余力もある。回復側を手伝うぞ」
治療待ちの何人かが治療師側へ回ってくれたことで、ギルドホールを埋め尽くしていた治療待ちの人はすぐにいなくなった。
そして皆、疲れは確実に溜まっているはずなのに、やけに明るい顔でギルドホールから出ていった。
「凄いな、アイリ」
「私なにもしてないわ。ラウトじゃないの?」
勇者の加護は、相手が僕のことを正しく勇者だと認識していないと発動しないようで、魔物と戦う人全員に加護を、というわけにはいかなかった。
いよいよどうしようもなくなったら、僕の名と顔を公表して皆に加護をと考えていたが、この調子ならまだ持ちそうだ。
「僕は何もしてない。やっぱりアイリのお陰だよ。皆に、自分の強さを再確認してもらう切掛を作ってくれた」
「大げさね。思ったことを言っただけよ。さ、今日はこれで引き上げましょう」
「うん」
ギルドホールを出て転移魔法で家に戻ると、エントランスではギロが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
ギロは先日、冒険者登録した。一度は死亡扱いにされていたことを問われたが、死亡届が虚偽だったことが認められ、ギロを死亡扱いにした元仲間たちは何らかの罰則を受けることになっている。
ギロの元仲間は以前、サート大陸へ渡る船の護衛として雇われているところへ鉢合わせたが、船上で護衛の役目を果たさず盗みまで働いたことで、既に冒険者資格の一時停止処分を受けていた。今回の件で資格剥奪処分になるだろうとのことだった。
ギロが魔族から人間に戻ったことで、力は落ちないどころか強まったが、一つだけ失ったものがある。
空が飛べなくなったのだ。
「人の身に翼は持てませんし、そもそもどうやって飛んでいたのか思い出せないのです」
ギロは残念そうに言っていたが、こればかりは仕方ない。
とはいえ飛行による機動力に味をしめていた僕は、なんとか空を飛べないか模索した。
その結果、シルフの風を纏って空を飛ぶ術を編み出した。
前々から防護結界魔法と組み合わせて飛ぶように移動はすることはできていたが、移動に特化したもので、滞空や高い場所へ飛ぶといったことは出来なかった。
但し、僕の魔力体力を持ってしても、滅茶苦茶疲れる。
よって空を飛ぶのはどうしても必要に迫られたときのみとなった。
ギロは冒険者登録してすぐ僕たちとパーティを組んだ。
僕は毎日魔物討伐へ繰り出すが、ギロは二日から三日おきにやることにしている。
僕とギロが本気を出したら、大陸中の魔物を殲滅することもできる。
一度やってみたが、結局翌日には同じだけの魔物が新しく出現したので、諦めて毎日人里近くを中心にこつこつ討伐することにした。
そのギロがどうして自宅待機が多いかというと、サラミヤとセーニョのためだ。
魔物が多くなると、どうしても治安が悪くなる。
屋敷のある町の中心街は貴族のセカンドハウスが多く警備兵の巡回が多い場所だが、それでもここ最近は不穏な出来事が多い。
サラミヤとセーニョには基本的に家の中にいてもらい、買い出しや所要など外出が必要な用事はギロが担当している。
本当に、この状況がいつまで続くのか。
先程の冒険者じゃないが、僕も同じことを考えて溜息が出る。
「お疲れですか」
「いや……うん、流石に気は滅入るよね」
「本日の晩餐にはスープカリーをご用意してございます」
「いいね」
スープカリーは僕の好物だ。辛いスープが癖になり、いくらでも食べてしまう。
僕にはアイリがいて、ギロがいて、サラミヤとセーニョがいる。ついでに、多分自分の部屋で寝ているだろうが、シルバーもいる。
皆だって魔物の侵攻を肌でひしひしと感じているのに、僕のために僕の好物を作ってくれたり、自室で安らげるよう配慮してくれる。
皆の好意を改めて実感して、僕は明日からも頑張ろうと決意を新たにした。
自室で装備を解いていると、急にエターニャが現れた。
精霊たちは大魔王の居場所を突き止めるために、僕の中から何やらやっている。
先日のように、外へ出てきてガラス玉のようなものを作るやり方は大魔王に感づかれてしまうので、他の方法を模索しつつ探していたはずだ。
「ラウト、大魔王もうじきこっちくるニャ」
「!」
エターニャによると、大魔王はこの二ヶ月の間に十の世界を渡り歩き、一つの世界では存在を保てないほどやられたが、二つの世界の人間を滅ぼし、他の世界にも大きな爪痕を残してきたらしい。
「監視していたはずなのに、何だかわざと見せつけられていた気がするニャ」
エターニャはしょんぼりと身体を縮こませた。
「それで、どうしてこっちへ来るってわかったの?」
「いまからそっちへ行く。楽しみ。……って言われたニャ」
エターニャは僕を見上げて、はっきり告げた。




