17 剥奪
力の行使に「遠慮」をやめた僕の気配察知は、瞬く間にエート大陸中を覆った。
「うぐ……」
情報量の多さに、処理が追いつかない。脳を揺さぶられるような感覚に吐き気を覚えたが、やめなかった。
ここで諦めて、広範囲の気配察知はやるべきじゃないと決めつけるわけにはいかない。
成功させたら、すぐにでもザイン大陸へ行ってギロを探す。
一分にも満たない時間だったが、大陸中の気配察知を終えたときには、異空間で休まず鍛錬を積んでいたときよりも大きな疲労感を覚えた。
「ぷは、はぁ、はぁ……」
そのままベッドへ仰向けに転がる。息を整えて身体を起こす。
気配察知の間は無防備になってしまう。
今回は一分近くかかってしまったが、これを数秒に縮めたい。
この日の夜のうちに何度か気配察知を繰り返し、どうにかモノにできた。
アイリの言いつけを守ってベッドでゆっくりと眠ったお陰か、今朝からとても調子がいい。
朝食前の鍛錬を済ませて一旦自室に戻ると、ミューズ城との連絡用バッグが手紙を吐いていた。
二通のうち一通はいつものアムザドさんから。もう一通は見たことのない紋章の封蝋が捺されていた。
「……なんだこりゃ」
朝食の支度ができたと僕を呼びに来たアイリが僕のつぶやきを聞いてしまったので、アイリにも手紙を見せた。
「……なにかしらね、これ」
アイリも僕と同じ感想を呟いた。
気は進まなかったが、昼過ぎにミューズ城へ転移魔法で飛んだ。
「お待ちしておりました、ラウト殿。この度は本当に、お手数をおかけします……」
アムザドさんが申し訳無さそうに、僕たちを城内のとある部屋へ案内してくれた。
入ったことのない、というかこれまで一度も用のなかった人との面会が待っている。
相手は、先日の勇者凱旋パレードで何故か国王陛下の隣に座って民衆ににこやかに手を振っていた、ミューズ国のアルフ王太子殿下だ。
プラチナブロンドに蒼い瞳は、国王陛下やスリン第二王女と同じ色。
整った容姿から国民の主に女性からの人気が高い、らしい。
その王太子殿下が、執務机の向こうの椅子に座ってふんぞり返っていた。
「来たか、勇者……いや、ラウトと言ったか」
年齢は僕と同じく、今年で十九歳だと聞いている。
威厳を出したいのかわざと低い声を出し、尊大そうな物言いをしているが、僕の目には「同い年の人だ」くらいにしか映らない。
「父上……国王陛下から聞いたぞ。そなた、魔王は全て倒したが、大魔王なるものからは逃げ出したと」
「仰るとおりです」
僕が肯定すると、殿下はフンと鼻で笑った。
「ならばそなたは勇者にふさわしくないな。今この場で、私の権限により、そなたから勇者の称号を剥奪する」
おお、勇者辞められるのか。助かる。
「殿下っ!」
大声を出したのは、僕の背後で控えていたアムザドさんだ。
「そのようなこと、陛下には……」
「陛下は今、隣国へ行っていて不在だ。全ての決定権は王太子たる私にある。何か異論でもあるのか?」
「大有りです! ラウト殿は当初の要求通り、四体の魔王全てを討伐して……」
「それは本当なのか? そなた、この者が全ての魔王を討伐したところを見たのか?」
「一体目の魔王討伐はラーマ大陸のナリオ国の王子殿下が、三体目の魔王討伐は、テアト大陸の大国フォーマの国王が、それぞれ目にしております! 他国とはいえ王族の言を嘘と決めつけては国際問題に……」
「うるさい! 魔王を何体倒そうが、大魔王から尻尾巻いて逃げ出した者など、勇者にふさわしくなどないわ!」
王太子殿下が、だん! と頑丈そうな執務机を叩く。そのあとこっそり、机の下で拳をさすっていた。
しかしアムザドさんもめげない。
「では大魔王討伐はどうするおつもりですか!? ラウト殿より強いものなどおりません!」
「それもどうだかな。冒険者ギルドには新たな勇者選定の命を下しておるのだろう? そのうち現れるだろう」
「十年探してようやくラウト殿が見つかったのですよ!?」
「アムザドさん、お気持ちは嬉しいですが、止めてください」
二人が当事者である僕そっちのけで舌戦を繰り広げているところへ、割って入った。
「王太子殿下、勇者の称号剥奪、謹んで受け入れます。ところで、これまでに頂いた報奨はどうしましょうか」
「一度与えた報奨を取り上げるなど、人の道理に悖ります!」
「言われぬでもわかっておるわ。これまで与えた分はそのままにしてやろう。しかし今後は銅貨一枚も与えぬからな」
「わかりました。話はそれだけですか?」
「お、お主、勇者の称号を剥奪されたのだぞ? 本当にいいのか?」
「王太子殿下が発した言葉を取り消すなど、誰にもできません」
「ぐぬ……ま、まあいい。用件はそれだけだ。下がれ。そして二度と王城に足を踏み入れるな」
「はい。失礼します」
尚も何か言いたそうなアムザドさんを促して、王太子殿下の執務室を出た。
「不愉快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません」
城を出る前に、アムザドさんが深く頭を下げた。
「顔を上げてください。いいんです。これで肩の荷が降りました。あと、大魔王は必ず倒しますから、ご安心を」
「いいえ、ラウト殿が勇者の称号を疎んじていることは重々承知ですが、これは別の話です。国王権限も持たないただの王太子が、一方的に勇者の称号剥奪をするなど、以ての外。陛下が帰還次第、取り下げますのでしばしご猶予を」
称号は本当にいらないし、報奨も一生困らないほど頂いたから全く困らないのだけど……。アムザドさんは苦労人だなぁ。
「それにしても、僕は王太子殿下に恨みを買うような覚えがなくて。そこだけ不思議ですね」
「先日、凱旋パレードで王太子が馬車に乗っていたのはご存知で?」
「はい」
「あの時、国王陛下が『勇者はこれだけ民衆に喜ばれることをやり遂げたのだ。お前も見習え』というようなことを仰ったとか。更に、パレードは殿下が立太子された時のものより民衆が集まっていましたからね。おそらく嫉妬でしょう」
嫉妬で王権代理を振りかざして、称号剥奪とかするのか……。
「僕、この国の問題児は第二王女だけだと思ってました」
アムザドさんは周囲を見回すと、僕に「お耳を拝借」という仕草をしてきた。
「第二王女殿下は表立った馬鹿で、王太子殿下は隠れ馬鹿です」
「ちょっ、何言ってるんですか」
アムザドさん、よっぽど腹に据えかねているんだなぁ。
「ともかく、ラウト殿の名誉は回復しておきます」
「ありがとうございます。では僕はこれから、大魔王と……はぐれた仲間を探しに行きますので」
そう、こんなことをしている場合じゃないのだ。
ギロとはぐれてから十五日も経っている。
一刻も早く見つけないと。
僕はそのまま転移魔法で、真っ先にザイン大陸へ向かった。大陸のちょうど中央あたりに飛び、すぐさま全力の気配察知を展開させる。
探す相手を「ギロ」と「一番強い気配」に限定することで、コンマ一秒にも満たない時間で捜索は終わった。
前回同様、ギロも大魔王も、いなかった。
「どこへ行ったんだ……」
念のために、もう一度大魔王と遭遇した場所へも転移魔法で飛んだ。
相変わらず、何かが居た痕跡すらもない、ただの荒野しかなかった。
次にラーマ大陸、サート大陸、テアト大陸でもギロを探した。
ギロも大魔王も見つからなかった。
あと探していないのは、六大陸のうち魔王が降臨しなかったもう一つの大陸、トーア大陸のみだ。
トーア大陸は、大昔はエート大陸からも船が出ていて国交も盛んだったが、近年は海流の変化で船で行くのが難しくなり、商船すらも敬遠しているところだ。
他の大陸との交易に頼らずとも、大陸内だけで資源等がとれる、豊かな土地だと聞いている。
しかし、行く方法が思いつかない。
船を出してもらって僕が魔法で無理やり突っ切るのが一番理想的かな。
マーサント商会に頼めば……と考えたところで、思いとどまった。
僕は今、勇者の称号を剥奪されているのだった。
僕に与えられたマーサント商会の乗船永久無料パスは有効かもしれないが、勇者の称号抜きでもやってくれるかどうか。
ならば、自分で船と航海士を用意するしかないか。
僕はエート大陸へ戻り、早速マーサント商会へ赴いた。船の紹介だけでもお願いしようと思ったのだ。
「御自分で船を? 船ならば我々が用意しますよ、ラウト様」
「しかし僕は今、勇者の称号をですね……」
「……ふむふむ、王太子がねぇ。でも関係ありませんよ。我々はあなたに受けた恩を忘れません」
商会で対応してくれた壮年の男性は、顎髭を弄びながらニッと笑った。




